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86. 異世界でIT戦術(偽)

 半ば勢いでダークエルフの捕獲に飛び出してきたわけだが、さすがにここからは具体的な案があったわけではない。

 気配遮断を行いながら、なるべく小神樹が密でない場所を探して腰を落ち着ける。

 勢いであったために必ずあるはずの問題点の洗い出しを行った。


 まずは。


(ホントに穴が閉じられる前に出られるとはな……)


 もちろん出られるかどうかは半々くらいだろうと予感していたが、いくつかの幸運があったとしても、これは少しおかしい。


(なんであんなに穴が閉じるの遅かったんだ?)


 そもそも数秒をかけて閉じるということがよくわからない。直立したヒト一人と半分くらいの面積だ。埋めるのは容易かっただろうに、なぜあんなに時間がかかったのか。これがなければ飛逆もこの作戦を思い付かなかった。


(誘い、か?)


 その可能性は捨てられない。けれどそうだったと仮定しても、飛逆を釣り出す狙いがわからない。

 ダークエルフがモモコから飛逆のことをどう聞いたか、具体的なところまではわからない。けれどこれまでの飛逆の行動から、飛逆が『敵』に対しては苛烈な選択肢を果断に採り得るモノであることくらいは予想しているだろう。


(俺を釣り出したのかどうかはわからないが、誘いだった場合は俺を封殺しうる何かをダークエルフは持っているってことになるが……)


 それがどんなものであるのか、想像できない。我が事ながら飛逆は、自分を殺しうるほどの何かが思い付かないのだ。


 もちろん精気が枯渇するような事態に陥れば、あっけなく死ぬ。だがそれに最も適した手段は、ダークエルフがこれまで採ってきたような物量攻撃だ。そこにいくらか工夫――今し方潜り抜けてきた罠のような――があればもう少し効率的になるだろうが、それは所詮は枝葉だ。転移直後を狙う以外に確実に飛逆を仕留められる罠というのがあるのかどうか、思い付かない。


(罠は当然警戒するとして、これはひとまず措くか。すると、穴が閉じるのが鈍かったのは別の要因……枝や幹は、動かすことはできても、穴を閉じるみたいに増殖するのが機能的に難しい? だから遅い?)


 樹木で最も細胞分裂速度が早いのは根冠、つまり根の先だ。神樹の根の動きを基準に考えるから遅いのであって、実はあれでも相当早いのではないか。その自然的な樹木の仕組みに準じているとしたなら、ある程度は納得できる。


(まあそもそも、本気で閉じ込めるつもりだったらすげー分厚い蓋を嵌めるのが一番だよな。というか種ミサイルだとか、攻撃を降らせればいい。交渉するっていう体裁だったから、あの程度のことしかしなかったのか)


 一番納得できる理由だ。

 そうなると問題は、なぜわざわざ蓋をしたのか、ということになるが……。


(光、かな。ミリス人形を先に偵察に出すのはあちらも読んでたくさい反応だった。できる限り塔外の情報を制限する目的だとすれば、まあわからないでもない)


 有利となり得ることは一つでも多く用意しておく。そうした理念を持っていそうな相手ではある。だからこれもある程度は説明できたことにしておく。


(一番ありえるのは、俺を釣り出して塔内に攻め込むってことだが、まあヒューリァの戦闘力が俺に比肩しうるってこと、ダークエルフは知らないはずだからな。赤毛狼もいるし、ダークエルフの補給は不可能。そうなったらむしろラッキーだ)


 ヒューリァとミリスが連携すれば、赤毛狼の主導権を飛逆が持っていることを省けば、あの二人の合計戦闘力はともすれば飛逆を上回る。能力的には僅差でも単純に手数が違うからだ。

 ミリスはすでに警戒しているし、ヒューリァの戦闘勘とでも呼ぶべきものがあれば、仮にダークエルフが塔内に侵攻したところで彼女たちが不意を打たれる心配もない。

 ここにミリスと密な連絡が取れるようだったら完璧だったのだが、気配遮断スキルを運用していると通信も遮断されてしまう。


 因みに気配遮断の効果範囲は火炎絶対耐性の効果範囲と同じだ。検証していないが、おそらくモモコのそれよりも範囲は広い。代わりに燃費が悪いし、若干情報処理のリソースも圧迫する。モモコの【能力】から逆算して現象の辻褄を合わせているせいだ。ヒューリァが炎を操るのに飛逆よりも一割から二割余計な出力を要することと似たような理由である。


(さておき、問題があっても対処できるってことにして……どうやって見つけるかな)


 モモコのときと同じ場所にいるとは考えられない。


(俺だったら、神樹の根で穴を掘って地下深くに潜伏する。おそらくモモコのときも、そうやっていたはずだ。モモコが見つけたのは、たまたまダークエルフが息抜きしにきていたとき)


 モモコはどうやら誤解していたようだが、彼女の話を伝聞したことで成り立つ推測ではそうだ。おそらくそれは今回も同じだろう。前回と違うとしたら、地下に潜伏するのと同時に、毎回移動している可能性だ。


(巨大な地下茎の導管を拡げるとかして空洞を作って地下に通路を引いている可能性がある)


 それくらいの時間はあった。飛逆がのんびりしすぎたせいだ。逆に言えばこれがされている可能性は非常に高い。ひょっとしたら地下街みたいになっているかもしれない。この世界観でいえば地下ダンジョンか。


(とすれば、居場所の限定は難しい。出入り口の開閉はダークエルフの自由だろうから出入り口を見つけるのも困難。ただ、巨大だと仮定すれば、掘り当てるのはそんなに難しくないってことになる……けど、たとえば潜入できたとしても、そこは文字通り敵の手中だからな。万が一深いところに誘い込まれたりしたら、圧殺される……)


 リスクが高すぎる。地下ダンジョンが崩落しても飛逆は死にはしないだろうが、それに加えて何かされてはさすがにわからない。


 殺すだけなら、逆にこの場合ものすごく簡単なのだ。地下街と思しき空洞を発見すると同時に火山を作ったときの出力の三割程度で地面に浸透勁を打ち込み、破壊してやればいい。


 捕獲するという目的が、どうにも話をややこしくしている。そうでなければあの雲を突き抜けるほどの神樹の麓まで辿り着けば、もう決着するのだ。全能開放してあの周辺もろとも神樹を倒してしまえばいい。ついでにダークエルフも死ぬだろう。


(どうも、ダークエルフは俺たち、というか俺が殺す気はないってことに気付いているっぽいな)


 そうと思える節が散見される。飛逆が火山を作ったときを初め、よく地面への浸透勁などの攻撃をしていることを鑑みれば、地下に潜伏するのは割とリスクが大きい。だから当初はこの可能性を低いと見ていた。

 もしダークエルフの潜伏手段がこれ、という前提が正しければの話ではあるが、こちらの狙いを読まれている感じがする。


 その前提を確かめてから考えるべき事だ。


(前提が正しいとしたら、今ダークエルフはどの位置の地下にいる?)


 ダークエルフとミリスとの差異を考えれば、これはある程度当たりが付けられる。

 というのも、交渉しようというのだから、飛逆たちとの『交渉』のレスポンスはなるべく速くなくてはいけない。そしてミリスの【能力】と違い、ダークエルフは眷属と直結することはできない。できたとしても、おそらく限定的。レスポンスを速くしようとしたら、なるべく近くにいなければならないはずだ。音感パイプを使っても、距離的に限界がある。


 確定ではない。長距離でやりとりできる何かの【能力】を持ち合わせている可能性はある。

 だが、可能性を絞るならばこれに依るしかない。


 では先ほどのドームの近くにいるとしたらどこか。


 地下通路を作っているとしても、なるべくコストパフォーマンスをよくしたいはずだから、塔からの脱出転移先と大神樹とを結ぶ直線上の可能性が高い。少なくとも一番頑丈で太い通路がそこにあるはずだ。


 その直線上の大体どの程度の位置か。


 あまり近すぎては、飛逆が地中を吹き飛ばす攻撃に巻き込まれる。太い通路があるのはもっと手前の地点だろう。


(前回俺が到達したのが大体二~三㎞地点だったから、余裕見たとして、三~四㎞の地点で分岐して迂回してきている)


 こちらがメッセージを無視する形で爆発を起こしたことから、一旦ダークエルフは後退していることが予想される。


 拙速に作戦を変更し、実行したのは、そのメッセージをこちらが受け取っていないというブラフを成立させるためだ。


 あの爆発のためにドームが圧壊し、現在は転移することができないだろう。飛逆が潜伏していることに気付いていないとしたら、遠からず同じ構造を復活させるために訪れる。ブラフが成立しているなら、あちらは交渉による決着を諦めないはずだからだ。


(千日手狙いじゃないなら、そうするしかないはずだ)


 ならば、三~四㎞地点で大通路を見つけ出し、どうにかして潜入、そこで待ち伏せていれば遭遇できる。大通路の構造にもよるが、ひょっとしたら奇襲できるかもしれない。


 方針は決まった。後はいかにして大通路を探るか。


(掘り返すのは難しくないが、それをしても勘付かれないかっていうと微妙だよな)


 完全に火山が活動を止められているわけではないので、未だに地鳴りがしている。単純な振動くらいでは感知されない可能性もある。だが、できればもう少し確実性が欲しい。


(地下街の最大の問題点は、通気性だったはず。怪物故に必ずしも呼吸が必要じゃないっつっても、長いこと潜伏するなら空気の循環は精神衛生上、必須のはずだ)


 そうした精神性をしていることは、モモコがダークエルフを発見することができたことでも、更にはお茶なんてことをしていたことでも示唆されている。ただでさえ、広大な土地に一人きりという、ヒトであればそれだけで精神に異常を来しかねない環境なのだ。それが地下ともなれば、精神安定のための工夫をしている可能性は非常に高い。


 では空気の循環をどのようにして行っているか。


(ま、単純に考えて地上の神樹と接続してやってるだろう。割と小刻みにやらないとベルヌーイの定理だったかを考えて、通路の太さで内部気圧にかなりの偏りが出るから、大神樹だけが通風を担当しているってことはない。むしろ、大神樹は空気を吸い上げているって可能性もあるな。蒸散の仕組みを持っていると仮定したら、大神樹の葉はどう見ても空気が薄いところだし、光合成とかしているなら、エネルギー生産に必要な空気を集めている可能性もある。むしろ高いな。原結晶供給が絶たれたダークエルフにはいくらでもエネルギーは必要なはずだ)


 とすれば、直線上三~四㎞地点の小神樹で、不自然に空気の吸入を行っている物があれば、その根を辿れば大通路に辿り着ける理屈になる。


(これの問題は、たぶんこの森の神樹、全部が根で繋がってるってことなんだよな……しかも割と複雑に)


 ただの森でさえも、木々の根は融合しているのだ。言い方を変えるとネットワークを構成している。穴を掘らなければ根に辿れないわけで、それに加えて別々のところに分岐している場合、言うほど単純には大通路に辿り着けないかもしれない。


(捜してみてからだな。通風口の如何によってはそこから侵入できる可能性もあるし)


 方針は決定した。


 気流から考えて全部の神樹が送風を行っているとは考えづらいので、これは考慮せずともいい。


 問題の神樹の見分けは、精気視覚化と聴覚強化で行う。


 三と半㎞ほど行った辺りで、それは程なくして見つかった。


(隠す気ねぇな……マジで誘いなんじゃねぇよな?)


 ヒトが収まっている金属水晶と同じくらいの大きさの洞が空いている小神樹だった。向こう側に突き抜けているわけでもないのに音が鳴っている。音自体は風が枝の間を抜けたときに出る程度の音であり、木々の枝ズレに紛れてしまうようなものでしかない。


 けれど見れば一目瞭然である。あまりにも推測通りに見つけてしまったこともあり、さすがに疑いを抱かずにはいられない。


 念のために他にも捜し、大神樹に向けてほとんど等間隔に生えているのを確認する。


(なんていうか、もしかしてダークエルフって俺と思考が似通ってんのか?)


 正確には、合理性を妥協するポイントが似通っている、気がした。


 合理性は追求しすぎればついには『最初から何もしない』か『やりすぎて本末転倒する』に行き着く。どこかで妥協しなければならない。

 その妥協点が似ているからこそ推測通りなのではないかと考えたのだ。


(だとしたら、単純にこの洞を潜るのは危険だな)


 飛逆ならば侵入者を想定していようがいまいが、とりあえず罠を敷いておく。

 数があることから、コスパの関係でさほど手の込んだそれではないだろうが、罠があるのは確実と見て良い。まあといってもプロペラだとかの網だとかの障害物だろうが、それを取り除いたりすれば侵入者として感知されるだろう。つまり空気以外が入り込む余地がないはずだ。


 ステルス赤毛狼が出せれば斥候として送り出すのだが。彼が霧化すれば水蒸気と同じ扱いで潜り抜けることができる。


(けど、現状だとリソース食い過ぎるんだよな……)


 飛逆の気配遮断がある意味力業であるからだ。ミリスに言わせれば『アマちゃんみたいなプログラム』であり、実現するためには情報処理リソースとエネルギーのどちらもかなり圧迫されてしまう。


 具体的には、デフォルトの溶解毒と麻痺毒以外は搭載できず、活動可能時間も普通の赤毛狼の三分の一以下。


 カタログスペック上の問題がこれだけならば直近のここを探るだけならばできそうだが、問題は情報を回収するために一瞬とはいえ【吸血】を発動させなければならないということだ。

 【吸血】は能力の発現を無効化してしまう。故に気配遮断と同時に使うことができない。長持ちしない赤毛狼を出しても情報として還元できないのでは意味がない。


(こんなことなら【吸血】に依らない赤毛狼との感覚同期手段を確立しとけばよかった)


 目下どうすればそれが実現可能なのかの目処も立っていないわけで、いずれにせよ後の祭りなわけだが。


(でもまあ……)


 解決策は思い浮かぶ。


 これは要するに、セキュリティシステム搭載の施設に潜入するという作戦なのだ。

 ではそのセキュリティをいかにして突破するか、あるいは――騙すか。


 これまでの研究で、樹木一本分の神樹がどの程度の精気を用いているか、その仕組みは、ということが、概算とはいえ判明している。


 左手の指先を噛み切って、微量な溶解毒を出す。その指先を神樹に差し入れて、精気のラインにすぐさま麻痺毒を送り込み、続いて認証破壊毒を、そして擬態コードを送り込む。


 あっさりと――この通風口付き神樹は飛逆に乗っ取られた。


 システムを擬態させたため、ダークエルフに気付かれる恐れはない。仮に気付かれることがあるとしたら、直接この神樹を操ろうとしたときだろう。他にも数ある神樹の中からこれだけが特別に操作されることは確率的に言って非常に低い。

 こんなことができるなら、すべての神樹に対してやればいいと思う向きもあろうが、単純に、酷く手間がかかる。その上消費もでかい。十万じゃ利かない神樹の群れすべてにやろうとすれば飛逆が全能開放してもとても届かない。


 なんにせよ、これで侵入の目処は立った。


 なにやら蠕動している穴から粘着性のネットを除けて侵入を果たした。

 背後ではシステムを擬態した飛逆に乗っ取られた神樹がそのネットを修復している気配がする。

 あくまでも気配であるのは、内側が真っ暗だからだ。飛逆の暗視技術を用いてさえ見通せないほど徹底的に明かりがない。


(ヒカリゴケとか作ればいいのに)


 ダークエルフなら簡単にできそうなのだが。

 あるいは節約のために自分が通るとき以外は切ってあるのか。


 小さく舌打ちして、その音でエコーロケーションを行う。すると、思いの外狭かった。というか低い。通風口から少し離れれば立ち上がることもできないほど狭い。


 思うところあって地面に当たる位置に耳を付けて、軽く反響音を探る。


(あー。二重ドーナツ型なわけね)


 本命である中心通路で気流が激しくならないようにする工夫だろう。


 匍匐前進で本命通路へ行こうかと考えるが、匍匐が辛いというより、接触面積が増えるために音を殺せないことが気になった。なにより気圧と気流の調整のための通風なのだから、その本命と繋がる口の大きさがヒトが潜り抜けられる大きさであるとも限らない。


(案がないわけじゃないが、どうすっかな)


 一つは、ここで待機だ。かなり厚いものの、この厚さならば一気に貫ける。ダークエルフがここを通るときを見計らって突き破り、その勢いで捕縛する。

 問題点は、この通路が必ずダークエルフの通るところとは限らないところであり、また、それがいつになるか読めないということ。


 二つは、地上と同じようにこの部分だけ飛逆がセキュリティを乗っ取り、溶解毒で穴を空けて侵入するという手段だ。

 これの問題は、飛逆に侵入させるという誘いであった場合、まんまとそれに乗ってしまうことへの不安だ。もちろん、そんな大げさなことをして気付かれてしまう可能性の懸念も含まれている。


 だが後者を選ぶべきだろう。


 やはり時間が読めないのは困る。ヒューリァへ血は保存して渡してきたとはいえ、正確な分量を計算している余裕がなかったし、何より彼女の吸血は彼女がどれだけ消耗したかで必要量が変わる。万が一塔の中で何かが起こり、ヒューリァが消耗した場合、あの程度の量では保たないかもしれない。


 決まったのでさっそく、結構分厚い壁に溶解毒を垂らして地上と同じ手順で乗っ取りを仕掛けつつ穴を空けていく。


 そうして飛逆は、ぼんやりと薄暗い本命通路に降り立った。



 水の涸れた下水道と言った環境だ。


 真上では穴が塞がっていくのが目に見える。ヒカリゴケなのかなんなのか知らないが、壁面が幽かに発光している。先ほどは暗いことに文句を言いたかったが、明かりがあるとそれはそれで不安だ。まあ、一㎞先を見通すのが限界な程度だから、やはり文句は言うまい。因みにこれは明かりの薄さのせいではなく、通路がほんの僅かずつながら歪曲し、通路自体の太さも一定ではないためだ。


 穴が塞がると、乱れていた気流も落ち着いた。


 これで察知される可能性を考慮して、殊更に気配を殺して潜み、何も起こらないことを確認する。


(さて、どっちに行くかな)


 風が流れていく方向か、それともそれに逆らう方向か。


 どちらも確かめてみる価値はある。


 ダークエルフへの接近という目的は空振りに終わるかも知れないが、ドームにどの程度近いところにどうやって通路が延びているのかを知ることはマイナスではない。分岐があるならばそれをマッピングすることで何かに活かせる可能性もある。


 ただまあ、時間がないからここに及んだわけだし、ダークエルフとの邂逅を果たせる可能性が高い方向を選ぶべきだろう。


(なら順当に考えて、大神樹の方向だな。風も流れてってるし)


 決めるや否や、飛逆は足音も碌に立てずに走り出す。

 延々と、微妙に差異はあるが注意しなければ気付かない似たような通路を走り続けるのは割と苦痛だった。


 変化を加えるためにも、要所要所でクラッキングウィルスを仕込んでいく。通路を圧壊させようとしてもそれで生き埋めにはされないように、そこでシグナルを止めるためだ。

 要は退路の確保である。


(本気でスパイの所業だな)


 自分を揶揄しながらもその破壊工作は止めない。情報毒(ウィルス)は本気で有用すぎた。


 分岐路にさしかかる。ここでも情報毒を仕込むのは忘れず、風の流れる方向を選んでさっさと通り抜ける。


(微妙に下ってる?)


 感じがする。さすがにここまで微妙だと断言はできないが、通路が太くなっていっているのは傾斜から明らかだ。


(というか、外れだったみたいだな)


 ダークエルフがどれだけの速度で移動できるのかわからないが、飛逆よりも速いということはおそらくない。であれば、ここまでさほどの時間をかけてきていない飛逆が追いついていないというのは少しおかしい。仮にダークエルフがドームの近くにいたとしたら、そこからさほど移動していないのではないか。


 とっくに塔下街があった辺りには辿り着いている。雰囲気が微妙に違っているのはそのせいかもしれない。空気の味が違うとか、本当にそんな微妙な違いなのだが。


 よくよく考えてみたら、時間があったのだから、脱出転移先を挟んだ向こう側に拠点を移していれば、飛逆たちに見つかる危険が少ないし、戦闘の余波も受けづらい。大神樹が格好の目印であるために、どうしてもそちらに意識が向いてしまうためだ。


 そんなことを考えながらも進むと、急に曲がり角が多くなり、分岐路が増えていく。壁の様子も変わりだした。気流も読みづらくなり、ここに来て飛逆の歩みも慎重になる。


 これまでは円形だった通路が、四角型になり、壁の様子も蔦が絡まったような感じのところもある。色々と観察した結果、一つの結論を得る。


(……そういうことか。元々地下街があったんだな)


 通風口の仕組みが手の込んでいたり、即興とは思えない配慮が為されていることの理由はこれだったのかもしれない。以前から作られていたから、ノウハウがすでにあったのだとしたら。


 ダークエルフ専用だったのかどうかはわからない。ただ、これだけの規模である。たった独りで生活していたとも考えづらい。


(神樹になってない生き残りがいる……?)


 そんな可能性が浮上する。

 最近よく痛感することなのだが、いかに『できること』が多い一人でも、例えば領地の運営などをしようとしたなら必ず限界が来る。


 実際、飛逆たちがここまでダークエルフを無視した活動を続けてきたのは、少人数だったからだ。人数が多すぎれば意見の散逸などの問題が浮上するが、少なすぎるとそれはそれで手が回らなくなる。


 やるべきことを見つけることや、効率化を考えることは少人数のほうがやりやすいが、現実に実行するには多人数のほうがやりやすい。手分けができるというのはやはり大きい。ある程度の自律行動ができる赤毛狼のおかげで随分と余裕ができたが、それでも飛逆を上とするトップダウン型だと問題の処理が滞りがちだ。本人には言いたくないが、ミリスのおかげでかなり助かっている部分がある。


 曲がりなりにも都市国家の裏の長である。腹心となる者が複数人いて、その腹心の部下などがこの地下街に住んでいた可能性がある。そしてこの地下街は元々ダークエルフの【能力】によって作製されたのだろうから、インスタント火山の影響を地上ほどには受けていないようだし、生き残りがいる可能性もまた存在した。


(つか、だから火山を大神樹で埋めたのか?)


 今以上に地下街が荒れないように。あるいは地下に住む者を護るために。


 考えれば考えるほど、少なくともダークエルフが地下街を保存しようとしているという企図が浮き彫りになる。同時に、生き残りがいる――ダークエルフに仲間がいるという可能性が、増していく。


 なぜかはわからないが、それは何か重要なことであるかのように、飛逆には思えた。

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