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白銀の剣と黒き獣  作者: 廣風
黒猫との出会い編
2/3

01 黒猫

雨は夕方になっても止まなかった。

灰色の空から落ちる雫が、王都の石畳を濡らし続けている。

人通りの多かった大通りも、今は薄暗い。

軒下を急ぐ人々は皆どこか疲れた顔をしていた。

その中を一人の少女リアナが俯きながら歩いていた。

美しく綺麗な色だった銀白の髪は雨に濡れ、細い肩へ張り付いていた。

痩せた身体と疲れた表情のせいで幼く見える。

身につけているのは、擦り切れた革鎧。

何度も縫い直した跡があり、袖口はほつれていた。

腰には安物の短剣。柄の皮が剥がれかけていて今にも壊れそうだった。

冒険者としてはあまりにも頼りない姿だった。


「……また失敗したのか」


ギルドを出た瞬間、背後から嘲笑の声が飛ぶ。

リアナは振り返らずに歩き出す。


「荷物持ちしかできねぇな」


「よく冒険者なんて続けられるよ」


リアナを馬鹿にする乾いた笑い声。

唇を小さく噛み、リアナは歩く速度を少しだけ早める。

反論はしない。自分でも向いてないと思っているから。


今日も討伐依頼は失敗。

また何もできなかった。

ゴブリン程度ならなんとか戦える。

だが少しでも強い魔物になると駄目だ。

結局他の冒険者たちの足を引っ張っただけだった。


「……ごめんなさい」


小さく呟く。

誰に向けた謝罪なのかもう自分でもわからない。

冒険者を始めて1年。

討伐依頼は今日も失敗だった。

報酬はゼロ。今日の宿代も払えそうにない。

けれどーー。


(......ミナたちの分は稼げた)


胸元の小さな袋を握る。

中に残っているお金はほんの僅かだった。

朝から集めていた薬草の買い取りだけ。

それでも、孤児院の子供たちへ送る分だけは減らしたくなかった。

自分が我慢すればいい。

慣れている。空腹も。寒さも。痛いのも。


「……っ」


冷たい風が吹く。

リアナは咳を漏らし、薄い外套を抱き寄せた。

雨水を吸った布は重く、冷たい。

身体の熱を奪っていく。

指先の感覚ももうあまりなかった。

やがて人通りの少ない裏路地へ入る。


「ギャハハハ!!」


乱暴な笑い声が響いた。

酒場裏の木箱が積まれた路地で、数人の男たちが騒いでいる。

男たちは酔っていた。

赤ら顔で手に酒瓶を持ちフラフラとしていた。

その足元で、黒猫が蹴られていた。


「不吉な猫だなぁ、おい!」


「まだ生きているぞ!」


「化け猫じゃねぇのか!?」


鈍い音がした。

黒猫の小さな身体が石畳を転がる。

リアナの肩が震えた。

止めなきゃ。

そう思ったが足が動かない。

男は三人。しかも全員自分よりずっと大きい。

足が動かない。喉の奥が渇いて、声が出ない。

頭の奥で、孤児院時代の記憶が蘇る。


「役立たず」

「気持ち悪い目で見るな」

「お前に食わせる飯はない」


呼吸が浅くなる。

雨のせいなのか恐怖なのか分からない。指先が震える。


「……やめて」


声が出た。情けないくらい小さい声だった。

男たちは一瞬だけ黙り、すぐに笑った。


「あ?」


「なんだ嬢ちゃん」


「お前、この猫の飼い主か?」


怖い。

酒臭い息が近づくたび、足がすくみそうになる。

リアナは無意識に一歩下がった。

それを見て、男たちはさらに笑った。


「なんだよ、ビビってんのか?」


「だったら黙ってろ」


男の一人が黒猫を蹴り飛ばす。

黒い身体が水溜りへ転がった。

リアナの胸が痛む。

助けられない。怖い。自分は弱い。

雨に濡れた黒猫がゆっくりと顔を上げる。

片方は金色。もう片方は深い青。

その瞳は夜の路地には不釣り合いなほど美しかった。

その目には怒りも悲鳴もない。

ただ全てを諦めたような目だった。


(ーーああ。)


リアナは思う。

この子はもう誰にも期待していない。

かつての自分みたいに。

気がつけば身体が勝手に動いていた。

男たちがいるのに。怖いのに。

リアナは黒猫へ近づいていく。


「お、おい?」


「なんだこいつ」


雨の中、リアナはそっと膝をついた。

震える手で傷だらけの黒猫へ触れる。

冷たかった。

まるで最初から温度を持っていないみたいに。

リアナは泣きそうな顔で笑った。


「……似てるね」


その瞬間。黒猫の瞳が僅かに揺れた。


ーー何百年ぶりだっただろう。

化け物としてではなく、自分を見た人間は。


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