第百三話:どうしてこうなった
「あー、やられたやられた。クッソ、今すぐ稽古したい」
今の試合で得たことは本当に多い。【ふんばり】の新しい使い方、体捌き、拳の使い方。
このままここで反芻をしたい気分だ。
「ご主人様? いい加減本当に怒りますよ?」
……ファスからガチ目の冷気を感じる。ここは大人しくしとかないと、氷漬けにされてそのまま寝床に縛り付けられそうだ。
「じょ、冗談だって」
「絶対嘘だべな。とりあえず、フクちゃんの泡も塗ったし、これで大丈夫だべ」
(マスター、タノシソウダッタネー)
フクちゃんの泡を浴びせられながら、顔にはトアが布に軟膏を塗ったものを貼り付けてくれた。
腫れももうほとんど引いているってのにな。
「いやぁ、お姉さんびっくりしちゃったよ。ギルドからの報告書は読んでたんだけど、ヨシイって本当に打たれ強いね」
「まったくよぉ、自信無くしちゃうわぁ」
呆れたようにヒットさんとアナさんも言ってきた。いやいや、ヒットさんも大概だったけどな。
今日の気づきを形にしてからリベンジを申し込みたいぜ。
「まったく、これから街に出ようってのに。二人ともやりすぎだよ。ちょっと手合わせするって話だったのに」
「ごめんねぇ、やっぱり拳で男の子と語らう喜びには勝てなかったわぁん。聞いていた以上だったしね。これは鍛えがいがありそうだわぁ」
「稽古つけてくれるんですか?」
だとしたらありがたい。
「私が直接相手するってわけじゃないけどねぇ。まぁそっちはおいおい話をするわ。今の手合わせで坊やのするべきことがわかったから。他の子達についてもいろいろしてもらうことがあるから、準備しとくわね♪」
バチコンッとウインクが飛んできた。うぅん。なんかオカマ慣れしてきている自分が嫌だ。
「さっ、遊んでらっしゃい。一応これがこの辺りの簡単な地図ね。あと、坊やはこれを着けなさい」
渡されたのは町でよく見た砂除けの顔当てだった。
「街には他の転移者もいるわ。まぁ気休めだけど、一応【鑑定防止】付きのものよ。というか貴方達、C級冒険者なら【鑑定防止】のアクセサリーくらいは身に付けなさい。彫金師の場所も地図に描いてあるからね。とりあえずギルドの備品を貸しておくわ」
「ありがとうございます」
顔当てを自分で上手く巻けなくて、ファスに手伝ってもらいながらついでにアイテムボックスから替えの服をだす。ちなみにヒットさんの炎のパンチでもフクちゃんが編んでくれた下着はまったく無事だった。
軽傷で済んだのはこの下着のおかげもありそうだ。流石フクちゃん恐ろしい子。
細々準備があるから後でと言われ、ヒットさんとアナさんと別れてギルドを出る。
ファスはいつもの防具にローブだけど、トアは防具を脱いでいつ買ったのか白を基調としたエスニックな服にストールを巻いた砂漠の街に相応しい恰好をしていた。
フクちゃんもそれを見て興味を持ったのか、ワンピースを長そでにして少しトアの格好に寄せている。
もはやその辺自由自在なのか。
「ファスはいつもの格好でいいのか?」
「えと、どんな服を着ればよいのかわからないので」
「ボクが選んであげる―」
「それはいいべな。オラ達でファスの服を選ぶべ」
寄る所は色々あるようだ。ギルドがある場所は大きな通りに面しており、人通りも多い。
道行く女性を見れば、防具を付けている人もいるので別に悪目立ちはしなさそうだ。
前居た街では獣人も多かったが、この街ではナノウさんのような小人も多くいるようだ。
比率でいえば人族:4 獣人:3 小人:3 ほどの比率に見える。エルフは見ないがいるのだろうか?
「前居た所より、小人の人が多いみたいだな」
「小人族は気温が高い地方の方が多いらしいです」
へぇ、なんでなんだろうな。その辺何か理由がありそうだが。
なぜだかはファスもトアも知らないらしい。
さて、まずはファスの服からか。
着替えもほとんど同じ物だったファスだが、流石にこの街では厚手のローブは少し目立つ。
といっても、顔を出せばそれはそれで目立つからなぁ。
そんなことを思いながら、大通りから少し離れた出店通りに行く。
交易の町は出店が中心だったが、このグランドマロでは出店は小規模で普通の店のが主流らしい。
狭い場所に無理やりに詰め込まれたように出店がならび、不衛生な匂いがする。
ただ、冒険者は多く利用しているようで活気に溢れていた。
「うん、まぁ高そうな店よりこっちのが落ち着くか」
そんなことを思いながら、とりあえず出店通りを進む。
下手に高級店に行くのもあれだしな。ついでに近くにある薬師ギルドに行ってマイセルのことも聴きたいな。いやー新しい場所に来るとやること一杯だ。
宿はギルマスが手配してくれるらしいが、今日中に回り切れる気がしない。
「さて、掘り出しもんはあるべかな」
「あの、露出が少ないのでお願いします」
「ダイジョブ、ダイジョブ」
女性の買い物は長いというのが相場だが、トアとフクちゃんはすぐにファスの服を選んで、銀貨数枚で購入していた。恰幅の良い女性が色々勧めてきたので僕もゲームの主人公みたいなマントを買った。
砂を防ぐのに丁度良さそうだ。
出店の裏に布で囲まれた着替えができるスペースがあり、そこでファスが服を着替える。
表で待っているとファスが出てきた。
「あの、トアこれは流石に目立つのでは?」
「おぉー」
「うーん、まぁもうちょい顔だしても良かったべかなぁ」
「ファス、にあってるー」
思わず声がでた。
薄手の頭巾で耳を隠し、口元は透ける生地のフェイスカーテンで隠している。しかし宝石のような翠眼と、わずかに透けている顔のラインのためその美貌を隠しきれておらず、むしろ見えない部分に引き付けられ妖艶に感じる。
後ヘソ! ヘソが出てる。服の知識がないのでなんと言えばいいのかわからないが、布を巻き付けたようなスカートにヘソだしの踊り子のような服だった。大丈夫か? 防御力0じゃないか?
ヴェールを流すように体に巻いているが、そのせいでヘソがチラチラしていて、普通にエロイ!
実際、道行く男がじろじろとファスを見ている。
というかトアとフクちゃんにも視線を感じるな。
トアは高身長かつ、切れ目の美人だし(あと胸部装甲がすごい)。
フクちゃんは幼いように見えるが、その造形は人間離れした器量だし。
ファスは言わずもがなだ。ぴったりしたラインの服は細身なファスによく似合っており、特に肩からの身体のラインは普段ローブであることとのギャップもあってわりとクリティカルヒットである。
顔が赤くなってる自覚あるぞ。
今までは特に意識してなかったけど、僕ってとんでもない女性に囲まれてるよな。
「や、やっぱり着替えます。もしくはローブを……」
「いや、似合ってるぞ」
「まぁまぁ、せっかくだし。今日くらいはいいでねぇか」
「ほかにも買うのだー」
流石にこれを普段着にはしないようで、着替えや厚手の服、ダンジョンでも着ていけるようなしっかりした丈夫な服も買っていた。結局ファスはカーディガンみたいなものを買って露出をできる限り減らしていた。ただヘソは見える(ここ重要)。
次に向かったのは薬師ギルドだ。初めて入ってみるが、いきなり受付があり所属している人間以外は奥まで見ることもできない。
開かれている印象の冒険者ギルドとは全然違うな。僕等を見て(僕以外の三人を見て)やや驚いていたが、C級の冒険者の証明書を提示すると話はとんとん拍子に進み、マイセルの依頼を受注していることを教えてくれた。
良かったちゃんと受注できたんだな。
「フクちゃん。マイセルの居場所わかるか?」
「わかるよ、うーんと、もっと端のほう」
街の中心から離れた場所にいるらしい。依頼はちゃんと受注できているようだし、また今度会えばいいか。
「よっし、いよいよ。カジノに行くか」
「オラ、そういうの初めてだべ」
「私もです。ちょっと怖いですね」
「たのしみー」
僕だって初めてだ。ちょっとワクワクする。
さて、出店通りから大通りへ出て、街の中心へ向かうと道ゆく人の層が明確に変わっていく。
まず装飾品を多く身に着けている。
娼館もあるらしく、客引きをする女性もちらほら見られ、凝った風貌の建物が色んな所にある。
電飾のような光る看板に、噴水、砂漠に似つかわしくない観葉植物。
衛兵の姿も多く、商人達や見るからに金持ちといった男達が我が物顔で往来を闊歩している。
かと思えば、防具を身に着けた冒険者の姿もあり、大声で笑いながら酒場に入って行く。
チラリと覗くと、ステージに露出の激しい衣装を着た踊り子が乗り扇情的なダンスを踊っている。
テーブルにはこれまた砂漠に似つかわしくない、魚やエビの海鮮料理が並んでいた。
そういや、ちょっと前にサリココっていうでかいエビ(トアが言うには虫の一種らしい)を食べたな。確かあれも砂海でとれたもののはずだ。
他にも色々みたい場所はあるが、まずはカジノだ。
地図に示されたカジノは、派手な装飾がされたトンネルが入口らしく、入ると下に続く階段がある。
驚いたことに地下にあるようだ。
キョロキョロと周りを見ながら進むと、ファスが驚いたようにため息をつく。
「はぁ、びっくりです。ご主人様この先はどうやら魔術で空間を広げているようです。すごいですよ」
「マジか、流石異世界。面白そうだ」
「香水の匂いがすごいだな。酒の匂いもするだ」
「マスター、手ぇつないでー」
人間の姿でも人見知りをするフクちゃんは手を握って僕の陰に隠れるように歩く。
階段を下りていくと、空港の検問みたいな場所があり、ガタイの良い男性がいた。
どうやら入場料がいるらしい、初回だとなんと金貨一枚らしい。
「一人一枚ですか?」
「楽しまれる方一人につき一枚となります。お付きというのでしたら、ゲームはできませんが入場料は払う必要はありません」
なるほど、遊ぶならってことか、皆で遊ぶつもりだったし四人分金貨四枚渡すとバッジを渡された。
二匹の蛇が巻き付きあっているちょっとこったデザインのバッジだ。
これを付ければこの街全てのカジノの出入りができるようだ。
さらに、これを渡すことで換金もできる、つまりこのバッジは僕等がオケラになった時の担保でもあると。
金貨一枚分は負けてもバッジを返せばいいわけか。その代わりまた遊ぶにはお金がいるようになる。
会員証みたいなものかな?
バッジを見える場所に付けていよいよカジノに入る。
まるでお祭りだ。ミニ四駆みたいなコースでサソリが走っているのを血走った目で応援している者。
カードで賭けをしながらゆっくり酒を飲むもの、ステージでは変わったギターみたいな音が囃し立てるようにかき鳴らされ、奥の方までは見渡せないほどに広い。
機械的なスロットマシンのようなものすらあり、いたるところに酒を注文できる場所がある。
入口でボーッしていると邪魔なので、とりあえず一周回ろうと、カジノを見回る。
途中換金できる場所を見つけたので、金貨二十枚をコインに変える。
豪遊! 圧倒的豪遊! だって袋一杯お金あるし、遊ばなきゃ損じゃん。
金貨はまだまだあるし。
金貨一枚で赤いコイン10だった。というわけで二百枚のコインを50枚ずつに分ける。
「ご主人様、私は奴隷ですよ! このバッジだってゲームで手助けするのに必要だと思って買っていただいただけで……」
「コイン二十枚つまり金貨五枚……オラの値段が白金貨一枚だったから……なんか頭痛くなってきたべ」
「わーい、マスターありがとー」
ファスとトアは自身でお金を使うことが不安らしい。フクちゃんは普通に遊ぶ気らしい。
「スタンピードでのことを考えれば、このくらいは当たり前だって。別に負けてもいいから遊ぼう! ヒットさんも街のことを知るには遊ぶのが一番って言ってたしな」
賭け事で素人が勝てるとは思わない。ここは勉強代だと思って割り切って使い切るつもりでカジノを楽しもう。周囲の人間も湯水のように金貨を払っていた。
金銭感覚狂いそうだな。装備にもお金使いたいし、無駄遣いはだめだけど、このくらいは大丈夫。……だと思う。
結局ファスもトアもコインを受け取り銀のお盆に上に積んでいた。
この辺で周囲の視線が集まって来た。目当ては言わずもがなパーティーの女性陣、その中でもファスに対しての視線が多い。
視線を避けるように歩きだすと、ちょっとした騒ぎに遭遇した。
『おいおい、あっちでとんでもない金をかけている奴がいるってよ』
『そんなの、ここじゃ珍しくないだろ?』
『それが、その賭けている奴が転移者様らしいぜ』
『あぁ、最近この街でみる好色の転移者様だな。ちょっと見に行くか?』
『馬鹿っ、下手に因縁つけられたら破滅だぞ、でも連れている女はちょっと見てみたいな』
みたいな内容だった。周囲に明らかに毛色の違う人間もいるし多分護衛が見回っているのだろう。
うーん、できれば会いたくないな。
「ご主人様。皆で固まっていると貴族側の人間に気付かれてしまうかもしれません。ここは別々に行動しませんか?」
いや、これだけファスに注目されているのに離れるのは抵抗あるぞ。
また転移者に絡まれたどうすんだよ。
「フムそれがいいべな。せっかくだし皆でどれだけコインを増やせるか勝負するべ。ただ、ファスは目立ってるから一人は止めた方がいいだ」
「どうするー?」
「じゃあ、今回は僕がファスといるよ。いつもフクちゃんに任せてるし」
「じゃあ、フクちゃんはオラと一緒に回るべ。適当に遊んだらフクちゃんの糸を使って集まるだ」
というわけで、僕とファス、トアとフクちゃんというペアでカジノを回ることにした。
しかし、好色の転移者っていったい誰なんだか、間違っても近づかないように気を付けよう。
まぁ目立たないようにすれば大丈夫か。
……なんて思っていた時期が僕にもありました。
数時間後
下手すれば100人以上のギャラリーの輪の中に僕等はいた。
目の前には初めの何倍にも膨れ上がりうずたかく積まれたコインとカードを持つファス。
何もしてないくせにファスを従えるように椅子に座りふんぞり返る(ように見えていると思う)僕。
そして僕の膝で首に手を回すフクちゃん、椅子の横でこれまた積まれたコインを無造作に運ぶトア。
僕等の対面には、黒髪がのぞく雑な金髪に染めた、恐らくは同級生の男が忌々し気にこちらを睨み付けている。
男の周囲には扇情的な恰好をした女性がいるが、目に見えて怒る男から距離をとっていた。
トアがグラスに酒を入れて持ってくる。僕はそれを相手に見せつけるように飲み。
笑みを浮かべながら心の中で叫んでいた。
『どうしてこうなったあああああああああああああああああ』
どうあがいても、厄介ごとになるのが吉井君です。どうしてこうなったかは次回でございます。
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