第一章 12 やっぱり遅刻ギリギリ
翌日、紗希の様子は普段と変わらず、機嫌は直っているようだった。
色々な意味で胃が痛くなるハンバーグだったが、完食してよかったと安心した。
「紗希は部活とか入るの?」
緑がかった桜の木の混じる緑道。通学路で一番気持ちのいい道すがら尋ねてみた。
「一応、中学と同じく文芸部に入るつもりよ。読書出来るスペースが欲しいしね」
「家でも学校でも本まみれ。ホント根っからの本狂いだよな」
「…………別にいいでしょ。七海だって年がら年中音楽を聞いてるじゃない」
拗ねたのか少し早足になる。
「いやー俺は基本、自分の部屋でしか聞かないからなー」
「回数じゃなくて質の話よ。僧侶の瞑想みたいに何も食べないで一日中音楽を聞いてる時があるじゃない」
「…………まぁ趣味があるっていいよな」
「もう。すぐ逃げるんだから」
紗希は苦笑した。
「そういう七海はどうするの?」
「うーん、龍くんの店でバイトすることになったからガッツリ系はキツいし、とはいえバイトまでの時間潰しはしたいからすげー迷い中」
「バイト………勉強とか大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。夜中がメインらしいから殆ど店番じゃない?後はイベントがある時の手伝いくらいで、暇な時は自由にしてていいみたいだし」
「ふーん。それなら暇な時顔を出してみようかしら」
「お、そしたら腕によりをかけた特製ジュースカクテルを提供するぜ」
「………ドリンクバーで飲み物を混ぜたくらいのクオリティでしょ、どうせ」
「………知ってます?メロンソーダとカルピスを混ぜると、とーっても美味しいのじゃ」
俺はバーテンダーの卵の卵として恥ずかしくないように精一杯の抵抗をしてみる。
紗希はバカねぇ……と優しげに微笑んだ。
「じゃあお店に行った時はその特製ドリンク、御馳走して下さいな」
「もちろん、任せとき」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
風で乱れた髪を直しながらそう言った。
教室に入り、千枝さんの席を確認してみるとまだ登校していないようだった。
荷物を置いて席につくと昨日声をかけてくれた亮が俺のところへやってきた。
「ななみんおいす〜。調子はどんな感じよ」
「ありがとう、調子はまぁまぁかな。君は?」
「あぁ!俺もとっても元気だぜ!…………って中学生英語みたいな会話になってるじゃん!」
「ほぼ初対面だからな。初対面の時にしか出来ない会話を堪能するのも又よき」
「おお…………そう言われると英語初級編の例文みたいな会話も味があるように思えてきたぜ」
「だろ〜〜〜〜」
俺は腕を組み胸を張ってみる。
「いや、そこまでドヤられても……本当はそこまで味あるとは思ってねーし……」
「人類皆俺をチヤホヤするべきなんだ」
「あっ…‥止まらないタイプなのね。了解」
亮は全てを察したように頷いた。
「そういえば昨日はどうだったん?」
「楽しかったで!つか、七海と雨倉さん結構話題に上がってたよ」
「へー………まさか悪口とかじゃないよな?」
「逆逆。イケメン美少女のツーショットで、しかもちょー仲良さげだったじゃん。ちょっとしか話してない俺に色々聞いてくるもんだったから困っちゃったぜ…….」
「え〜まじかぁ〜もうファンクラブが出来ちゃったのかぁ」
「そこまでは言ってない」
「じゃあ亮は俺のファンクラブ会長ってこと?」
「ふざけんな!入るにしてもお前じゃなくて雨倉さんのファンクラブに入るわ!!」
「へへっ……そう言われるとさすがの俺も照れちゃうぜ……」
「お前人の話、ぜんっぜん聞かないのな……」
脱力して肩を落とす亮にポンポンしながら慰めていると、表情の死んだ千枝さんが脇を通って机に突っ伏した。
チャイムが鳴り、教師が入ってくる。
千枝さんの目覚めはいつ頃か。
早く声をかけたいなと思いつつ、俺は話し始めた教師に耳を傾けた。