表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/40

はじめての迷宮


 竜の釜亭の食堂でボリューミーな朝食を摂ると、俺は冒険者ギルドへやってきた。


 せっかく迷宮都市にやってきたんだ。まずは迷宮に潜ってみたい。


 そんなわけでギルドのロビーにある掲示板を眺めてみる。


 迷宮都市には冒険者が多いからか依頼の数は桁違いだな。


 中には固有職を使命した依頼なんてものもある。


 依頼内容は対人訓練や固有職によるスキルなどを検証したい物が発注をしているようだ。これは固有職が多く集まる迷宮都市でしか見られない依頼だろう。


「んん? 別の掲示板があるのか?」


 依頼書を眺めていると、隣にもう一つ掲示板があることに気付いた。


 そちらの依頼書を眺めてみると、迷宮を攻略するために仲間の募集板のようだ。


『斥候を一名募集しています。できれば、盗賊、狩人の固有職を持っている方』


『前衛二名を募集しています。固有職持ちのみでお願いします』


『後衛の魔法職を募集。LV30以上の女性』


 基本的に迷宮には四人から六人で挑むものであり、冒険者はそれぞれの役割をこなすことのできる仲間を加えてパーティーを作るらしい。


 ここで募集をしているパーティーは単純に人数が足りないか、怪我や病気などで欠員が出てしまった者を補充しようとしているようだ。


 俺も迷宮に潜る以上は誰かとパーティーを組むべきなんだろうが、見ず知らずの者に命を預ける覚悟は持てないな。


 それに俺には転職師という固有職がある。転職師であれば様々な固有職へと転職することができるので他の固有職の仲間が必要だとは思えない。


 自分のレベルよりも高い階層を攻略するのであれば、もちろん仲間は必要になるだろうが、それはまだ先の話だ。少なくとも低階層を攻略するのに仲間は必要ない。


 今後の方針を決めた俺は募集掲示板から視線を外し、通常の依頼掲示板へと視線を戻す。


 今の俺はDランクということもあり、迷宮に潜りながらこなせる依頼は少なさそうだな。


 精々が迷宮内に自生している薬草の採取か、特定の魔物から獲得できる属性魔石程度だ。


 それでも一応の稼ぎにはなるので並行してこなせそうなものだけをメモしよう。


 メモを終えると、俺は冒険者ギルドを出る。


 それから中央広場から北へと伸びる大通りを突き進む。


 その先に迷宮がある。


 大通りを歩いているのは冒険者ばかりだ。


 そのほとんどが六人のパーティーを組んでいる。次に多いのが四人パーティー、その次が二人でのパーティーといったところか。俺のように一人で歩いている者は少ない様子。


 一人で歩いている俺には奇異の視線が向けられているな。


 そんなに迷宮に一人で挑む者は珍しいのか? 迷宮本にも一人では挑まず、できる限りパーティーを組むべしと書かれていたが、転職師である俺なら問題はないだろう。


 鬱陶しい視線を無視して通りを十分ほど進んでいくと広大な広場へと差し掛かり、その先に遺跡のような建造物があった。


「あれが迷宮か……」


 巨大な門の前には漆黒の石柱が点在している。


 どこか神に供物を捧げる祭壇のような神聖さを感じつつも、そこが魔物の巣窟へと誘う地獄の門のようにも見えた。


 開いた巨大の門の中へと冒険者が次々と吸い込まれていき、俺も続くようにして中へ入る。


 迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。


 高さと幅が十メートル以上ある通路は薄ぼんやりとした光に包まれている。


 光源に視線を向けると、松明や篝火でも光の魔道具でもなく、淡い燐光を放つ石のようなものが壁に埋まっていた。


 これは光石といって迷宮内に漂っている魔力を吸収し、光を放つ石だ。


 ちなみに迷宮内にある魔力にしか反応しないので、外に持ち帰ったとしても石ころにしかならないで意味はないらしい。


 冒険者たちはそれぞれのパーティーごとに固まって廊下を進む。そのまま進むと、広間へとたどり着いた。


 天井はドーム状になっており、高さは二十メートル以上ありそうだ。


 広間の中心には祭壇のようなものがあり、台座の上には水晶が鎮座している。


 冒険者たちはパーティーごとに並んで祭壇の上に乗る。


 代表者の一名がギルドカードを取り出して水晶にかざす。


 すると、祭壇に刻まれた魔法陣が発光し、冒険者たちの姿が粒子と化して消えた。


「あれが転移結晶か……」


 迷宮の各階層には転移結晶が設置されており、冒険者たちはギルドカードをかざすことで任意の階層へと転移することができる。


 迷宮本にそう書いてはいたのでわかってはいたが、いざ実際に目の前で人が消える現象を見ると驚いてしまうものだな。


 ちなみに俺はこの迷宮に潜るのは初めてであり、一階層より先に進んだことはないので転移することはできない。


 転移できるようになるにはその階層にある転移結晶にギルドカードをかざし、到達階層を記録する必要がある。というわけで、新米迷宮攻略者の俺は地道に階層を突き進んで、階層を降りていくわけしかないのである。


「さて、俺も進むとするか」


「ねえ、あなたって最近噂の最速記録保持者の魔法使いよね?」


 転移結晶の横を通り過ぎて広間を進もうとすると、俺の前にすらりと整った顔立ちの少女が立っていた。


 明るい赤色の髪をポニーテールにしており、意思の強そうな青い瞳をしている。


 黒のインナーに肩当て、胸当て、ブーツといった軽装を身に纏っており、腰には剣を佩いている。


 年齢は俺と同じくらいか少し年下といったところか。


 彼女の後ろには若葉色の髪をした少女がおり、おろおろと心配げな視線を向けている。


「どんな噂かは知りませんが、私のことで合っていると思います。なんのご用ですか?」


「いくら固有職持ちとはいえ、魔法使いがソロで迷宮に潜るなんて自殺行為だわ。今日のところは引き返してパーティーを探しなさい」


 用件を尋ねると、赤髪の女がそう言ってきた。


 迷宮都市にやってきてたった一日だというのに、見ず知らずの冒険者に固有職や最速記録について知られている。ここはどれだけ情報が駆け巡るのが早いんだ。


「新参者に対してのご忠告ありがとうございます」


「あら、素直ね。わかってくれたならいいのよ。それなら今日のところは――って、なんで先に進むのよ!? あたしの話聞いてた!?」


 にっこりと笑みを浮かべながら横を通り過ぎると、赤髪の女がしつこく回り込んできた。


「忠告は受け取りましたが、あなたの言う通りにするつもりはありません」


「なんでよ!? こっちはあなたの事を心配して言ってあげてるのよ!? 迷宮では何が起こるかわからない。いくら固有職持ちでも魔物の大群に襲われたらひとたまりもないわ。特に後衛職である魔法使いならなおさらよ!」


「余計なお世話です」


「な、なんですって!」


「り、リスティ! あまり無理に意見を押し付けるのは良くないよ?」


 赤髪の女が感情的に詰め寄ってこようとするが、後ろにいた若葉髪の女が止めてくれた。


 正義心が高いのはいいが感情的なようだ。


 他の冒険者からの視線も痛いし、やってきて早々に揉めたなどと噂を立てられるのはゴメンだ。俺は若葉髪の女がいさめている間に俺はその脇を通り過ぎる。


 後ろから「あ! こら、待ちなさい!」といった甲高い声が上がったが無視し、広間を抜けることにした。


 ●


 広間を抜けると二人組の冒険者は俺を追ってくることはなかった。


 やれやれ。出だしから妙な女に絡まれたな。


 俺の固有職やら最速記録については知っている癖に肝心のLVについては知らないのだろうか? 


 まあ、あの二人組のことはもういい。


 今日は初めての迷宮攻略だ。気持ちを切り替えていこう。


 広間の先は大理石で構成された広い通路が延々と続いていた。


 一階層ということもあり通路内の冒険者の姿は皆無だ。


 迷宮は階層を深く潜るほどに魔物のLVは上がっていき、それと比例するように出現する財宝の価値も上がっていく。つまり、より深く潜るほどに稼ぎが良くなっていき、低い階層になるほど稼ぎがしょぼくなるのだ。一攫千金を求めて迷宮に潜る冒険者は、こんな低い階層の探索をしないのだろうな。


 通路を歩きながら俺は迷宮の一階層の地図を広げる。


 この迷宮は長年冒険者によって探索され続けている迷宮だ。


 低階層は基本的に階層内の構造が変わることはないので、階層内の地図はギルドでも安価に販売されているので俺でも入手は可能だ。


 地図を頼りに通路を進んでいると、突如目の前で光の粒子が収束し、漆黒の体毛した鼠が三体現れた。


 迷宮の中では魔物が生まれると迷宮本に書かれていたが、まさかこんなにも目の前で出現するとは思わなかった。


 小鼠 

 LV5

 HP 42

 MP 9/9

 STR 20

 INT 12

 AGI 22

 DEX 16


 鑑定してみると、一階層に現れる魔物だけあってLVはかなり低かった。


 ラッセルに着いてからはランクアップのための依頼ばかりこなしていたので、これほどレベルの低い魔物は久しぶりで逆に新鮮だ。


 小鼠たちは漆黒の体毛を逆立たせると、こちらに向かって突進してくる。


「岩槍」


 俺は瞬時に土魔法を発動し、小さな岩槍を飛ばす。


 撃ち抜かれた小鼠は体に穴を空け、血液を撒き散らしながら転がった。


 現在の俺のLVは31。LV5の小鼠に負けるはずがない。


 狩人の索敵スキルで周囲に他の魔物が存在しないことを確かめると、俺は小鼠の死骸へと近寄る。


 迷宮の魔物は倒したら灰になると聞いたが、すぐに死骸が亡くなるわけではないようだ。


 ただ目を凝らしてみると、小鼠の体から黒い粒子のようなものが漂い、輪郭が曖昧になっていた。


 剥ぎ取り用のナイフで腹部にある魔石を抉り出すと、小鼠の漆黒の体毛から急に色素が失われる。手足がぐずりと落ちていったかと思うと、頭がぽろりと落ち、ついには全身が灰となって消えた。


 この迷宮にいる魔物からは素材が取れないというのは本当らしい。


 もう一匹の死骸から魔石を取ると同様に灰となり、最後の一匹分は魔石を取らずに観察してみる。


 すると、五分後に肉体が崩壊を起こし、灰となって消え去る。


 死骸のあった場所には紫紺色の輝きを放つ小さな魔石だけが残った。


 本当に不思議な現象だ。


 冒険をしているというのに、まるで現実みを感じさせないのは迷宮というものが冒険者をより奥深くに誘引するためのシステムなのかもしれないな。


 小鼠の魔石をアイテムボックスに収納すると、地図を片手に通路を進む。


「お、あれが二階層への階段か」


 道中で二回ほど小鼠に絡まれたが地図を頼りに最短ルートで進んだお陰か、二階層へと至る階段を見つけた。


 螺旋状になっている階段をくだっていくと、一階層の入口と同じような広間にたどり着いた。


 中央には台座があり転移結晶が設置されていた。


 念のため周囲を索敵してから俺は転移結晶にギルドカードをかざす。


 すると、俺のギルドカードが淡い光を放った。


 光が収束してからギルドカードを確認すると、ステータスとは別に自身の到達階層を示す項目が現れた。


 アマシキツカサ

 最高到達階層2


「なるほど。一応、俺も転移できるか確かめておくか」


 到達階層の記録ができると、俺は再び結晶にギルドカードをかざす。


「転移一階層」


 転移したい階層をイメージしながら言葉を発すると、祭壇に刻まれた転移の魔法陣が発光して浮かび上

がる。


 自身の体が粒子と化していく中、光はどんどんと大きくなり、やがて視界は真っ白に包まれた。


 光が消えて視界が戻ると、まったく同じ広間の光景が広がっていた。


 一瞬、転移に失敗したのかと思ったが冒険者たちが転移結晶から転移している姿を見て、ここは一階層だと認識することができた。


 一階層ということは先ほど絡んできた二人組の少女がいるんじゃないかと身構えたが、さすがに時間が経過していることもあり、ここに留まっている様子はなかった。そのことがわかってひとまず安心する。


 転移結晶のすぐ傍に転移させられると思ったが、このように大勢の人が傍にいる場合は広間内の空いている場所に転移させられるらしい。


 なんとも便利な仕様に感心しながら列に並び、再び転移結晶にギルドカードをかざした。


 最高到達階層が二階層までしかない俺は、二階層しか選ぶことができない。


 二階層を選択して転移をすると俺の身体は粒子に包まれ、気が付けば誰もいない二階層の広間へと戻ってくることができた。


 こんな感じで自由に階層を行き来できるのであれば、窮地に陥っても転移結晶の広間まで戻れば何とかなりそうだな。


 まあ、本当に最悪の場合というのは、ここに戻ってくることすらできない状況を指すだろうから過信はできない。あまり帰り道の負担は考えなくていいくらいに思っておこう。


「よし、迷宮のシステムについて理解したところで本格的に探索してみるか」


 迷宮本を読んで事前に知識を仕入れていたが非現実的なものが多くて懐疑的だったからな。


 実際に体験して不安を払拭したところで探索に集中することにしよう。


 俺は地図を片手に広間を抜け、二階層の通路を進んでいくのだった。







新作はじめました。


『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』


異世界でキャンピングカー生活を送る話です。


下記のURLあるいはリンクから飛べますのでよろしくお願いします。


https://ncode.syosetu.com/n0763jx/



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用だった~』

― 新着の感想 ―
おお!ゲームっぽい!ソロプレイ、お疲れ様ですw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ