黄金にとかされる
黄金の波がうねっている。今の人類の栄光そのものの輝きで、稲穂や小麦畑がざわめくのと同じように光っている。
するり、しゃりん、するり、すりすり。
その音はあの美しい景色と一緒に聞こえる、柔らかさを伴うものではない。
もっと金属と液体の境目のような擦れる印象を人々に与えてくる。
群がるように集まって、放棄された施設の明かりに向けて伸ばされる手を、優しく撫で回す。
しゃりん、しゅりん。しゃららん。
これは液体ケーブル。
この街のどこでも見られるもの。音を合わせれば機械でも人同士でも繋がって情報をやり取りできる。
液体ケーブルのおかげで、人間はどこかでエモーショナルだと高をくくっていた精神と魂の存在を確信した。
身体に開けた接続端子を使って、脳と神経ネットワークを経由すれば、その先に精神があって、魂がある。
ケーブルは優しい。肌も、服も、傷つけない。
「――――」
何より『拍動(はくどう/ビート)』を強く送り合える。
とくん、とくん。どくん、どくん――拍動はその人を作る、大切な存在の音。一つ一つ、みんな違う。みんな違うから、送信すれば誰からかすぐ分かる。
人は拍動で繋がれるようになった。
複合リズムとビートだけで学習できるようになった。
魂に触れ合って溶け合えるようになって、魂そのものにお互いを響かせられるようになった。
みんなが、気持ちを伝え合えるようになった。
「……――!」
人は熱狂の時代を迎えている。
世界は拍動で満ちていて、どこもかしこも幸福感が溢れている。
人はより深く愛し合えるようになった。何でも送り合えるようになった。
人は拍動さえ伝えられれば、誰でも分かり合えるようになった。
だから。
「――ぐ、ぁ……。いやだ……! こと、わる……!」
すりすり、さりさり。とん、とん。――優しく撫でられる音。身体を、接続端子を、その奥の精神を震わせ、安心感を誘う音。甘く、人間の存在の核である『魂』を蕩かせていく。
だから。
「俺は……俺でいたいっ、あああ、やめろっ! まだ耐えられっ……! ぁ、が……わ、わたし、違う!」
人を自分にできるようになった。
人を誰かにできるようになった。
人を生きたまま殺せるようになった。
拍動で学習させて従わせられるようになった。
快楽で溶かして作り直せるようになって、みんな『しあわせ』で一つの『きもちいい』にしようとした。
熱狂の時代。拍動は鳴り響き、被害者は快楽と洗脳と改造で作り直されて、生きたままいなくなる。
「俺は、わたし……すき、しあわせ、きもち、いい? 拍動が、重っ……い……!」
……。遠くで、声が聞こえる。黄金の液体ケーブルに接続端子から入りこまれて、魂の奥まで拍動で甘く揺すられている。
それは、自分を忘れてしまうほど気持ちいい。もう、とてつもない数の被害が出るぐらい。
「ちがう、わたしは、すき、しあわ、せ、これは拍動学習の反復と、報酬系の侵食と神経ネットワーク経由の、肉体、汚染で……考えろ、抵抗を……!」
甘くなったり、焦ったり、身体全部が混乱している声が聞こえてくる。
無理もない話。液体ケーブルの侵入経由で魂に拍動を受ければ、訓練を受けたエリートであっても15分が『溶ける』限界。
いくらか今の時代には特殊な力があるけど、あっても液体ケーブル経由で揺すられるならそんなに変わらない。人体の構造はさらに平等になった。
みんな、頭の中をとぷとぷされて、魂の底までとろとろになる。
意思の強さが生きる数分を変えるだけ。
この人は、どうだったっけ。
綺麗なショートの白い髪。少し小柄だけど、白と青のコントラストがきれいな、きっちりした戦闘用の燕尾服を着てる。
そのまま液体ケーブルに取り押さえられて、すらっとした手と足をばたつかることもできずにびくびく震えている。
潤んだ空色の瞳も。霞みそうな焦点も。赤らんだ顔も。もう限界が近い。
すりすり。ぱちん。すりすり。しゃりん。――優しいケーブルの触れ合いによる神経の負荷に耐えかね、外部からの拍動が魂を蝕み始める。
「はぁっ、約束した、病院で会おうって……っ! すき、しあわせ、きもちいい、ぁ、すき、しあわせ、きもち、いい。っぐ、反復するな! 思い出すな、拍に乗るな……!」
空色の瞳が、しょうめいの光を探してる。でも、内側から書き換えられて、瞳が青い色になったり戻ったり、不安定に明滅してる。拍動が魂まで届いて、守れないやわらかいところを侵してる証拠。
たったったったっ――呼吸を急く短い音が鳴る。身体が強ばる。
「……っ、条件反射式、まずい、これは、っ、切り替わ――命令。停止。反復学習。受容。――ちがうちがうっ、魂との紐付きが壊れるっ、身体が覚え、ああぁっ……!」
しかもこの液体ケーブルはおそらく特注品。触られるだけで、多幸感と快楽が全身の神経を打ち据える。上に伸ばされた手が、優しい愛撫で押し下げられる。
身体が自分ではない拍動を覚えていく。
拍動から学習して、神経が反射を学ぶ。
すると、ばらばらになっていく。やさしく、ゆさぶられて、すりつぶされる。
自分の音を忘れて、いなくなる。それはとても、きもちがいい。声が柔らかくなって、甘くなって、高くなる。液体に身体が沈んでいく。
「あぁっ、たすけ……っ。いわない、言うか、それだけは……っ、わたしがきめたんだ、にがすって……うぅっ、ぁ……っ、あぁ……っ、君が、……なら……」
あれ……こんな声、だっけ。ううん、ただしい。わたしは、ずっと、こう。こうすることが、こうしていることだけが、存在意義。
わたしは管理されるのがただしくて、きもちよくなるのもただしくて……――あ。
相棒、たすかった、かな……『きもちいい』がおいつくより、きゅうじょがまにあって、『しあわせ』になれたかな……。
あいつは、すごくいいこ、なんだぁ……たすかってたら。
もう、じゅうぶんに『しあわせ』。
「――――っ!!」
ぱきん。――壊れてひびわれる音。快楽の圧と熱に、人は最終的には耐えられない。
拍動を受けすぎた魂が限界になって、きもちいいにまけちゃう。そうすると、こわばって、のけぞって、その人として感じられる最後のしあわせに満たされる。
(ああ、むりだ、これは……。すまない……ごめん、ね……。『わたし』、あたまもからだも、きもちよくて、もう、自分の音、おもい……だせ、な…………)
すこしだけ、間があって、もう何も感じなくて……そして、青く、ぬりつぶされる。
(あぁ……あったか、い…………)
こぽん……。――魂の溶ける音。喪失。流出。敗北。この世から、たった一つの拍動がまた消える音。
処置開始から19分33秒。対象の自我溶解を確認。拍動装置埋入と、肉体及び人格の再構築。『器』を形成。
最適な拍動データ入力開始。
SynapseBloom――拍動を通わせ、限界まで魂を高めた時にだけ発生する、能力強化・拍動共鳴・伝播などを起こす現象の総称。多大なる幸福と快楽を伴い、人は陶酔に華を見るという。




