ダンスの練習
「姉さん、ダンスパーティに出席するんですか?」
家に帰りつくや否やルーカスに質問される。あの薬の影響を鑑みてイベント参加はないと思っていたんだろう。
「え? 誰に聞いたの?」
「参加するんですね」
へへへと笑った私は「アン様の頼みでもあるしね」
「アン? 珍しいんじゃないんですか? 彼女はそういうのに参加することはないと聞きましたが」
「へ? 誰に?」
「ノア様です」
「ああ、家同士が仲がいいらしいわね」
「なんですか、その言い方」
ルーカスは眉根を寄せた。
「それより、ドレスはどうするんです? 姉さんがパーティに出ると聞いた母様からドレスを用意するようにお金を預かっているんですが」
「母様が!?」
気にしてくれてるんだろうか、と思ったが。
「世間体ね」
「まあそうでしょう」
うーん、と上を向いた私は、
「そのお金、ちょうだい」
「はい?」
「だって私のドレス代でしょう?」
ますます眉根を寄せたルーカスは、
「これは僕に一任されたんですからダメです。さあ、ドレスを買いに行きますよ」
いまにもドアから出ていきそうだが。
「待って待って。ドレスは、その、いらなくて」
「はい?」
「えーっと、だからルーカスには別の頼みがあってですね」
「ん?」
私はアンに頼まれたことを話した。
「そうですか、あのアン様が」
「うん、でもね、ルーカス、アン様を見てびっくりしないでね」
はてな顔で首をかしげるルーカスに、
「すんごい美少女なんだから! たぶん、パーティに来た男性はみんな釘付けになると思うのよね。あのノア様なんて一番びっくりして初恋の君の存在なんて忘れるわよ」
「初恋の君ですか」
この話も説明したが、ルーカスは、
「ノア様の気持ちはひとつだと思いますけどね」
と訳の分からないことをいう。そんなに初恋が大事なの?
「というわけで、私、アン様と踊らないといけないのよ」
「はあ」
「だから、これ、これ穿いて」
にゅっと長いスカートを差し出した。
パニエがついたふくらみのあるスカートだ。
「は、はく? 誰が」
くいっと顎を上げ、にこりとしたた私。
「僕がですか?」
うんうん。
「冗談でしょう」
そんなこと言わず、とスカートを押し付ける。
「そんな趣味はない!」
にやにやした私は、すべては生徒会の仲間のためよ、と無理やりスカートを穿かせ、私もズボンを穿いた。
「これでいいかな。ワルツとかよね」
この世界ではオルゴールで音楽が聴ける。前世でいうレコードのような丸い盤の形になっていて、意外と長めな音楽が聴けるようになっている。
それをかけた。
私はアンをリードしてダンスをしないといけない。つまり男性側で踊るわけで。これは練習が必要だと焦っていたのだ。練習相手は、嫌悪感の被害が少ない強力な魔法使い手の我が弟しかいない。
と言っても、ダンスぐらい、ちょちょいのちょいで簡単に練習できると思っていたが。
「痛っ!」
「あ、ごめんごめん」
「姉さん、ステップが違います」
「ああ、そうだっけ?」
しかめっ面のルーカスの視線を避ける。
「姉さん、男役女役以前にダンスの基本が! 痛い!」
「はい、すみません」
「そこは足を右です、右」
「はい!」
「はい1,2,1,2,ターン、はいもう一度」
ルーカスってもともと庶民のはずなのに。まるでダンス教師だ。
「何でそんなにダンスできるの?」
「は? 庶民でもダンスをすることはあるんです」
「そうなのね、すみません」
謝る私に眉根を寄せたルーカスは、
「姉さん、もう少し腰の手を寄せて、ぐっと」
と自分の腰にある私の手を上からおさえる。
「ああ、もう違います、こうですこう」
どうにもうまくいかないのか、男役に戻ったルーカスが私の腰に手を置いてぐっと力を入れた。
「こうです、こう、わかり……」
満足げににこりとしたルーカスに、
「なるほど、わかったわ。力が弱すぎてもダメよね、リードがうまくいかないと」
納得した顔を向けたが。
「あれ? どうした?」
「いえ、何でもないです」
すいっと顔をそむけ、身体を離した。
「もういいですか」
「あ、そうよね疲れたよね、ごめんごめん」
部屋の隅に向かい、オルゴールを止めた。
「ありがとうね、ルーカス。これで何とかなりそう」
「いえ」
と答えたルーカスは、ドアに手を置くといきなり振り返った。
「いいですか、パーティには一緒に行きますから。ひとりでうろうろしないでくださいよ」
「わ、わかった、ありがと」
目をしばしばさせた私は出ていく背中に声をかけた。




