露店、始めました
「ふぅ、なんとか場所は見つかったけど……」
俺は、市場の少し外れにある、埃っぽい空きスペースを見つめてため息をついた。衛兵には職務質問され(昨日の騒ぎが少し噂になっていたらしい…早すぎる!)、商人ギルドには「身元不明者はちょっと…」と門前払いされ、ようやく見つけたのがここだった。日当たりは悪いし、人通りも少ない。お世辞にも良い立地とは言えない。
それでも、前に進むしかない。俺は持ち前の(駄菓子屋仕込みの)掃除スキルを発揮し、スペースを綺麗に掃き清めた。そして、近くの廃材置き場から拾ってきた板切れや石を使って、簡単な陳列台を作る。見栄えは悪いが、無いよりはましだ。
「さて、開店準備だ!」
革袋から駄菓子を取り出し、陳列台に並べていく。色々な味のサクサク棒菓子、ビー玉入り炭酸飲料、きな粉棒、チョココーティングされたバット型の当たり付き菓子、魚風味シート……。色とりどりのパッケージが並ぶと、殺風景だったスペースが少しだけ華やかになった気がした。
「棒菓子だけでもこんなに味が…日本の菓子メーカーの努力は偉大だな」
陳列しながら、それぞれの駄菓子の特徴を思い出す。このサクサク感、この絶妙なフレーバー、子供心をくすぐるパッケージ。これらが異世界でどう受け入れられるか。
問題は値段設定だ。この世界の通貨の価値がまだよく分からない。とりあえず、露店で売られているパンや干し肉の値段を参考に、銅貨数枚という破格の安さに設定してみた。駄菓子は、子供が少ないお小遣いで買えるからこその魅力がある。
「さあ、いらっしゃいませー! 新しいお菓子だよー! 見たことない味、試してみないかい!?」
声を張り上げてみるが、通りかかる人は奇妙な包装紙と安すぎる値段に警戒しているのか、遠巻きに見るだけで誰も近づいてこない。
「うーん、やっぱり怪しいよな……。いきなり『魚風味シート』とか言われても困るか」
見たこともない菓子、しかも安すぎる。無理もない。どうすれば興味を持ってもらえるだろうか。
しばらくすると、数人の子供たちが恐る恐る近づいてきた。ボロを着た、痩せた子供たちだ。
「……これ、なあに?」
一番小さい女の子が、ビー玉入り炭酸飲料の瓶を指差して尋ねてきた。ビー玉が入っているのが不思議なのだろう。
「これはね、『泡玉飲料』っていうんだ。シュワシュワする甘い飲み物だよ。このビー玉を中に落として飲むんだ。ビー玉は飲み終わったら記念にあげるよ」
「びーだま? もらえるの?」
「そう。こうやって……」
俺は瓶の開け方を実演してみせた。ポンッという小気味良い音と共にビー玉が落ち、白い泡が吹き上がる。
「うわぁ!」
子供たちの目が輝いた。
「こっちは『うまか棒』。トウモロコシの粉でできてる軽いお菓子でね、色んな味があるんだ。これはコーンポタージュ味。優しい甘さとサクサク感がたまらないよ。この穴がポイントなんだ」
「こーんぽたーじゅ? あな?」
「こっちは『きな粉棒』。きな粉っていう大豆の粉と水飴で作ってあって、甘くて、ちょっと歯ごたえがあるんだ。楊枝に赤い印がついてたら『当たり』でもう一本もらえるんだぜ」
「あたり? もういっぽん!?」
俺は子供たちに、それぞれの駄菓子の特徴や楽しさを、身振り手振りを交えて説明した。現代日本では当たり前の知識でも、この世界の子供たちにとっては未知との遭遇だ。特に「当たり」のシステムは衝撃的だったらしい。
「……食べてみたい」
さっきの女の子が、小さな声で呟いた。他の子たちも、ゴクリと喉を鳴らしている。しかし、彼らの懐は寂しいようだった。
「よし、特別に試食してみるかい? 最初が肝心だからな!」
俺は『うまか棒』の袋を開け、子供たちに一本ずつ手渡した。
子供たちはおそるおそる口に運び、次の瞬間、目を丸くした。
「! おいしい!」
「サクサクする!」
「あまい! こんなの初めて!」
その笑顔は、俺が日本で見てきた子供たちの笑顔と何も変わらなかった。そうだ、駄菓子はいつだって、どんな世界だって、子供たちを笑顔にする力があるんだ。
「これ、銅貨一枚でいいの?」
「ああ、開店サービスだ!」
子供たちはなけなしの銅貨を握りしめて、目を輝かせながら駄菓子を選び始めた。
「俺、これ! 当たりでるかな!?」
「わたし、このシュワシュワするの!」
その様子を見ていた大人たちも、少しずつ興味を示し始めた。
「兄ちゃん、その魚みたいな絵が描いてある薄っぺらいやつは何だ?」
「このキラキラした飴は宝石みたいだな」
俺は一人一人に丁寧に説明し、試食を勧め、駄菓子の魅力を語った。砂糖が貴重なこの世界で、これだけ多様な味と食感、そして「当たり」という遊び心を持つ駄菓子は、まさに革命的だったらしい。保存が効くことにも驚いていた(保存料の説明は濁したが)。
最初は閑散としていた俺の露店も、夕方になる頃にはちょっとした人だかりができていた。売り上げは微々たるものだったが、それ以上に大きな手応えを感じていた。
「よし、明日も頑張るぞ!」
夕日に照らされた駄菓子の袋を眺めながら、俺は拳を握りしめた。この小さな露店から、俺の異世界駄菓子屋伝説が始まるのだ。
……と、思った矢先。
人混みをかき分けて、やたらと豪華な服を着た、明らかにカタギではない雰囲気の男たちが数人、俺の前に立ちはだかった。昨日とは違う連中だが、雰囲気は似ている。市場の顔役的な存在か?
「おい、貴様。ここで何をしている?」
リーダー格らしき、厳つい顔の男が低い声で尋ねる。まずい、またトラブルか? しかも今度は人数が多い。(うわ、なんか偉そうだ…貴族っぽい! 下手に逆らえない…ここは失礼のないように、丁寧に…!)俺はゴクリと唾を飲んだ。緊張が走る。
やめてくれ、この流れは駄洒落フラグだ…! 落ち着け俺! 深呼吸だ! スゥー、ハァー……
「貴族の方ですか? どうぞ、ごゆっくり!」
…って、なんで敬語!? しかも駄洒落になってない!? ただの丁寧語! 俺の口、緊張すると敬語モードになるのか!?
だが、俺の脳内では無情にも『評価:場違いな丁寧さ…からの、謎の媚び! 極寒!』という判定が下された! そして!
ピシャァァァーーーッ!!
リーダー格の男が威圧的に着ていた、やたらと装飾過多なマントの、ちょうど一番目立つ肩の部分が、綺麗に縦に裂けた! まるで、見えないハサミでジョキッと切られたかのように! しかも、裂け目がやけにギザギザしている!
「なっ……!?」
男は自分のマントを見て絶句。周囲の客も、その見事な(?)裂けっぷりに息をのむ。手下たちも唖然としている。
「て、てめぇ! いま何をした!?」
男の顔が怒りで真っ赤に染まる。
「ひぃぃっ! 知りません! 不可抗力です! マントの生地が安物だったんじゃ…?」
弁解の余地なし! なんでマントが破けるんだよ! しかも極寒判定でこれかよ! 服が破けるハプニングは女の子限定じゃなかったのか!? …いや、誰のでもダメだけど!
掴みかかられそうになった、その時だった。




