第百四話:無邪気な女王
『どうしてこうなったあああああああああああああああ』
と吉井が心の中で叫ぶ事から数時間前までさかのぼる。
吉井達と別れたフクとトアは、コインを乗せた盆を持ってカジノを歩いていた。
トアは落ち着いた様子で耳を動かしながら周囲をのんびりと眺めているが、一方のフクは人見知りをしているのか、トアの服を握りながら忙しなく首をキョロキョロと左右に動かしている。
しかし、次第に好奇心が勝ってきたのか、トアの背から出て積極的にテーブルを覗き始めた。
その様子を見て柔らかく微笑みながらトアが話しかける。
「なんかおもしろそうなゲームはあったべか?」
「わかんなーい。うーん、なにしよう?」
そう言って首を捻る仕草はやはり子蜘蛛の時と同じである。
「錬金機械のゲームはよくわかんないから、ディーラーとやるゲームなんていいんでねぇか、ルールを教えてもらえるべ」
「そうかー」
(この街のことを知るには、人と話すのがいいべな。できれば転移者やこの街の実情を知れればいいだけどなぁ)
おそらく、旦那様もファスもゲームに熱中しそうだなぁ。と思い、一人情報収集をしっかりしようと決意したトアはフクと一緒に手近にあるテーブルに座る。
その場所では絵札を使ったゲームが行われており、宿屋で従業員が休憩中にしていたのを見たことがあった。
「フクちゃん、このゲームならオラしってるべ。一緒にやってみるだか?」
「りょうかい」
丁度空いた席に二人で座ると、長身の美人であるトアに幼くそれでいてあまりに整いすぎた容姿のフクに、ディーラーを始め周囲の客の視線が集まる。
視線を感じ取ったフクは不安気にトアを見るが、トアは目線で大丈夫と励ます。
励ましを受けたフクが、おっかなびっくり椅子に座り、足をブラブラさせながら目の前の白い枠線の中に一枚の赤コインを置いた。
フクはただ周りの人間の真似をしただけでルールを知らなかったのだが、それはゲーム開始の合図となる。
二人が遊んでいるのは『ドラゴンカード』という遊びで、ディーラーから配られる13種類の絵札を組み合わせて役を作り点数をディーラーと競うというものだった。
役を作るためにディーラーにカードを要求するが、カードの組み合わせによってはバスト(無条件の敗北)となる。
ディーラーがどんなカードを持っているかわかりづらいため、基本的には運要素の強いゲームとなり、周囲の客との駆け引きもあまりないゲームだった。
兎耳の露出が激しい服を来た獣人が、一礼をしてカードをシャッフルして配り始める。
トアやフクに引き付けられるように、空いた席にも人が座っていき、テーブル全てにカードが配られる。
数ゲームをこなした結果、トアは当初50枚あった赤コインを62枚まで増やし、フクは10枚まで減らしていた。
「むぅ、むずかしい」
「まぁ、このゲームは運だからなぁ」
トントンとテーブルを叩くことでカードを要求しながら、フクに役を教えつつゲームをするトア。
「うーん、ちょっと、見てる」
フクはコインをかけずトアの横でやり方を見ることにしたようだ。
それから数ゲームでトアは勝ち負けを繰り返しながらコインを少しずつ増やしていく。
「景気いいねぇ、お嬢ちゃん」
何回目かのゲームでコインを増やした時、不意に隣に座った白い服の中年がトアに話しかけた。
トアは、自然な仕草で胸元を少し緩め男の方を向く。
「おかげさまでな、今日は運が向いているようだべ」
その独特な話し方で怪訝そうな顔をするものの、すぐにトアの胸に男の視線が固定された。
「お、おう。あんた、見ない顔だね。その子は奴隷かい? 随分と値打ちがありそうだが?」
フクの頭を撫でながら、トアが言葉を返す。
「いんや、大事な友達だべ。ところでおっちゃんはこの街長いんだか?」
「あぁん? そりゃあ長いよ、この辺じゃあちょっとは顔の知れた男だぜ」
その言葉を聴いて、トアの顔に薄い笑みが浮かぶ。
「オラはまだ、この街に来たばかりなんだ。この辺のこと教えてもらえたら嬉しいんだけんども」
並べていたコインを手早く集めて、わずかに身体を寄せてトアがそう言うと、二つ返事で了承が飛んでくる。
(うーん、オラが色仕掛けなんかできる日が来るとはなぁ。さてフクちゃん聞こえるだか?)
指先に巻き付けた糸から念話をフクに飛ばす。
(きこえるよー)
(ちょっと、この街のこと、おっちゃんに聞いてくるべ。なんかあったら呼ぶから行ってくるべな)
(小さくなってついてこうか?)
(いんや、流石に毒でも盛られない限りは大丈夫だべ。せっかくなんだから遊んでればいいだ)
(まかせろーばりばり)
(ばりばりってなんだべ?)
といった会話をしながら、近くのカウンターに行き。トアが男と話を始めた。
手持無沙汰となったフクは、カードはよくわからないと、トアからあまり離れないように他のゲームを探す。
そんなフクに男女問わず視線が集まる。あまり居心地の良い思いはしなかったが、その視線を感じているうちにフクは、自身の身体の動かし、視線の変化を探り始める。
手すりに摑まる。
周囲を見渡す。椅子に座る。
一挙手一投足に熱を持った視線が集まる。
「なるほどなー」
意識したわけではなかったが、この身体を作る為に取り込んだテントゥ・アラクネは、敵対していた冒険者すら虜にするほどの魔性、しかもフクが自分の物としたのはその種の頂点とも言える魔王種である。
あまりにも常軌を逸した魅力、例えそう言った性癖がなかろうが、視線が交われば男は生唾を呑み込む。
話しかけることすらはばかられる。気を抜けば魂すら差し出しそうになるほどの美貌。
それまでは、人見知りゆえに【隠密】を使い、注意が自分に集まらないようにその力を抑制していたが、ひとたびそれが緩まれば男女問わずまともな思考ができないほど引き付けられる。
いままで考えたことすらなかった、新たな自身の【力】。
そのことに気付いた時、フクは無邪気な笑みを浮かべた。
しばらくして、街の情報を集めたトアがやや強引に男をまいてフクちゃんに合流しようとすると、奇妙な人混みが目に付いた。
人々は異様な熱気で先ほどのゲームに熱中している。
だが様子が変だ。人をかき分け進むと、信じられない光景がそこにあった。
テーブルで行われているのは、先ほどやっていた『ドラゴンカード』だったが、その有様はまるで先程とは違う。
ニコニコと無邪気に笑みを浮かべるフクの前に店員が山のようなコインを積み上げる、そしてろくに要求もせずに静観していると。周囲の人間達はこぞってコインを積み上げては要求を行い、勝手にバースト(無条件の敗北)していく。
そしてそれが延々と繰り返されているのだ。
「もっとだ、もっと賭けるぞ、ヒット、ヒット、バーストだ。彼女の勝ちだ」
「負けないと、もっと褒めてもらわないと……」
「金を、金……そうだ。この首飾りを換金すれば……」
ついには身に着けている物もコインに替えて賭けては自分からバーストしていく人々、その中心にいる白髪灼眼の少女はトアを見つけるとコインに埋もれながら手を振った。
「トア! これ、たのしーねー」
「……やっちまったべ」
気が遠くなるような心持ちの中、トアはすぐにフクちゃんを騒ぎから連れ出し。
念話にて吉井に連絡を入れる。
(旦那様、聞こえるべか。ちょっと、いや、大問題だべ、かなり目立ってしまっただ。一旦合流してここを離れた方が……)
(トア、不味いことになった。貴族と転移者に絡まれてる。どうすりゃいい!?)
言い終わる前に、吉井からの悲痛な叫びが頭の中に響く。
吉井の現状を聞いていると一周回ってなんだか楽しくなってくるから不思議なものだ。
「アハハッ、こうなりゃヤケだべ!! フクちゃん、旦那様を助けに行くだよ」
「こまったマスターだなー」
もはやワゴンにコインを積み上げて運びながら、二人は吉井の元へ急いで行く。
フクちゃん……恐ろしい子。元々が蜘蛛であるフクちゃんは搾取ということ大して容赦がないようです。
次回予告:そのころ吉井君とファスは……
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