異世界と駄洒落の洗礼
「――ん……」
次に意識を取り戻した時、俺は硬い石畳の上に転がっていた。周囲はざわざわとしていて、聞き慣れない言葉が飛び交っている。
「ここは……?」
見上げれば、石造りの建物が並び、尖塔のようなものも見える。道行く人々は、まるで中世ヨーロッパのような、麻や革で作られた素朴な服を着ている。中には、獣の耳や尻尾を生やした人(獣人族ってやつか?)、やたらと体格のいい屈強な男(ドワーフ?)、ローブを纏った怪しげな人物(魔法使い?)もいる。間違いなく、ここは日本じゃない。異世界『アルテミスフィア』ってやつか。
「さて、どうしたものか……」
とりあえず、状況を確認しないと。俺は立ち上がり、自分の服装を見た。駄菓子屋のエプロンは消え、動きやすいシャツとズボン、丈夫そうなブーツという、異世界スターターキットみたいな格好になっていた。そして、腰には革袋が一つ。中を覗くと、見慣れたカラフルな包装紙が見えた。
「おお! 駄菓子!」
女神様の言っていた通り、いくつかの駄菓子が持ち越せているようだ。例のサクサク棒菓子各種、きな粉棒、魚風味シート、ビー玉入り炭酸飲料、金平糖……種類は限られているが、かなりの量がある。革袋は見た目以上に容量があるようで、まるで四次元ポケットみたいだ。これは心強い。
「まずは情報収集だな。あと、金もいるか……」
キョロキョロと辺りを見回していると、いかにも柄の悪そうな男たちが二人、ニヤニヤしながら近づいてきた。テンプレ展開キター! でも嬉しくない!
「おい、そこの兄ちゃん。見かけねぇ顔だな? どこから来た?」
「え、あ、いや、ちょっと道に迷って……」
まずい。明らかに絡まれている。こういう時、どうすれば……? 緊張で心臓がバクバクしてきた。頼むからスキルは発動しないでくれよ!
「ふぅん? この辺りは俺たちの縄張りなんだがなぁ。迷子なら、案内料を払ってもらわねぇとな?」
男が下卑た笑みを浮かべ、手を伸ばしてくる。狙いは、俺の腰の駄菓子袋だ! やめろ! それは俺の、いや、この世界の子供たちの未来希望なんだ!
「だ、駄目だ! この駄菓子には手を出すな!」
思わず叫んだ瞬間、俺の口から、意図しない言葉が飛び出した。
「この菓子は、誰にも貸しはしない!」
「「……は?」」
男たちが呆気に取られている。俺自身も、「何を言ってるんだ俺は!?」とパニックだ。これが【駄洒落召喚】か! 最悪のタイミングで、最低のクオリティ! しかし、その瞬間、脳内に奇妙な響きが。『評価:低……だが、捻りは認める! ややウケ!』 え、マジで?
直後、
ビュンッ!
一陣の風が、男と俺の間を吹き抜けた! それと同時に、男たちの足元がツルリと滑った!
「うわっ!?」
「おっと!?」
二人はバランスを崩し、一瞬怯んだような動きを見せる。その隙に、懐に入れていたらしい小さな革袋(金が入ってそうだ!)が、まるで誰かに「借りていくぞ」とでも言うように、ひょいっと風に乗って宙を舞い、近くの建物の屋根の上へと飛んで行ってしまった!
「なっ!? 俺の銭袋!」
男は慌てて屋根を見上げるが、取るのは難しそうだ。もう一人の男は、体勢を立て直しながらもあっけに取られている。周囲の人々も、何事かと遠巻きにこちらを見ている。
「て、てめぇ! 何しやがった!?」
銭袋を失った男は顔を真っ赤にして怒鳴るが、さっきの転倒未遂で少し腰が引けている。
「ひぃっ! す、すいません!」
俺はその隙に脱兎のごとくその場を逃げ出した。後ろから「待てゴルァ! 俺の金を返せー!」という怒声と、「おい、落ち着けって! あいつ何か変だぞ!」となだめる声が聞こえてくる。
「はぁ、はぁ……なんてスキルだよ……!」
路地裏に逃げ込み、息を切らす。駄洒落で人の銭袋を屋根の上に"貸し出す"上に、相手を怯ませる効果まであったのか? いや、偶然か? とにかく、俺の評判は、異世界に来て数分で『金品を奇妙な方法で奪う怪しいやつ』になったに違いない。やっぱりダメだこのスキル! でも、少しだけ役に立った…のか?
「これから、どうしよう……」
途方に暮れていると、ふと、あることに気づいた。この世界、なんだか甘い匂いが少ない気がする。市場のような場所を通りかかった時も、果物や香辛料の匂いはしたが、砂糖を使ったような菓子の種類は少ないように見えた。
もしかして、この世界では砂糖は貴重品なのか?
もしそうなら、俺の持っている駄菓子は、すごい価値があるんじゃないか?
「……よし!」
俺の中で、一つの決意が固まった。
「この世界の子供たちにも、駄菓子のワクワクを届けてやる!」
スキルはポンコツで危険だが、俺には駄菓子がある。駄菓子への愛と知識がある。そして、なぜか大量に持ち越せたこの宝物がある。
道は険しいだろう。変なスキルでトラブルを起こすかもしれない。でも、やるしかない。
俺の異世界での目標が決まった瞬間だった。まずは、この駄菓子を売るための場所を探さないと!




