対面
玄関から出てきた増田は僕の顔を見るとわずかに眉を上げたがそれ以上の反応は見せず、何も声を出さずにくるりと背を向けた。部屋の中に戻っていく増田からは覇気が感じられない。これまで何かの準備をしていて、言葉を口にするのも億劫なほどに疲れているのか。
しかし何も聞かずに放っておくのは気が引ける。どうも徹夜でドミノを並べていたようには見えないのだ。
他の何かがある。そうとしか思えない。
扉は開け放したままなので「中に入れ」ということなのだろう。いままで幾度も増田の部屋に入ったことはある。ここに入るときはいつもなんの気兼ねもなかった。だが、なぜかいまはこの入り口が不気味に思えてたまらない。まるで全てを飲み込まんと大口を開ける大蛇のようだ。その大蛇の口に自ら飛び込むことは愚かだと、頭の片隅で誰かが必死に呼びかけている。だが、不思議と逃げる気が起きない。足を踏み入れる、というより、足が吸いよせられる。そう、吸い込まれるように僕は部屋へと入ってしまった。
ドミノが並べられているようなことはまるでなかった。木の机、そこに乗るノートパソコン、ベッド。いつもとまるで変わらない、少なくともそれらの配置は。
昼間だというのに雨戸は締め切られ、照明もついていない。パソコンの画面が発する無機質な光のみが部屋を照らしている。
増田がふらふら歩きながらベッドに近づき、そこに座った。そしてひとつ息をつく。テーブルを挟んだ反対側の床に、隅にあった座布団を敷いて僕も腰を下ろした。
薄暗い部屋の中、俯く増田の顔はよく見えないが、なんだかやつれている気がする。
「何か、あったのか」
僕がたずねると増田はわずかに首を揺らした。
「あれか。宇宙人と交信したんだろう」
少しふざけてみた。だが増田は笑う様子もなく、またもうなずく。こいつはこんなにも冗談が通じないような奴だっただろうか。しかし、もしかしたらこのおかしな態度も増田の冗談かもしれない。その可能性も視野にいれながら問いつめていこう。
「どこの星の何星人と交信したんだ。火星人?」
首を横に振って否定する増田。ノー、ということか。
「金星人?」
ノー。
「じゃあ水星人?」
またノー。
「土星人?」
ちょっと間をおいて、ノー。
「なら太陽系の外の人か」
やはりノー、と思いきやイエス。やっと増田が肯定した。どんな星の人だったんだ、ときこうとするが、ここにきて初めて増田が口を開いた。
「M78星雲」
「というと?」
「光の国」
「ああ…… ウルトラマンの故郷ね」
思わず肩を落とした。やはり増田は僕をからかっているのだ。
そう思っていると、増田がゆっくり顔を上げた。くまはないが、真面目な表情をしている。冗談を言っているようには見えない。
「彼らは俺に真理を授けてくれた」
真顔でそんなことを言い出す増田。いつもなら「厨二病をこじらせるなよ」と言って小突いてやりたいところだが様子が様子なのでそれもできない。僕は仕方なく「どんな?」と返す。しかし増田は「俺達はなんで生きているんだろう」とか「結局、意味がなかったのかもしれない」とぶつぶつ独り言を言い始めた。まるで会話にならない。会話のドッジボールだ。
目が宙を泳いでいる。増田には、部屋の天井の向こうに広がる空、宇宙のかなたにいる「彼ら」が見えるのだろうか。僕はいよいよ本気でそう疑い始めた。
それから増田は例の漫画喫茶での宇宙人との交信の次第を淡々と語っていった。部屋に入ってから数時間、夜の九時を回っても終わりが見えないので、僕は腰を上げた。
僕がもう帰る、と告げると増田は最後に次のような言葉を投げた。
「その漫画喫茶のある部屋では宇宙人と交信ができる」
そういえばこの話の詳細を増田が聞いていなかったのは、失踪したという「友達」もこの言葉しか残さなかったからなのかもしれない。それに気付いた瞬間、増田のその言葉が最期の言葉のようにしか思えなくなってしまった。この部屋から出ればもう二度と増田に会えないのではないか。無性に怖くなってきた。
いいや、そんなはずはない。僕は自分にそう言い聞かせて増田に「講義、さぼるなよ」と言って玄関に向かった。しかしやはり途中で寂しくなり、振り向いて「じゃあな」とだけ言ってやる。増田は右手を上げて、何度か横に揺らした。
きっと明日、平気な顔をしてひょっこり現れるだろう。そうに違いない。
しかし増田と顔を合わせたのはこれが最後になった。




