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嘘と病

 翌日、プラムは朝から宮殿へと足を踏み入れた。トリスタンとの婚約破棄の手続きもあったが__ニコラ断罪の件で事情聴取が行われたからだ。

 ニコラが断罪されるまで何も知らなかったのだから本当のことを言えば良いだけではあるけれど、とはいえ、意志の面でしらを切るのも疲れるわ__そう思いながら扇子で隠した口元で欠伸をした時、背後から鈴を転がすような、可愛らしい声が響く。



「あら、プラム様。ニコラ様のことで心を痛めていらっしゃるかと思いましたけれど、お元気そうで安心いたしましたわ」

 そこには王太子に寄り添い、聖女アメリアが侍女を引き連れて立っていた。

「アメリア様。……ご心配をおかけしておりますわ。アメリア様こそ、お心を痛めてらっしゃいますでしょうに」

 私が淡々と返すと、アメリアはいかにも悲劇のヒロインのような顔で首を傾げた。その拍子に、彼女の襟元から不自然に厚塗りされた白粉の下――どす黒く変色した「焼印」の一部が覗く。

(……見つけた。フローラの首にあったものと同じ、呪いの徴)

 プラムは気取られぬようにアメリアの侍女たちに視線を遣る。揃いのチョーカーで隠しているが、彼女たちの首にもフローラと同じように、痛々しい焼印の跡が見てとれた。



 アメリアはわざとらしくかしづくと、残念そうな__しかしどこか嬉しそうな醜悪な顔で、周囲の貴族たちに聞こえるような声でプラムに言った。

「ニコラ様は残念でしたけれど、あなたが怪文書の件に関わっていないと証明されて本当に良かった。わたくし、あなたのことが心配で夜も眠れませんでしたのよ?」

「まあ、左様でございますか」

プラムは一歩、アメリアのほうに歩み寄った。プラムもまたわざとらしく笑みをたずさえて、周囲にいた人々が「健気な聖女に感謝する友人」を期待して見守る中、彼女の耳元で囁くように、けれど全員に聞こえる声で告げた。

「アメリア様こそ、お顔が優れないようで。お首筋に、そんな酷い痕が。心の負担は肌に出ると聞いたことがありますわ、養生なさって__あら?侍女の方にも同じような痕がございますわね」



 アメリアの肩がぎくりと震えたのを認めたプラムは、それに気づかないふりをしながら、ひといきに続けた。

「おふたりとも同じ傷跡があるということは、流行病かしら?きっと、アメリア様はお優しいから、『病を患った侍女』を自ら看病して差し上げたのでしょう? だから、その方の病が、移ってしまわれたのですね」



 周囲の貴族たちは「なんと慈悲深い」「聖女様は病の侍女まで自ら看病を?」と感銘の溜息を漏らしている。だが、当のアメリアは、自分が侍女たちに強いている虐待と呪いの証__その「逆流」が首元に露呈していると指摘され、その貼り付けたような顔を引きつらせていた。



 むろん、それが病などではなく、アメリアが侍女たちに強いている虐待と呪いの証であると、プラムは知っている。

 アメリアもそれを察したのだろうが、否定も肯定もできない。ここで否定すればプラムは「ではその痕は何だ」と追及できるし、肯定すれば「何の病か」と心配のていでさらなる詮索を招く。

 (気に食わないでしょうね。でも、何もできないでしょう?私はあなたと、同じことをしているだけ。私は__あなたと侍女の首にある傷痕という()()を指摘しただけ。貴女を陥れてはいないどころか、褒めてすらいるんですもの。)

 プラムはアメリアに対する挑発と牽制を瞳に宿し、静かに笑みを浮かべる。これは、都合の良い真実をお互いに並べ合うチェスゲームだ。



「……口を慎め、プラム・アプリシア!先日の肩入れといい、不敬であるぞ。アメリアの首の痕は、ニコラの暴挙による心的外傷が原因で__侍女も心を傷めたのであろう、当然だ!すでに医師くすしにも診せ、診断も出ている!貴様のような部外者が口を差し挟むな!」

 助け舟を出したのは、アメリアの肩を抱き寄せた王太子アルバーンだった。

 愛する聖女を守る騎士のつもりなのだろうが、本来なら心配して周囲の貴族連中モブどもと聖女様の優しさに感動していればよいのに、その必死すぎる形相と「心的外傷」などという取ってつけたような弁明は、かえって不自然だ。

(……あら、これは王太子もグルね)



  保身のために愛の言葉を吐き散らす二人。その茶番を眺めるだけで、どっと疲れが押し寄せてくる。これ以上ここに留まって虚礼を交わす時間は、ドブに金を捨てるより無益だ。

 冷めた感情を欠伸あくびと一緒に飲み込み、プラムは一礼を投げ打ってその場を辞そうとした。

 しかし、運命はまだ彼女をこの「時間の無駄」から解放してはくれないらしい。


「そうですわよ!お姉さまはお優しいの!」

 割って入ったのは、華美なドレスを纏った少女__アメリアの妹、サラだ。驚くべきことにその隣では、プラムの__たった今『元』婚約者になったトリスタンが目を泳がせている。

「女性のお怪我のことに触れるなんて。トリスタン様、やはり彼女とお別れになったのはご英断ですわ。お姉さまを救った英雄__あなたのような男らしくて正義感に溢れた方には、こんな女、相応しくないわ」



 サラはトリスタンの腕を抱きしめ、勝ち誇ったような笑みで私を見下ろした。

 英断どころか、私が捨てたんだけどね。そんな言葉を飲み込んで、眉ひとつ動かすことなくプラムは会釈をした。その態度が気に食わなかったのか、サラは挑発的に続けた。

「初めまして、プラム様。トリスタン様の新しい婚約者候補、サラですわ。トリスタン様を手放してくださったこと、感謝いたします」

「……ええ、本当にお似合いですこと」

 サラが「男らしい」と称えるトリスタンは、プラムとサラを交互に見つめながらしどろもどろしているだけだ。この男のどこが男らしいというのか__ともかく、今は関わるだけ無駄だとプラムは判断した。

「失礼いたしますわ」

プラムはうやうやしく一礼し、混乱するアメリアと勝ち誇るサラを背に、宮殿を後にした。

__その一部始終を、二階のテラスから眺めている男がいることには気づかずに。

 王太子と同じ銀髪に、青い瞳をもったその男は、聖女を鮮やかに追い詰めたプラムの背中を見送り、薄く唇を吊り上げた。

「……毒には毒を、か。面白い女だ」



 帰りの馬車の中、沈黙を守っていた侍女のメアリーが、静かに口を開いた。

「お嬢様。……トリスタン様の靴ですが」

「靴?」

「はい……お嬢様から、トリスタン様の身辺をよく洗うよう仰せつかっていたため、よく見ていたのです。普段、アプリシア邸でお脱ぎになった時に比べて、不自然な擦り減り方をしておりました……まるで、履き慣れない別の靴を履いたかのように」

 さすがは私の侍女、と言わんばかりにプラムは笑みを漏らす。

「変装して証拠の隠滅でも測ったのかしら?……いずれにせよお手柄よ、メアリー。馬車を、アッシュの工房へやって頂戴」

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