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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
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23.彼らが臨むは地に伏し屍龍1

 毎回言っていますが、遅くなって大変申し訳ないです。


 それでも読んでくれる皆さんに、改めて感謝を。

 俺が朽葉と浅緋を迎えに行くと、作業場にはナギがいた。

 椅子に座り朝日を眺める彼女の腕には、眷属達が大切に抱かれている。

 扉が開いた音に気付いた彼女が、窓から目を離す。


「先輩、おはようございます」

「……うん。おはよう。……ずっとうちの子達を見ててくれたのか。悪い」

「大丈夫ですよ。私の方も現実で少しありまして。……こっちに居たい気分でしたから」


 ナギが透き通った笑顔を浮かべる。


「……そか。ありがとな」


 言いたい事がいくつも浮かんだが、言えたのは結局それだけだった。

 俺が朽葉達を受け取ろうと彼女に近寄ると、藍色を帯びた黒い瞳が俺を真剣に見上げる。


「先輩。大丈夫ですか?」

「ん?」

「疲れた顔してますよ」

「……そう、かな?」


 思わず頬に触れる。

 こういった裏作業的な物は、ギルド『神域』に居た頃以来なので、無意識の内に気を張っていたのかもしれない。


「先輩。少しお話しませんか?」

「んー。でも――」


 まだやれる事があるかもしれない。

 そう思って誘いを断ろうとすると、ナギが揺れる瞳で俺を見上げる。


「くーちゃん達が起きるまでの間でいいですから。……駄目ですか?」

「……そんな事ないよ」


 彼女の発言が、俺を慮ってのものだと俺でも分かる。

 本当、敵わないなあ。と苦笑しながら俺はナギの向かいに座る。


「じゃあ。ちょっとだけ」

「はい。ちょっとだけ、ですねっ」


 ナギが桜色の唇を綻ばせる。

 それを見ただけで、満更でもない気分になる自分は、案外単純なのかもしれない。



  ◆



 俺達に宛がわれた談話室。

 簡易戦闘マップを挟んで、オカリナがマリーから指導を受けている。


「え、えっと。こう、ですか?」

「そうしたら盾役に回復が届かなくなりますよ」

「あ、そうですね。……じゃあ、こうですか?」

「そうですね。どうしても漏れる場合は、優先的に入れるメンバーを決めておくといいですよ。盾役最優先で、次点で攻撃役が一般的でしょう。しかし最終的にはオカリナさんの判断です」

「は、はい……ッ!」


 マリーの指導は、明らかにこれまでよりも上を求めている。

 これまでの初心者だからという遠慮は無くなり、しかしその分、互いの距離が縮まって見える景色。

 他の所でも、同様の話し合いがなされている。


「いやー。バタバタしてるねっ」

「……貴方のせいでしょうが」


 魔女がテーブルの向こうから鋭い視線を向けてくる。

 俺はその視線から逃げるように、腐龍のデータに視線を落とす。

 魔女が調べた行動パターンに、それに対するチームと個別の両方の対処を書き加える。

 魔女は俺から目を離すと、周囲を見る。


「……こんな調子で倒せるのかしら?」

「んー。大丈夫じゃないかな?」

「根拠は?」


 俺はデータの確認をしながら口を開く。


「……このチームの皆は、良くも悪くも協力的だったからね。自分の意見が有っても、相手の行動を優先して遠慮する所があった。でも今は自分が思う最善を話し合ってる。いい傾向だと思うよ?」

「そうである事を願うわ……。それにしても、深夜と比べて、貴方は余裕があるように見えるわ?」

「んー。さあ?」


 適当にはぐらかす。

 要因は今朝の休憩だけでなく、オカリナの様子の変化もある。

 アリシアと何を話したか知らないが、あの様子ならもう危惧する事も無い。


(そもそも腐龍討伐は説得失敗時の保険の一つだったからなー)


 そこまで考えて、もう一つの保険を思い出す。

 そして魔女に言わなければならない事も。


「魔女さん魔女さん」

「……何かしら?」

「ほら、例の本あったじゃないですか。報酬として渡すって言ってた」

「ええ。……何か嫌な予感がするわ」

「落としました」


 魔女がピタリと動きを止める。

 そしておもむろに呪文を唱える。


「《深遠アルトエルト衝撃カルト――》」

「払う気はありますから、暗黒魔法は止めてください死んでしまいます」


 全力で頭を下げる。

 魔女さんは展開していた黒の魔法陣を溜息と共に霧散させる。


「報酬に関しては、少し手心を加えようと思っていたけれど、止めようかしら?」

「手心? どうして?」

「……個人的に思う所があって、かしらね」


 魔女に頼んだのは、各チームへの遅延行動、それとオカリナとギールの背景という情報面だった。

 彼女に限ってそんな事はないと思いつつ、俺は可能性を口にする。


「もしかしてオカちゃんの境遇に同情したの?」

「……同情、ではないわ。……ただ、あの子の行く末に、私の知りたかった答えがある気がする、……とでも言えばいいのかしらね」


 魔女はマップと睨めっこするオカリナを眺め、静かに首を左右に振る。


「んー。……これ以上は聞かない方がいい?」

「……そうね。私も上手く説明出来る自信が無いから、そうして貰えると助かるわ」

「ん。はい、これ」


 俺は閑話休題の意味も込めて、彼女に完成したデータを渡す。

 文章を目で追っていた彼女が、後半になるにつれて戸惑っていく。


「貴方、この、……書いてある事は本当なの?」

「んー。今朝ざっと見てきたけど、あの状況からして、その可能性があるってだけだよ。腐龍のHPが半分を下回った例が無いからねー」


 他のメンバーにも情報を渡す為に、俺は席を立つ。

 俺を訝しげに見上げる魔女に気付き、俺は口の端を吊り上げる。


「あくまで保険だよ。保険」



  ◆



 ドラゴンゾンビ。

 強靭な肉体と膨大な魔力を有すドラゴン。その屍骸に黒の魔力が宿り、動き出したモノ。

 その性質上、生前の高度な思考は存在せず、ただ近付く者を破壊する単純な動きをする。

 生き返ったというよりは、ただの動く死体である場合が殆どである。者というよりも物と言った方が正しい。

 しかし、その崩れかけた体に記憶が残っているのか、生前の行動をトレースする個も存在する。

 ドラゴンでいえば、ブレスや飛翔などが例として挙げられる。

 そして、時には生前よりも厄介な存在となるモノもいる――。


 俺達は今まさにそれに挑戦しようとしている。


 中央部。殆ど唯一となった未開の地。

 その全てが黒紫の瘴気で囲まれ進入不可となっている。

 その中央部の内の森林エリア。その入り口前に鎮座し、腐龍は静かに伏している。


 俺達はその巨躯の前、ボス前のセーフゾーンで息を潜めて寄り添っている。

 ここがシステム的に安全なのは頭で理解しているが、実際に脅威を前にして、俺達は少し気圧されていた。


「……大きいわねえ……」


 ユーナが手で庇を作って小高い丘ほどあるドラゴンを見上げる。

 彼女が皆の気持ちを代弁していた。


「――さて」


 ソラの言葉に俺達は彼に注目する。

 九人全ての視線を受けても、彼に動じた様子は無い。


「色々とバタバタしたけど、何とかここまで来れたね。相手は強敵だけど、俺は皆となら勝てると思ってる」


 彼は気負いを感じない普段通りの笑顔で俺達と目を合わせる。

 その瞳からは、嘘を付いている様子は感じられない。


「不安はあるけどさ。俺が失敗しても皆がフォローしてくれるって信じてるし、皆が失敗しても俺がフォローするしさ」


 こちらの不安を拭い去る笑顔で彼は言い切る。


「だから、勝てるよ」


 所謂カリスマというものだろうか。

 誰よりも先頭に立って、その背中で仲間を勇気付けるタイプ。

 これまでソラはそうやってチームを引っ張ってくれた。


「またあんたの根拠のない自信が始まった……」

「そう言うなってユーナ。俺はソラのそういう所好きだぜっ!」


 ユーナが頭を抱え、ジャンがソラの肩に手を回す。

 そのどちらの表情も先ほどより解れている。


「そっか。じゃあその根拠はリクにでもお願いしようかな? 言い出したのはリクだからね」

「……まあ、その通りだけどさ」


 こう言われたら断れない。

 俺はソラの期待の眼差しを受け、渋々口を開く。


「……俺達が今回戦うのは、アースドラゴンゾンビ。種族は不死。属性は大地。推定HPは――」

「あ、リク。時間が無いから、そういうのは無しで」

「……状態異常を複数掛けてくる厄介なエリアボスではあるし、タフでもある。厳しい戦いになるのは間違いない。もしかしたら負けるかもしれない」


 俺は大丈夫だ。と笑顔で言えるような人間ではない。


「でもさ。それは今回に限った話じゃないよ。どんな戦闘も約束された勝利なんてものは無い。負けの可能性は何時だって存在する」


 俺は一拍置く。


「だからさ。出来る事を一つ一つやっていくしかないと思うんだ。そうすれば案外なんとかなるよ。……多分ね」


 これが俺の精いっぱい。

 不安を煽る様な台詞を言ったので、皆の士気に悪い影響を与えたかもしれない。

 周囲を確認する前に、ユーナがまたしても呆れながら言う。


「あんたねえ……。励ましたいのかそうじゃないのか、どっちなのよ」

「んー。ほら、俺って正直者だしね」

「お兄さん。寝惚けるには早いのですよ」

「リク。寝言が許されるのは、寝てるからなんだぜ」


 散々な言われ様である。

 ソラが笑いながら俺の肩に手を置く。


「ま、リクらしくていいんじゃない? こう、肩の力が抜ける感じで」

「それ褒めてないよね……?」

「あっはっはっ! それじゃあ、このまま行っちゃおーッ!!」


 ソラが俺の肩を叩いて離れ、腐龍に向かって歩き出す。

 チームの皆も足取り軽やかにそれに続く。


 何となく出遅れた俺が皆を眺めていると、大男が俺の隣に並ぶ。

 

「ラー様。……どうしたの?」

「…………」


 寡黙なチームメイトは、俺に何かを差し出す。

 チェスの駒の様なそれは、朽葉と浅緋の木彫り像だった。


「えっと……」


 精巧な出来のそれと、ランドルフの顔を交互に見る。

 ランドルフは何も言わず、差し出した体勢でいる。

 俺がおずおずと二つの彫刻を受け取ると、彼は小さく頷いて踵を返す。


 俺はその背中を呆然と眺める。

 二匹は定位置から移動して、彫刻に集まる。

 朽葉は興味津々に匂いを嗅ぎ、浅緋は一通り検分して満足げに鳴く。


「……もしかして励ましてくれた、のかな?」


 器用な彼の不器用な気遣い。

 俺はそれを大切にインベントリへと仕舞い、皆を追いかけた。



  ◆



 地に伏す地龍の亡骸に近付くと、進行不可の紫の濃霧が俺達と腐龍をまとめて囲む。

 思わず足を止める俺達の前で、腐龍が緩慢な速度で頭をもたげる。


 巨躯は相変わらず伏したまま、首だけで俺達を見下ろす。

 強者の態度にソラが困ったように頭を掻く。


「……凄いな。不敗の貫禄は伊達じゃないね」

「腐敗だけに?」

「32点ですかね」


 リューネがソラを無表情で見つめ、アリシアが無情に採点する。

 こんな時にも無駄口を叩く仲間に俺は口を尖らせる。


「待て待てっ。俺の時より4点も高い事に不満があるんだが?」

「今はそんな事どうでもいいでしょ! 来るわよ構えなさいッ!」


 ユーナの注意と共に、腐龍が腕を振り下ろす。

 俺達は蜘蛛の子を散らすように散開する。


 腐龍は顎を不自然なくらい大きく顎門を開けると、涎の様に口から紫の息を落としていく。

 息は地面に触れると拡散し、俺達に追い縋る。


「――起きろ。風の精霊剣エアリス


 ソラが名を呼ぶと、呼応するように緑の剣が風を纏う。

 彼は龍の息吹ドラゴンブレスの正面に悠然と構える。


「――風を解き放て。《西方の旋風ウィル・パージェ》」


 景色が歪む程の風が、剣に集束する。

 彼がそのまま剣を叩き付けると、剣先から幾つもの旋風つむじが生まれる。

 緑の輝きを帯びた風は息吹と衝突し、それを押し返しながら余波で腐龍の体を切り裂いていく。

 

 パーティを襲った息吹を文字通り吹き飛ばしたソラ。

 聖剣を肩に担ぎ直した彼が、弾んだ声でこちらに振り向く。


「さて。戦闘を始めよっか?」

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