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85. 急転直上

 話し合い――つまり交渉。

 モモコが持って帰ってきた『ダークエルフには交渉の用意がある』というのは本当だったと、ダークエルフは言っているらしい。


 ではなぜモモコに種を仕込み、樹液スライムを飲ませたのか。

 ――交渉するつもりであるからこそ事前の諜報活動は必須。


 なぜゾッラたちを発芽させたのか。

 ――外の人間入り神樹が彼らを保護するためのものではないと、モモコならばともかく、伝え聞いた飛逆たちを騙せるとは考えなかったから。もしくは示威行動、時間稼ぎ。あるいはこれを何かの交渉材料にするつもりである。


 なぜ塔内からの脱出転移先に捕獲用トラップを準備していたのか。

 ――己を一瞬で消し飛ばせる相手を前に交渉なんて不可能であるから、そのための場を用意するのは必然。


「……ダメだな」

 すべて納得できる。


 おそらくダークエルフはこちらの疑問に対してそう答えてくるに違いないと一瞬で想定した飛逆は、同じく一瞬でこの流れは拙いと直観した。


 納得できるというのが拙い。これはあちらのペースだ。


「ミリス、悪い」


 一応謝ってから――リストカット。


 近くにいた赤毛狼にその顕現したばかりの情報伝達用赤毛狼を融合させる。その後に分裂、すぐさま近くの赤毛狼たちに伝播していく。


「ヒューリァも、悪いけど、今回は連れて行けない」


 続々と赤毛狼たちが集まってくる。


〈って~、なにを~?〉


 ミリスがようやく飛逆の迅速な行動に対して疑問を呈する。


 何をしているのか。


「交渉するのはいいが、あちらのペースなのが拙い」


 端的に疑問に答える。

 つまりはこちらのペースに戻すために飛逆は動きながら対策を組み立てている。


 赤毛狼たちがミリス人形に【能力】を込めていく。できるだけ強力にするために一体分のリソースをすべて人形に込めさせる。使い果たした赤毛狼たちはすぐに残りカスである微量な血液に戻っていく。

 九十五体も余分に作ったのが効を奏する。数は充分だ。


「ひさか、どういう? わたし、一緒に行けないって、外に行く気なの?」

「ああ、これは俺しか実行できない作戦だからな。モモコはあれだし」


〈え、えと~、思考が追いつかないんですが~、本当に何やってるんですか~?〉


 何をやっているのか。それを説明する時間が惜しい。

 準備ができたミリス人形の一体を無造作に転移門へ放り込む。


〈――ぇ、っッッッ!?〉


 途端に、ミリスの繭の表面が、ダメージを受けたときのそれとして波立つ。


〈ば、爆発――? ひさかさん、どうして――というかどうやって〉


 向こう側の人形が近くで生じた爆発の衝撃を受けたのだ。人形に仕込まれた髪は一瞬で燃え尽きただろうから、さほどの衝撃ではないだろう。


「ニトログリセリンみたいなものを合成した。だから悪いって謝った」


 赤毛狼の異能化学物質合成の応用だ。彼ら自身が使うと自爆してしまうため、特攻用としてしか使えないために封印されていた【能力】である。


〈先に言ってくださいぃ。思わず接続してたから一瞬ですけどすんごく痛かったじゃないですかぁ! っていうかだからなんのために――〉


 言いながらも飛逆の動きは止まらない。ミリスの抗議を聞き流しながら赤毛狼の三体に壁を食わせてからそれらを素材に容器を成形、再びリストカットして、今度はただの血液を溜めて、密封する。


「ヒューリァ、いつ戻ってくるかわからないから、足りなくなったらこれを飲んでくれ。これが無くなる前には成否に依らず戻る」

「……ホントに一緒に行っちゃダメ?」

「ああ、気配遮断のスキル、君はまだ使えないだろ?」


 モモコのそれとは少々違うが、精気操作を覚えた段階から、すでに飛逆は『精気感知をかいくぐる』ことを覚えている。少なくとも原結晶を付けた神樹の根は飛逆を襲わなかった。


 消費した精気を赤毛狼を【吸血】することで補填して、用意が終わったミリス人形を転移門にぽいぽいと放り込んでいく。


「ミリスは、一段落して落ち着いた頃に、ダークエルフと交渉を初めてくれ。最終的にはお前の判断で取引を成立させてもいいが、できる限り結論は引き延ばせ。もちろんヒューリァとも相談しろ。この爆発人形を投擲したことの辻褄は適当に合わせろ。俺がいないことはなるべく悟らせるな」

〈……えっと、本気ですか~? つまりヒサカさんは~〉


「ああ、爆発人形を持って転移して、転移先でも爆発に紛れて爆圧に乗ってどうにか穴を飛び越えるつもりだ――本体を捕獲してくる」


 言ってみると簡単な話だ。最初から説明してもよかったかもしれない。

 だが、この作戦が可能であることの説明や、ヒューリァを説き伏せる時間などを考えると、やはり拙速が求められるこの作戦の詳細を説明している余裕はない。勢いで押し切る。


 外に繋がる転移門を開き、三体を同時に放り投げる。三回ほど繰り返してから、


「ヒューリァ、俺が出て行った後、残りの爆発人形を三体ずつ放り込んでいってくれ。これが開いている間はこっち、残りは元々のほうに」


「……」

 辛そうな顔をするヒューリァが、それでも頷いたのを確認した後、飛逆は人形を抱えて転移門を潜る。


 ――ひさか、そのうちどっか行って戻ってこないみたいに思ってた。


 なぜか、転移されるまでの一瞬の間、脳裏にヒューリァがかつて言った言葉がリフレインしていた。



 もちろん、戻らないつもりはまったくなかった。





 〓〓 † ◇ † 〓〓





 この作戦の懸念は、モモコという気配遮断スキルの持ち主の存在が露見しているということがある。

 つまりいくら飛逆が気配を遮断し、爆発に紛れようとも誤魔化せないかもしれないということだ。モモコの存在を知ることで対策が取られているかも知れない。


 これが一応、飛逆がこれまでこの作戦を採らなかった理由だが、これに対する反論もあった。


 というのも、モモコしかそれを使えないと考える根拠があちらにはあるからだ。


 モモコと直接話をしたなら、モモコだけを斥候として送り出すことがあまり良策ではないことをダークエルフは感じ取ったことだろう。それでも彼女を送り出すしかこちらに策がなかったという時点で、飛逆がそれを擬似的にとはいえ再現できたとは考えない可能性がある。少なくとも高い可能性としては考えていなかったに違いない。


 そもそもダークエルフの【能力】はミリスのように映像はおろか五感に相当するすべての感覚を眷属から受信できるというタイプではないと、これまでのことで判明している。感覚に関して、どちらかというと飛逆の赤毛狼のそれに相似しているのではないだろうか。つまり一定量以上の精気感知で【全型】を襲うというプログラムを組むことはできても、それを遮断されてしまえば対策がそもそも組めないのではないか。何(十)万という眷属――小神樹たちの感覚を逐一相互フィードバックするなんてことをしては、たとえばミリスであっても暴走するだろう。


 故に、ダークエルフはモモコを介してゾッラたちを発芽させたのではないか。


 飛逆たちにモモコを信用できないとして隔離、あるいは排除させることを目的として。気配遮断のスキル持ちを飛逆たちの手札から失わせるために。


 もちろんこれは絶対だと断言はできないが――こうした根拠を挙げてみれば、飛逆が爆発に紛れて転移し、外に潜伏するということは充分に成算があった。


 同時に、やはりダークエルフと交渉しても、こちらに有利な条件を引き出せる可能性は低いという結論も導ける。


 交渉事で場を用意されること以上に厄介なことはない。

 テーブルが傾いている。そのことに気付かず回っているルーレットに球を投げている気分だ。それはイカサマではなく、そういうルールなのだ。気付かず敷かれたルールの上で踊るのは、趣味ではないし、何より破産する未来に突き進むことになる。


 ミリスに交渉事を任せたのは、時間稼ぎもあるが、仮に飛逆が捕獲に失敗しても情報をなるべく引き出させるためだ。ミリスの能力ならば、安全に交渉できる――ダークエルフが転移門を開けないというのが偽装でない限りは。


 万が一があっても、ヒューリァならば早々遅れは取らない。


 問題はないはずだ、と確認しながら爆発に乗って、ネリコンの破片を体中に浴びて、壁に体を打ち付けながらも、さりげなく、自身を飛ばす爆発を補助しながら今にも閉じようとする穴に迫る。


 ミリスの反応から、閉じきるまでに数秒があった。だから、いやけれど間に合うか、穴の深さを聞き出していないので、これは賭だった。


 穴がやや歪曲しているのも、聞いていない。そんな暇がなかった。これは飛逆たちがすぐに穴から出ることを防ぐための対策に違いない。直線であれば、飛逆たちの膂力ならば飛び出せる可能性があるのだから。予想して然るべきだった。


 けれど――、すり抜ける。


 爆圧の細かい操作が効を奏した。飛逆よりも先んじた爆風に乗ったネリコン破片が穴が閉じる速度を若干緩めてくれたのだ。

 さすがにギリギリすぎて、圧迫されるが、コートの表面を摩擦抵抗軽減処理していたおかげで、つるりと抜ける。


 夜空が妙に近く感じる。

 紅い爆風に揉まれたままのせいで、月が紅く見えた。

 飛逆が空中に飛び出してから数瞬をおかず、巨大なドームに空いた数々の穴から紅い閃光と、続いて爆風が間欠泉のように噴き出す。舞い上がる爆煙によってチンダル現象が起こり、ビームライトがごとき光が夜空に照射される様が克明になる。


 わけもなく口角が吊り上がった。


 妙に演出ができていることが可笑しかったのかもしれない。


 その爆風と閃光に紛れるようにしてドームを飛び越えて、森の中に降り立つ。


 背後でドームが地響きを上げて、若干その背を縮める。爆発を閉じ込めてしまったために穴の横壁が崩れたのだろう。ドームに亀裂が走り、その隙間から火の明かりが漏れ出る。


 その明かりのおかげでより深く感じる森の闇に、飛逆はひっそりと溶けていった。


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