第百四十話:罠と時間制限
真也が地下へ魔法陣を破壊しにいった後の広間は、異様な雰囲気が支配していた。
餌に群がる鯉のように女性陣に群がる人々とそれを眺める張本、吉田、鹿島。
デルモは、大きな椅子に座り用意された水煙草を吸っている。
敵対していることは明白であるはずなのに、デルモはおろか転移者三人もまるで動かない。
囮となって時間を稼ぐ目的は果たせているはずなのに、それすらも掌で転がされているよう。
笑顔ととりとめのない雑談。上滑りしていく緊張感。
何分経っただろうか、叶が【スキル】をねだられ、やんわりと断っていると、デルモが立ち上がり一行に近づいてきた。
「聖女様、どうですかな。本日の夜会は?」
長い両手を広げると装飾品が耳障りな音を立てる。
上半身は白布を纏っただけの姿であり、その痩躯が際立つ。
一行が警戒心を強める中、叶が返答をする。
「ええ、このような歓迎をしてくださって、ありがとうございます」
「恐縮ですな、庭は見ましたか? あれは私のお気に入りでして」
デルモが腰を曲げて叶に顔を近づける、香油の臭いに交じる、匂い……。
この世界に来て何度か嗅いだことのある、忘れられない匂い。
トアの鼻でも気づけなかったそれを、聖女である彼女は確かに感じ取った。
死体の匂い。
叶が持つグラスの酒が揺れる。しかしその動揺をおくびにも出さず、彼女は思考を巡らせる。
(ファスさん、今、微かにだけど死体の臭い……いえ気配がした。デルモはアンデッドかもしれない)
(ッ!? まったく気づきませんでした。どこにも……そんな気配は……いえカナエがそう言うのであれば信じます。であれば、ここにいるデルモはいったい?)
(わからない、ただ普通のアンデッドなわけがない)
この会話は、広間にいるパーティーに【念話】で伝わっている。
しかし、デルモが目の前におり、集中力を使う【念話】での話し合いは難しい。
「私には、芸術はわかりませんが、まるで無造作に置かれているように見えます」
デルモの自慢に叶が微笑を浮かべそう返す。
「ハッハッハ、同感です聖女様。私も芸術なんぞわかりません。職人が作った名作ですが全て金で手に入ります。野ざらしにして錆びれば新しいものを買えばよい。時間と誇りがかかったものを、浪費するのは私の細やかな趣味なのです」
「何のためにそんなことをするのか理解できません。はっきり言って悪趣味です」
笑みは崩さず、叶はぴしゃりと言い放つ。
「手厳しいですな、貴女はどう思いますか? ええと……」
ファスに向き直る。
「ノーツガル家のファス・ウィンザー・ノーツガルと申します。聖女様とは教会で知り合いになりまして。こっちは妹のフク・ウィンザー・ノーツガルです」
「よろしくねー」
アナスタシアに仕込まれた、優美な礼をして偽名を名乗る。
一方、フクは天真爛漫に手を上げて挨拶。フクが放つ魅力はデルモには効果が見られていないことをフクは確認し、すぐにでも戦闘に入れるように準備している。
足元から舐めるような遠慮の無い視線を二人に浴びせ、デルモは大仰に答える。
「おお、ノーツガルの、どうりで美しいわけだ。砂漠はさぞ暑かったでしょうな」
「えぇ、少し辛かったかもしれません。……庭についてですが。私も聖女様と同意見です、価値あるものはそれ相応の扱いをする必要があると思います」
その返答を聞いて、デルモはより笑みを浮かべた。
「……嘗てこの街はそんな言葉が飛び交っていました。職人を敬い、冒険者を称え、金を軽視するものばかりだった。それがどうです、今やそんな職人は私の足を舐めてまで物を売りに来る。買った品を目の前で庭に投げ捨てた時、職人どもはどんな顔をしたと思います? 笑ったんですよ。媚びた眼で私にすがって笑っていた。冒険者も今や、薬欲しさに私の仲間だ。誇り高き闘士は弱者を痛めつけ金を稼ぐ。全て私の努力の結晶です、どうですか美しい貴女? それとも、後ろの姫様に聞くべきですかな?」
吐き気を催すような性癖の暴露。聞くに堪えない勝ち誇ったその文句。
これ以上は耳が腐るとアナスタシアは前へ出て、髪をかき上げ獰猛な表情を見せる。
その後ろでヒットは踵を浮かせ、いつでも拳を叩きつける準備をしていた。
「なるほど、そんなしょうもないことを話すために、私達の茶番に付き合ってくれたの?」
「そんな、そんな。しょうもないだなんて、一国の『姫』と『聖女』……誰もが認める宝です。金にすればどれほどの価値になりますでしょうか? それが今夜私の手に入る。それがしょうもないだなんて。私は前戯はしっかりする質なのですよ。あぁ……我が主の復活にこれほどのオマケがつこうとは、売女の女神に感謝いたしましょう」
「ギャハハハ、なんだ。やっとかよ。マジで、ここの女共を自由にできんのか?」
「いやぁ、最高だわ。やっぱ、女は勝気な奴に限るよな。なぁ小清水?」
「俺は、やっぱ桜木とあのファスちゃんだわ。というか、君カジノにいたよね? これって運命じゃね。あの時のふざけた態度を謝らせるわ」
三馬鹿達が、櫓から飛び降りる。
怒りで言葉すらでない小清水が太ももに巻いたポシェットから刀を取り出し、鯉口を切った。
「こんな所でどうする気? 貴族達まで巻き込んだら、金づるがいなくなっちゃうわよ」
「アナー。こいつら、変だよー」
フクちゃんが周囲の貴族を指さす。
『いやはや、聖女様は美しいですな』
『今度私の夜会に』
『いえいえ食事にでも』
先程までは確かに会話していた貴族達はまるで壊れた人形の様に同じ言葉を繰り返していた。
その異様さに一行がたじろぐと、三馬鹿の一人鹿島が雑踏の中から貴族の女性の一人に近づき肩を抱いて胸を揉みしだく。そして、貴族達は鹿島の指示に従い部屋を後にする。抱かれていた女性も突き放されると、部屋を出ていく。
「あいつら、俺のスキルで夢の中にいんの。【幻魔術師】って知ってる? お前等も嵌めてやろうかと思ったけど、中森の【紋章】のせいで全部防がれてさぁ。まぁ裸に剥いたら効くようになるでしょ」
「悪趣味」
「おもしろーい」
小清水が切って捨てる。フクは一人感心していた。フクにとって人を操る術は全て学ぶものだ。
「貴族を操っていたと、それで? ネタバラシはこれだけ?」
アナスタシアが腕を組みながら質問をすると、デルモは首を横に振り指を鳴らした。
その合図でゾロゾロと兵隊と冒険者が部屋に入ってくる。
「力づく? 意外と単純な……なっ!?」
「噓でしょ!?」
「あーなるほど。力が強化されて、回復力まであがる理由はこれか」
ヒットが驚愕し、叶が手を打って納得する。
入って来た兵隊と冒険者の中には、角が生え、異形となりつつあるものが紛れている。
ファスがその姿を見て、魔力を読み取った。
「魔物が化けているわけではないようです。彼等は人間です。呪いの正体は人を魔物に変えるものですか。この状態になるまで、巧妙に隠されています」
「ほう、良い眼をしている。今夜こそは万願成就の夜。皆さまには今しばし余興につきあっていただきたい。私の目的についてです。姫様は私の目的はなんだとお思いでしょうか?」
「自分で言ったじゃない『主の復活』ってね。『災厄の悪魔 カルドウス』の復活でしょう?」
その名前を聞いて、他の一行が反応する。
ファスとフク、そして叶がスタンピードで出会ったデーモン種の魔王。
その名前だった。
「流石です姫様、ただし目的というわけではない。私に力をくれたあの御方の命ではあるが、私自身の願いは別にあるのですよ姫様。私はね、価値あるものの『堕落』が好きなのです。この街は誇りに溢れ、価値あるものだった。ただしそれは金に変えられないもの。それが貶めて、汚してしまうと不思議と金で測れるようになる。それが好きでした。そんな私を見出してくれたのがあの御方でした。私に力をくれた。そして富と不死を約束してくれた。私は得た力を使ってこの街の全てを手に入れる。さぁ幕を上げましょう、聖女と姫、そして美しい女達が砂に沈むという悲劇を。この場所に聖女様が来たことは想定外のことでしたが、喜ばしいことです。貴女を手中に収めればあの御方の敵は『勇者』のみとなる」
「おっ、そろそろ俺のスキルが効きそうじゃん【魔物使い】でバフを撒くコンボ、マジでコスパいいよね」
吉田が【スキル】を使うと、苦しみながら魔物へと変わりつつある兵隊と冒険者が武器を構えた。
その身体から黒いオーラが浮かび上がる。
「私の前で、呪いが効くとでも?【星涙解呪】」
叶が【解呪】のスキルを振るのと同時に、その足元に魔法陣が浮かぶ。
「叶っ、なんで、視えなかった……」
ファスが手を伸ばすが、魔法陣から現れた触手に阻まれる。
「我が主の力ですからね。闇に紛れ這い寄る魔力を読み取るのは困難でしょう。本来は姫様に使う予定でしたが、その陣は我が主が婚姻に使うものです。まぁ、奴隷契約に近いですかねぇ。契約内容は……【命令順守】【スキル封じ】あとはお好みでしょうかね? あぁ、楽しみですよ。貴女を堕とすのが」
「舐めないで【破邪の星壁】」
青い光が、球体の壁となり叶を触手から守り、触手がそれに纏わりつく。
すぐに他のメンバーが叶を助けようとするが、次々と生えてくる触手と魔物化した兵隊達からのスキルに妨害される。
「流石、聖女様。では余興を続けましょう、転移者様楽しんでください」
「おーし、行けおまいら」
「ギャハハ、せっかくだし幻覚を張るわ」
「意味ねぇっての、【煽動】でバフかけて。デルモさん、地下から魔物も呼んでいいっすか?」
「元よりそのつもりです。敵は手練れです。質より数で押しつぶしましょう。主の力で魔物の力も強まっています」
ぞろぞろと魔物化した兵隊に冒険者、それにどこからか魔物達も押し寄せてくる。
床からは触手が湧き出て、行動を阻害してくる。大部分は叶に群がるがその他の触手はパーティーを攻撃しようとのたうち回る。
あまりにもおぞましい光景。しかし、それと相対した叶達はむしろ待っていたというように構える。
「やっと出番ね。A級冒険者の力見せてあげるわ」
「聖女様どれくらい持つ?」
「……あんまり長くないかも、というかこの状況……いいこと考えちゃった♪」
「カナエ、無理はしないでくださいよ。フクちゃん、船で練習した連携できますか?」
「うん、暴れるぞー」
「留美がいなくてよかったわ。まったくあの女の敵、さっさと戻ってきなさいよ」
三馬鹿達が腕を振り下ろし、敵がパーティーに押し寄せていく、ファスの氷柱がせり上がったの合図に、広間での戦闘が始まった。
ということで、広間組は戦闘に入りました。
なんか叶さんが良からぬことを考えているようです。
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションが上がります。更新頑張ります。
感想&ご指摘いつも助かっています。やる気が上がります。






