広間
「ひー、お化粧直さなくっちゃ」
散々涙を流したお陰でメイクはぐちゃぐちゃ。ヴィネアの意見を参考にして、折角頑張ったのにやり直し。
「今日はいつもより華やかさと、上品さを意識するんだよね」
アイシャドウはいつもより大人な印象をあたえるブラウン系、リップは服の色と合わせる意味でオレンジ系を自分で選んだ。
「おお、流石に2回目だから上手くいってる。目がまだちょっと赤いけど、目立つ程じゃないから大丈夫かな」
自分のメイク技術もまんざらでは無いなと満悦し、鏡の前で笑っていると背後の扉をノックする音が響く。
「お嬢様、謁見式が始まります。大広間までお越しください」
「はい、すぐ行きます」
式の開始にはギリギリ開始に間に合った。ドレッサーから身を起こし、壁に掛けられた絵に向かう。
「じゃあ、行って来るからね。大人になったあなたに会って来るよ」
絵の中の小さなサレオスに語りかけると、心は不思議と優しい気持ちで満ちていく。
(スカートの裾を蹴るようにして)
床すれすれの高さに調整されたドレスの裾を踏まないように、ヴィネアから教わった歩き方でゆっくり進んで扉を開ける。外では衛兵二人が春菜を待っていた。てっきり声を掛けて立ち去ったと思っていたので狼狽する。
「ご、ごめんなさい。待っていてくれるなんて思ってなくって」
「今日は大勢の方が城内にお越しです。謁見式の会場までエスコートするようにとバルバス様より仰せつかっています」
「あ、ああ、そうでしたか。お勤めご苦労様です……?」
いつもなら城内の警備中は決して感情を表さない衛兵。しかし、先ほど春菜の姿を一目みてから視線を逸らして、どこか態度もがよそよそしい。さっきまで大泣きしていただけに、なにかやらかしてないかと心配になる。
「な、なんか私変ですかね?お化粧はちゃんと直したんだけど」
「いえ、決してそのようなことは……」
どうにも歯切れが悪い衛兵たち。一人ならまだしも、二人ともだ。
「教えてください。恥ずかしいけど、こういうドレスを着るのは初めなんです。粗相があってはサレオスさんに申し訳がありません」
今日は舞台装置に過ぎないとは言え、明確な役割を持たされている。下手をすればサレオスにも恥をかかせかねない。春菜が懇願するように訴えると、衛兵は一度目を閉じてからばつが悪そうに口にする。
「衛兵としてこのようなことを口にするのは、僭越であると承知しはしているのですが」
「はい。構いません、仰ってください」
「とてもお綺麗でいらっしゃいます」
「へ?」
二人の衛兵は同時に顔を背けた。春菜は全身に血が駆け巡るのを感じる。
「あ、ああ、ありがとうございます!まさかそうこられるとは思いませんでした。い、行きましょうか」
照れるやら恥ずかしいやら、衛兵を置いてさっさと歩き始める。慌てた衛兵は小走りで春菜の前後を挟み込み、守るようにして進んでいく。しばらくすると、後ろの衛兵がなんとも申し訳なさそうに囁いた。
「あの、先ほどのことはバルバス様にはどうか内密に」
「あ、あたり前じゃないですか!絶対言いません」
褒められて舞い上がってますと宣言して歩くようなものだ。言える訳がない。
一階に下りると衛兵は大広間の正面入り口には向かわず、脇に平行する小さな通路を歩いて行く。開け放たれていた正面入り口からは、広間内の喧騒が廊下を伝わり春菜にも聞こえた。
「今日はどれくらいの人が集まってるんですか?」
「国内の貴族全員が召致されています。およそ500人はいるでしょう」
「はー、凄い数。貴族ってそんなにいるんだ。イスラって大きな国なんですね」
「皆さん奥様やご子息などもお連れしていますから。外に待たせてある従者を含めれば、その一〇倍はいくと思われます」
「5千人!つい最近まで10人くらいしかいなかった魔王城に、そんなに人が集まってるんだ」
それだけの人を呼び付ける力がサレオスにはある。今までは漠然として実感することの出来なかった、魔王としての存在感を春菜は感じていた。
「こちらからお入りください。後は中の者がご案内します」
衛兵が扉を開けた瞬間、喧騒が風圧のように春菜の体を押し付ける。
人、人、人。大勢の貴族が広間には集まっていた。
男の人は襟の立ったコートを着込み、女の人は鮮やかな色のドレスを身に纏っている。きらびやかな刺繍、極彩色の羽飾り、宝石を嵌めこんだステッキ、誰もが身なりにお金を掛けていた。
広間の光景を目にして最初に頭に浮かんだことは――
(……これは明日の掃除が大変そうだ!)
――仕事のことだった。
(この人たちって全員魔人でしょ?イスラって、やっぱり魔人の国なんだな)
遠目には分からないけれど、近くにいる人をよく見れば瞳が薄らと光っている。
「お嬢様、こちらへどうぞ。ご案内します」
春菜の前に衛兵が現れ、奥に作られた一段高い場所へと春菜を案内する。
広間の中央は正面入り口から真っ直ぐに赤いカーペットが引かれ、金色に輝く玉座へと続いている。集まった人々はカーペットを踏まないように、二手に分かれて並んでいた。
(うぅ、周りからの視線を感じる)
玉座の周りに侍るのは本来なら国家の重鎮や、王の親族だろう。雛壇を歩く見慣れぬ春菜は好奇の対象だ。
衛兵にエスコートされながら玉座のある方傍らへ進んで行く。春菜は玉座から少し離れた場所に貴族達と正対する形で立った。既に四職の4人も同じように玉座の両側に並んでいる。
「遅かったじゃないのよ。何してたの?」
「アハハ、ちょっとお化粧を直してまして」
隣に立つヴィネアが怪訝そうに尋ねた。確か正装に着替えると言っていたこえれど、今日の服装はいつにも増して派手さが目立つ。まるで南国にいるオウムみたいだ。
春菜の入場を待っていたかのように、グシオンが前に進み出る。
大広間の喧騒が一斉に止んだ。
「これより謁見式を執り行う。国王陛下のご入場である!」
その言葉を合図に、カーペットの両脇に並んだ貴族達が一斉に頭を垂れた。大広間の入口からは、逆光を背にしたサレオスが現れる。
銀糸の緻密な刺繍が施された黒いコートを着込み、裏地が白い毛皮の黒いマントを羽織っている。
先程の喧騒が嘘のように静まり返った空間の中、真紅のカーペットに小さな靴音を立てながら玉座へとゆっくり歩いて行く。
(カッコいい……すごく綺麗で)
冷たい切れ長の目は真っ直ぐに前を見据え、結ばれた口元に怜悧さが浮かんで見える。威厳と美しさを湛えた魔王サレオスは、周りの空気すら換えて見せるほどの絶対的な存在感を発していた。
頭を下げて未だ王の姿を見ることが許されない貴族を余所に、春菜は自分だけに許された特権のようにその姿を見つめ続ける。やがてサレオスは玉座の位置まで来ると、春菜に視線を送りわずかに口元を緩めた。
(私を見て笑ってくれたの?)
このドレスはただの衣装ではない。ルクレツィアが着ていた意味のある特別な服だ。サレオスはこれを見てどんなことを考えたのだろう。春菜は絵画の中の幼い少年を想い、ドレスの胸元にそっと手を当てた。
サレオスは玉座を背にして雛壇から貴族を睥睨する。
「面を上げよ!」
グシオンの声で貴族達が顔を上げると、サレオスは口を開く。
「余がイスラ国王、サレオス・フォンである」
静かな声にも関わらず、静まり返った大広間にはこだますして聞こえた。
サレオスは名乗りを上げると、玉座に腰を下ろした。その瞬間に静寂の中から盛大な拍手が沸き起こる。その音は耳に痛いくらいに大広間に響き渡り、いつまでも止むことがなかった。
忠誠を試すように鳴り続ける拍手を制したのはサレオスの右手だった。魔王が玉座で手を翳すと、再び辺りは静まり返る。
作品タイトルを以下のように変更いたします。
お手数をおかけします。
魔王城でお仕事 ~異世界に召喚された清掃業の女子~




