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83. 正論とは他人を攻撃するためにあるとか

 ダークエルフ討伐に向かうに当たり、一応武器防具を装着する。

 といっても飛逆も自分の動きを阻害される防具類は要らないタイプなので、密な単分子膜と衝撃吸収素材素材を使った、見た感じただの厚手長袖シャツとスラックス的なズボンにトレンチ型コートと片手グローブ、裾入れブーツを着込んだだけだ。

 一応このトレンチコートは、計算上は神樹の根を一、二撃程度は防げる。けれどそれよりも種ライフル弾を防ぐことのほうに主眼が置かれている。寄生されるとそれの除去に伴う補填などにごっそり精気が持って行かれるためだ。血液を毒にしておけばすぐに枯らすことはできるだろうし、これで一応は対策ができたということになるだろうか。


 自分の格好などどうでもいいが、もちろん付いてくるヒューリァの格好は気になる。

 寄生されると困るのは彼女も一緒というか、万人に危険だ。なので、彼女のいつもの格好は防御力こそあるが、これに向かうには露出部位が多すぎる。ミリスはなぜかヒューリァにエロカッコいい服ばっかり作りやがるのだ。見慣れてしまって気にならなくなっているが、いい加減、マイナーチェンジくらいの衣装ばっかりデザインするミリスに物申さなければならない。フツーにカットソー、スカート付きロングパンツルックくらいでヒューリァは十二分に可愛いというのに(順調に進行中)。


 その旨をヒューリァを背中にぶら下げながら(背中から引っ付くのが最近のヒューリァの流行りらしい。たまに首筋に噛み付かれるのはご愛敬だ)ミリスに伝えに行ったところ、


〈お断りです~〉


 すげなく断られた。


「え? いやなんでお前断れると思ってんの?」


 あまりの予想外に、ここは怒ってもいいところなのだろうかと首を傾げることになった。


〈ヒューリァさんにカットソー、スカート付きロングパンツ~? 無難すぎます~。しかもそれってタイト系をイメージしてますよね~? ヒューリァさんの場合~、炎を体中から出すから通気性を優先しなきゃいけないって言ったの誰でしたっけ~? 露出が多いのはそれも考えてのデザインなんですけど~?〉

「なんでお前そんなに挑発的なんだ?」


 疑問が上乗せされていく。


〈確かに寄生されると困るっていう意見はわかりますが~、でしたら防弾防刃仕様のマントでも作れば良いだけじゃないですか~。ルーズタイプのアームウォーマーまではアリですけど~〉


 しかも無視されるし。


 とりあえず言われたことを検討してみる。


 確かに、筋が通っている。

 機能的に考えて、ヒューリァに適切な衣装ではあろう。多少脇が甘い防御になるが、マントを付けるというのも案として採用してもいい。アームウォーマーというのはよくわからないが、手に付ける靴下みたいなイメージだろう。小手みたいな役割にすればいいというのはわかるので、精神感応性を付加しておけばヒューリァの術式発動を阻害しないわけで、これも採用していい。


 けれど、このデザインである必然性を証明してはいない。

 通気性を考えるならばもっとやりようはあるだろう。


「というかなんでそんなにこのデザインに拘ってるんだ? お前が着るんだったらともかく。というかいっつも似たような服ばっかり着るのって女子力メーター的にどうなんだ? そんなのばっかり着せたがるのがよくわからん。悪意とかじゃないっては思うんだが……」


〈ふふっ、わかってませんね~〉

「だからなんでそんなに微妙に上からなんだ……」

〈これは戦うヒロインの宿命なんですよ~〉


「……」

 本気でコイツ何言ってんだろう状態に陥り絶句する飛逆である。


〈ヒサカさんには言えばわかると思って言うんですけどね~〉


 少しもわからないから絶句しているのだが。


 ヒューリァはそもそも聞いているのかわからないし。

 自分の着る物の話なのだから割り込んできてもらいたいのだが。

 なぜ飛逆のコートの後ろを引っ張ったり手を入れてきたりしているだけで我関せずなのか。

 ついにはコートをめくって後ろに入り込んできましたよこの娘。


〈ヒロインの戦闘服っていうのは~、許されるのはマイナーチェンジまでなんです~〉

「いやわからん。何言ってるんだお前」


 常識を語るみたいに何を言っているのか、そこからわからない。

 なぜ二人羽織という奇体なことになっているのにミリスが突っ込んでこないのかもわからない。


〈おわかりいただけませんか~……〉

「よくわからんが、つまりお前がデザインする気はないと」


 その結論だけは理解できた。心底残念そうにされる謂われは理解できない。というか多分、飛逆は怒っても良かった。


〈というかヒサカさんがそれ以外を作るのも全力で阻止しますね~。普段着なら~まあオッケーですが~〉

「なぜお前に決定権があるような前提なのかは相変わらずわからんが、まあマントとアームウォーマーとやらを作れば足りるっていうのは理解した」


 いちいちデザインから仕立てまで一からやるのは時間がかかるのも確かだ。カットソーとスカート付きパンツをデザインするのにそんな手間が掛かるような気もしないのだが、案外飛逆にわからないだけで面倒な何かがあるのかもしれない。

 明らかにミリスはそういう理由で拒否しているわけではなかったが、自分でデザインするのは心理的に無理な飛逆はもう考えないことにした。合理が満たされればそれでいい。決して合理的でない有様になっている自分のことはもうどうでもいい。


〈ニーハイソックスを含む全部の表面摩擦抵抗を極限まで下げるのも付け加えたほうがいいかと~〉

「単分子膜の時点でこれ以下には中々難しい」


 ミリスの提案に、確かに理はあるので一応検討する。


〈分子間を埋めるような粉剤を塗布すればいいんですよ~。何回か防ぐだけで剥がれますが~ないよりはマシかと~〉

「分子間を埋めたら通気性に問題がでるだろう。ただでさえ衣類のほうは衝撃吸収剤を挟んであるから通気性が悪いのに」

〈あ、そでした~。じゃあマントだけ~〉


 何か納得いかないながらも、これで装備の問題は片付いたことにする。


「で、実際の作戦の内容を検討するか」


 すっかり慣れてしまったネリコン素材の生成と成形を行いながら、作戦会議を始めた。



「考えられる最悪のシチュエーションはなんだ?」


 と議題を挙げてみる。


〈やっぱり転移先に不可避な罠が仕込まれている場合ですかね~。いくら神樹が回復するらしいと言っても~、追い詰める度に逃げられるのは面倒ですから~、転移直後に逃げられないように身動きを封じてくると考えられます~。初手でヒサカさんを殺しきるのは不可能だと、前回で明らかになっていますから~〉


「わたしは、まだわたしたちの知らないルールがあって、それを利用されるのが怖いかな」


 どちらもなるほどと思わせる。


「ミリスのほうは、どんな罠がありえるかってことを個別に検討していかなきゃいけないから、まずはヒューリァのほうだな」


 未発見のルール。


「ありえるんだよな、これ……」


 というのも、塔の内外を今回の被召喚者たちは自由に行き来できるが、前回の被召喚者は自由には行き来できない。この一事を取って見ても、飛逆たちに有利すぎる。何度でもリトライできる上に仕掛けるタイミングをこちらで決められるというのはかなりのアドバンテージだ。

 もしも前回の生き残りが一体であり、今回の被召喚者と戦うことがそもそもルールであった場合、不平等すぎるのだ。


「直接戦うタイプじゃないらしいダークエルフが相手だからっていうのもあるが。自体が強力で接近戦タイプだったら、転移門を開いた直後に飛び込めば良いんだからな。転移門が閉じるまで、結構な時間があるし」

〈前回で慣れているっていうのと~、準備期間の有無っていうのと二つもあちらはアドバンテージがありますが~? その準備期間で塔下街っていう都市規模のトラップを作れていたわけで~、ちっとも不平等じゃない気がします~。ワタシたちの知らないルールがあったとしても~、それはもう回避して役立たないって可能性もあります~〉


「そうなんだが、これはあくまで最悪の場合の想定だからな。俺たちが知らず、ダークエルフは知っていることがあって、それがあっちの切り札って前提でひとまず進めるぞ」


 ぶっちゃけると、ミリスの言うことのほうに理がある。そんなルールの存在を否定はできないが、無視しても構わないかもしれない。

 だがヒューリァのこの手の問題に関する勘は無碍にするには実績がありすぎる。


「未知を規定するのは先入観を生むから、あまり深いこと考えないほうがいいっていうのも確かではある。だから、どんなルールだったら俺たちが困るか。それを漠然と想定するだけにしておこう」

〈今までの傾向から考えると~、あるとしたら空間か因果律に関するルールですよね~〉


「因果律?」

 とヒューリァが首を傾げる。言葉の意味がわからないというわけではないだろう。


〈【全型】同士は引き合わされるっていうアレですよ~。正直どういう原理なのか見当も付かないんで~、警戒するとしたらワタシ的にはこっちかな~と〉


「確かに。塔内への転移門を近くに繋げるっていうのは、空間操作でわかりやすいが、外に出ているときにはあるかないかもわからんくらい微妙な引力だしな」


〈あ、っていうかわかっちゃったかも~。ヒューリァさんが【全型】でなくなっているのに~、ワタシたちの行動に強い影響を与えているから~、ワタシたちはダークエルフとの邂逅を避けてこられたってことなんじゃないでしょうか~〉


「……」

 思わず真横のヒューリァを見ると、ヒューリァは小首を傾げて見返してくる。

 やはりヒューリァには自分がダークエルフの仕掛けていた罠を回避させてきたことの自覚がないようだ。


〈つまり本当は~、ダークエルフともワタシたちは引き合わされる力が働いている~〉


 こちらの様子に頓着せず、ミリスは仮説を挙げる。


「否定できる要素はないが、根拠が弱いし、それって何か困ることがあるか?」

〈むちゃくちゃ困りますよ~。主にワタシが~。なぜなら~、仮に因果律の操作が時空間干渉によるものである場合~、同様の『前回勝者が外から転移門を開けない』っていうのが偽装である可能性も出てくるからです~〉

「……あ、それ、困るな」


 作戦の草案の根本に致命的な欠陥があることになる。


〈仮にこれが当たっていたら~、これまでダークエルフが開門しなかったのはワタシたちに自分の存在を悟らせないためだったってことになります~。自分の存在が露見しても~、それをしなかったのは~、塔の中でのワタシたちの戦力が不明だったから~。モモコさんからワタシたちの戦力状況を知って~、ヒサカさんには準備無しには勝てないと判断した~ってことで割と辻褄が合うんです~〉


「だとしたら、慎重にも程があるな……」


 しっくりこない。これまで何度も相手に転移門を空けてこられたら困るタイミングはあったせいだろう。


〈自分に有利なルールを理解して~、それを活かすことに拘泥した結果~、とも言えますが~。もちろんこの仮説が正解しているなら~、の話ですが~〉

「そのヒューマンエラーにありがちな原因を聞かされると、充分ありえると思えるな」


 手持ちの道具を使い切ることのほうに目的が傾いてしまい、それを自覚できずに結果として最適解を逃す、あるいは失敗するというのは実際ありがちである。


「だけどミリス、一応、ゾッラが俺たちとダークエルフは違うって言っていたんだが、これに関しては?」

〈転移門を召喚する能力の有無で区別している~っていうのも仮説じゃないですか~〉


 確かに、ゾッラの場合は彼女特有の感覚であるため、おそらくそうだろうと言う根拠しかない。彼女自身でさえも、それが区別の特徴であるのだと言葉にすることさえもできなかったのだ。違っていても不思議はない。


〈これが当たっている場合~、ヒサカさんたちが釣り出されている間に~、ワタシやモモコさんを襲いに来るって可能性が一番怖いです~〉

「だが赤毛狼もいるし、お前には巨人兵もいる。念のため外に出る転移門の付近に構えていれば逃げるのは簡単だろう」


〈あの~、焦土と化した地形でワタシが生き残るのは難しいってこと忘れてませんか~。たとえば断熱巨人兵の中に入っておいたとしても~、空気穴とかさすがに必要なんで~、ワタシに及ぶ熱は遮断できないんですけど~〉

「……すまん。忘れてた」


〈いえまぁ~、単にこまめにワタシと連絡取り合って~、何かあったらすぐに戻ってきてもらえれば~、逆にワタシたちが詰められるので~〉

「そうだな。裏を返せばこっちに有利なのか」


〈念のために~、屋敷の壁をもう少し頑丈に補強しておく~、くらいですかね~〉


 ヒューリァに残ってもらって警戒するのが一番なのだが、まあ無理だろう。


「屋敷の同じ部屋内に転移されたらどうすんだ」

〈『土石操作』入りネリコンを予め持っておけば~、穴を空けてすぐに逃げられますし~、すぐに埋めれば捕まえる手間が省けるじゃないですか~。まあ怪物相手ですから~、稼げる時間は一瞬の可能性もありますが~、逃げに徹するなら充分です~〉


 納得したので、これで念のための対策の一つは決定した。


「他にはあるか? 判明していない、あるいは間違っていそうなルール」

「なんか、ありそうなんだけど……わかんないや」

〈ワタシは思い付きません~〉


 ヒューリァの『勘』が不安だが、一番困りそうなことは潰せたと思うので、これはひとまずパスだ。



「じゃあ、ミリスの方だ。初手で身動きを封じてくる場合、どんな罠がありえるか」


〈これも一応~、あちらに有利な条件の一つとして~、ワタシたちが外に出るときの座標がほとんど固定されている~ってことがあります~〉

「俺だけ例外的に別のところに出られるが、それも大して離れた距離じゃないし、一度使っているからバレている。確かに、それはあっちに有利だ」


 そしてミリスのプロファイリングが当たっている場合、その有利条件を利用しようとしてくるに違いなく、罠があるのはほぼ確実と見たほうがよさそうだ。事実として、前回も飛逆の反射速度でなくば対応が難しいレベルの飽和攻撃で初手を打たれている。


「……なんか、これ、わたしのと似た感じがする」


 ヒューリァが難しい顔を飛逆に向けて言う。


「俺たちの知らないルールがあるって?」

「というか、見落とし? なんか、これと似たようなのを、最近感じたことがあるような気がするんだけど……なんだっけ?」


 首を傾げられても、飛逆には今ひとつピンと来る物がない。


 ミリスに視線を向けてみるが、


〈最近って言ったら~、研究のことばっかりですよね~。【能力結晶】に関する盲点は~、飛逆さんが取り上げたばかりですし~……なんかありますか~?〉


 ヒューリァの感性は無視できないのだが、本人がわからないとこちらにもわからない。こういうところゾッラに通じるところがある。余人には理解できないが、それは正しいことが多い。


「最近あったことで関係ありそうなのって言ったら……滝行ったときの隠し部屋か?」

「それは、違うと思う」

〈違うってことはわかるなら~、消去法で行ってみますか~〉


 細かく分類するのは難しいが、確かに一つ一つ例を挙げていくしかない。

 そうやって回想するように順序よく最近の出来事を挙げていく。


「あ、わかった。なんであのイルスって奴、転移門を潜れなかったの?」


 転移門を埋めていた連中を除去した、の件でヒューリァは思い当たったらしい。だが、これだけでは今ひとつわからない。


「なんでって、埋まってたからだろ?」

「じゃなくて、転移先が埋まっていようが、転移先に身体の一部が触れるってくらいはあっても不思議じゃないと思うんだけど、なんで発芽しなかったのアイツ」


「……」〈……〉

 ミリスに顔を向けると、彼女のほうもこちらに視覚を向けている気配がした。

 言われてみれば確かに、という感じだ。


 どれだけきっちり埋まっていたとしても、歪な神樹の表面だ。ほんの僅かな隙間くらいはあってもいい。というより向こう側にすぐあるのなら、神樹に触れるということになり、発芽していないのはやはり不思議だ。


〈というかそれより~、神樹部分の一部……枝とかが向こう側に出なかったのは確かに不思議ですね~〉


 それも尤もである。


「ちょっとミリス、アイツに繋いで詳しく聞いてくれ。変なのなかったか」

〈了解で~す〉


 少々お待ちください。


〈いつもどおりの転移門で見かけに変化はなかったそうです~〉

「なるほど。で、これがどう『俺たちの知らないルール』に関係してくる?」


「これってどういうことなのかわたしなりに考えてみたんだけど、身体の全部が入った後に、改めて転移させられているってことになるよね」


「それは、間違いないな。そういや前に同じ事を俺も考察してる。塔内同士は例外かもしれないと思ってたけど、そういえば検証してなかった」

「うん、じゃあ、外に出る転移門が同じ仕組みだったとしたら、そこを埋められたらどうなっちゃう?」


「塔と違って転移先の座標が割と大ざっぱなのは、何人も同時に転移しても別々の位置に転移させられることになることから明らかだし、実質不可能じゃないか?」


〈ヒサカさん、それ、塔内でも同じです~。天井がやたらと高いので~、三次元的に考えれば埋まるはずがないんですよ~、よく考えたら~〉


「つまり平面座標を人一個分以上の大きさで埋められれば、転移できなくなるってことか」

〈小神樹四体分の面積、あるいは体積を埋めてしまえば~、塔内の場合は転移できなくなる~ってことになります~」


「それが外に出る場合はどれくらいの範囲なのかわかんないけど、神樹でやるのって難しくないんじゃない」

「そうなると……どうなる?」

〈ワタシたちが外に出ることができなくなります~〉

「それだけか? というか何の意味がある? 兵糧攻めとか間抜けなことじゃないのは間違いないが」


「さっきひさかたち、有利な条件って言ってたけど、あっちにとってはわたしたちがいつ出てくるのかわからないっていうの、けっこう不利な条件じゃない? もしあっちが何か準備をしようとしても、ひさかが何回も外に出たらその仕込みがバレちゃうし、もしくは潰されちゃうわけで、あっちにしても回復する時間なんかを稼ぎたいよね」


「埋めてしまえば、そのタイミングをある程度あっちが操作できるってことか。準備期間を稼げる」


〈ヒサカさんが~前回出られたのは~、もしかして~、最初にヒサカさんが出た座標と違うところに現れたから~、間違ってしまった~って可能性、ありますね~〉


 様々な要素が、ヒューリァの仮説を肯定していた。


「今俺たちがこうやって話している間も、出られなくなってる可能性があるな」

〈イルスによると~、転移先が埋まっていれば~、単なる黒い壁になるってことなんで~、ちょっとワタシ垢のアカゲロウちゃんに鼻先を突っ込ませてみますね~〉


 こうやって話し合いをしていることが無為になる可能性があるので、この結果如何でこの検討を続けるかどうかが決まる。


 果たして、


〈いっそのことこの仮説が正しいことが証明されてほしかったんですが~、突っ込めました~〉


「準備が終了したのか、それとも仮説が間違っているのか、あるいは仮説が正しくてもその手を採らなかったのか、わからんのが痛いな……」


 せめてモモコが戻ってきた直後に出られるかどうかを試していれば、あるいは明らかになったかもしれない。


〈いずれにせよ~、罠を警戒しなくちゃいけないのは変わりません~。話を前に戻しましょうか~。どんな罠がありえるか~〉


「ベタだが、落とし穴をやられると厄介かもな」


 転移先が巨大な穴であれば、たとえば空中に放り出されるというだけで一瞬だけとはいえ、身動きが制限される。地中深くであったとしても、飛び出すまでに上からひたすら攻撃を落とされるとやはり対処が困難になる。


〈地面の平面座標で判断しているって仮説に従えば~、穴底に転移させられるでしょうね~。現状判明している神樹の能力からすると~、それは実現可能ですし~、一番厄介かもしれません~〉

「上からの攻撃って、ただでさえ面倒だしね……」


 ミリスとの茶番戦闘劇で上を取ったヒューリァが言うと、二人共に説得力がある。


「しかもこれ、対抗策が碌に浮かばない。その壁からは神樹の根が飛び出してくるんだろうし」


 三人ともが真剣に考えるが、考えれば考えるほど厄介極まりなかった。

 壁を遠当てや浸透勁などで吹き飛ばせばいいが、それでは神樹の攻撃と共にマグマや岩石が自分の側に火砕流並みの勢いで流れてくるわけで、相応のダメージを覚悟せねばならない。


「あ、簡単な方法があったよ」

 とヒューリァが思い付く。

「こっちから大量の物資を流して埋め立てる。塔の壁とか」


「単純な策には単純な応手ってか。確かに、ちょっと面倒だが有効だ。問題はどれだけ流せばいいかだが」

〈それぞれの階層にいるアカゲロウちゃんに土石操作用のネリコン渡して~、いくらでも送り込めますし~、有効ですね~〉


「だが準備に時間がかかりすぎる。つくづくこうやって検討するの、遅すぎたかもな」

〈ですが~、ヒューリァさんが先ほどの仮説を見つけたのは~、これだけの時間をかけたからですし~、仮説通りならどのみち出られなかったんですから~、同じことです~〉


「あくまでもしも相手がこうしてきたらって話だし、穴が空いてたらすぐに転移して戻ればいいんじゃない?」

「うん、確かに。というかその点で、厄介ではあるが致命的ではないんだよな。これもやってくるかもしれないが、他にもあるって考えた方が良いかもしれない」


〈と、いうか~、なんで今までやらなかったのかって言われそうですけど~、ワタシの能力はあっちにすでに露見しているんですから~、ワタシの髪を仕込んだ人形を出せばいいんですよね~……〉

「ホントだ。なんでやらなかったの?」

〈……言葉もありません~〉


「まあ、探れて転移後の一瞬だけだろうけどな。転移先のすぐそこを知りたいだけなら有効だ。こういう罠があるかもってことで初めて思い付いたんだろ」


 飛逆も思い付かなかったので、一応フォローしておく。


 因みに飛逆が思い付かなかったのは、ミリス垢の赤毛狼で同じことをしようとしても、あちらにこちらの知られていない情報を教えることになりかねなかったためだ。そこで思考停止してしまい、ミリスにとっての下位互換であるただの人形でやるという発想がなかった。せめてモモコが戻ってきてからすぐくらいには思い付いておくべきだった。


〈一応~、これであちらにこっちの出撃のタイミングが読まれる~っていうリスクはあるんですよ~〉


「定期的にやるべきだったってことだよね。それなら外に出られなくなってたら気付けたし、タイミングを読まれにくくできたし、つまり牽制になった」


 ヒューリァ先生はやっぱりミリスを責めるのが好きみたいです。

 最近はミリスが目に入らない様子だったのが嘘みたいに生き生きとしている。


「だがヒューリァ、定期的にやってたら別の手を取られることになるが?」

「一番やられて拙いのがここなんだから、潰しておけるならそれに越したことはないと思うけど。どうせ別の罠も検討しようって話になってるし、そもそも転移直後が一番危ないって提言したの、ミリスなんだけど。そのミリスがこれを考えてなかったのって怠慢としか言えないよ」


 正論だった。


「まあ……今からやっても遅くないってことだな。装備まで万全にしてバカみたいだが、仕切り直ししたほうがよさそうだ」


 気長な話になるが、より確実な方を取るべきだろう。

 やっぱり自分は戦略を考えるのは苦手だな、と嘆息しつつ決定した。



〈仕方ないじゃないですか~。研究のことで頭いっぱいだったんですよぅ〉

「うん、確かにね。わたしも思い付かなかったし。でも貴女の場合、自分が直接戦わないってことで甘えてたっていうのが本当じゃない?」

〈うぅ、非力なんだからそのくらいは~、見逃してくださいよぅ〉

「そうじゃなくて、だからこそ真剣に考えるのがわたしたちの仲間としての貴女の義務ってこと。後方支援がそんなことでどうするの? どうせひさかがなんとかしてくれるって姿勢だからそうなるんじゃない? やっぱり甘えだよね」

〈な、なんでヒューリァさんは感覚派なのにこんなときだけ雄弁なんですかぁ!? 正論すぎて泣きたくなってきましたよぉ!?〉


 とかなんとか、彼女たちは言い合いをして飛逆の決定を聞いていなかった。

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