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暗がりってなんで怖いんでしょうか?そこに何があるかわからないから怖いんだと思います

赤ちゃんはなぜ人見知りをするのでしょうか?その人が自分に害をなす人間なのかそうでないのかわからないからだと思います

恐怖ってそういう「わからない」から来てると思うんです


この作品で「わからない」恐怖を表現できればいいなと思っています

 その漫画喫茶のある部屋では宇宙人と交信ができる。

 大学の食堂で昼食の牛丼をかっこんでいたとき、増田が興奮ぎみにそう語った。僕はそれは誰から聞いた話なんだと問う。すると「友達からだけど、そいつも友達から聞いたらしく、その友達も……」と切りがなさそうなので途中でそれをやめさせた。二十を過ぎた男が小学生のような噂話を真に受けるのはいかがなものか。

「その漫喫まんきつってどこだと思う?」

 そんな胸中も知らずに増田は言う。答える義理もないので黙っておくと勝手に説明を始めた。

「駅前のパチンコ屋あるじゃん? あの向かいにあるところだよ」

 あそこに漫画喫茶は一軒しかない。それなら「駅前のところ」だと言えばいいものをなぜパチンコ屋を引っ張り出すのか。そういちいち口にするのも面倒なので「へえ、あそこか」と適当に相づちを打っておいた。

「で、そこの漫喫で、俺の友達の友達の友達の……」

「はいはい。それでお前の友達がどうしたって?」と切らせる。増田はムッとする様子もなく続けた。

「この間の休みに、その友達がそこの漫喫に漫画を読みに行ったんだけど、その日はいつも使ってる部屋があいていなかった。仕方なく違う部屋を選んだそいつは初め、お目当ての漫画ばかり読んでいたそうなんだが、その部屋にあったパソコンがおかしいことに気がついた」

「おかしいこと?」

「ああ。だいたいの漫喫のパソコンって、前の人が使った痕跡を残さないように全部初期化されるよな。その店もそうだったはずなんだ。だけど何かの手違いか不具合があったのか、『スタート』のボタンがある画面の下にあるあれ、なんだっけ、あれ、そう、タスクバー。タスクバーに最小化されたウインドウがあったそうだ」

「それを開いたのか」いつの間にか僕は話に聞き入っていた。それに気を良くしたのか、増田は横に広がった口をさらに歪める。ここまでくると口が裂けてしまうのではないか。そんなにやけ顔だ。

「察しがいいな。それを開くと宇宙人と」増田はそこで言葉を切った。もったいぶった物言いにたえきれず、僕は復唱する。「宇宙人と?」

「宇宙人と交信できた、と」

「宇宙人と交信して?」

「これでおしまい」

 拍子抜けだ。僕は思わず息をついた。「なんだよ。ここまで引っ張っておいてそれかよ」

「うるせえ。聞いてないものはしょうがないだろう。その友達はいま行方不明だって話だからな。いない人間から話を聞くのは無理だ」

 それはそうだ、と危うく関心しそうになるが踏みとどまる。コップに入っていた水を一気に飲み干した。

「嘘か本当かわからないのか」

「だから俺が確かめるのさ」

 増田はそう言うと空になった食器を乗せたトレーを手に、席を立つ。そして「あ、俺の友達ってのは厳密には違うけどな」とどうでもいいような言葉を残して返却口にそれを運びに行った。


 それから一週間、増田の顔を見ていない。彼に対して軽いという印象を抱く人は多いが、案外根は真面目で大学の講義を休むことはいままでに一度しかなかった。

 その増田が唯一休んだ日を思い出してみる。たしかちょうど一年前、一年生の秋だった。


 体調を崩したであろう増田のために、講義のあと彼の住むアパートへ見舞いに向かった。造りが古くはあるものの駅から近く、周りにスーパーや映画館、ファーストフード店など、なにからなにまで揃っているそのアパートは家賃が安い。昔、そこに住んでいた誰かが自殺し、その幽霊が出るのではないかともっぱら噂になっていた。僕と増田のみの間で。増田はいつだって都市伝説や怪談が好きなのだ。

 彼の部屋の前に立ち、インターホンを押す。少したって中から「ちょっと待って」という声がした。その声色には風邪をひいた様子はなかった、が、どこか疲れているような気がした。続いて「危ねっ」と声を紛らせ、どたどた騒がしい音がする。それがこちらに近づいてくる。やがてドアが開いた。ぼさぼさの頭をして、目の下に黒いくまをつくった増田が現れた。

「グッドタイミングだ。ちょうどいまできたところなんだよ」

 どこをどうしたらそんな格好になるのか、一体何ができたのか問いただしたかったが、そう言うなり増田は僕の手を掴んで部屋の中へと引きずり込んだ。

 狭い部屋いっぱいに均一の大きさをした棒状の木片がいくつも並んでいる。「見てろ」と僕に言い付け、増田はその脇にしゃがみ込んだ。そして木片の一つを指で弾き、倒す。するとそれが隣に立つ木片に倒れこみ、倒れる。さらにそのまた隣の木片も同じように将棋倒しに倒れていく。それは線を描き、円を描き、倒れていく。すべての木片が倒れたとき、僕は息をのんだ。

「おめでとう」

 増田はドミノで作られた五文字を声に出した。

 三日三晩、何度も誤って倒しては直し、直してはまた誤って倒し、それを繰り返したという。さっきも危うく倒してしまいそうになり、「危ねっ」が口を突いて出たのかもしれない。

 今日に間に合わせるために、食事も風呂も睡眠も講義も、なにもかも忘れてドミノを並べたらしい。だが、当初の目的は忘れていなかったと増田は安堵した。

「誕生日、おめでとう」

 増田は床に寝転がり、うわごとのように言ったきり動かなくなった。


 あのときのように僕にサプライズを仕掛けるために増田は姿をくらましているのだろうか。僕の誕生日まではあと三日。それより一週間も前からいないのだからきっと去年より手の込んだことをするためにいないだけだ。そうに違いない。

 そう思いながら増田のアパートへ足を進めた。

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