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21・月下の武芸者、祖父から教わった棒術


 夜、家の外の庭に二人の戦士がいる。

 ひとりはヒメ、上はセンブリの花弁でできた肘まで袖のある白いカーディガン。白い服に薄紫のラインが斜めに入っている。

 下はラナンキュラスの赤紫のキュロット。しかし、キュロットというには少し裾が長いか。短くした袴のようでもある。

 マジメな顔で私の作った木の薙刀。ヒメの練習用に作った小さな木の薙刀を構えて、庭の石の上に雄々しく立っている。

 月下の薙刀使い。さらりと流した銀の髪が柔らかく輝く。いつもよりもキリッとしていてカッコいい。こういう1面もあるのか、とヒメの凛々しき女戦士の如くという新たな魅力を発見する。

 ヒメの薙刀捌きがなかなかのものなのでどこで憶えたのか、と疑問に感じていたが、どうやら白金さんに青茶さんが師匠だったようだ。


 対峙しているのは白金さん。こちらは薄く微笑み、指導者らしい風格で佇んで、ヒメの構えを見ている。

 白金さんはシソでできた緑のドレス。赤くなる前に摘んだ瑞々しい緑の葉を重ねて着こなしている。こちらも私の作った木の薙刀を持ち、下段に構えてヒメがかかってくるのを待ち構えている。


 ヒメは以前の(いくさ)ごっこのとき早々に負けて離脱したのが悔しかったのか、たまにこうして練習している、というか、これも遊びのひとつのようだ。

 ちなみに青茶さんは私の肩に乗り、タンポポコーヒーを飲みながらふたりを見ている。

 青茶さんはミズアオイの青色のシンプルなドレス。青茶さんはシックなものが好みのようだ。腰の後ろにリンドウの花弁で飾りがついていて、右足側に深くスリットが入っているところが大人っぽい。


 私は縁側に座り、コーヒーを飲みながら庭のヒメの稽古を見物している。

〈たぁ!〉

 ヒメが一声かけて、赤い蝶の羽根をはためかせて白金さんに打ちかかる。白金さんはヒメの薙刀を軽くカンカンと打ち返す。

 ヒメが(いくさ)ごっこに使ってたのは両端に刃のあるクワガタの薙刀、というか長巻きのようなもの。

 長柄の武器が趣味なのか性に合っているのか。それでも槍では無くて薙刀のように刃があるものが良いらしい。

 今のところヒメが剣を使ってるのは見たことが無い。

 今も練習しているのは自分の身長より長い薙刀だ。

 対する白金さんもヒメと同じ長さの木の薙刀。前に見たときは銀の細いレイピアの二刀流だったが、どうやら白金さんはなんでもいけるクチらしい。

 (いくさ)ごっこのときは甲冑の両肩からカブトムシの角が出ていたから、長物は止めておいたということだろうか。あの甲冑で長柄の得物を振り回すと、肩のカブトムシの角に当たりそうだし。


 青茶さんは左手に盾、右手に剣という組み合わせを好んでいる。ヒメと練習するときは盾を使わずに両手持ちの刀を使ったりもする。

 見たところ実力としては、白金さんが抜きん出て強い。これぞ達人という風格。青茶さんは白金さんに勝てないまでも、かなりのもの。師匠の相手が務まる一番弟子というところか。

 戦ごっこのときは黒の軍では大将以外で、白金さんと数合打ち合っていられたのは青茶さんだけだったか。

 そしてヒメは、この中ではまだまだというところ。とはいえ、この二人に比べればというものであり、薙刀の扱いに足捌きはかなりのものに見える。だからこそこうして練習しているのだろう。

 白金さんと青茶さんがヒメに教えているのは、どうやらヒメが強くなって一緒にチャンバラごっこを楽しみたいから、なのでは無かろうか。


 戦ごっこの時の白金さんの動きは、武術の達人と呼ぶに相応しいものだった。今もゆらりと舞うように踊るように動きながら、ヒメの打ち込みを軽くいなしている。

 私の祖父の知り合いで、かつて剣術を身に付けた者が日舞の師の踊りを見て、冷や汗を溢して『恐ろしい』と、呟いた話がある。これは私が私の祖父に聞いた話であるが。

 踊りも武術も己の身体を操る技術を追究するものであり、その剣術士は日舞の師の踊りのあまりの隙の無さに恐れを感じたという。

 なんでもその日舞の師はどれだけ踊っても足袋の裏が汚れなかったという。同じくらい動いた弟子の足袋の裏が黒く汚れても、師の足袋の裏は白いままだったと。

 祖父がそのことについて質問すると、日舞の師は、

『私は地面を踏んで歩いてはいないもの』

 と、しれっと答えたという。

 斬って斬らず、歩いて歩かず、抜いて抜かず、振って振らず、とは武術の極みの格言であるが、その日舞の師はその高みに到達していたのだろう。祖父にはなかなか変わった知り合いがいた。


 踊りの好きなフェアリーもまた、同じものを追究しているのではないか。ただ、庭で稽古しているヒメ達を見ると、武術も踊りも身体を動かすのは同じようなもの、と楽しみながらその極みを追究しているように感じる。

 底が知れないというか、遊びに本気というか。

 ヒメの方は果敢に元気に何度も挑んでいるが、その度に白金さんに弾かれ、捌かれては、アドバイスされている。

 あの戦ごっこはフェアリーには遊びのうちなのだろうが、その遊びをより楽しむために、こうしてマジメに本格的に練習しているとは。

 フェアリーは遊戯に妥協はしないらしい。


 フェアリーがこうして闘いの為の練習をしても、フェアリーが何かと闘うことは無いとは思うのだが。

 それともフェアリーにはこうして武芸を磨く必要があるのだろうか。フェアリーの世界では戦う相手がいるのだろうか。だが戦うとなればフェアリーには魔法があるのだろうし。

 それとも、かつてフェアリーが闘っていた時代が過去にあったのかもしれない。その時の技術が、今は遊びの中で受け継がれている、というものかもしれない。


 ヒメは白金さんの左側へと回り込みながら、足元を狙い薙ぎ払う。白金さんは左足をヒョイと上げながらヒメの薙刀を受けて、クルリと優雅に巻き込んで上に跳ね上げる。

 ヒメが振り回された薙刀につられてバンザイしたところで、その胸の先にピタリと白金さんの薙刀が寸止めで突けられる。ヒメは顎を上げて仰け反った体勢で動きが止まる。

〈んーむぅ、〉

 ちょっと悔しそうだ。


 白金さんがヒメに教えながら、薙刀の先をクルリと回す。今の巻き上げのコツを教えているようで、ヒメはウンウンと頷きながら白金さんの真似をして薙刀の先を回している。

 私が見入っていると頬をペチペチされる。肩に座る青茶さんを見ると、空の木のコップを差し出してくるので、タンポポコーヒーのお代わりを淹れて青茶さんのカップに注ぐ。

 このところ白金さんも青茶さんもすっかり私に遠慮しなくなった。私はそれを楽しみ、フェアリーが気安く相手をしてくれることを喜んでいる。

 もしも私に孫娘がいたならば、こんな感じなのであろうか? 今の状態を真鈴愛(まりあ)さんに話すと、また焼きもちを焼かれてしまうかもしれない。


 白金さんが私の膝の上に座ると、今度は青茶さんが両手持ちの木剣を手にとってヒメの前に立つ。こんな感じで白金さんと青茶さんはヒメにいろいろと教えている。

 私は白金さんの手にタンポポコーヒーを淹れたカップを持たせると、白金さんはニッコリ笑う。

〈てやー、〉

 ヒメと青茶さんが剣と薙刀を打ち合わせて、青茶さんは剣の間合いに入ろうと攻めて、ヒメは薙刀の間合いの内に入れないように牽制をかける。

「フェアリーは武芸も達者なのだね」

 私が白金さんに言うと、胡座をかいて座る私の膝に足を組んで腰掛ける白金さんは、フフン、と自慢気だ。白い羽根をユラユラと揺らしている。

 赤い蝶の羽根と青い蝶の羽根を持つ、月下の武芸者ふたりの剣劇を眺めつつ、私はコーヒーを飲む。

 私の庭に3人の剣士がいる。昔の時代劇に3人組の主人公が悪を斬る、というものがあったが、この3人でやってくれないだろうか。

 青茶さんはヒメの薙刀を剣で抑え込みながら、フワリと宙を舞いヒメの薙刀の上に片膝立てて乗るという離れ業を披露する。

 私と白金さんでパチパチと拍手する。


 翌日の午後、まだヒメも白金さんも青茶さんも起きてはこない。その間に私は棒を持ち出して素振りをする。

 ヒメ達に触発された、というのもあるが祖父のことを思い出したからでもある。

 腰の高さに水平に棒を構え、両足を揃えながら右手を頭上に。

 腰を開き左手を左腰につけながら、右手を擦らして棒を振り下ろす。

 祖父に習った子天狗流棒術の素振り。なんでも柳生の流派に連なるものらしい。右に左に、交互にゆるりと繰り返す。

 私が歳をとっても足腰はしゃんとして山歩きができるのは、この祖父に教えられた子天狗流棒術のおかげなのだろう。


 筋肉というのは歳をとると衰える。だが身体の全ての筋肉が同じように衰えては、歳を重ねるとすぐに歩けなくなる。

 人の筋肉とは皮膚に近い外側の筋肉ほど、鍛えやすいが衰えやすい。骨に近い内側の筋肉ほど、鍛え難いが1度鍛えると衰えにくい。

 古流の武術で枯れ木のような年寄りが若者を次々に投げ飛ばすというのも、この芯に近い筋肉の重要性と鍛え方を知っていたからだ。

 

 だが、祖父はこれからの時代に武術では食っていけないだろうと、人に教えることはしなかった。祖父を慕った孫の私が、祖父に憧れてねだって教えてもらった。

 それでも知っているのは基本の型と素振り程度。裏の型も奥伝も知らない。

 世界大戦のとき、祖父は己を狙う米兵の殺気に気づき、ライフルで自分を狙う米兵の手を棒手裏剣で貫き九死に一生を得た、と、子供のように自慢して語っていた。

 私はそんな祖父のようになりたくて、棒術に手裏剣術を教えてもらった。父や母は祖父と私を会わせないようにしていたが。

 反戦を躾られた両親にとっては、祖父の戦場の自慢話を私に聞かせたく無かったのだろう。


 我が家に伝わっていたという子天狗流棒術は、祖父の死と共に喪われた。

 昔から伝わる古流の武術も、時代の変化と共に無くなっていく。

 それが今になって、スポーツの世界ではハムストリングだ腸腰筋だと言われるようになった。

 そこを鍛える術理は古流の武術の中にあったのに、喪われてからその部位の重要性に気がつくというのは皮肉なものだ。

 こうして現代の人は自分の身体を忘れていく。

 私が東京で暮らしていたときには、街には歩き方の不器用な人が多かった。身体に痛そうな歩き方をして、そのことに気がついていない人がいた。

 自分の身体の操作よりも、自動車の操縦の方が上手い人や、パソコンの操作の方が上手い人ばかりで、自分の身体の操縦が下手だということを知らない人ばかりだった。

 自分の身体の健康には気を使っても、立ち方や歩き方には気を使わないのが、どうやら当たり前のことらしい。


 今も私が山歩きが苦にならないのは、祖父がこれからの時代には必要無いだろうと言った、子天狗流棒術の術理のおかげなのだろう。

 振り下ろしの素振り、振り上げの素振り、横薙の素振りと一通り済ませて、水でも飲むかと振り返る。

 縁側にはいつの間にか、ヒメと白金さんと青茶さんがいた。3人ともいつから見ていたのか。何やら感心したような顔で私を見上げている。

「私のは祖父の見様見真似で、たいしたものでは無いよ」

 タオルで額の汗を拭き縁側に座り水を飲む。

 何やらヒメの視線が、見直したぞ、という感じで照れくさい。

「3人とも起きたのなら、散歩に行こうか。森で何か食べるものを探しに」

 言うと3人ともフワリと翔び立つ。羽根をはためかせて宙に浮く。


 山に住み、羽根を持つ者。


 かつて、源義経が幼少の頃、山で天狗に剣術を教わったという。それにあやかってか、古流の剣術の中には山で天狗に秘伝を教わった、とか、山奥で鬼に剣を習った、という流派がある。

 私が祖父から習ったもの。子天狗流棒術。

 子天狗。

 山に住む、あやかし、羽持ち空を飛ぶ。

 まさか、いや、もしかして。

〈セイー?〉

 物思いにふける私をヒメが不思議そうに見る。

「あ、あぁ、今行く」

 棒を縁側に置いて玄関に向かう。

 我が家に伝わっていた古流の棒術、その開祖は、はたして何処の何者から学んだのだろうか?

 祖父がいない今となっては、もはや知ることもできないことだが。


 山歩きの為のブーツを履いて杖を握る。

 空飛ぶ3人の武芸者の後を歩いて森に進む。



駒川改心流剣術、椿小天狗流棒術を参考にしました。

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