第七話 三人の、新たな夏
ミーンミンミンミン……。
窓の外から、セミの賑やかな鳴き声が聞こえてくる。
「んん……」
結は布団の中でゴロゴロと寝返りを打ち、枕元に置かれた時計へと目を向けた。
午前9時半。
「……まだ、9時半かぁ」
夏休み。学校もない。これといって予定もない。
となれば、布団から出る理由もない。
結は再び布団に潜り込み、ぐでーっと体を伸ばした。
「……もうちょっとだけ」
そう呟いた、そのとき。
バサッ。
「ただいま」
二階の開いた窓から、浦島がひょいと部屋に入ってきた。
「あ、おかえりー……」
布団から顔だけ出して、結が気の抜けた声を返す。
「結、まだ寝ていたのか?」
「寝てないよー。起きてるもん……」
「その格好で言われても説得力がないぞ……」
浦島は呆れたようにため息をついた。
「てゆーか、今日も図書館行ってたの?」
「あぁ。もう習慣になってしまった」
「たしかに。あの日から毎日行ってるもんね」
結の言う「あの日」とは、魚人に襲われた日のことだ。
あの日以来、浦島は毎朝図書館へ通い、魚人について何か手掛かりがないか調べ続けていた。人が増える時間帯を避け、開館して間もないうちに出向いているものの、今のところ目ぼしい情報は見つかっていなかった。
「今日は何か見つかった?」
「いや、収穫なしだ……」
「そっかぁ……。でも、浦島すごいよ。毎朝早く起きてさ。図書館通ってるもん」
「仕方ないだろ。あまり遅いと人が増えるんだ。誰かに見つからないよう、人の少ない朝早くに行くしかないんだ。それに、私の朝が早いんじゃなくて、結の朝が遅いだけだぞ」
「えへへ」
「褒めてないぞ」
浦島が呆れた目を向けると、結は悪びれる様子もなく笑った。
「てゆーかさ、あんな宇宙人みたいな生物の手掛かりになる本とか資料とかって、そもそもあるの?」
「確かに、そんな本があるとは限らない。しかし、他に何を調べればよいか……」
「たしかに……。うーん……」
二人はそろって考え込んだ。
魚のような姿をした、謎の生物。図書館の本だけでは、手掛かりを見つけるのも難しいのかもしれない。
「魚のような見た目をしていたから、海か……?」
「……海?」
結はぴたりと動きを止めた。
そして、次の瞬間。
「海! いいじゃん!」
「……は?」
「行こうよ、海! ちょうど図書館の近くの海が、いま海水浴場になってるし!」
「結。遊びたいだけじゃないのか……? 目的は手掛かりの収集だぞ……?」
「わかってるって。海行って、調査して、泳いで。そのあとはバーベキューしたり……。あと花火もいいなぁ」
「結……。完全に遊びがメインになってるぞ……」
「えへへ。でも、遊びながらでも調査はできるでしょ? それに、今までいろいろあって、夏休みなのに夏っぽいことできてなかったし!」
結は楽しそうに笑った。
たしかに、魚人について調べる必要はあるが、せっかくの夏休みなのだから、少しくらい楽しんでもいいだろう。
「……それもそうだな。よし、行くか!」
「よっしゃぁ! 決まりね! いつ行こう……? 何持ってこう……。それからそれからーーー」
結は布団から飛び起きると、さっそくあれこれと考え始めた。
「結……。まあいいか」
浦島は呆れながらも、その様子を見守っていた。
* * *
翌日。
「っしゃぁ! 夏だ! 遊ぶぞー!」
青凪の威勢のいい声が、夏の海辺に響き渡った。
「青凪、テンション高すぎ!」
隣に立つ結が、思わずツッコミを入れる。
「だって海だぞ! こんな絶好の海水浴日和に、大人しくしていられるかって!」
「まあ、気持ちはわかるけど!」
「……お前たちは、朝から元気だな」
浦島は二人の様子を眺めながら、呆れたように呟いた。
「浦島だって、せっかく海に来たんだから楽しまなきゃ損だぞ!」
「私は調査に来たんだが……」
「またまたぁ! そんなこと言って、本当は楽しみなんじゃないの?」
「なっ……! そ、そんなわけあるか!」
結にからかわれ、浦島は思わず言葉に詰まった。
「はいはい、そういうことにしといてあげる!」
「結……」
浦島が呆れたように結の名を呼ぶ。その様子を見て、青凪は楽しそうに笑った。
「ははっ! ま、細かいことはいいじゃねぇか! 今日は思いっきり楽しもうぜ!」
そう言って笑う青凪に、浦島はふと疑問を覚えた。
「……そういえば、青凪はどうしてここに?」
「ん? どうしてって、結に誘われたからだけど?」
「いや、それは分かっている。昨日、急に誘われたのか?」
「おう! 昨日いきなり『明日、海行こうよ!』って連絡が来たときはびっくりしたぞ!」
「えへへ。だって、みんなで行った方が楽しいじゃん! それに、ちゃんと来てくれたし!」
結は悪びれる様子もなく笑った。
「当たり前だろ! こんな楽しそうな誘い、断るわけねぇじゃん!」
「ふふっ、青凪ならそう言うと思った!」
「……本当に騒がしい奴らだ」
浦島は呆れたように呟いたものの、二人の楽しそうな様子を見て、思わず表情を緩めた。
調査のために海へ来ることになったはずが、いつの間にか三人で遊びに来たような雰囲気になっている。
けれど、こういう夏休みも悪くない。
「よーし! じゃあ、さっそく遊ぼうぜ!」
青凪が再び声を上げる。
「ちょっと待って、青凪! 先に荷物置いてから!」
結は持ってきた荷物を砂浜の端に置くと、サンダルを脱いで揃えた。
「準備万端だな……」
「もちろん! せっかく来たんだから、思いっきり楽しまなきゃ!」
「そういえば、飲み物もちゃんと持ってきたよ! 暑いから水分補給は大事だもんね」
「おっ、さすが結! 気が利くじゃねぇか!」
「えへへ。浦島の分もあるからね!」
「私の分まで?」
「当たり前でしょ? 三人で来たんだから!」
結は当然のことのように答え、荷物から冷えた飲み物を取り出した。浦島は一瞬きょとんとしたあと、そっと受け取る。
「……ありがとう」
「どういたしまして!」
「青凪は自分の分、持ってきたの?」
「……あ」
「えっ、まさか忘れたの!?」
「いや! 海に夢中で、そこまで頭が回らなかっただけだ!」
「それ、忘れたって言うんだよ!」
結が笑いながら予備の飲み物を差し出すと、青凪は少し気まずそうに受け取った。
「助かった! ありがとな!」
「ふふっ、どういたしまして。みんなで楽しまなきゃね!」
「よし、じゃあ水分補給もしたし、今度こそ海だな!」
青凪が待ちきれない様子で海を指さす。
結は海を見渡し、まぶしそうに目を細めた。波が寄せては返し、日差しを受けた水面がきらきらと輝いている。潮風が頬を撫で、遠くからは海水浴を楽しむ人たちの声が聞こえてきた。
「ほら、浦島も! いつまでもそんなところに立ってないで!」
「分かった、分かった。そんなに急かすな」
浦島は小さく息をつきながらも、二人の後を追う。
「よっしゃ、競争だ! 誰が一番先に海に入れるか!」
「えっ、ちょっと! ずるい、青凪!」
青凪が駆け出し、結も笑いながらその後を追いかけた。
「おい、走ると危ないぞ!」
注意する浦島の声は、二人の笑い声と波の音に混ざっていった。
波打ち際で足を止めた三人の前には、どこまでも青い海が広がっていた。
寄せては返す波の音。照りつける太陽。夏の空を吹き抜ける潮風。
調査のために訪れた海。
夏の思い出を作るために訪れた海。
その理由は違っていても、今日という一日が三人にとって楽しいものになることを、今はまだ誰も疑っていなかった。
こうして、三人の夏の新たな1ページが始まった。
* * *
「浦島さんの里帰り 第七話」を読んでいただきありがとうございます!
第六話の投稿から2週間近く空いてしまい、本当にすみません…
第八話はなるべく早く上げられるように頑張ります…
でもたぶん遅くなります許してください
第八話も読んでいただけると嬉しいです
今後も浦島さんの里帰りをよろしくお願いします!!




