ガライド編 第十話
「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
開放の言葉と共に杖から迸った特大の雷が、神殿の外壁を穿つ。雷が治まった後には、大人一人が余裕で通り抜けられる大穴がぽっかりと空いていた。
「凄い……こんな脱出法があったなんて……」
「かなり強引な手だけどな。だが時には強引な手が最も功を奏する事もある」
念の為穴から顔だけを出し、見える範囲に人がいるかどうかを確かめる。どうやら周囲に誰もいない事を確認すると、俺は先に穴を出てエレノアに手を差し出した。
「足元に気を付けろよ。瓦礫が落ちているからな」
「はい……きゃっ!」
俺の手を取り歩き出したエレノアだったが、忠告も虚しく瓦礫に足を取られてしまう。俺はすぐさま身を乗り出し、倒れかけたエレノアの体を受け止めた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
その態勢のまま、暫し互いに見つめ合う。服越しの彼女の体温が、嫌と言うほど伝わってくる。
もう少し、もう少しだけこのままで――。そんな願いは、廊下の奥の方から聞こえてきた怒声に掻き消された。
「おい、侵入者はいたか!」
「!!」
弾かれるように、バッと離れる俺達。エレノアは顔を真っ赤にしながら、そそくさと穴の外へと出てきた。
「す、すみませんガライドさんっ、急がなければいけないのにっ」
「い、いや、俺こそいつまでもすまない」
互いに謝り合いながら、深呼吸をして高鳴る心音を落ち着かせる。……よくよく考えれば俺とエレノアは友人であって恋人ではないのだから、あまり密着し過ぎるのは軽率と言う他なかった。
何しろエレノアはまだ若い、年頃の少女なのだ。友人とは言え大の男にあまりベタベタされるのは、いい気分はしないだろう。
――今だけは彼女への思慕は忘れろ、ガライド。今は彼女を無事に、このムスラムから脱出させる事だけを考えるんだ。
「奴らに見つかる前にまずはこのレヴィンを出よう。強行軍になるが、いけるか?」
「はい。あなたとなら、どこまでも」
俺の確認に、エレノアがしっかりと頷き返す。その目には、今までにない活力が満ちているように思えた。
「よし、行こう。俺から離れるなよ」
「はい!」
そして俺達ははぐれないよう気を付けながら、夜の闇に包まれた街を駆け抜けていった。
「そこの二人、止まれ!」
国境に立てられた門、その手前で俺達は行く手を塞がれる。槍を持った警備兵達は、品定めをするように俺達二人をじろじろと見つめる。
どれくらいそうしていたのか。やがて警備兵達は、一つ深く息を吐きながら構えを解いた。
「……どうやら違ったようだ。すまなかったな、通っていいぞ」
「どうした? 何かあったのか?」
「ああ、何でも王都レヴィンでファレーラ教の聖女様が何者かに連れ去られたらしい。そいつは黒髪の魔法使いだってんで、こうして魔法使いらしき奴を見つけては検問してるのさ」
俺の問いに、また一つ深く息を吐き警備兵は答えた。俺は何食わぬ顔で、それに話を合わせる。
「それはまた物騒な事だな」
「ああ。でもお前は金髪だ。引き止めて悪かったな。良い旅を」
「ありがとう。仕事、頑張れよ」
そう言うと警備兵達は、道を開け俺達を通してくれた。俺達は警備兵に別れを告げ、国境の門を潜る。
そして門が遠くになったところで、俺はやっと隣のエレノアに顔を向けた。
「上手くいったな、エレノア」
「はい、ガライドさんのお陰です」
黒い魔法使いの格好に身を包んだエレノアは、そう言って嬉しそうに笑った。
レヴィンを脱出した俺は、まずエレノアを俺の着ていた服に着替えさせた。俺の服はエレノアには少し大きかったので、袖や裾を鋏で切った。
その際エレノアの長い髪も一緒に切った。エレノアが『聖女』エレノアである事を、少しでも解らなくする為だ。
そして俺もまた、予備で持っていた旅装に身を包み――。剣士と魔法使いの二人連れという体で、ここまで来た訳である。
「すまなかったな。あんな綺麗な髪を切らせてしまって」
帽子の下の、男のように短くなった金髪にそっと触れる。エレノアは少し赤くなりながら、陰りのない笑顔を見せた。
「平気です! 私、一度でいいから髪を短くしてみたかったんです!」
「そうか」
どうやら強がりで言っているのではない様子に、ホッと胸を撫で下ろす。必要だったとは言え、女の命と言われる髪を切ってしまった事に罪悪感を覚えていたのだ。
「……ねえ、ガライドさん」
と、不意にエレノアが真剣な顔になる。俺もまた表情を正し、エレノアの次の言葉を待つ。
「あの夜からずっと考えてたんです。あなたは私を守ると言ってくれたけど、こうして一緒に旅をする以上、私、それだけじゃ嫌です。私も、あなたの力になりたい。あなたが私を助けてくれたように、今度は私があなたを助けたい」
「エレノア……」
「私に戦い方を教えて下さい、ガライドさん。あなたの、旅のパートナーとして」
真っ直ぐな瞳で、俺にそう告げるエレノア。……ああ。彼女のこういうところが、俺は好きなのだ。
「解った。まずはエレノアにはどんな武器がいいか、それから見つけていこう」
「はい!」
「それと……」
そう口にしかけて、一旦言葉を止める。これは単なる俺の我が儘だ。だが……。
「? ガライドさん?」
「……その、さん付けは止めてくれないか。ガライドでいい。これからは、一緒に旅をするんだからな」
「えっ……」
エレノアの顔の赤みが、一気に濃くなる。俺もまた、頬が熱くなるのを抑え切れなかった。
……やはり、厚かましかっただろうか。そう俺が思った、その時。
「……ガライド」
エレノアの唇が、そう俺を呼んだ。頬の熱が、更に高まっていくのが解る。
「ガライド。……ガライド。ふふ、何だか照れますね」
「あ、ああ」
「改めて、これからよろしくお願いしますね、ガライド?」
真っ赤な顔に眩しいほどの笑顔を浮かべて、エレノアが言った。……ああ。俺が守りたかったのは、失いたくなかったのはこの笑顔だ。
この笑顔を守る為なら、俺は何だって出来る。そう、改めて強く実感させられた。
「――ああ。こちらこそよろしく頼む、エレノア」
気が付けば俺達は、どちらからともなく手を繋いでいた。




