⑨
電車ってバスよりも速いんだ……なんかもう、あまり驚かなくなってきた。
下の車輪は、多分この『魔』と化した子たちが動かしてるんだろうね。
確かに肉体を失ったこの子たちなら、疲れ知らずで魔力が続く限り延々と働いてくれる。
魔力が切れかけてきたらどこかで人族を始末して、上に繋がってる線で魔力供給をする。
凄い残虐性の高いシステムだね、私でもこんなの思いつかないよ。
自分たちの利便性のために、同種族である人族を殺す。
でも、人族って他人の不幸を喜ぶって聞いたし、納得のシステムなのかも。
「何か、怖いこと考えてない?」
「ひっ、い、いえ、なっも、考えてっません!」
まぁ、どんなに残虐性があろうが無かろうが、私には無縁の話だし。
戦う? とんでもない、命が何個あっても足りないよ。
それこそ、一度は失ってしまった命なんだからね、大切にしないと。
……なんだけど。
「あの、ふ、楓子様」
「んー? また何か知りたいことでもあった?」
「いえ、あの、な、なんか、段々と人ぞっが、増え、増えてませっ、か?」
電車に乗った時は二十人程度しかいなかったはずなのに、今は百人くらいいる。
みんな楓子様が持っていた薄い板を無言で触り、無表情のまま指を動かし続けていて。
なんか、ちょっと不気味だ。
「山から都会に近づいてるからね、それにニュースでドラグル族のこともやってたし、見物に行く人も沢山いるんじゃないのかな?」
「そ、そっそ、そうなっ、ですか?」
「うん、多分ぎゅうぎゅう詰めになっちゃうんじゃないかなー? でもまだ三十分くらい乗りっぱなしだから、ちょっとだけ寝よっか」
え、寝る? こんな人族が大量にいる中で、寝るの?
だって、人族って同じ種族であっても殺し合う、危険な種族なんじゃないの?
しかもこれだけ大量にいるんだから、いつ殺し合いが始まるかも分からないのに?
凄い、楓子様目を閉じて、本当に眠り始めてる。
だ、だだだ、だ、大丈夫なの?
でも私、怖いからこのままじゃ眠れないよ?
眠った瞬間に八つ裂きとか嫌だし、目が覚めて楓子様いなかったら嫌だし。
どうしよう、どうし…………あ、あそこなら、私でも眠れるかも。
「…………ん? え、あ、ちょ、ちょっとアズちゃん!」
「ひっひぇ⁉ どどど、どうしました⁉」
「ダメだよそこ! 金網だよ!? そこ荷物置き場だから!」
え、金網? 荷物置き場? だって、誰も荷物なんて置いてないよ?
それに、ここなら人族の手も届きにくいし、殺されないし、え、ダメなの⁉
ひぃっ、人族全員こっち見てる、ヤバイ、こ、ここ、殺される⁉
★
「ずみっ……えっく、ばぜっでっだ」
「確かに寝ようって言ったけど、まさか金網で寝ようとするなんて」
「ごぇっ、なざい」
あまりに怖くて泣いちゃった。
その後もずっと人族の奴等、私のこと見てひそひそ話してたし。
禁止行為ならバリアで塞ぐとか、トゲとか設置しておいてくれればいいのに。
あんなのじゃダメとか分からないよ。
「あ、あの、楓子様、まっ、また、歩く、ですか?」
「アズちゃんのせいで二駅前で降りちゃったから、しばらく歩くよ」
「……すっすません」
「いいよ、私が言葉足らずな所があったんだからさ。アズちゃんが普通の子に見えちゃってたから、なんかちょっと間違えちゃった。これからはちょっとだけ細かく説明するようにするね」
普通の子? ということは、やっぱり私は普通ではないということか。
見た目が人族でも中身は甲殻族のアズモンデオなんだから、普通なはずがないのに。
電車を降りてからは、楓子様の言う通りさらに人族が増えている。
王都ってこんなに大きいのって思うぐらいに、ずっと黒い道のままだし。
背の高い建物も随分と増えてきた、楓子様曰く、城っていうのはもっと大きいらしい。
一体どれだけの建築技術なんだろう、ここまでくると尊敬しちゃうレベルだね。
それに……。
「ふ、楓子様」
「んー? どした?」
「あの、都会って、凄いですね」
「……何が?」
楓子様には見えないんだ。
青い空が黒く見えちゃうぐらいに大量にうごめく『魔』の存在が。
くふふ、あれだけの『魔』があれば、ドラグル族の蘇生なんて楽勝なんじゃないかな。
「あ、事件かな? パトカーが止まってる」
「ぱとかー? ……楓子様、見に行くっ、ですか?」
「別に見たくはないんだけど、なんか人だかりもあるから、気にならない?」
気になりません。と言いたい所なんだけど、ちょっとだけ懐かしい臭いもするんだよね。
それに聞こえてくる人族の声……多分、これって、あの種族のことを言ってるんだろうな。
――なにあれ、またアレが出現したの?
――緑色の子供みたいで、気味が悪い。
――もう死んでるんだし、行こうよ。
――誰だよ殺したの……。
――最近だと、動画ネタのために配信しながら殺したりするらしいよ。
――気持ち悪いし、見たくもない。
――世界が変わっちまったのかねぇ、昔はあんなのいなかったのに。
不穏な内容だね、楓子様には聞こえてないみたいだけど、私には全部聞こえてくる。
それにこの空気は、間違いない、私の知る魔界の臭いだ。
沢山の人族の陰に隠れて、緑色の肌をした魔物が横たわっている。
既に死んでいるのかな、魔力も感じられないし、生きている感じも伝わってこない。
「ね、ねぇ、アズちゃん、あれって」
惜しいなぁ、生きてたらペットに出来たのに。
ゴブリン族の戦士かな?
ゴブリン族は一匹いたら百匹いると思えって、人族では有名な魔物だと思うけど。
「……はい、もう、殺されています」
「え、あ、う、うん、そうだね。ねぇアズちゃん、あれってゴブリンって生き物なのかな?」
「そうですよ……? ゴブリン族なんて、そこら辺に沢山いたじゃないですか」
もっとも、最近だとギルドの連中がほとんど殺しちゃったって聞いてたけど。
ウチで匿ってたのが千匹くらいいたけど、その中の一匹だったのかな。
ごめんね、いま蘇らすと人族に殺されちゃうから、後でゾンビにしてあげるからね。