帰還
黒騎士曰く、それは少女の失くした本能。
温厚でビビりな彼女からはあり得ないような雰囲気に圧倒される。
凍てつくような気配は炎の少女と似たものを感じる。
見たこともない禍々しい大槌を構えたベルがそこにはいた。
「一体何をしたんだにゃ?」
明確な敵意を露わにしつつ黒騎士の方を睨んだミケが剣を構える。
「……私は特に何もしてませんよ……彼女自身が望んだものです」
ミケがクロネの方を見るとクロネは黒騎士の言葉を肯定するように頷いた。
その目はまだ怯えが残っているものの真っ直とベルの姿を写す。
「混沌……この感情を軸にしたデザイアウェポン自体は珍しくありません」
ミケ達のことなど見えていないのか、もしくは認識できないのかベルは炎の少女に向かってフラつきながら進む。
「在り方のズレ、狂気による精神の崩壊など混沌に繋がるものは幾つかありますが……彼女の場合は……」
「多重人格……」
クロネが小さくつぶやく。
「正確には二重人格ですけどね……彼女が受けた治療によって眠っていたもう一つの人格……生まれついての先天的な多重人格……故に」
一瞬の轟音と共に大槌が炎にぶつかる。
次の瞬間、炎は砕け洞窟を駆け抜けるようにヒビが走る。
「後天的な多重人格であるあの少女の感情程度では防ぎきれませんよ」
そう言うと役目を終えたと言うように黒騎士はその場を後にした。
既に勝敗は決している。
しかし混沌は止まらない。
「ミケ!」
「わかってるにゃ!」
「レミさんを返してもらいますよ! クロネさん!」
「わかってるわよ! とっとと済ませなさい!」
再び炎の少女に向けて振り下ろされようとする大槌を血の槍で無理矢理押し留めるクロネの間を抜けミケが加速する。
「ミケさん! このままだとレミさんとレミさんの中にいる誰かの境目が曖昧すぎてまともに反転が使えません!」
レミに近づいたことで既に長時間精神が混在した影響で元々の人格にも影響が出始めていることを察した魔剣が忠告するがミケはそのまま剣を振るう。
「……問題ないにゃ……にて……を視る…………目標固定、邂逅終了」
ミケが聞き取れないほどの小声で何かを呟くとミケの瞳の色が灰色に変わった。
「これは……一体あなたは?」
「なんでもいいにゃ! それより」
「わかってますよー! NPごっそり持ってきますけど途中で倒れないでくださいよー! ……システムオールグリーン……判別終了、フェイクデザイア起動、欲望捏造終了……反転!!」
剣から放たれた光と同時に洞窟は崩れ落ちた。
「…………どうしてここにお前がいる?」
「はぁ……あなたは運が無い方だと思いましたがこう言う時はあるんですね……これならわざわざリスクを冒す必要ありませんでしたね」
ほぼ同時に放たれた弾丸はそれぞれ夢野の脳天と心臓を撃ち抜いていた。
驚きの表情のまま倒れた夢野を他所に壊田は突然現れた乱入者に銃を向ける。
「おおー怖いですね〜そう言う物騒なものは使うタイミングってものがあるんですが……あなたには一生理解できなさそうですね」
口先だけの言葉を並べ肩をすくめると銃など気にする様子もなく男は倒れた夢野に近寄る。
「R……一体どう言うつもりだ?」
「今は私のことよりも……こっちを見た方がいいかと」
相変わらずの笑みを浮かべるRから銃を逸さずに倒れた夢野に近寄った壊田はその姿を見て目を見開いた。
「こいつは……どういう……」
「見ての通りですよ……危なかったですね〜? 私が外との回線を切るタイミングがもう少し遅かったらアウトでしたよ?」
回線が切れ沈黙した真っ黒なモニターが倒れた夢野の顔を映す。
そこに血はなく、あるのは機械が零す火花だけ、夢野と呼ばれたそれはただの鉄の塊と化しそこに横たわっていた。
「さてと……ぼーっとしてる暇はありませんよ? あちら側が元に戻してくれたとはいえまだ精神的に不安定なことは確かですし早くここを離れないと面倒なことになりますからね」
「あいつらは?」
「私の仲間が周りのアンドロイドを一掃したので無事ですよ? 勝手に動かれると面倒なので一旦保護させてもらってますけどね!」
Rが夢野の懐から取った端末を操作し四季の入っているケースの解除をしながらそう言う。
「そうか」
「よくあの状況で銃を抜く判断ができましたねーあの2人が無事かどうかもわからないのに……見捨てるつもりでしたか?」
Rの笑みが少しだけ歪み一瞬壊田の方を睨む。
「無事だって確信がなきゃ俺だってあんな事はしねーよ」
やっと緊張が解けたのか大きめのため息を吐くと壊田が地面に座り込む。
「ハンドサインだ」
「ハンドサインですか?」
「全く随分昔のことをよく覚えてやがるよアイツは……」
もう既に壊田の記憶からも薄れ始めていたあのサインを未だに覚えている後輩に思わず笑みがこぼれる。
「はぁ事前にそのあたりも調べておくべきでしたね〜……さてハッキングは終わりましたよ……後は若いお二人で……いえ片方はおっさんでしたね! あまりゆっくりは出来ませんのでとっとと準備してくださいね? エレベーター呼んで待ってますので」
Rが部屋を後にするとゆっくりとケースの蓋が開いた。
呼吸は荒いものの少しずつ瞼を開ける少女。
「……ごめんね……ブレイク」
「全く……世話の焼ける魔王様だよ……本当に……」
笑みと共に溢れた涙を後に2人は部屋を後にする。
残されたのは沈黙したモニターと……
「…………」
物言わぬ冷たい機械のみ。
「……終わったか」
磨き終えた剣を片しカウンターに座った武器屋の店主はネコが残したカードを手に取る。
「……デザイアウェポンか」
面倒なものを押し付けられたとため息を吐きながらカードを机に戻そうとしたとき店の扉が勢いよく開け放たれた。
「……いらっしゃい」
「やっっっと見つけましたわ!!」
やたら金ピカな衣装に身を包んだ少女が明らかに店主の持っているカードを指差しながらすごい剣幕で迫ってくる。
「はぁ……今日は本当に……面倒な客が多い日だ」
逃走は終わり、新たなる邂逅へ。
「はぁはぁ……ギリギリ反転が届く距離で助かりましたね〜危うく生き埋めでゲームオーバーでしたよ全く! このポンコツ悪魔!」
「ご、ごめんなさい……わ、私」
「ベルがいなきゃどのみち負けてゲームオーバーよこのバカ魔剣! そんなことより早く帰りましょ……もうクタクタよ……」
「にゃはは……流石にもう限界だにゃ〜一歩も動けないからおぶってほしいにゃ〜」
「……引きずっていいなら運ぶ」
「無慈悲だにゃ……結構頑張ったのに無慈悲だにゃ……」
「何言ってるんですかこのクソ猫ー! 元はと言えばあなたが無理矢理勉強を教えようとしたからですよねー!」
夕焼けが土だらけになった少女達を照らす。
「そんなことより言うべき事があるんじゃないの?」
吸血鬼の少女が青い髪の獣人の方をジト目で見ると他の少女達も目線を注ぐ。
「……ごめん……ただいま」
「おかえりなさいレミさん!」
「おかえりにゃーレミ!」
「お、おかえりなさい! レミさん!」
「……おかえり、レミ」
刹那の残光は影と共に去り、新しい日がまた昇るまでのほんのひと時の出来事。
「おーこれはひどい! 幸い必要なデータは回収できましたがコイツを壊されるのは少し予想外ですねー……まぁ所詮は失敗作、私の求める理想には程遠いシロモノですし別に構いませんが……銃弾が2発……しかも別の種類のものときましたかー……ふふふ」
壊れた機械を容赦なく踏み抜き空っぽのケースに向かって目を細め男は笑う。
未だ止まらぬ火花が闇を切り裂く光のように明滅する。
それは次の影へ
「それじゃあ銃も返してもらったしこの辺で失礼します! 先輩達が何をするつもりかは知りませんが応援してますから頑張ってくださいね!」
「ああ……すまんな……こんなことに巻き込んで」
「気にしないでくださいよ! そんな事よりも……次は絶対に守り抜いてくださいね」
「ああ……わかってる」
「それじゃ!」
足早にその場を去る後輩の姿を見送り再び黒い車に乗り込む。
「……それじゃあ全部話してもらおうか」
「はぁ〜めんどうですね〜まぁ仕方ありませんけど」
疲れ果てて寝てしまった灯花と四季以外の視線が回収した端末に集まる。
「始めましょうか、これからについての話し合いを」
確かな決意をその目に夕焼けを切り裂く影のように進む。
それは次の光へ
嘘と真実を巻き込んで歯車は変わらず回り続ける。




