結末
ルーカスさんの屋敷に籠り始めて一週間が経った。そろそろ覚悟を決めて、俺は一人でマークに会いに行こうと思う。最悪マークに操られるかもしれないが、モーリスが殺されるよりはましだ。
俺は、モーリスには内緒で久しぶりに屋敷を出てパーティハウスへ向かった。
相変わらず街の人達の俺に対する視線は冷たい。犯人が捕まればこんな視線を向けられることも少なくなるのだろうが、今レジーナが黒幕だったと言っても、マークが捕まってしまうだろう。
あの効果が曖昧な魔導具だけでは、マークが思考誘導されていたという証拠には不十分だと思う。操られていただけのマークが捕まるのはあまりにも可哀想だ。
この屋敷も売りに出さないとな⋯。まぁ、俺が無事だったらの話だが。
パーティーハウスに着くと、俺は一度深呼吸をして屋敷の扉を開けた。
「おかえり、久しぶりだねクリスタ。」
「ただいま、ずっとここにいたのか?」
マークは以前と変わらぬ様子で話しかけてきた。俺はどう話を切り出そうかと思案している。
「うん、そうだよ。他に行くところもないしね。クリスタが帰ってこないから、僕独りで寂しかったよ。」
「悪かった⋯。」
いや、パーティは解散したのだから謝るのも何か違う気がする⋯。これからこの家も売りに出すなりしなくてはならない。マークも一人では維持できないだろう。
「で、どうしたの?何か僕に用があるんじゃないの?」
「あ、ああ。この家もどうにかしなきゃと思ってな。」
違うだろ!それもあるが今日はそんなことを言いに来たんじゃない。そう思うがうまく話を切り出せない。
「んー、僕この家なくなっちゃうと困るんだけどなぁ、宿は泊めてもらえないみたいだしね。」
「そうか⋯」
「クリスタはどこに泊まってたの?」
「俺は⋯知り合いの家に泊めてもらってた。」
モーリスがいるルーカスさんの家は絶対に教えられない。安全だとわかるまでは絶対に秘密だ。
「へー、クリスタ今この街で泊めてくれる知り合いなんていたんだー。随分親しい知り合いなんだね。」
「ああ、ちょっと縁があってな。」
「ふーん。」
マークは何か勘づいているようで、訝しげな視線を向けてくる。
「そ、そんなことよりマーク、話があるんだ!」
俺は緊張で勢いがつきすぎて、変に高い声が出てしまった。恥ずかしい!
「何?クリスタ、ふふ、そんなに顔を赤くして僕に告白でもしてくれるの?本当に可愛いね。」
そう言ってマークは愛おしそうに俺の頬を撫でた。急にそんなことをされると背筋がゾクッとする。
「や、やめろよ!そんなんじゃねー!」
「わかってるよ。きっと、僕が皆を殺したってこと気づいちゃったんでしょ?」
少し寂しそうに目を伏せて、マークは静かに問いかけた。
俺が気づいたことに気づかれてしまったか⋯
「ああ⋯、だけど大丈夫だ。俺の話を聞いてくれ。」
「何?黙っててくれるとでも言いたいの?」
「違う、そもそもマークは操られているだけなんだ。」
マークはいきなり操られていると言われて、呆気にとられた顔になる。
「クリスタは何を言ってるの?僕は魔術師だよ?精神操作系の魔術なら、かけられた時に気づくと思うよ。」
一般的な精神操作系魔術ならそうなのかもしれないが、思考誘導の魔導具の効果は、元からある感情を利用して誘導するもので、術をかけられた感覚も感じにくいのだろう。
「信じられないと思うが、本当のことなんだ。そういう魔導具があるんだよ!」
どうか操られていることを知って、元のマークに戻ってくれ!そう思いながらマークの肩を掴んですがるように訴えた。
「僕が操られてる?そんなわけないでしょ、全部自分の意思でやったことだよ。」
なんて言えば信じてもらえるだろうか⋯
俺が一から全部説明しようと考えた時、玄関の扉が開く音がした。
「クリスター、僕を置いてくなんてー、酷いよー。」
俺がいないことを知って、モーリスが追いかけてきたようだ。
「なんで来るんだモーリス!」
俺はモーリスに向かって怒鳴った。恐らくマークの思考誘導は解けていないし、俺らがマークが実行犯だと気づいてることに気づかれてしまった。一番最悪なタイミングだ。
「本当に君は邪魔だけど、今日はいいところに来たね。」
そう言うとマークはモーリスに向かって飛び込んだ。
俺が唖然としている間に、マークはモーリスの後ろに回り込み、首に刃を向けていた。ほんの一瞬のことだった。
「マーク?」
マークは魔術師じゃないのか?マークが持っていた魔術師用の杖は仕込み杖だったようで、今は杖の先が細い剣のようになっている。
そうか⋯こうやってドラムとサイモンを殺したわけか⋯。俺でも目で追うのがやっとの早業だった。
「ハハッ!驚いた?こうやってドラムも殺したんだよ。クリスタは目で追えちゃうだろうと思ってナイフを投げておいたけど、正解だったみたいだね。」
そう言ってマークは得意げに嘲笑した。
「僕はー、失敗しちゃったみたいだねー。やっぱりだめだったかー。」
こんな時でもモーリスはいつもの調子だ。お願いだからどうにかして逃げてほしい。
「マーク、モーリスを離してくれ⋯」
俺の声が震えた。どうやったらマークをとめられる?
「モーリス、君を最初に殺さなかったのが僕の一番の失敗だよ。君は勘が鋭いし、気配もすぐに察知しちゃうからね。見つからないように殺そうと思うと、中々殺せなかったんだ。でももうバレちゃったみたいだしいいよね。クリスタ、モーリスの最後だよ、よく見ていてあげてね。」
そう言うと笑顔を向けながら、クリスタに見せるようにしてモーリスの首を斬り落とした。
「モーリス!!」
一足で駆け寄ったが間に合わなかった。
俺は膝から崩れ落ちた。ただ目の前で転げ落ちたモーリスの首を見つめながら、思考が止まり、真っ暗な闇に沈んでゆく感覚がした。
「絶望してくれたかな、クリスタ?」
クリスタの顔を覗き込むようにしながら確認すると、少し困ったような顔を作り言葉を続けた。
「君の笑顔は可愛いから、本当は少し感情を残しておきたかったんだけどね、モーリスのせいで失敗しちゃったからさ。ごめんね。」
俺は何を言われているのか理解ができない。
崩れ落ちたままの俺の髪を数回撫でると、マークは俺の頭に手を添えたまま唱えた。
「生体人形」
何をされたんだ?
「ふふ、良かった!成功したみたいだね!」
何かわからないけどマークはとても嬉しそうだ。
「これでクリスタは僕だけの物だよ!やっと邪魔なやつらを全員殺せた。これでずっと一緒にいられるね!」
俺がマークの物?俺と二人きりになるためにみんなを殺した?マークはまた愛おしそうに俺の頬を撫で、俺と唇を重ねた。
やめろ!何故か俺の体は言う事を聞かず、マークにされるがままだ。
「僕はクリスタに初めて会った時から僕のお人形さんになってくれたらいいのになって思ってたんだよ。夢が叶って嬉しいよ。せっかくお人形さんになったんだから、その可愛くない服は着替えようね。」
そう言うとマークは部屋に戻り、俺は後ろをついて行く。
「はい、これに着替えてね。」
俺はマークに手渡された、女物のリボンのついたフリルのワンピースを受け取り、着替えを始めた。
「クリスタは強いから、精神が弱ってくれないと人形にできなかったんだ。本当は君がみんなを殺したと思い込んで絶望している時に、僕が優しくしてあげて、君には僕しかいないって思い込むように洗脳したかったんだけどな。やっぱり完全な人形にしちゃうのは勿体なかったよなぁ。」
返事もしていないのにマークは一人で俺に話しかけてにこにこしている。こんなマークは見たくない。
それからマークは言葉通り、俺と片時も離れずに過ごすようになった。ご飯を食べる時も、風呂に入る時も、寝る時も一緒だ。俺の体はマークに言われるがままについて行き、従う。俺は俺の目に映る状況をただ見ているだけしかできないただの人形だ。
そんな時を過ごしていると、次第に俺としての意識も失われていった。
◆◆◆◆◆
「お、起きたか!」
これは⋯ドラムの声だ、懐かしい。
「ねぇ、大丈夫?」
これはアリアだ。二人とも元気そうだ。
「ドラム、アリア、ここは?」
「何言ってんだ?お前の部屋だろ。」
二人とも不思議そうに首を傾げている。
たしかにパーティハウスの俺の部屋のようだがそんなはずはない。みんな死んだはずだ。
「俺、死んだんじゃないのか?」
アリアが心配そうに眉を顰め、俺の額に手を置く。
「熱はないみたいだけど⋯、記憶障害?昨日何があったか覚えてる?」
昨日と言われても⋯、俺の中での昨日はマークの人形をしていた。
「いや⋯今日って、何月何日だっけ?」
「今日は7月6日だよ、ねぇ、クリスタ大丈夫?」
7月6日ってことは、明日はマークの誕生日だ。だがやっぱり昨日は分からない。
「ごめん、昨日のことは思い出せない⋯。俺何してた?」
ドラムがじっと俺の目を覗き込んでくる。ドラムもいてアリアもいて、部屋の外からは他の皆の声も聞こえてくる。まるで事件が起きる前のようだ。
「おい、昨日は大蛇討伐で森に行っただろ?覚えてないのか?」
大蛇討伐⋯そういえば行ったな、丁度マークの誕生日の二日くらい前だった。ってことはもしかして今俺がいるのはその時なのか?
「思い出した。ドラムは飲み込まれそうになってたな。」
「あはは、そうそう、覚えてるじゃない。もー心配したでしょ!」
やっぱりそうか、けど⋯
「なんで俺は寝込んでたんだ?」
俺はこの日、寝込んだ記憶なんてない。
「そりゃお前、妖精になんかされたからだろ。」
「そうそう、クリスタの近くに妖精が飛んできたと思ったら、ピカッと光って寝ちゃったの。きっと悪戯されたんだね。」
「そうだったのか⋯」
そういえば、俺は人形にされていた間に気づいたことがあった。皆でお金を出し合ってマークの誕生日に渡したプレゼント、それが魔導具のペンダントだった。そのペンダントを買いに行ったのはレジーナで、思考誘導の魔導具の指輪と同じ色の魔石がついていた。きっとそのペンダントが指輪から指示を受け取る魔導具だったのだろう。
ここが事件が起きる前ならば、たとえここが夢だったとしてもあんな終わり方はしたくない。
マークの誕生日は明日、まだ間に合う。まずはマークにあのペンダントを着けさせないようにしなければならない。
今度は誰も殺させない!




