駄菓子旋風、王都を駆ける
王都での生活は、市場の街とは比べ物にならないほど刺激的で、そして息苦しかった。俺、甘露寺蜜夫は、表向きは国王陛下の勅命を受けた「異世界の知識を持つ者」として、王宮や錬金術師ギルドに便宜を図ってもらっている形だが、実態はグスタフ卿らの監視下にあることに変わりはない。彼らが俺の駄菓子…特にその保存技術や未知の成分に強い関心を寄せ、何かに利用しようとしているのは明らかだった。
だが、俺だってただ黙って利用されるつもりはない。シルフィとの涙(と下着)の再会を経て、俺たちは共に戦うことを決めたのだ。ローゼンベルク家の秘密、古代の力、そして俺のスキルの謎…全てを明らかにし、黒幕たちの野望を打ち砕くために。
俺たちの反撃の第一歩は、やはりこれしかない。
「よし、王都の皆さんにも、駄菓子の素晴らしさを教えてやるぜ!」
俺は、シルフィやアンナさん、そして王都で密かにできた協力者たちの力を借りて、壮大な(?)計画を実行に移すことにした。名付けて、「王都ゲリラ駄菓子販売作戦」!
作戦の要となるのは、こいつだ。市場のドワーフの友人、ボリン親方に無理を言って(もちろん駄菓子を大量に差し入れて)、王都までこっそり運んでもらった特別製の荷馬車。見た目は普通の幌馬車だが、中には俺の駄菓子を種類別に収納できる棚や、簡単な調理(お湯を沸かす程度だが)ができるコンロ、さらには目立たないように商品を隠せる仕掛けまで施されている、まさに移動駄菓子要塞!
「これさえあれば、監視の目を掻い潜りながら、王都のどこへでも駄菓子を届けられる!」
俺たちは、この移動販売車を拠点に、王都の様々な地区へと繰り出した。最初は、人通りの多い広場や大通りを避け、下町の路地裏や、貴族街から少し離れた公園などを選んだ。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 市場で大人気の不思議で美味しいお菓子だよー!」
俺が威勢よく声を張り上げても、最初は王都の人々の反応は鈍かった。市場の街とは違い、見慣れない移動販売の露店を警戒しているようだ。特に、身なりの良い人々は、俺の作る安価な駄菓子を「下賤なもの」と見るような冷ややかな視線を向けてくることもあった。
だが、最初に興味を示してくれたのは、やはり子供たちだった。色とりどりの包装紙、見たこともない形のお菓子、そして「当たりが出たらもう一個!」という魅力的な言葉に、目を輝かせて近づいてくる。
「おじちゃん、これなあに?」
「これはね、『まぜまぜ変身菓子』っていうんだ。粉と水を混ぜるとね…ほら! 色が変わって、ふわふわに膨らむんだ! 味も変わるぞ!」
「わー! すごーい! 魔法みたーい!」
子供たちの純粋な驚きと笑顔は、王都でも市場の街でも変わらない。その笑顔が、少しずつ大人たちの心も溶かしていく。
メイド服の女性たちが、主人に隠れてこっそり金平糖や泡玉飲料を買いに来たり、非番の若い衛兵たちが、珍しい味のうまか棒を試して「これは美味い!」と唸ったり、貴族の奥様方が、お忍びで「あのキラキラしたシールが付いたチョコレート、一ついただけますこと?」なんて訪ねてきたり。口コミはじわじわと広がり、俺の移動販売車は、行く先々でちょっとした人だかりを作るようになっていた。
もちろん、俺たちの動きを快く思わない連中からの妨害もあった。王都で代々続く老舗の高級菓子店『パティスリー・シャルロット』の店主が、「我々の店の前で、あのような下品な商売をするとは何事か! 王都の伝統と格式を汚す気か!」と、わざわざ文句を言いに来たこともあった。店主は、プライドが高そうな、いかにもな貴族御用達のパティシエだ。
「下品ですって? 俺の駄菓子は、安くても美味しくて、みんなを笑顔にする最高のお菓子ですよ!」
俺が反論すると、店主はカチンときたのか、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「な、生意気な小僧め! そんな粗末な菓子が、我が店の芸術品と張り合えると思うな! 衛兵! 衛兵を呼べ! こやつをここから追い払え!」
まずい、権力を使って潰しにかかる気か!? 俺が緊張で固まっていると、隣にいたシルフィが、すっと前に出て、冷静に言い放った。
「お待ちになって、シャルロット氏。ここは公道ですわ。正当な理由なく、彼の営業を妨害することは許されません。それに、あなたのその剣幕…王宮御用達の看板に泥を塗るような振る舞いではありませんこと?」
シルフィは、相手のプライドを逆撫でしつつ、貴族社会のルールと体面を巧みに利用して反論した。さすがだ!
しかし、店主も引き下がらない。「ええい、黙れ小娘! 貴様もグルか! こうなったら…!」彼が何かを叫ぼうとした瞬間、俺の口から、またしてもあの言葉が!
「まあまあ、そんなに【カリカリ】しないでくださいよ! そんなに怒ってると、見栄で【借り(かり)てる】装飾品がバレちゃいますよ!」
ああっ! また余計な一言! しかも「借りてる」なんて、なんで分かるんだ!? いや、ただの当てずっぽりだけど! スキル、来るなよ!
「そう! その胸の飾りは、借り物で、形無し(かたなし)だ!」
なんで断定!? しかも形無しって!
脳内判定『評価:当てずっぽりからの断定! 言葉のリズムは悪くない! 中評価!』
中評価!? ってことは、当ってたのか!? そして何が起こる!?
直後、シャルロット氏がこれ見よがしに胸に着けていた、立派な金細工のブローチ(店の紋章か何かだろう)が、ポロリと彼の服から【外れ落ちて、地面にカランと音を立てて転がった!】 しかも、よく見ると、そのブローチの宝石の一つが取れており、金メッキも一部剥がれているではないか! どう見ても、彼が自慢するほどの高級品には見えない!
「ひっ!? わ、私のブローチが! し、しかも宝石が! メッキが!?」
店主は、地面に転がる無様なブローチを見て顔面蒼白! 周囲の客からは、「あらあら、あれ、借り物だったの?」「しかも安物じゃない…」「見栄っ張りだったのねぇ」「形無しだわ」と、クスクス笑いやらヒソヒソ声やらが聞こえてくる!
店主は、屈辱に顔を真っ赤にしながら、慌ててブローチを拾い上げると、「き、貴様ら! お、覚えていろぉぉぉ!」と叫び、逃げるように店の中に引っ込んでいった。
……勝った…。今度こそ、俺の(当てずっぽりの)言葉が、スキルの力で真実(?)になり、相手のプライドを粉々にしたってことか!? 借り物で形無し…まさに言葉通りじゃないか! スキル、たまには分かりやすい仕事するじゃん! ブラックだけど! 超痛快!
俺は内心でガッツポーズしつつも、騒ぎを収拾するため、素知らぬ顔で次の販売場所へと移動を開始した。
また別の日には、グスタフ卿の手先と思われる、いかにも役人風の男が、衛生検査と称してやってきた。「この菓子の材料の出所を明らかにしろ! 不衛生な環境で作られている疑いがある!」と、難癖をつけてくる。明らかに営業妨害が目的だ。
「ちゃんと清潔な場所で、安全な材料で作ってますよ!」俺が真面目に反論しようとすると、男は鼻で笑った。「証拠はあるのかね? 証拠がなければ、どうとでも言えるな?」
くっ…! 悔しいが、言い返せない! 役人の、人を小馬鹿にしたような、そのふてぶてしい態度に、俺の中で何かがプツンと切れた。
「あんたが持ってるその証拠とやらは、どうせ捏造なんだろ! そんなインチキ、通用するか!」
ああっ! また勢いで! 「捏造」とか「インチキ」とか、直接的すぎたか!? しかも、なんだか妙に言葉が転がったような…? スキル発動の嫌な予感!
脳内判定『評価:怒りの告発! 言葉はストレート! だが、駄洒落要素は薄い…か? 微妙!』
微妙判定! やっぱりか! 薄いって言われても…何が起こるんだ!?
すると、次の瞬間! 役人が得意げに懐から取り出そうとした、偽造された「不衛生な証拠写真」が、彼の指からツルリと滑り落ち…たかと思うと、そのまま地面に落ちずに、なぜか空中で静止し、ひとりでに回転し始めた! そして、回転しながら写真の裏面が見えたかと思うと、次の瞬間には表面が…まるで、コインの裏表(インチキ賭博で使うような?)を見せつけるかのようにクルクルと!
「な、な、なんだ!? 写真が勝手に!? しかも裏返ったり!?」
役人は目の前の奇妙な光景に完全に度肝を抜かれ、パニックになっている! 周囲の人々も「えっ? 手品?」「いや、妖術か?」「写真が踊ってるぞ!」と騒然となり、役人の持っていた「証拠」への信頼性は完全に地に落ちた。
役人は、もはや反論するどころではなくなり、クルクル回転する写真を気持ち悪そうに見ながら、「き、貴様! 何か妖術を使ったな! お、覚えていろ!」と叫び、逃げるように去っていった。
……勝った…。勝ったけど、なんだ今の!? 写真がクルクル? 裏表?
(…って、待てよ? 俺、さっき「捏造」って言ったよな? それが「寝そべる像」…じゃなくて、「寝ず(ねず)の番」でもなくて…ああ、もしかして! 「でっち上げ(捏造)」の「でっち(丁稚)」と、「インチキ」の「裏表」がかかって、証拠写真が丁稚みたいにクルクル裏表を見せながら踊った…とか!? いやいやいや、無理やりすぎだろ! こじつけにも程がある! でも、結果的にインチキ証拠だって雰囲気は出たし、奴は逃げていった! スキル、お前、たまにはちゃんと仕事するじゃないか! …方向性は意味不明だけど!)
俺は、自分のこじつけ解説に内心で呆れつつも、役人が逃げていった方向を見送り、一つため息をついた。やっぱり、このスキルとの付き合いは、一筋縄ではいかないようだ。
俺たちのゲリラ駄菓子販売は、そんな調子で、様々な妨害に遭いながらも、スキルとシルフィの機転、アンナさんの情報収集、そして市場や王都でできた協力者たちの助けによって、なんとか切り抜けていった。そして、その過程で、駄菓子は確実に王都の人々の心にも浸透していったのだ。
貴族街のサロンで、貴婦人たちが「最近流行りの『ダガシ』、案外お茶請けに合うのよ」と噂したり、貧しい地区の子供たちが、なけなしの銅貨で買ったうまか棒を分け合って笑顔になったり、兵士たちが訓練の合間にココア風味シガレット型菓子で一服したり…。駄菓子は、身分や貧富の差を越えて、人々の日常にささやかな彩りと笑顔をもたらし始めていた。
だが、俺たちの本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。ローゼンベルク家の秘密、古代の力、そして王国の陰謀…。駄菓子が繋いだ絆を力に変えて、俺たちはその核心へと迫っていく。