スペードK/大宮のオーパーツ
大宮に来たのは久しぶりだった。
昔はこのへんに取引先があり、月に数回は仕事で来ていた。
東口の細い路地を線路沿いに進み、最初の曲がり角を左に折れる。そのまま住宅街が見えてきても迷わず直進。
カフェバー「エイティーズ」はまだあった。
大宮に来るたびに寄ることに決めていた行きつけの店だ。中に入ると内装もほとんど昔のままだった。
店内は薄暗かった。
天井ではミラーボールが回り、七色の光が目まぐるしく店内を照らす。
壁際の巨大スクリーンには、八十年代のポップミュージックのビデオクリップがうつし出される。
乗りのいい曲だ。
私はスツールに座り、カルーワミルクを注文した。
「ところでお客さん」バーテンが馴れ馴れしく声をかけてきた。「よろしければ、当店の会員に登録しませんか。登録料は無料です。会員になると料金が十パーセントオフになりますが」
バーテンに言われるまま、私は会員の申し込み用紙に記入した。電話番号だけを記入すればよく、氏名を記入しなくてもよかった。
私はスマートホンの電話番号を記入した。
「今、キャンペーンで『蜜蜂男爵の館』への無料招待券を応募できます。こちらも応募しておきますか」
「えっ、ミツバチ?」
「はい。『蜜蜂男爵の館』というのは高級リゾートホテルみたいなものです。応募に当選すると宿泊料無料で何日でも泊まれます。
宿泊客には、十三篇のショートショート小説が与えられますが、全部読破すると館のオーナーから賞金が出るようですよ。詳しく知りませんが、一生遊んで暮らせる額の高額賞金だとか」
「じゃあ、応募するよ」
「かしこまりました」
バーテンは申し込み用紙に何やら書き込んだ。
巨大スクリーンの画面が変わり、別のビデオクリップが始まった。
不気味な曲だった。
七十年代に流行ったプログレッシブロックだろうか。
「火事だ」
突然、背後で若者の叫び声がする。
振り向くと、真っ赤な炎が絨毯から立ち上っている。
私は立ち上がる。しかし白い煙が視界に襲い掛かる。
*************
「今でも何が起きたのか、わけがわからない」
大宮警察署鑑識課現場鑑識第二係の係長、増田修がつぶやくように言った。
資料室のテーブルには、黒焦げの塊が置いてある。機械のようだ。金属製で薄い直方体の形状をしていた。
「これ、もしかしてスマートホンじゃないですか」
増田の部下の村瀬直樹が言う。
「実はおれもそう考えてる。だがなあ村瀬、これが発見されたのは平成元年前後だ。まだスマートホンはこの世にないはずだ」
増田の話では、今から三十年くらい前、大宮のカフェバーで火災が起きた。
店はほぼ全焼した。客と従業員合わせて、死者三名、重軽傷七名。
このうち五十代と見られる身元不明の男性の遺体から、スマートホンそっくりの奇妙な持ち物が見つかった。
しかし当時は皆目見当もつかなかった。
「おそらく、スマートホンを持った今の時代の人が、何かの拍子で三十年前にタイムスリップしたんじゃないだろうか。そしてカフェバーに入ったところ、火事に遭遇して焼死した・・・・。おれはこんなふうに考えているんだが、誰も信じてくれないだろう。
今日、おまえにこれを見せたのは、おまえならどう考えるか知りたかったからだ。若い世代ほど偏見なく、物事が見れるんじゃないかと思ったんだ」
オーパーツ、という言葉が村瀬の脳裏を駆け巡る。
古代遺跡を発掘したときに、その時代には存在してないはずの出土品をオーパーツと呼ぶ。
三十年前と言えば、まだ考古学者が研究対象にするほど昔ではない。だがそれでも三十年前にスマートホンが見つかったとなると、やはりオーパーツになるのだろうか。
資料室は殺風景だった。古ぼけた棚が部屋全体を占め、テーブルと事務机が部屋の隅に置かれている。村瀬と増田の他は、事務机で中年の女子職員が熱心に文献を調べている。
すると突然、オーパーツ――目の前の黒焦げの塊が光り、音楽が鳴り響く。
八十年代のアメリカのポップミュージックだ。
村瀬と増田は顔を見合わせる。
音楽はまだ止まない。
村瀬は白い手袋をはめると、おそるおそる黒焦げの塊を手に取ってみる。
壊れかけたディスプレイにかろうじて見える受話器アイコンを右にスライドする。
すると男の声が聞こえてくる。
「初めまして、『蜜蜂男爵の館』支配人の草間秀勝と申します。おめでとうございます。あなたは当館への来場を許可されました」
(完)




