2章28話 「生と死」
「…………」
モノクロのドレスに衣替えしたシノ。
賢衣の下の砕かれたペンダントとは別に、新たなペンダントが生成された。
シノの前方には、トドメを狙ってきているボロボロの覇者バグ。
【あの女は間もなく死ぬ】。
【あと1回攻撃を喰らったらお前は死ぬ】。
「!!」
その時、囁きかける真理把握の力。
死ぬ……。
シヌ……。
しぬ……。
* * *
ミープさん、緊張して気が立っていたせいで最初に冷たく当たってしまった……。
あんな醜態、わたくしは兄さんの誇りも貶めている……。
わたくしは兄さんよりも心も体も弱い。
わたくしはすぐに諦めたがるし、兄さんが近くにいないと人と接するのが苦手……。
* * *
シノの奥底で絡み合う複雑な本音が、コンピュータのような高速の演算処理で精神に羅列。
* * *
兄さん、アイツ、兄さんのプレゼントを粉々に殺したの……!
許せないでしょ、だからバラバラにしちゃってもいいよね……?
ねぇ、いいよね?
……兄さん、帰ったら何食べよっか?
兄さん、今度新しいまくら買わない?
兄さん、あそこに飛んでいるのってなんだろう?
ああ、そっか。
おっきな虫……。
捕まえたら喜んでくれる?
翅はむしった方がいい?
ね?
ね?
ね?
* * *
更なる邪で支離滅裂なプログラムが、シノの中にインストールされていき……。
* * *
「…………イヒッ……!」
やがて、しゃくり上がる息。
「ヒヒヒ……!
イヒヒヒッヒヒッヒイ……!!
ヒーーヒヒヒッ、ヒヒヒヒィィ!!」
丸い瞳をギョロつかせて。
シノは裂帛の高笑いを轟かせる。
「ヒヒッ、」
そして胸のペンダントから、一閃。
〔!??〕
シノに迫ってきていた覇者バグの動きが、みるみる緩やかになっていく……。
〔!!〕
異変に気づいた覇者バグは、拳に宿る雷を波動として放出。
接近戦ではなく、遠距離からの攻撃で対応を試みる。
「……ヒッ、ヒヒッ!!」
その対応も空しく唐突に急落。
何故だか、雷のパワーが軽い静電気以下の威力まで弱体化。
ヘロヘロにされた電撃は、泥で作られたカーテンの出現で打ち消された。
「ヒヒ!!」
〔!!!??!!〕
更に、真空の丸鋸がどこからともなく登場。覇者バグの両肩から下を、瞬く間にそぎ落とした。
シノが持つマインの能力。
胸に括り付けられている真紅のペンダントにはカメラが内蔵されており、カメラが捉えた地点に自らの意思で【様々な事象】を発生させることができる。
大気の大剣や泥のハンマーといった、周辺の自然を媒介とした武器の生成。
他には敵の移動速度の低下や、技を旧式に弱体化させるなど用途は幅広い。
「ヒーーーヒッヒッヒッヒッヒヒ!!」
シノの反撃はまだ終わらない。
ズズズズズズ……!!
〔????〕
既に攻撃手段を失って万策尽きかけている覇者バグを、精製した土の牢獄の中に自分ごと閉じ込めた。
「ヒーーーーーッッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!!」
身を屈めたシノは両手を地に突けて、足を浮かして……。
カエルのようで鶴のポーズ――バカ―サナ。
シノは両足の間で迸るエネルギーをバネにして跳躍。
「ヒヒ……ヒヒ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒ!!」
大きく口をニンマリと裂かせたシノは、けたたましく嗤いながら牢獄の中を縦横無尽に飛び回る。
地も、壁も、空中も、天井も、全てを利用した大胆不敵でド派手な軌道。
ズガガガガガガガガガガガ!!
3Dの全方位攻撃。
乱れ、反射を繰り返すトリックサーカスのエネルギー。
シノはソレをもマインで干渉させて、特大のサッカーボールを作り上げた。
「ヒーーッヒッヒヒィ!!」
我先に牢獄から抜け出したシノのボレーシュート!!
ベキャ!
シノの技と動きに、シューズのイザナミが耐えきれずに砕け散って――
〔!???!!??!!〕
牢獄ごと消し炭にする最後の一撃。
不屈の覇者バグに、ようやく引導を渡すこととなった……。
* * *
「ヒーーーーーヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!!」
明らかに過剰な波状攻撃。
明らかに先程から狂っているシノ。
これは――暴走ではない。
心象が深層に共鳴したことによる変化――錯乱。
シノの本質は――【不安定な情緒の中でくすぶっている狂気】。
マインがソレを具現化してしまったことで、精神が不安定に陥っていたシノの言動や表情が崩壊。
獣のような生存本能を剝き出しにし、完全にイカレてしまった。
「…………ヒィ…………ヒィ…………。
…………はぁ……はぁ…………勝ちましたわ……ミープさん……」
それでも、中身は仲間の身を案じ続けており、底ではしっかりと正気を保っていた。
戦いが終わり、シノは徐々に元の性格に戻っていく。
「辰砂さん」
「あ?」
「最後に、もう少しお力を貸してください」
「そこに転がってる女をどうにかするつもりか?」
「真理把握で方法が1つだけあることは分かっています」
「潮時だ。
やるなら今だ」
「ありがとうございます……」
「だが、お前がそれをやると【代償】を被ることになるぞ……それでもか?
俺様は人間が嫌いだ。
あの女に……そこまでの価値があるのか……?」
辰砂は露骨に嫌そうな声を出した。
だが、そんなことで折れるわけにはいかない。
むしろ、辰砂の意思を逆に折ってやる。
「価値なんて関係ありません。
わたくしは兄さんと、姉さん……アルシンさんとファムさんに誓いました」
もう誰も死なせないと。
「それに、ミープさんは大切な仲間です。
わたくしを助けてもくれました」
そしてなによりも――
「……わたくしと【友達】になりたいと言ってくれた人を、見捨てるなんてできません」
………………。
………………。
「……分かったよ、その代わり覚悟しろよ」
「はい!!」
熱い血が、人間嫌いに通った。
ギュオオオオオオオ……!!
シノの身体から放出した眩い光が、地に伏すミープを包み込んでいく……。
* * *
時が経って。
リミース島住宅街。
プールとの併設により作られた巨大露天風呂――【ラグーン・キングダム】。
「そ~~れっ!」
勢いよく飛翔からのスマッシュアタック!
「レヌン!」
「うん!」
レヌンは着水スレスレのビーチバレーボールを、伸ばした足でなんとか上方にトス。
「行くっすよぉぉぉ!!」
レヌンの腕を踏み台にしたウォークが高くジャンプ。
両手を組み合わせて振り下ろす、ダブルスレッジハンマーによるスパイクがこちらへと加速する。
「高所からの攻撃は、わたくしが……!」
シノが蹴り返そうと足に神経を集中。水面を蹴り、空中で構える。
「!?」
しかし、ドライブ回転するボールの軌道が意思を持ったかのように、弧を描いて急変。
ボールは背後で控えていたパートナーの反対方面へと進み、水の中に落下した。
「っしゃあ!
先輩2人に勝った!」
「やったね!」
ハイタッチして喜び合う後輩達。
ワアアアアアアアアッッッ!!
舞い散る水飛沫に、熱狂。
圧巻の拍手喝采が場を明るく染めていく。
「クルウゥゥゥ!」
「クワァ!」
天井付近を飛び交うキングとマシュの朗らかな鳴き声が、更に空間を豊かに盛り上げる。
「あちゃ~、負けちゃった……。
まぁ、後輩達に花を持たせてあげたとしますか……。
……ノンちゃん?」
シノを心配するように顔を覗き込んできたのは――五体満足で全回復したミープ。
「……はい?」
「楽しい?」
「……はい、楽しいですわ!」
シノは屈託なく嘘偽りなく、自分の気持ちを伝えた。
「ふふっ、ならよかった!
ワタシも楽しいよ!
ありがとう、ノンちゃん!!」
ミープの今日一番の眩しい笑顔。
「うふふっ!」
シノもそれに負けないくらいの笑みで、彼女の好意に返事をした。
死にかけていたミープを救った辰砂の力。
【不完全】を【完全】にするのが辰砂の特性。
極限まで【死】に近い位置にいながらも、尚も【生】に手を伸ばし続けていたミープ。
その【死】か【生】か【不完全が過ぎる】状態にあるミープを、【完全な生】の性質にした光で覆うことで、彼女はめでたく完全復活することができたのである。
本当に免れない【死】を目前にした上で、【生】をどこまでも求め続ける状況だったから成し遂げられたこと。
本来のシノが持つ辰砂には、このような蘇生紛いのような能力は備わっていないため、今回の芸当は通常ならば不可能な異例中の異例であった。
パシャッ……!!
(まぶしいっ……!)
シノとミープの笑顔を永久に保存しようと企んだフラッシュと、機械の音。
「ちょっと!
撮るんならちゃんと、ハイチーズ♪ って合図してよ!」
「はい、2人とも仲が良くて嬉しい!
次は私達親子対決ね!」
「パパとママの本場合体忍法を見せてやるぞ!」
ミープの両親――タキオとマレットがやって来た。
マレットはピンクの花柄インスタントカメラをその手に抱えており、プリントされた写真を見てご満悦の様子。
「よ~し!
次はディンさんと組も☆」
「……レディクさんとは先程お会いしましたが、遠くから見ているだけでいいと仰っていましたわ」
「……そう、分かった」
行われているのは、リミース島の全員を集めたバグへの勝利パーティ。
帰還する時間までシノとミープも参加することとなった。
しかし、防衛省の回復薬で治療したとはいえ。
シノの強靭な肉体は戦いのダメージ、トリックサーカスの反動、マインの酷使などにより大分弱っていたのだった。
(昔はこんな日が来るなんて思ってなかった……。
友達ができたと知ったら、兄さん……喜んでくれるよね……?)
それでも、シノの表情は晴れやかだった。
(兄さん、やったよ!!)
シノは卑下していた自分の役割をこなしきったことや、新たにできた人間関係に嬉しさを募らせていた。
* * *
皆が屋内で盛り上がる中――リミース島に3つの流れ星が走っていた。
数時間後にはルドメイシティでも同様の現象が起きていた。
それは――それぞれの地で発生したアンノウン3体を倒したことへの、神様の祝福だったのかもしれない……。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
次回以降は2章の終盤に入っていきます。
これ以降は段々と物語の核心に迫っていくシナリオを展開していくので、この先もお付き合いいただければ幸いです。
よろしくお願い致します!




