影法師の声
(『Execute』『Core』――コアの命令を実行、するのは、だめだ! コントロールができてない! まずい!)
コアはC'の自己暗示を学習しつつあった。学習した上で、実戦で邪魔をしてきていた。呼吸が重なる度に身体の自由は消えて、陶酔がじわじわと熱を上げる。
《共鳴過多:C' 陶酔進度4 自発行動制限/EchoCore補正 自動拍動入力》
「ぁ、ぐ……!!」
ばちんと全身に電撃が走り、一瞬脱力して身体が勝手に動く。こうなったC'は笑わない。怒りもしない。ただ、熱と陶酔に浮かされた顔で、コーンの中にある頭ごと蹴り抜こうとしてしまう。踏みとどまる。でもすぐ次の命令が来る。
(――、『Target』、Kill……は、だめだ! だめだ! それだけはだめだ! 意識はまだある、拍を、戻し……CSの拍もない!!)
CSはその頃、一騎打ちでイッテーに拍動をぶつけてすっかりハイになってしまっていた。
よくよく見れば、ブラッドが回避行動を取った拍子に支援範囲から外れ、ハイな気分を調整できない位置にいる。重低音は空き地からはみ出してずんずん隣のビルを揺らしている。
《共鳴過多:CS 陶酔進度2 快楽負荷発生/BloomCore補正 しあわせ出力向上》
「あはぁー! おじさぁん! しあわせにしてあげるね、一生しあわせにしてあげるねぇっ! ずんずんしてわからせて『すき』『しあわせ』『きもちいい』にしてあげるね!」
すでにCSの瞳は青が深まり、しあわせ拍の臨界点まで秒読みの姿勢だった。
CSはターゲットを引きすぎている。C'はコアやら被害者やらと取っ組み合いの真っ最中。ブラッドは群がられて焦りに負け、拍動のBADはまりを起こしてもりもり共鳴過多を起こしている。
《共鳴過多:ブラッド 陶酔進度3 拍動耐性低下/快楽負荷発生/思考出力低下》
《共鳴過多:CS 陶酔進度3 思考出力低下/BloomCore補正 しあわせ範囲拡大》
「ああっ、いけないいけない、譜面が飛っ、飛ぶ! 飛んっ、だ……あぁっ……! きいてない゛ぃっ! あ゛ぁぁ!!」
(これは、『Execute』、まずい、のでは……!)
「みんなでぇ、コーンをぉ、かぶろうねぇぇ――!!」
大混乱に陥った三人は、もうめちゃくちゃだ。
戦線崩壊。それぞれがそれぞれに拍を乱している。
ブラッドはひよこさんと星とあべこべの拍動を飛ばし、C'の意識は快楽に鞭打たれてばちばち火花を散らし、CSはぐるぐるおめめで今にも全方位にしあわせ大爆発を起こそうとしている。
「あっ、うわっ、ちょっと整備してるうちにやべーことになってる。しゃーねえ、切り時はここだな!」
そういう時、ディーは周囲に及びかけた被害を身を挺して抑えつつ、きっちり助けに来てくれる。
彼のいた方からくるくると宙を描いて飛んでくる手榴弾のような影が、丁度、群がられかけていたC'とブラッドの間あたりで炸裂する。
視界に収まった影を見て、ブラッドは慌てて身をかがめる。C'は屈めない。
当然、CSのしあわせ拍に引きつけられていたイッテーも屈めないし、CSは拍動に夢中で何も見ていなかった。
耳鳴りと閃光が空き地を満たす。
「ぐえぇっ!? きたねーぞ! スカし野郎!」
「うわっ」「びゃっ!」
『演奏停止(とまれ/ポーズ)』という渾身の拍動を帯びた衝撃が空き地に爆ぜて広がる。
踊る途中で手をビラビラさせながらその場で止まる犠牲者と、耳鳴りに耳を塞いで慌てて体勢を取り戻そうとする主犯。
C'の身体は硬直したが、むしろそれで誰かを傷つけずに済んだ。
CSも固まるが、C'と同じ。
間一髪で助かったブラッドは、指揮台を支えにして立ち上がり直す。
イッテーから恨みがましい声は聞こえるが、ディーは共感しない。
ただ、胸元に指輪を揺らし、喉を緩めるように襟を引っ張って息を吐いたディーの足音が、一つだけ三人に、かすかな拍動として届いた。
かつん……。:静まりかえったホール、指揮台に上る指揮者の足音。反響して、空間に届いて、みんなに届く。誰も、一緒に音を立ててはいけない。
「――全員、拍を直せ」
ディーから冷たく、間延びもしない、けれども重厚で熱のある声が三人に向けられる。CSたちも聞いたことがない声だった。なまじそこに拍動が乗らないから、その異質さがふらふらの魂へ鮮烈に響く。
流れる拍動が一瞬で変わった。調子っぱずれのブラスバンドと頭のおかしいダンスミュージックがぴたっと止まって、厳粛なコンサートホールにでもなったように静まりかえっていた。
たった数秒。でも、三人が感じるには十分な時間だった。
(これが、ディーの。指揮者の声? 全然違う! 他の拍がどっかいっちゃうみたい!)
CSは目を丸くして、暴れてしまった時に、耳元で囁いてくれる彼を思い出した。
今の彼はあちらの方に、少し似ていると感じた。太陽がある限り、消えようのない影法師が覆い被さるようだった。太陽がいないから、隠れていただけだ。
(これが、マエストロの圧! 拍がないのに、いや、拍がないから通るのか……ッ、情報がないだけに簡潔で気を引く!)
ブラッドも目を見張っていた。願っていた指揮者の声を間近で聞いた。なんとなくの共感という甘えを一切許さない熱量。が、それゆえ彼の乱れた精神を一発で叩き直した。
(ディー……。君は……また、そうやって……)
C'はコアとリズムにぐらぐら揺れる意識の中で、それが自分の思考なのか、Cの記録から響いてきた残響なのか分からなかった。
だが次の瞬間には、最悪のダンスミュージックとビートが帰ってくる。
「無視すんじゃぬぇぇっ! 『Ka-cchi』『Ka-cchi』オラ『Ko-cchi』『Ko-cchi』!」
頭にすっかり血が上ったイッテーからディーへ轟音が飛ぶが、彼は少なくとも思考は何とも共感しない。
が、身体は拍動の直撃でたまに指が跳ねる。浴び続ければスカした面の着いた顔にコーンを被ってしまうかもしれない。その危機に、三人はすぐ気付く。
「……っ、手短に行く」
ディーはイッテーに手を制すように手をかざして、わずかに眉を寄せ、身を挺して三人への攻撃を遮断し続けてくれている。
その仕組みは三人には分からなかった。けれど、音は確かにディーの側に行けばいくほど、拍動の力を失っていた。
コートの裾が拍動ではためく。それは倒れて今から持ち上げられる旗の布地に似ていた。
「ブラッド、息を吐き切れ。吸えてない。お前がすべきは支配でなく音を立て整えることだ。お前から拍出してるやつを立てろ」
「っ、はぁー……。くそ、ぼくとしたことが……理論値とはほど遠い……!」
「C'、コアが過反応してる。それは足腰ハネる一歩手前だ。暗示に集中」
「――だ、Down…er、Lower、Core、Lock……」
「CS、いい音だが引きつけすぎだ。その位置はC'がターゲットを取りにくいしブラッドの支援範囲の外だ。孤立するな」
「はっ! そうだ、ひきつけなきゃっておもったけど、ここブラッドの陣地から出ちゃってるんだ! ごめん、ブラッド!」
三人は落ち着いてきて、だから、いつしか人が集まってきた周囲にも気付いた。空き地の外を見れば、みんな迷惑な轟音主義者とCoLの新人隊員たちのめちゃくちゃな戦いにお祭り騒ぎで声を掛けている。
「うわ、負けてんじゃね? ウケる!」「あのひと見たことあるかも。でもなんか違う?」「頑張って!」「やっちまえ!」
誰も彼もが無責任に、厄介者の排除を願っている。でも、みんな笑顔だ。拳を振り上げ、ヒーローショーを見るような気分で声を上げる。荒々しくて、うるさすぎて、だけど拍動は間違いなく不慣れな三人を応援してくれている。
だが、動きを止めていたコーンの犠牲者たちも、イッテーの声でまた団結しようと踊り始めている。
「ブラッド、仕切り直せそうか?」
「……無論さ! コンダクターの務めを果たすとも!」
「じゃ……よろしく」
そして、ディーが気のない笑顔を取り戻し、手を挙げ遮断をやめて退くと同時に、ブラッドはタクトを振り上げた。
ダンスミュージックを飲み込むほどのドラムビートと再戦を告げるラッパ音が、空き地に鳴り響く。それに合わせてCSも重低音を響かせる。
「もー! ゆるさない、よ! だめ! いけない!!」
CSは怒っていた。眉を寄せ、両手をぐっと握り締め、深く息を吸い、コアに意識を集中してこの動きも音も小やかましいネタ曲をわからせるという決意と共に拍動を揃えた。
(連携を切る。それなら、この単語は使えるかもしれない)
C'も落ち着いてきた頭で淡々とrhymeを組み合わせていた。このテンションでは深く響くのはやや厳しい。『拍に線引き』をする。そんなアイデアと共にバトルは再開する。




