ガライド編 第十一話
「――こうして俺とエレノアは、共に旅をするようになったという訳だ」
「ふーん……」
一通り話し終えると、俺は目の前の男の顔を見た。砂色の髪と紫の瞳。端正な顔立ちと先の尖った耳が、この男が人ならぬ種族――エルフである事を教えてくれる。
この男の名はサーク。三ヶ月ほど前から行動を共にしている、新しい旅の道連れだ。
「つまり駆け落ち、って奴か。二人して真面目そうな顔してんのになかなかやるねえ」
「茶化すな。お前がどうしても聞きたいと言うから教えてやったんだぞ」
からかうように笑うサークを、軽く睨み付ける。とは言うものの、本気で怒っている訳でもなかった。
生まれ育った故郷の森を出て一年というこいつは、人間の社会で余程苦労してきたのだろう、最初の頃はなかなか俺達と打ち解けようとはしなかった。こうして砕けた会話が出来るようになってきたのも、つい最近の事だ。
また寿命が長いエルフという種族であるせいか歳の割には妙に子供っぽいところがあり、そのせいか俺達よりも年上だというのに俺もエレノアもこいつの事をつい弟のように見てしまう。その度に、本人には年下扱いするなと怒られるのだが。
「いいじゃねえか。そこまでしたからにはもうとっくにデキてんだろ? お前ら。それなのに俺みたいなお邪魔虫抱え込むなんざホント酔狂だよな」
「……何か勘違いをしているようだが、俺とエレノアはそういう関係じゃない」
「は?」
にやついた笑みを浮かべるサークにそう返してやると、途端にサークは間の抜けた顔になった。俺は一つ長い溜息を吐き、更に続ける。
「エレノアとはそういう事はおろか、キスだってした事がない。至って清い関係だ」
「……はああああ!? 嘘だろお前!?」
愕然としたように、サークが大声を上げる。……本当に、子供っぽい奴だ。
「んな危険な真似までしてさらっといて、何でまだモノにしてねえんだよ!? 人間ってのは惚れてなくてもヤれそうならとりあえずヤる生き物じゃなかったのか!?」
「どんな偏見だそれは。そういう輩はあくまで人間の極一部だ」
「っかー……信じられねえ。それともあれ? お前男相手じゃなきゃ勃たねえとかそういう奴? あれ俺ひょっとしてピンチ?」
「殴るぞ」
軽口を叩くサークを、今度こそ本気で睨み付ける。そんな俺に、サークはやれやれといった風に肩を竦めた。
「お前なあ。そんな悠長な事してるとエレノア誰かにかっさらわれちまうぜ。何せエルフの俺でも目を引かれる美人だ。お近付きになりたい男なんざごまんといるだろ」
「……」
その言葉に、俺は返事を返さなかった。いや、返せなかった。
エレノアへの想いは、あれから二年が経った今でも変わらない。いや、日を追う毎に彼女を好きになっている自分を自覚する。
手に入れられるなら、今すぐにでも手に入れてしまいたい。それが未だに出来ずにいる理由は。
俺が地方領主、アウスバッハ家の嫡男であるという事実。
別にエレノアが領主の妻の座に相応しくないとか、そういう話ではない。それどころか、エレノアのような素晴らしい女性には低すぎる身分だとすら思っている。
だが問題はそこではない。俺の妻に、領主の妻になるという事は。
折角手に入れたエレノアの自由を、再び奪うという事。
地方領主とは言え、アウスバッハ家は貴族の末席に名を連ねる家柄。もし戻れば、もうこうして自由に旅をする事など叶わなくなるだろう。
かと言って、家を捨てるのも躊躇われる。俺に兄弟はいないし、窮屈ではあったがアウスバッハ家そのものを嫌っている訳ではないからだ。
第一肝心のエレノアだって、俺の事をそういう意味で好きかどうかは解らない。全面的な信頼と一定以上の好意は得ていると自惚れてはいるが、そこに恋愛感情が含まれるかは全く解らないのだ。
そうやって明確な答えを出せないまま、今日までズルズルと問題を先送りにしてしまっている。いつまでもこのままではいられないと、頭では解っているのに。
「……お前らとは付き合って日が浅いけどよ。エレノアは、お前のものになる日を心待ちにしてると思うぜ。勘だけどな」
そんなサークの呟きが、今の俺にはとても重たいものに思えた。
ずっと、このままでいれたらいい。大切なエレノアとサークと、ずっと三人で旅が出来たらいい。そう思っていた。
だが運命は、無情にもその終わりを告げる。ずっと逃げてきた決断をしなければいけない時が、予想よりもずっと早くやって来るなんて――。
――この時の俺は、思いもしなかったのだ。




