謁見
「呼ばれた者は陛下に挨拶を。セーレ侯爵!」
グシオンが名を呼ぶと、群衆の中から貴族が進み出る。中央に敷かれたカーペットは、いつの間にか取り払われていた。
セーレ侯爵と呼ばれた黒い口髭の貴族は、落ち着いた様子でゆっくりと一段高い雛壇に上り、玉座から距離を空けて片膝を着いた。
「我は魔王の従属者に信義と忠義の徒。この命は魔人の元に召されるまで御身のために捧げられる」
セーレは頭を垂れ、静寂が満ちる大広間で静かに宣誓を述べた。サレオスはその言葉が終わると玉座から立ち上がり、セーレの側まで歩み寄る。
「面を上げよ」
セーレが顔を上げると、サレオスは相手の肩に手を添えて立ち上がらせる。
「つまらない役割を演じさせてしまったな。先の討伐もよく働いてくれた。礼を言う」
「勿体なきお言葉。今後も魔王様のために忠義を尽くす所存です」
「期待している」
二人はその後も和やかに言葉を交わし、最後にセーレが一礼して辞去した。サレオスはすぐに着座する。
「バティン伯爵!」
続いてグシオンが別の貴族の名を呼び上げる。
やりとりこそ多少違えど、挨拶は同じように和やかな雰囲気の中進んでいた。春菜は不思議に思い、横に立つヴィネアにこっそり尋ねる。
「ねえ、ヴィネアさん。さっきの『つまらない役割』ってどういうことです?私『膝を折って忠誠を誓わせる式だ』って聞いてたから、もっと殺伐としたのをイメージしてたんですけど」
「セーレ侯爵はね、サレオスの王位に最初から賛成してくれた人なの。今回の討伐でも手柄を挙げた人よ。そんな人物が最初にサレオスの前で膝を着けば、反対派や日和見派だった奴らが忠誠を誓うのにそれ以下のことをするわけにはいかないでしょ」
「なるほど。損な役目を自ら買って出てくれたということですか?」
「別に損というほどのものじゃないわ。一番に呼ばれるのは論功一位という証、サレオスもそんな忠義の人を無下に扱ったりしないわよ」
(サレオスさんの顔もやっぱりどこか嬉しそう。そっか、やっぱり四職の他にも仲間がいるんだ。孤立無援じゃない)
冷たく見える顔に確かに暖かい血が流れていることを春菜は知っている。
「騎士ゼフォン」
グシオンがその名を呼び上げると、静かだった大広間に微かなざわめきが起こる。進み出るのは、質素な身なりの屈強な若い男の人だ。
(なんでざわめいたんだろ?歳はサレオスさんと同じくらい、ほっぺたに傷があって……え?人間!)
瞳は光っていない。それは春菜がこの異世界に来て始めて見る人間の姿だった。ゼフォンが雛だ人上がると、サレオスは玉座から立ち上がって前に出て、仁王立ちして厳しい顔で出迎える。
「国王陛下におられましては、ご機嫌も麗しく――」
「気持ち悪い。まさか貴様がそんな言葉を使えるとはな」
挨拶の口上途中にも構わず、サレオスが割って入り悪態を突いた。その言葉にゼフォンが小さく笑う。
「人間とは成長するものです。陛下ならお分かりいただけるでしょう?」
「どうやらそのようだな。貴様には爵位をくれてやる、有り難く頂戴しろ」
「仰せのままに陛下」
サレオスから爵位の授与が明言されると、広場にはざわめきが起こった。それは決して好意的なものではなく、妬みや困惑の色を伴って聞こえる。
当の二人は周囲の反応を気にも留めず、睨み合う様に目を合わせていた。そしてどちらともなく苦笑するように顔を崩し踵を返す。ゼフォンは去り際に一瞬だけ春菜に視線を向けた。
(目が合っちゃった。まさかここで人間に会うとは思ってもいなかった)
何故彼がこの式に参列したのかが気になる。
「ねぇねぇ、ヴィネアさん。今の人って人間ですよね。どうしてここに?」
「ああ、あいつね。あれは以前この城に務めていた庭師、つまり奴隷の息子よ。サレオスとは子供の頃から色々あったらしいわよ。何故か奴隷が廃止されてからも国に帰らず、同じような若い連中をまとめ上げて義勇兵としてサレオスの軍に参加したの」
「いわゆる幼馴染というやつですか?詳しいですねヴィネアさん」
「まあね、私達四職も程度の差こそあれ、付き合いは長いから」
(子供の頃のサレオスさんか。どんな感じだったんだろ)
春菜は部屋に飾られた子供のサレオスに、今の性格を重ねて思わず吹き出す。
(生意気そう!絶対今の人と喧嘩してたんだろうな……間違いないよこれは)
国中の貴族が集められているということもあって、謁見式はなかなか終わる気配を見せなかった。始めの頃のサレオスの和やかな空気も次第に失せ、サレオスが傍まで歩み寄って声を掛けるようなこともなくなっていた。
(舞台装置で『恨みは俺に行くから気にするな』って言ってたけど、確かに男の人はみんな私を一瞥こそしても、大して気にしてない様子なんだよね)
爵位を持つ貴族達は本意にしろそうでないにしろ、サレオスの機嫌を伺うことに執心し、春菜の存在をさして気にしてはいないようだ。
(人間だって分からないのかな?うーん、あんまり役に立ってないな私。それにしても……)
貴族の中には家族を連れて挨拶をする者も多く、跡取りの息子がどうとか娘がどのとサレオスに紹介していく。そして――
(女の人が超睨んでいくんですけど!)
挨拶の帰り際、ほとんどの娘が眉を吊り上げ口元をきつく結び、春菜に凄い顔を向けてくる。
「さっきから女の人達が凄い目で睨んで行くんですけど。私あの子達に悪いことしましたかね?初めは勘違いだと思ってたけど……ホラまた!なんか仇を見るみたいな敵意の籠った目!」
「え?アンタ何も分からずにそこに立ってたの!」
春菜の問いかけに、ヴィネアは心底驚いた様子で声を張り上げた。
「ヴィネアさん声大きいですって!」
グシオンがジロリと厳しい視線を寄越してくる。春菜は小声で応じるが、ヴィネアはそんなこともお構いなしに呆れた様子を隠そうとしない。
「サレオスが『お前に注目する者も沢山いる』って言わなかった?言葉のニュアンスから察しているんだと思ってた」
「何を察するんですか?私は奴隷制廃止の象徴でしかないはずですよね」
その返答にヴィネアは呆れ顔で首を振る。
「まったく……いい?今、丁度娘を紹介する貴族がいるから、その台詞をよく聞いてなさい」
目の前では貴族が機嫌を取ろうと必死になっている最中だ――
随分と無愛想になってしまったサレオスは、相手が膝を着いて臣従の礼を述べた後「大義である」と返すだけで後はにべもない。それでも貴族は『御身のために献身を』『次なる戦では必ず従軍し』と言葉を並べ、切り札とばかりに後ろに控えた娘を差し出す。
綺麗に着飾った年頃の息女はサレオスの前に歩み出て、貴族らしくスカート摘まんで可憐に微笑む。しかし、その娘に対してもサレオスはそっけなく、碌に返事すら返さないのだ。
――そして、帰り際に春菜を睨むテンプレートが繰り返される。
「どうだった?」
「どうって、私があんな態度とられたら傷つくかも」
「それじゃ、あの娘へにこやかに挨拶を返していたら?」
「それはそれでちょっと……複雑かもしれない」
我が儘だとは知りつつも、始めて会う女性と親しげなサレオスを見たくないと思ってしまう。
「そういうことよ」
まさかこれで解説終わりなのか。ヴィネアは得意満面な顔をしている。
「どういうことですか?さっぱりわかりませんけど」
「独身の国王に娘を紹介する貴族が何を考えているか、想像が付かないほどあなたもおぼこじゃないでしょ?」
「……そりゃあ、まあなんとなくは」
「女っ気がないからと下心を持ってあの場に臨み、つれなくされた帰り際に年頃の娘を見かける。あなたならどう思う?」
「うーん『この女なんなの!』ってなるかも」
「あなたの国ではどうか知らないけれど、この世界で貴族の家に生まれた女の生きる道は限られてるの。この城は貴族の娘たちにとって、魔王と言う唯一無二の存在を手に入れるための戦場なの」
「だからって睨み付けますかねえ」
「あなたが自分よりも爵位の高い貴族の娘であれば、あそこまで露骨な態度はみせないでしょうけど。よく観察してるのよ」
「そうか、私は人間。彼女たちにって蔑むべき立場の者が、自分よりも魔王の側にいることが我慢ならないんだ。でもそんなことが起きるなんて、ちゃんと言っておいてくれないと一般市民の私には想像つかないですよ!」
「それはねえ?言ったら断られるとでも思ったんじゃないかしら。もしくはアンタの今の状況を見て楽しんでるとか」
「絶対そっちです!」
謁見式そっちのけで頭に血を上らせる春菜。玉座のサレオスに目をやると、こちらを見て意味ありげに口元を歪める。
(あの顔!腹立つ!私を女避けに使って……でもこれ、よくよく考えたら怒るべきか喜ぶべきか判断に迷うな)
サレオスの『女』として見られることに悪い気がしないのは事実。それに、そういう風に使われるのは自分を女扱いしてくれている証だ。
「ああ、これから魔王城はどうなるのかしら?ドロドロとした女の醜い戦いが繰り広げられる伏魔殿と化すのか。楽しみねえ!」
「全然楽しみじゃありません!」
ヴィネアは何やらよからぬドラマを期待しているのか、好奇の色を顔に浮かべていた。
始まった当初は楽観していた謁見式も、今では春菜もすっかり王家を巡る権謀術数の戦いに巻き込まれてしまっていた。
貴族が娘を紹介する度に『またか』という気持が込み上げる。睨み付けてくる乙女たちに『一方的です!私にそんな気はありません!』と言い返してやろうかと思ったが、嘘を付くなと心が待ったを掛ける。




