2章29話 「企み」
5年前。
アルケミックランドで初めて発生した、これまでとは違うバグのタイプ――アンノウン……。
アンノウンの発生はそれから全くなかったというのに、先日アウェイ村で突如再発生した。
それからまた後日……。
リミース島で現れた3体のアンノウン。
ルドメイシティで現れたアンノウンも3体。
アンノウンは1体毎に外見もその能力も全く異なり、バグの弱点である胸元で光り輝くオーブが存在しない。
それらがいきなり立て続けに発生し続ける最近の現象。
これは一体どういうことなのだろうか?
「クソッ!!」
賢者庁地下本部。室内一角。
壁の中から反響して伝わったのは、腹の底から悔しそうな咆哮と、握り拳を叩きつける鈍い音。
試験管にフラスコ。
大窯やレトルトにランビキ、顕微鏡。
怪しさ満点のカラフルな液体。
高級という言葉以上の価値があるだろう装置の数々。
ここは、錬金術師ルードゥスが無断でいつの間にか作り上げた、生活部屋兼研究施設。
賢者庁やハウモニシティ内、リエント北部等にもバイオテクノロジーを中心とした化学研究施設がきちんと一定数用意されている。決してその精度や環境も悪いわけではない。
しかしルードゥスにとっては自分が用意したこの場所こそが、人類の叡智が最も結集した地であると思っていた。
「賢者の石ィィィィ……!!
なんなのだ、あの力は……!」
ルードゥスは苛立ちを抑えきれずにいた。
壁を、机を殴り、床を蹴って地団駄のステップを踏む。
終いには、自分の腕に噛みつき、顔を引っかいて自傷行為にまで走っている。
(完全を自称する賢者の石。
オドの超感知能力、敵の性質把握……。
これは……僕の作ったいかなる天啓でも不可能……!
おまけに伝承通りに、不完全を完全に変える性質――生物学で男性よりも優位とされる女性への変化・死者の蘇生……。
これでは、あの賢者の石が本物である可能性が……!
錬金術の到達点であり、絶対的な伝説の存在である賢者の石……。
それに僕の天啓が勝てるはずがない……!!)
ルードゥスの目の前で光るディスプレイには。
クノ・シノ・ドリアン・ミープ・レディク・ウォーク・レヌン・その他の現場にいた賢者達――採取した全員の記憶データが表示されている。
脳改造されている賢者が見たものや経験したもの。
それら全ての記憶は、脳内に蓄積された記録である。
面前のディスプレイは、賢者の脳内の記憶をデータ化して保存し、分析や研究を行うための装置。
アウェイ村での戦闘の後。
辰砂の所有者となったクノとシノにその力の起動実験をさせ、更に2人の脳内も観測してデータ採りを行った。
今回の2つの任務でもそう。
なにより両方の任務とも、悪環境やアンノウンの能力でこちらからは満足な状況把握ができなかった。そのため、データは彼らの脳内に刻まれた情報頼り。
全ての脳内データを見たことで分かった、辰砂に秘められた能力の数々……。
様々な事象を起こせる自分の開発した千にも及ぶ天啓でもなし得なかったことを、その石は達成してしまっていたのだ。
「僕の長年の人類救済のための努力が……あんな石1つに負けるのか……!
そもそも、伝承に過ぎなかった賢者の石だって、僕が将来本物を作り上げるはずだったのに……!」
ルードゥスにはこれ以上ない屈辱。自分を否定されたと感じる程に、我慢のならない事実と現実を知らされてしまった。
《申し訳ありませんでした……。
許可なくマインを発動してしまって……》
《衝動的なマインの使用……お詫び致します……》
天然パーマをぐしゃぐしゃとかきむしっていたルードゥスの頭に、あの兄妹からのそれぞれの謝罪の言葉がよぎる。
天啓はアンノウンにもしっかりと通用する。
ブウェイブ、ドリアン、ミープ……事実、辰砂のない彼らは天啓だけでアンノウンを倒している。
だが、天啓だけでは全てのアンノウンをなんとかできるわけではなかった。
辰砂が生み出す力――マインは、それぞれの任務地で発生した中で一番強いアンノウンを最終的に倒していた。
アウェイ村とルドメイシティでは、多くの人質を一瞬で救出なんてことを簡単にやってのけている。リミース島においては、敵の弱体化や【死】を【生】に変えるなんてことも。
応用力や使い勝手の面では、数で勝り多種多様な効果の天啓に軍配が上がるかもしれないが、辰砂は天啓との併用も可能である。
おまけに、まだまだその能力の底が見えていない。
これでは、辰砂が天啓の完全上位互換になるのも時間の問題。ルードゥスはそれが堪らなく嫌だった。
「………………」
観測士のクリアは、アンノウンが発生する可能性を的確に察知して当ててみせた。リミース島ではマップに表示されない海底だったため充分な観測ではなかったが、その後のあらゆる通信が妨害されたルドメイシティでは、アンノウンが3体いるという観測を当てていた。
「あのメガネックウォーマーは、劣悪な環境でも自分の役目を忘れずにひたむきに向き合い、しっかりと成果を上げている……。
僕も……僕だって……」
自分を見てくれて、夢を叶えられるとまで言ってくれたあの人のためにも、もっと結果を残してみせる……。
(――そうだ……!
バグが発生してもなんだかんだ続いているリエントの平和も、いずれは途絶える!
ゆくゆく訪れることになる最悪の【災厄】を逃れるためにも、僕がやらなければならないんだ……!)
故に、天啓を更なる高みまで押し上げなければならない。
そのためには……。
(賢者の石の欠点は、その発動中の行動によっては大きな体力の消耗があり、一度の戦闘で1回の発動が限度…………)
完全を謳うはずの賢者の石に欠点があるということは――この賢者の石は、やはり偽物に違いない……。
「賢者の石……これまでのデータをより深く、極限まで調べ上げて、その性質を完全に理解する……。
そして、今の賢者の石を超える、真実の賢者の石を作り上げてみせる……!
それこそが、天啓の究極体となるであろう!
フフッフッ……ハハ……ハハハ……ハハハハハハハハハ!!」
木霊するルードゥスの高笑い。
彼が新たに目指すものは、壁の外にいる者達に恥ずかしいまでに丸聞こえの筒抜けであったが、果たして……。
* * *
「……以上が彼の地での調査結果となります」
「……ご苦労、続けて残りも頼む」
「かしこまりました」
時も場所も変わって、防衛省執務室。
長机から展開された緑の液晶画面には、貫禄漂う面構え。オレンジトゲトゲ頭の男性が映っている。
「賢者庁本部の者達にも、すぐに知らせるのですか?」
「…………まだ時ではない。
理解してもらうのは難しい故に……」
防衛大臣ワルクは、眉を大きく下げてふうっと長く息を吐いた。
「ですが、このままだと子供達は報われないでしょう」
「その通りだ、だから隠蔽するつもりは毛頭ない。
……報われないのは、」
ワルクは躊躇うようにしばしの間を空けた。
「――向こうの子供達だけではない……こちらの子供達も同じだろう。
君だってそうだ、以前よりもやつれているように見えるが?」
「私は……平気です。
受け入れ難くはありますがね」
* * *
ワルクとの通信報告を終えた補佐官の男性――ブウェイブは背後を振り返る。
そこには林立する木々で巧妙に隠された、白い小さな教会のような建物……があった場所。
今はその建物は全焼して、灰と瓦礫の山と化してしまっているのである。
ブウェイブが行く場所は、まだここの他にも残っている。
「これで……もうアンノウンは出ないのかもしれない……」
それは現段階ではあくまで1つの仮説に過ぎなかった。
だが、それが当たっていようがいまいが、
「リエントの歴史を揺るがす大変な事態だ……これは……。
……ッ!」
引きちぎる勢いで噛まれた唇から垂れる、一筋の震える鉄の紅。
「平気なわけ……ねーよ……」
声にならなかった彼の口の動きは、2人の名前を指していた。
* * *
「アンノウン……そして、……」
1人執務室でポツンとしているワルクは、ブウェイブから告げられた事実に苦心していた。
「……まさかのまさかだ。
=○○○○ということにもなるのか……?」
席から立ち上がり、落ち着かない気持ちを紛らわせるために、窓の方へと歩み寄る。
「これは……どうすればいい……?
どう対策をとればいいのだ……!?」
窓に拳を叩きつける彼は、1人やり場のない気持ちを俯きながらぶつけるしかなかった。
* * *
「趣味が悪いね、盗み聞きとは」
「!?」
執務室のドアの外。不躾にかけられる声。
「やっぱり隠し事は気になるのかな、マスターは」
「………………」
声の主は廊下の壁にクールに寄りかかり、腕を組んで立っていた。
「しないでくれたまえ、そんな顔を。
いや失礼、そもそも顔がなかったな、今の君には」
「………………」
ニヤリと怪しく嗤って続けてくる。
「さて、どうする?
偶然とはいえ、せっかく掴んだこの情報を……」
防衛省。
賢者庁。
今、新たに裏側で判明した事実を巡って、それぞれの思惑が交錯して加速していきつつあった。
* * *
「……必ず、用意してみせる……。
だから――準備だけは絶対にしておいてください」
「了解!
あたし達は信じて待ってる!
こっちはちゃんと準備しておくから、そっちも期日までにお願いね!」
「…………助かります」
女性達に感情を殺したように頭を下げて、背を向けて。
開かれた門。
瞬間に、リエント最低気温の風が吹いた……。
そこは、リエント北部。
その中でもずうっと北――最北。
最低気温の風はすぐさま、篝火に暖められて熱気へと変わっていく。
「……必ず、やり遂げる」
最北から目指す先は――中央。
「星が動き出したようじゃのう。
キーマン……は戦車か……」
中央に向かって歩き出したその人物を、遠くの陰から見つめる者がいた。
「その行動力がもたらす末路…………。
ひとまずわしは…………傍観者に徹するとしようかの」




