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87. 盗み聞き

 ダークエルフ以外に活動をして、構図的に飛逆たちに対立している者がいるかもしれない。

 これの何が重要なのか。

 考えてみるがすぐにはわからない。


 直感は、無視してはならないと警告してくる。


(もし生き残りがいるとして、そいつらって何ができるんだ?)


 トップランカーよりも戦闘力が高い可能性は低い。

 定期的にクリーチャーが出現するような場所で万年戦っているような連中がトップランカーだ。そんな連中よりも強いというのでは奴らも立つ瀬がないだろう。まあそもそもトップランカーより多少強いくらいでは何も障害にならないのだが。

 これを覆す場合があるとすれば、その生き残り共は怪物であることになる。


(あるか? そんな可能性……)


 完全にないとは言い切れない。前回でたった一体を勝者として塔が復活したのだというのも実のところ確証は一個もないのだった。前々回勝者対前回勝者という対立構造だった可能性もある。実はチーム戦だったという可能性の話だ。


(でもな……これまでそれっぽいのって出てきてないし、全部神樹の仕組みで説明が付くことしかされてないんだよな。【能力結晶】以外)


 あくまでも可能性として頭の隅に置いておくくらいしか考慮の必要が認められない。せいぜいダークエルフにはまだ見せていない【能力】があるかもしれないと警戒するのと何も変わらないからだ。それはとっくに心構えしている。


(とすると、フツーに【能力結晶】、というかルナコードの製造ノウハウを持ってる『人間』がいて、ダークエルフを捕まえてもそいつを殺してしまったらアウトって可能性のほうか、警戒すべきは)


 要するに、生き残りがいたなら殺してはいけないということだ。


(……いやまあ、元々派手なことするとダークエルフが死んじまうかもって話で潜入なんて面倒なことしてんだし、やっぱりやること変わらないな)


 強いて言うなら、手加減がもっと必要になり、そいつらが死なないように立ち回る手間が増えたと言うことだ。


(力による圧倒的な解決が好きってわけじゃないが、正直ダルいな……)


 戦い自体は好きなのだが。

 情報戦の範疇だし、一応これも戦いなのだろうけど。

 もっと脳をチリチリとさせてくれるようなものが欲しい。やってることからも、目的がそもそもこれでは産業スパイである。ダークエルフに行き着いた先に、チリチリさせてくれることが待ち受けていればいいのだが、その見込みが余計に減ったというか。


 最近はデスクワークではないが研究ばっかりしていたし、この世界に来る前には習性ですらあった肉体の追い込み訓練をそういえば一度もやっていない。ヒューリァのための特訓は例外として。


 合理的な飛逆は生まれた瞬間から植え付けられていた習性を、原結晶が手に入る現状では無意味と断じて理性で押さえつけてしまったのである。その習性と理性の齟齬による軋轢が脳を焦がすほどの戦闘への希求を生んでいた。そしてそれにこれまで気付かなかった。


 とはいえそれはさすがに根本的な問題ではなく――


(要するに俺、やるべきことは沢山あるけど退屈してんだな……。戦いってことでその退屈が紛れるかもって期待してたのか)


 ようやく自覚した。

 これまでどうしてそんな齟齬に気付かずにいられたのかということだ。


(さっさとやるべきことを片付けて、終わったらヒューリァの寝顔でも見て癒されよう)


 この作戦で最大の問題点は、一人であるということだと、ようやく気付いた。


 ここまで単独であるという状況を、そういえば飛逆はほとんど、この世界に来てからは体験していない。大抵はミリスと話せる状況だったし、それ以外だと必ずと言って良いほどヒューリァが傍にいた。


 気付かない内に随分と『孤独でない環境』に馴れてしまっていたようだ。

 それが悪いことだとは思わないが。

 現実に、今は単独であるわけで、これを意識していなければきっと油断してしまう。

 それどころか無意識の内に戦闘を――退屈を紛らわす何かを求めてしまっている。よくない傾向だ。あえて危険なことをしてしまいかねない。


 作業と割り切ってしまうのがいいのだろう。


 広大ではあるが、通れるところに限定すれば地下街を巡るのはそれほどの手間でもなかった。やはり元々地下街が存在したのだ。通路が埋まっていたり、部屋が潰れたような行き止まりも多かった。


 マッピングを済ませて、ヒトの気配が一切見つからないことを確認する。ただ、生活の残り香はあった。どれが誰のということは、さすがにわからないが、複数の匂い。もう確信する。ダークエルフ以外にも活動している誰かがいる。さすがに人数の特定はできないが、想像以上に多いという可能性が散見された。


 念のための破壊工作(クラッキング)も仕込み終わり、今度は逆走する。


 ここまで情報が揃えばもう確定だ。

 ダークエルフはほぼ間違いなく、ここの住人を引き連れて、脱出転移ポイントの向こう側に移動している。


 仮に違ったとしても地上とは違い、通路を辿れば必ず辿り着ける。

 これまで通ってきた道を逆走し、それから更に十㎞ほど行った辺りで、奇妙な音を捉える。


 この辺りに来ると通路の歪曲が激しくなって、隠れることには事欠かない。足音を殺して様子を窺ってみると、なんか樹が生えていた――いや、立っていた。


 動いている。根をタコの足みたいにうねらせて、通路に三体ほどが陣取っていた。


 一瞬思考が停止してしまう飛逆である。

 巨大アフロダコにしか見えなかったからだ。幹の部分がストレートなのでどちらかというとアフロイカだろうか。どっちにしても凄まじいまでの違和感だ。


(いやまあ、重要なのはそこじゃない)


 どういうわけか、そのアフロダコだかイカだかは、外で散々見てきた神樹のそれと違い、メタリックな光沢がない。それもまあ多分重要ではなく、


(動ける眷属が作れたのか……)


 そこが注目すべきところだった。


 よくよく観察してみれば、その三体の神樹もどきはその根や枝を通路の壁に融合させている。それが脈打っている音が、飛逆の耳に捕らえられたらしい。


(寄生植物というか、おそらく動ける代わりに自己生産ができないんだな。だから同族からエネルギーをもらっているってところか。……つまり充電か)


 してみると用途はおそらく、運搬移動用だ。幹の中央にヒトが三人ほど座れるような形状になっているのがそれを最も示唆している。蔦が絡まって吊革のようになっている辺り、なんていうか芸が細かい。


(ホントに俺と似てるのかもしれん……)


 騎乗用赤毛狼と似たコンセプト(燃費の悪さと引き替えに機能増設)だと察した飛逆はちょっとげんなりした。


(いずれにせよ、確定だな。身体能力がヒト並みの奴らがいる)


 わざわざそんな燃費の悪い眷属を使ってまで運ばせたのだ。飛逆のように遊び心の発露というのでなければわざわざ乗り物を用意したのだと考えられる。


(まあ、ダークエルフ自体が本当にヒト並みって可能性もあるけどな)


 実はありえない可能性でもない。三体いるのも、燃費が悪いから交互に使用しているのだとか、そういった可能性は極小とはいえ存在している。怪物だからといって必ずしも人外レベルの体力を有しているとは限らないことは、初期の頃の飛逆やミリスを見ればわかる。けれどだからこそ、自分以外のヒトを部下にしているという可能性もまた、増えるのだった。


 他の動的気配がないことをしばらく観察することで確認した飛逆は、そっと移動してそのアフロイカにクラッキングウィルスを仕込む。


 運搬用であることは確実なのであり、逃走防止のためだ。

 まあ、おそらく無駄に終わるが。

 このアフロイカがどれくらいの速度で動けるのかはわからないが、飛逆の疾走で追いつけないとは考えづらい。


 番犬的な役割ですらなかったらしいアフロイカをやり過ごして進めば、少し行ったところで横穴が空いていて、そこから延びる螺旋階段があった。もちろん下へと向かっている。


 ただ、これまで進んできた道もまだ続いている。


 どちらに進むべきか少しだけ悩んだが、階段を行くことにした。ここまであからさまにヒトに気遣ったような構造をしていると、どうしても気になる。


 階段はさほど続いてはいなかった。


 踊り場のような空間に出て、突き当たりのすぐ傍に、よく観察しなければ発見できないまっっすぐな亀裂が走っている。


 階段と壁をクラッキングして、素直に亀裂をこじ開けるのではなく、亀裂のある壁の横の壁を溶解毒で溶かして行くと、やや歪曲した空洞が現れる。やはりここも二重壁構造だったらしい。ただし丸くなく、床もある。どうにか飛逆くらいだったら通れそうだ。


 じわじわと閉じていく穴を通り抜けて、ここに来るまでに集めたクラッキングしたヒカリゴケを翳して横歩きしていく。


 やがて――話し声を捉えた。

 通風口からだ。


 ボツになった作戦ではミリスと連絡を取り合うことを前提で準備していたため、【言語基質体】は予備があるし、すでにインジェクトしていて効果時間はまだ継続している。


 ただ、厚い壁を穿った通風口のため、音が混ざってよく聴き取れない。

 近づいて聞き耳を立ててみる。


『――気のせいだったみたいだね。特に異常ないよ』

 ちょうどそんなことを言っている、変声期前の少年のような声が聴き取れた。


『耳鳴りがしたんですけどね?』


 こちらは変声期を抜けた直後というくらいの青年の声だ。


 というか穴を空けたせいで気圧が変化したことで、敏感な者が何かを察してしまったらしい。さすがに近すぎたか。


『んー。キミが言うなら、何かあったかも。でも、あんだけ爆発とか起こってたからねー。破片が飛んで変なことになっただけかもしれないよ? 前に【全型】が地上で暴れ回ったときも、結構後までキミ、不調を訴えてたじゃない。変な臭いがするとかー、頭が痛いとかー、やっぱり耳鳴りがするとかー』


『前回と同じように、例の虎型がドサクサに紛れているとはお考えにならないので? 今度は我々が地下に潜伏していることに気付いているかもしれません』


『ないと思うけどなー。今までの感じからも、あっちのリーダー格くんは二番煎じはよっぽどじゃないとやらないだろうし、多分あの転移離脱封じを吹き飛ばせるかどうか試してみただけだと思うよ』


『では、そのリーダー格が自ら出向いてきたならば? 確か炎を操るのでしたよね。であれば爆発に乗じて……』


『しつこいねー。何度も言うけど、そんなん無理だって。だったら飛び出た瞬間にボクの使い魔が気付いてる。【全型】がオーラ隠せるなんてチートもいいところなんだから。アレはモモコちゃんのユニーク。これ絶対』


『絶対などと、軽々しくお使いにならないよう、ヴァティ様――……』


 足音が響き、遠のいていく。

 どうやらダークエルフらしきヴァティという声の主は、話を切り上げるように踵を返し、それに青年は忠言しながら付いていったという構図のようだ。


(つか、どうすっかな)


 すぐ近くにいたのだ。おそらくは目標が。

 話の内容がアレだったので、ついつい聞き耳を立てるほうに傾注してしまったが、その内容からも、彼(?)は警戒感が薄いようだ。


 青年のほうの感覚(勘)はどうやら人並み外れているらしいが、気配遮断した飛逆を通風口越しに察知できるほどではない。


 ここで飛び出しても捕まえられたかもしれない。

 あるいは今からでも遅くはないのだが……。


(今の話が俺にワザと聞かせたんじゃなければ、本気でダークエルフ本人は警戒していない)


 それは自信の表れであろうか。

 もしそうであるならば、その自信の背景が気になる。

 例えばその背景が、今すぐに飛逆が突入しても対応できるという、戦闘能力にあるのだとしたら。

 その戦闘能力は必ずしもヴァティとかいう怪物になくともよい。


(今青年っぽいほうが、どっちかっていうと俺と思考が似てるっぽかった。今の感じからしてかなりヴァティとかいうのから信を受けているってことで、……俺だったらヴァティに自分を眷属にするように進言するな)


 力を得るために。

 楽天的な主人を、いざとなったら己の体を張って逃がすために。


 あくまで飛逆がその立場だったら、という前提であれば、そうする。


(ヴァティに黙って何かの防備を講じている可能性、あるな……)


 仮に眷属として、限定的にせよダークエルフの能力を用いることができるなら、自説を曲げない主人に隠れてそれを運用して備えている可能性がある。


 そもそも彼だけが配下であるわけでもないだろう。


(なんにせよ、できるところまで偵察してからにするか)


 感覚が鋭い者がいるということがわかっていれば、相応に気をつけるまでだ。


 壁が分厚く、どうやら怪物の体であるためか精気の気配も通さない材質ではあるが、通風口を辿れば全体像を大まかに割り出すこともできるだろう。


 さし当たっては、今の話し声が遠ざかっていった方向へと、殊更に音を殺しながら進んだ。 


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