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独裁と懸念



ひと月もしないうちに、王宮前広場は連日、民衆の悲鳴と『聖女』を讃える狂信的な唱和に包まれるようになった。

 騎士トリスタンの失墜に次いで、王太子アルバーンの暴挙により民衆からの信頼を失った国王は、王家の権威を維持するために、唯一の拠り所であるアメリアの「聖性」に縋らざるを得なくなっていた。__それが、到底理屈や倫理にもとると言えないものであったとしても。



「……まさか、父上がここまで愚かだとは」

 すっかり秘密基地と化したアッシュの工房に入るなり、ヘリオスは重い溜息を吐いた。アメリアが始めた『魔人討伐』という名の粛清は、正気を失ったものだった。



 まずアメリアが『真実の鏡』を掲げ、「貴方は魔人ね?」と標的を指差す。当然、相手は必死に否定するが、彼女は追い打ちをかけるように微笑んで問うのだ。「本当に? 聖女である私を疑わず、心から信じて真実を述べているかしら?」と。

 問われた者は「はい」と答えるほかない。しかし、無実の自分に謂れのない疑いを向ける相手を、心の底から信じ切れる者など存在しない。そのわずかな「不信感」を鏡は見逃さず、虚偽と判定して対象の喉を焼き払うのだ。

 この狡猾な手法により、疑いをかけられた者はことごとく「魔人」の烙印を押され、容赦なく地下牢へと引き立てられていった。

「……酷いものですわね。まあ、おかげで『鏡』の前で本当のことしか言わなかったニコラを、今のところ処刑できずにいるのは、こちらとしては助かりますが……」

 プラムが皮肉を込めて呟く。あの日、ニコラは「自分が怪文書を書いた」と堂々と口にし、げんに反逆の罪には問われている。

 一方でアメリアが自ら作った「嘘をつけば魔人」というルールに則る限り、今ニコラを「魔人として処刑」はできない。



「父上は焦っているんだ」

 ヘリオスは苦い表情を隠さない。

「兄上の不祥事で揺らぐ支持を、アメリアを使って__『魔人』を討伐し、聖女伝説を再演することで塗り替えようとしている。だが、歴史より酷い有様だ。伝記の王が処刑したのは、一応は本物の魔人(新種)だった。今回の『討伐』は根拠もなく、ただ気に食わない者を魔人と決めつけ投獄する殺戮行為だ。父上は聖女とちがい、そのことは分かっている。だからか、魔人判定を受けた者の即刻処刑だけは食い止めているようだが……」

「ええ。……でも、殿下。アメリア様がやっていることは嘘八百ですけれど、実際問題として『魔人(新人種)』は、もうこの国に生まれていてもおかしくないですわよね?」

 プラムの問いに、ヘリオスは一瞬沈黙し、重く頷いた。

「……ああ。実際、アメリアが生まれたということは、今後も『魔人』は生まれるということだ。或いは、すでに生まれていて自分の『権能』に無自覚な者もいるかもしれない」



 二人が言葉を交わしていたその時、背後の扉が開いた。現れたのは、ニコラの軟禁場所へ差し入れに向かっていたはずのアッシュだった。

「……なあ、お二人さん。『魔人』ってのは、具体的にどんな奴のことを指すんだ?」

「具体的な判別方法は失われていて、私も今それを調べているところだ。だが、アメリア嬢の『真実の鏡』や私の『光の屈折リフレクション』のように、ひとりひとつ、人智を超えた力を持つ者がそう定義される」

 ヘリオスの答えに、アッシュは確信を得るように問いを重ねる。

「それって、すごく力が強いとか、めちゃくちゃ身体が頑丈だ、みたいなのも含まれるのか?」

「人体に不可能な力を持つなら、その可能性は極めて高いが……」

「だったら、今さら探す必要ねえぞ。一番近くに、とんでもねえのが一匹ひとりいる」



 アッシュが机に置いたのは、ボロボロにひしゃげた一足の貴族靴だった。

「ニコラの靴だ。すごい減り方だろ? 表面の摩耗じゃない、構造そのものが内側から叩き潰されてるんだ。……人間じゃありえねえ密度の脚力で踏み込んだように。今までは単に『じゃじゃ馬』なんだと思ってたが、これを見ろ」

 アッシュが差し出したのは、ニコラが「指先で弄っていたら結び目になった」という鉄の火かき棒だった。



「灯台下暗し、ですわね」

 プラムは感嘆のため息をついた。しかし、アッシュの表情は晴れない。

「……なあ、プラム。今は聖女のデタラメな判定のおかげで、『事実』しか言わなかったニコラは結果的に守られてる。だが、もし本物の判別方法が見つかって、あいつが『本物の魔人』だと公にバレてみろ。アメリアは喜々として、即刻あいつを処刑台に上げるぞ」

 アッシュの懸念は正しかった。自らの『真実の鏡』こそが唯一の魔人判定機だと信じ込んでいるアメリアはともかく、実利を重んじる王家は違う。彼らは、生物学的、歴史的な裏付けを伴う「確実な魔人の証拠」を求めて狂奔するだろう。



 そこまで思い至り、プラムは恐ろしい事実に気づいた。血の気が引き、顔が青ざめる。

「……ヘリオス殿下。もし王家が『魔人』の真の見分け方を見つけたとしても……それを正しく公表する必要など、どこにもありませんわね?」

 ヘリオスは、絞り出すように重く頷いた。

「その通りだ。王家が判別法を独占し、秘密裏に特定した対象を、何も知らないアメリアの『鏡』の前に引きずり出せばどうなる? 今起こっている魔人狩りの通り__鏡は必ず彼らを『嘘つきの魔人』と判別するだろう。王家に楯突く者も、覚醒し始めた真の新人種も、すべて『魔人』という一つの枠に放り込んで殺戮してしまえば……王家の安泰は未来永劫、揺るぎないものになる」

「なんてこと……」

 プラムは戦慄した。真実を暴くための手段が、独裁を完成させるための最後のピースになろうとしている。



「ともかく、王家より先に、我々が本当の魔人の見分け方を突き止め、それを白日の下に晒す。それが唯一の勝ち筋だ。さすれば、アメリア自身もまた魔人の一人に過ぎないと示し、彼女が独占している『聖性』を解体できる。……プラム嬢、協力を頼めるかい」

「もちろんですわ」

 プラムは震える指先を強く握りしめ、前を見据えた。

「アメリア様と王家が、本物の魔人を求めていらっしゃるのなら__『本物』の絶望というものを、その鏡に映して差し上げましょう」

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