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22・イチジクの木を守れ、フェアリー達の防衛作戦


 我が家の庭にはイチジクの木がある。

 この家を買うと決めたのも、庭が広くこのイチジクの木がなかなかに立派で、森に半分溶け込みそうな家屋が素敵に見えたからだ。

 古いボロ屋だが広く、子供の頃にこんな廃屋を見つけたならば間違いなく秘密基地にして遊んだことだろう。

 古いため家は安かったのだが、リフォームにはかなりの金がかかった。

 オール電化というのも、ここにはガスは無いというだけのこと。昔はあっても人が少なくなり無くなっていったようだ。さらには水道も無い。

 地下水を電動ポンプで組み上げている。

 なので東京で暮らしていた頃と比べて、ガスに水道の料金がかからないため生活費も安くつく。年金暮らしにはなかなか都合が良い。

 そして庭のイチジクの木は、水やり以外にさして世話もしていないのに、毎年美味しい実を赤く実らせてくれる。

 店で売られているものよりは小さくとも、独特の甘さを味あわせてくれる。ただ、白い樹液に触れると痒くなるところだけ、気をつける必要があるが。

 この庭のイチジクが実をつけると、夏が近づいたのだな、と感じるようになった。


〈うっぎー!!〉

 その庭のイチジクの木の前で、ヒメが怒っている。怒り心頭という感じで髪を振り乱し、イチジクの木の回りをヒュンヒュンとデタラメな軌道で飛び回り、

〈あぎゃー!!〉

 とか、叫んでいる。両手で髪をかきむしったり、握った拳を振り回して、狂乱というのはこのことだろうか。

 イチジクの木のあっちこっちと飛び回り、被害の検分をしている。

「あー、ヒメ? 悔しいのは解ったから、少し落ち着いてはどうか?」

 振り向いたヒメの顔は泣きそう、いや、泣いていた。


 農薬を嫌うヒメの為に庭の植物には一切農薬や肥料の類いは使っていない。それもあってこの庭のイチジクの実は鳥や虫にも人気があるようだ。

 自然に実る甘いイチジクの誘惑に誘われて来るのはフェアリーだけでは無い。

 ヒメが熟するのを待って楽しみにしていたイチジクの実は、昼間のうちに鳥に啄まれたようで無惨な姿を晒している。食べられた跡の大きさから見るとカラスだろうか。

 なかなかに目の利くカラスのようで、これはそろそろ食べ頃か、という熟れた実を狙って食べているようだ。未熟なものには手を出してはいない。

 カラスにしてはかなりのグルメと見た。

 ヒメがイチジクの木の機嫌を伺い、『この実は明日食べよう、うふふ、楽しみー』とニヤニヤして熟すのを待っていたものを、たぶんそんな感じで目をつけていた実を、先に横から奪われてしまった。

 夜行性のヒメが寝ている間、昼間のうちにイチジクを食べられてしまったのだ。


 ヒメ、おおいに嘆く。怒りは冷めやらず滅茶苦茶にヒュンヒュンと飛び回ったあとに、

〈あぁあああああーん〉

 私の髭にしがみついて泣き出した。涙をポロポロ溢して、まるで世界の終わりのように。この世には神も仏もいないのか、と叫ぶかのように。

 ……そんなにイチジクを楽しみにしていたのか。


 悲嘆に暮れるヒメの頭をそっと撫でて慰める。

「ヒメ、イチジクの実はまだ全滅した訳では無いよ」

 私は無事に残っている小さなイチジクの実を指差して教える。

 イチジクの木は一斉に実がなるものでは無い。1日に1個ずつ実が熟する様から一熟、イチジクと呼ばれるようになった、という説もある。そのために1度にまとめて収穫して出荷するのに向いていない作物でもある。

 現代のマーケット事情とは相性が悪い個性的なところが、イチジクの魅力でもある。

「まだイチジクの旬は終わってないのだから、そんなに嘆くことは無いよ」


 このイチジクの木になる実は、私がここに住む頃は小さかった。

 それがヒメが我が家に来てからは、年々、その実が大きくなるようになった。どうやらこの木は、この家にヒメが住むようになってから元気になり、やる気を出すようになったらしい。

 その結果、今年はついにその実の出来の良さは無法者に目をつけられてしまったようだ。

「さて、どう対策をするか」

 私が呟くとヒメはクッと顔をあげる。泣き止んだヒメの瞳には決意の炎が揺らめいていた。


 その晩、ヒメは森に行きなかなか帰って来なかった。明け方まで遊んで来るのだろうと、私は先に寝ることにした。

 夜明け前に帰ってきたヒメに私は起こされたのだが、

「えぇと、ヒメ?」

 私の寝室には、ヒメを含めて6人のフェアリーがいた。白金さんと青茶さん以外のフェアリーがうちに来るのは久しぶりだ。

 いつもなら私が寝ていたのであれば、起こさないようにこっそりとバスケットの寝床に潜るヒメが、わざわざ私を起こす。

 どうやら白金さんと青茶さん以外のフェアリーに私と挨拶して欲しいようだ。

 と、言っても初めてという気はしない。我が家に妖精の酒の入ったクルミを持ってきたときのフェアリーだろう。

 黒髪のフェアリーはあのときクルミに見事な踵落としを決めていた子だ。他の子もハロウィンの祭りの前に会った憶えがある。

 歳をとっても私はまだボケてはいない。フェアリーに関することのみ、記憶力は若い者には負けん。


 青茶さんと白金さんはもう、うちに慣れていて他の3人に何か話をしている。3人のフェアリーは1度この家で、月蝕の後の酒宴を一緒にしているのだが、まだ私を少し警戒しているのか、それとも緊張しているのか、落ち着かない様子。

 見ると全員、フェアリーの腕の長さくらいの吹き矢を手に持っている。

 ヒメが手に持っている吹き矢を掲げて、

〈おー!〉

 と叫ぶと他のフェアリー達も吹き矢を掲げて、おー、と唱和する。何人かは眠そうだが。

 そしてこの日からフェアリーの6人小隊による、『イチジクの木防衛作戦』が開始された。


 6人のフェアリーは3人ずつに別れて、2つの班で交代で昼間に庭の防衛をすることにしたようだ。

 夜行性のフェアリーが昼間に起きてるのはつらそうだが、敵は昼間にイチジクを狙うことは解っている。

 1班はヒメが班長で2班は白金さんが班長。交代で縁側に見張りに立つことになった。私は昼間にフェアリーが縁側で見張りをしやすくするために、見張り小屋を作った。

 見張り小屋といっても木箱を横にして中にバスタオルを敷いただけのもの。ひとりが縁側に歩哨に立つ間、残りのふたりが日陰で休めるように。


 フェアリーが持つ長い吹き矢には見覚えがある。ヒメが狩りごっこで使っていたものだ。

 獲物を捕らえる狩りでは無く、狩りのような遊びなので狩りごっこというところだろう。

 ヒメと白金さんと青茶さんで、この吹き矢でコウモリを追い回していたのを見たことがある。

 この吹き矢、飛ばす矢は先が尖っておらず刺さらない。当たるとどのくらい痛いのかは解らないが、人であれば鈍いと射たれても気がつかない程度だろう。触ってみると小さな矢は先が丸くなっている。

 逃げ惑うコウモリを翔んで追いかけてこの吹き矢で射っていた。飛んで逃げるコウモリに当てた回数が1番多いのが勝ちらしい。

 他にもネズミやヘビをこの吹き矢で追い回して遊んでいた。フェアリーに追いかけられて、この吹き矢をペチペチ射たれる方にしては、たまったものでは無いのだろうが、フェアリーはこういう遊びも好きらしい。

 狩りは高貴な趣味のひとつという時代もあったか。そうなるとキャッチアンドリリースでは無いが、無駄に獲物の命を狩ることの無い狩りごっこは、貴族的な高尚な趣味と言えるかもしれない。

 ただ、今回はフェアリーはこの吹き矢でカラスを追い払うつもりのようだ。


 昼間に眠そうな目を擦り歩哨に立つフェアリー。こっくりこっくりとし始めたら、眠気覚ましに濃いめのタンポポコーヒーを淹れたり、ナズナの葉巻を差し出すことに。

 ヒメの班はヒメの他には青茶さん。そして今、縁側に立つのは赤い髪のフェアリー。その羽根は背中側が黒く、腹側は鮮やかな青色という2色の羽根。

「吸うかい?」

 と、ナズナの葉巻を渡してみると、うむ、という感じで頷き、手にとった葉巻の両端をワイルドに噛み千切ると、指をパチンと鳴らして火をつける。

 いつ来るか解らぬ敵を待ち構えて、気だるげに葉巻をくわえる彼女は、なにやら歴戦の傭兵のような雰囲気を醸している。

 吹き矢を杖のように立て左手をその武器に、右手の親指と人差し指で葉巻を持つ。プカリと物憂げに煙を吹かす様は、セリフをつけるなら、『もう、戦いには飽きたのサ……』という感じだろうか。

 単に眠いだけなのかもしれないが。

 

「カラスが来たよ」

 と、教えてあげるとワタワタとするので、携帯灰皿を蓋を開けて差し出す。そこに葉巻を落とすのを見てから私はイチジクの木を指差す。

「私がふたりを起こすから、先にカラスの方を」

 私の意図が伝わったようで、気を取り直した赤い髪のフェアリーはこっくりと頷いて、吹き矢を手にカラスに向かって翔んで行く。

 あの赤い髪のフェアリーは黙って立っていると姉御のようなんだが、いや、夜行性のフェアリーが、がんばって昼間に起きているのでボンヤリして見えるだけかもしれない。

 私は縁側の木箱、見張り小屋の屋根を手のひらでポン! と叩く。

〈みょが?〉

〈んなぁ?〉

 木箱の見張り小屋の中で寝てたヒメと青茶さんがビックリして飛び起きる。

「カラスが来たよ」

 と、教えるとふたりとも気合いを入れて吹き矢を手に立ち上がり、先行した赤い髪のフェアリーの援護に翔ぶ。

 ゲアー、ゲアー、と鳴くカラスを3人のフェアリーが囲んで翔びながら吹き矢を当てる。カラスは驚いているようだ。フェアリーに向かい何度か威嚇するように鳴くが、ピスピスと吹き矢をいろんな方向から当てられて、これはたまらないとイチジクの木から飛び、逃げていった。

 ヒメ達はイチジクの木の枝に立ち、逃げていくカラスを見上げて、手を上げて勝鬨を高く上げている。先ずは第1回防衛戦は勝利。

 ちなみにこのとき2班の白金さん達は、寝室にあるヒメの寝床のバスケットで寝ている。


 ふたつの班が交代で見張りをする間、見ているとカラスの方の動きも見えてくる。どうやら朝方に来ることが多い。昼から夕方にかけては何処に行っているのか解らないが、あまりこちらに来ない。

 このことからカラスの襲来のある朝方には、フェアリー6人全員で防衛に立ち、その後、交代で監視する体制に変わった。

 カラスの方は1羽、2羽という数でおやつでも食べようと私の庭に来たら、フェアリーに吹き矢で追われて驚いて逃げる。

 こういった日々を1週間ほど過ごしたある日、カラスの方がついに怒ったのか、本気になったのか、10羽を越える群れが襲来した。

 フェアリー6人は果敢に立ち向かい、空を翔び吹き矢をピスピスと射つ。だが、流石に相手の方が数が多く、苦戦している。

 私はいざというときの為に用意しておいたゴムボールを握るが、飛び回るフェアリーに当たらないように投げるのは難しいので、投げるのを躊躇う。

 ヒッチコックの鳥ほどでは無いが、10羽を越える黒いカラスの群れが集団で襲いかかってくるという光景は、なかなかに恐ろしいものがある。

 私はポケットに隠していたクラッカーを手に取る。いざというときの為の最後の手段。ヒメ達も驚かせてしまうが、誰かがケガでもしようものなら、これを使うしかなかろう。

 今のところカラスの嘴や鉤爪にやられるようなフェアリーはいない。ヒラリヒラリと避けては吹き矢を口にくわえてカラスを射つ。

 カラスの方も今日は気合いが入っているのか、少し射たれたくらいでは怯まずに、ゲアァ、ゲアァ、と威嚇してはフェアリーに襲いかかる。

 多勢に無勢、ついに守り続けたイチジクの実をカラスが啄もうとしたとき、


 ポン!


 と、音がして白い靄がカラスの顔を覆う。そのカラスは地面に落ちそうになるが、なんとか体勢を立て直して地面に着陸する。

 私はクラッカーの紐に手をかけてはいるが、まだ引いてはいない。

 次々にポン、ポン、と音がして白い靄がカラスを襲う。

 白金さんの吹き矢がボンヤリと光っている。白金さんが吹き矢を吹くと、撃たれたカラスの顔にポン、と白い靄が現れる。どうやら白金さんの魔法、というか秘密兵器らしい。

 白い靄に包まれたカラスは驚いて慌てて逃げる。地面に下りてケッ、ケッ、と咳き込んでいるのもいる。

 この謎の白い靄攻撃についにイチジクの実を諦めたようで、カラス達は逃げ出した。逃げるカラスをフェアリー達は追いかけてまだ吹き矢を射っている。

 カラスの方は何羽かヨタヨタと飛び方がおかしい。少しばかりカラスが可哀想になったが、知らなかったとはいえ手を出してはならないものに触れてしまったのだから、仕方あるまい。

 白金さんはイチジクの木のてっぺんに立ち腕を組む。飛び去るカラスを見ながら、また、つまらぬものを射ってしまった、という顔をしている。

 ヒメ達他のフェアリーはイチジクの木をクルクルと回りながら翔び、勝利の歌だろうか、誇らしげに高く歌を歌っている。

 この日を最後に、カラスは我が家のイチジクを諦めた。

 カラスは頭のいい鳥というが、このイチジクを狙えばどんな目に合うか、その身で味わったのだし。それだけあの白い靄がカラスにとってはかなり嫌なものだったのか。


 『イチジクの木防衛作戦』は10日で終わった。その成果は今、我が家の居間のテーブルの上にある。

 先が赤く熟れて割れそうになったイチジクの実が積まれている。それを囲んで見ている6人のフェアリー。

 ヒメは口の端からよだれが出ていて、指でつついて教えると、慌てて手の甲で口をコシコシする。

 『イチジクの木防衛作戦』の成功を祝い、果実酒のビンを開けて、みんなが持つ小さな木のコップに果実酒を注ぐ。

 隊長のヒメがこの戦いを振り返り、みんなを労うような話をして、桜貝の杯を掲げて乾杯の音頭をとる。

 1杯飲んだあとは6人のフェアリーがイチジクの実に群がって、あむあむあむ、と食べ始める。私が手で割って中身をフェアリーが食べやすいようにする。

 イチジクを美味しそうに食べるヒメ達を見ると、私もこれまでの疲れが飛ぶ。癒される。

 黒髪と白髪のフェアリーも私に慣れたようで、イチジクを割ると私の手に持つイチジクに顔を埋めるようにして食べたりする。

〈んまー〉

〈むふー〉

 満足そうなあどけない笑顔を見せてくれる。


 思い返せば、縁側に見張り小屋を作ったり。フェアリーが増えたので寝床になる新しいバスケットをもうひとつ用意したり。なぜかみんなヒメの寝床を使い、新しいバスケットは人気が無かったので必要無かったかもしれないが。

 いつも汲んでくる湧き水も、木の小樽をひとつからふたつに増やして運んできた。私が運べる量で足りて助かった。

 陶器のトイレも新しくひとつ作った。

 昼間に見張りをするフェアリーがこっくりこっくりしだしたら突っついて起こし。

 眠気覚ましにタンポポコーヒーを淹れたり、ハーブティーを淹れたり。

 乾燥させたナズナの花をヨモギで巻いて、葉巻も新しく作りおきして。

 お風呂に入りたいとなれば、お湯を沸かして入浴の準備をする。湯上がりには身体を拭いて、髪と羽根にオイルを塗る。

 使わなかったが念の為にと、ゴムボールにクラッカーも準備して。

 昼夜逆転して調子の悪くなる子には、薬酒を飲ませて私の手のひらで休ませた。

 ……この『イチジクの木防衛作戦』で、1番(せわ)しかったのは私ではなかったか?


〈セイー、あー〉

 ヒメが綺麗に皮を剥いたイチジクを持って翔んでくる。食べさせてくれるようで、口を開けると私の口にそっと入れてくる。

 ヒメの顔は満面の笑顔だ。みんなで甘いイチジクを食べるのが嬉しい様子。

 テーブルの上はフェアリー達のイチジクパーティ。自分達で守った果実の味わいに喜んでいる。

 まぁ、いいか。

 ヒメの喜ぶ姿こそが私にとっては最高の報酬だ。



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