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取引は慎重に、駆け引きは大胆に(5)

 二人の婚約が大々的に発表されて一週間が経った。世間は連日連夜、それについて面白くおかしく書いていて、二人の逃避行に至るまでをモチーフにした小説に至ってはベストセラーになる勢いらしい。


 姉のステファニー監修の一冊を、取り寄せて目を通してみたら、ところどころ芝居がかった演出が付け加えてあり、特に白百合をヒロインの女性に渡しプロポーズするシーンは「弟に何をさせる気だ」と本気で突っ込みを入れてしまった。


 そして、その感想は彼女も同じだったようで、向かいの椅子で本を読んでいたエリザベスは「これ、私たちがモチーフなんですよね?」と困惑の表情になった。


「ああ、そうだよ。脚色がだいぶ入ってはいるけれど、ざっくり言うと僕らの話だろう?」

「ええ、確かに。意地悪な養父母が伯父夫婦に、同じく意地悪な義理の妹が従弟なら、その辺は正しくって感じです。」

「ああ、あの辺りはもう少しオブラートに包んでもいいんじゃないかと思ったけれどね。いかんせん、監修が姉さんだから・・・・・・。」


 多分、現スペンサー男爵一家のエリザベスへの仕打ちはコックス子爵の令嬢あたりに聞き出したのだろう。


 あの男爵一家の無礼極まりない感じは実に忠実に表現されていて、姉に「さすがにこれはやり過ぎじゃないか?」と連絡したものの、「このお話はフィクションよ! それで通すわ!」と聞き入れてくれなかった。


「婚約式には白百合をモチーフにしたドレスを着るように、とお手紙をいただきましたが、この話を読んで合点が行きました。ステファニー様は私を灰かぶりのエラ(シンデレラ)になさるおつもりのようですね。」

「たぶん、この間のお忍びで『エラ』を名乗ったと伝えたから、そのまま使ったんだろうね・・・・・・。」


 ギルバートは肩を竦めながら、「でも、所詮小説だし、どこまで信じる人がいるかな?」と苦笑する。しかし、エリザベスはぶんぶんと首を横に振り、「ギルバート様は甘いですわ」とため息を吐かれてしまった。


「お茶会ではこういうお話こそ、持ち切りになるんですよ?」


 となると、だ。

 世間では仮面舞踏会であったエリザベスに一目惚れして、「僕だけの白百合姫になって」なんて歯の浮くような台詞を言いながら、口説いた事になっていると?


「ええ、間違いなく思われていますよ。そして、既に噂されていると思います。」


 そう言って、困ったわ、と頬に手を当てて首を傾げる姿に、お茶会の時に同じ仕草をした彼女を思い出してふっと笑みが漏れる。


「何か困ることが? 我が愛しの白百合の姫。」

「な、愛しの・・・・・・って?!」


 途端、顔を真っ赤にして恥ずかしがるエリザベスの様子に、不思議と意地悪をしたい心地になって、「今のうちから慣れておかないといけないのでは?」と笑う。


「あの月夜のダンスシーンはあのお話の中でも一番読み応えのあるシーンでしょう? あれもきっと信じられていると思いますよ?」


 エリザベスは頬を薔薇色に染めて恥じらい、居心地悪そうにする。


 ああ、可愛い。

 あの小説の中の貴公子の言葉を借りるなら、今の自分は「白百合の甘い香に虜になってしまった愚か者」といったところだろうか。


「私、ダンス、苦手なのに・・・・・・。」

「そうなんですか?」

「ええ、デビュタントでも、いくつかステップを間違えて、パートナーの足を踏んじゃって・・・・・・。」


 そう言って困っている表情さえ気に入っているだなんて言ったら、彼女はなんて言うのだろうか。


「それでは、今度、練習にお付き合いしましょうか? 月夜の晩に踊れるように。」

「もう、存外、意地悪なんですね?」


 不貞腐れたエリザベスの様子にギルバートはくすくすと笑う。そして、手にしていた書類を置くと「こう机に向かっているとたまには身体を動かしたくなるんですよね」と首をコキコキと動かした。


「もうすぐアフタヌーンティーの時間になりますよ?」


 そう言われて置型の細工時計の金の文字盤を見れば、すっかり昼下がりのお茶の時間に近付いている。


「ああ、本当だ。もうこんな時間か。参った。今日は予定の半分も読み進められなかったなあ。」

「そうなんですか?」


 ギルバートの周りには、会計書類、外交関連、土木関連、農水関連と多岐に渡る書類が山積みされている。


「ああ、普段、読んでるのとは、違う部類の書類だからね。今は王太子の面倒を兄さんに押し付けているから、代わりに兄さんの補佐するように頼まれていたんだよ。『まあ、この辺りをやってみろ』と言われて、渡されたのを読み込んでいたんだけれど・・・・・・。」


 兄から与えられた仕事は「宰相」としての業務の補佐だから、いくら学生時代から足掛け五年あまり王太子殿下の代行業務をこなしてきたからと言って、すぐに理解できるものではなかった。


「きっとその辺りは配慮しつつ、そこそこ時間がかかってもいい業務を割り当ててくれているとは思うんだけど、話に出てくる東南部地域は僕自身が疎くてね。」


 例えば、農村部の作付けの状態から来年度の税の取り立て分を算出するように依頼されたのだが、東南部で取れる作物の相場がよく分からないし、計算をしてみてもこれで本当にあっているのか判断が付きかねてしまう。


 しかし、おざなりに計算して、税が多過ぎれば、食糧備蓄がままならず、冬場に周辺領や隣国からの輸入に食糧自給を頼らざるを得なくなったり、貧民が飢えるリスクがあったりするから簡単には決められない。逆に税の取り立てが少な過ぎれば、周辺領からの反発が起きるから、もっともらしい理由をつけたり、人の移動を制限したりしなくてはならなくなる。

 そう話すとエリザベスは「それなら仰って下さればお答えしますのに」と小首を傾げてみせた。


「へ? リジーが?」

「ええ、スペンサー領はおっしゃる『東南部地域の農村部』を代表するような領地ですよ? 採れる作物の相場もあらかた分かりますし、私が知らないものでも、アンかサムに聞けば一発です。」


 そう言ってエリザベスが笑うから、ギルバートはハッとした表情になった。


「念の為に確認するけど、スペンサー領は確か隣国のヴェールズとも接しているんだったよね?」

「ええ、南の方で一部ですがヴェールズ公国とも接しております。かつては争った国と聞いていますが、辺境伯に仕えていたお祖父様の睨みが効いていますから、まだしばらくは国境(くにざかい)の諍いは防げるでしょう。」

「ああ、やっぱり。となると、これは兄さんからの婚約祝いって事か・・・・・・。」

「婚約祝い?」

「ええ、ここに送られてきている書類が解決すべき内容はどれも同じ地域の問題。どうやらスペンサー領界隈で起こっている問題のようです。恐らく兄は僕達に『思うようにしろ』って意味なんだと思うのだけれど。」


 そして「確か、この辺りに地図があったはずだな」と言いながら書類の山を漁り出し、「一昨年の水害で荒れ果てている地域があるって話していましたよね?」と領地内を流れるモノウ川を指さして、「氾濫被害地域はどの辺り?」と訊ねてきた。


 ◇


 アフタヌーンティーの時間など忘れて、ギルバートとエリザベスは互いに地図を覗き込んでいた。


「それではこの川の氾濫した辺りは田畑だったんだね?」

「ええ、そうです。怪我の功名か、河野運んできた土のおかげで、今年は土が良くなったらしく麦が豊作でしたので、このまま税が据え置きか、可能なら少し下げていただければ、一昨年ダメになった分の備蓄も補えると思います。」


 すると、ギルバートは「その辺り、もう少し詳しく教えて」と話す。


「一昨年は家財やドレスを売って凌いだって話していたけれど、去年はどうやって飢えを凌いだの? 田畑は去年の時点は復旧してなかったんだろう?」

「ええ、去年は国から支援を頂いたのですが、焼け石に水でして。堰の整備と、堤防の応急処置を施すだけで資金が底を尽きました。」

「ああ、それで冬越えのため、寄付を募ったのか。」

「ええ。それでも足りない分はノーランド王国に『鉄鉱石』を売りつけて、何とか飢えを凌いだんです。」

「ノーランド王国? ヴェールズ公国ではなくて?」

「ええ。食べられない鉄鉱石より麦の方が大事でしたから。けれど、今年はこっちの足元を見始めたのか、商人達が需要が上がっていると言って、麦を渡すから倍量の鉄鉱石を寄越せと要求して来ましたわ。」


 その言葉にギルバートは、ふむふむと計算をしては数字を書き付けていく。


「近隣なのにヴェールズ公国から麦を買わなかったのは何故だい?」

「一昨年は本当に酷い長雨で、ヴェールズ公国でも同じように水害が起こっています。しかも、ヴェールズ公国は山がちで、うちと違って麦を作付け出来る所自体が多くないですし、下手にあちらから食糧を仕入れれば、あちらの国が飢えて、暴徒や難民が押し寄せてきましょう?」


 だが、ノーランドなら地理的に離れているから、何かあっても直積的に頼られることは少ない。

 それを聞くとギルバートは別の資料を手にして「ヴェールズ公国からの難民は流れて込んできているのかい?」と訊ねる。エリザベスは「その辺りは祖父が入国審査を厳しくしておりましたわ」と答えた。


「どうしてものっぴきならない人を除き、一ヶ月程度の短期間の滞在しか認めておりませんでした。どうしても長期滞在を希望の人は、税を一定期間収めるのも確約させてからの入国としていましたわ。」

「それでは反発が起こらないか?」

「いいえ、そこまでは起こっていません。」


 なぜなら、入国を認められた場合は、領主として住み込みの仕事場を斡旋し、移住者自身が自活できるようにしているのだと言う。


「当初こそ『弱者を見捨てるのか』と言われましたけれど、お祖父様は『今は全員が弱者だ』と言って納得させたんです。それに、祖父が私財を投げ打ったことを知っているマナーハウス周辺の領民は、祖父の判断に賛成してくださいましたわ。」


 そして、それゆえ、現男爵一家よりも、祖父に敬意を払ってくれている。けれど伯父はその事が面白くないのだと話すと、「あとはご存知の通り」とエリザベスは答えた。


「なるほど、そう言う裏事情があるわけか。」


 そう言いながら作付に関しての資料をものすごい勢いで書類を読み進める。そして、今度は外交関連の書類を指差して「ちなみに去年、ノーランド王国に渡っている鉄鉱石の量は分かるかい?」と訊ねた。


「鉄鉱石ですか? 量については邸の帳簿を見ないとすぐには・・・・・・。けれど、おおよその量とレートなら分かりますよ?」

「ひとまずはレートでも構わない。」

「一ブッシェルあたり、四分の一相当の量の鉄鉱石が一昨年のレートでしたわ。」


 それは国同士で取り決めてやり取りしているレートに比べると約1.5倍ほど違う。


「・・・・・・随分と吹っかけられたね。」

「ええ、でも、背に腹はかえられない状態でしたの。あの時はそれしか領民を助ける手立てがなくて・・・・・・。」

「いや、領地経営の面では正しい判断だと思うよ。」


 本当に民のことを思い、自分の身の回りの物を売ってでも、民を助ける彼女の祖父や彼女自身の話を聞くと、時折、何が「月光の貴公子」だ、と身につまされる。

 しかも、彼女は別に「貴族だから」という気持ちでそうしたことをしているのではなく、祖父のエドガー氏の補佐をする中で、自然と領地経営のノウハウと共に、気構えも養って来たのだろう。


「でも、ノーランド王国に流れる鉄鉱石量が気になるな。1.5倍のレートだなんて。」

「おそらくヴェールズ公国の状況を聞く限り、あっちでも同じような取引がされていると思います。あちらの石炭は高品質なコークスが取れるから。鉄加工には重宝されるでしょう?」


 ギルバートはそこまで聞くと「その才覚、王太子に分けてやって欲しいよ」と苦笑した。

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