7話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』
刀を抜かない忠臣蔵です。
合法的な嫌がらせだけで、吉良邸を精神崩壊に追い込みます。
大目付は「ほほう」しか言いません。
御庭番は重要情報を漏らしますが誰も聞いていません。
謀略探偵は何でも「綱一坊一派の陰謀」と言います。
笑えます。たまに泣けます。最後は春が来ます。
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十一章 霜月
第七話 十一章総括
一、霜月、暮れゆく
霜月も、いよいよ終わりに近づいていた。冷たい風は日に日に勢いを増し、竪川の水面にも薄氷が張り始めている。本所も鉄砲洲も、同じ冬を迎えながら、その内側ではまるで違う季節が進んでいた。
二、吉良邸、静かな異変
「殿、本日の御用向き、こちらに」
一学が差し出した書付を、吉良はしばし見つめたまま、手に取ろうとしなかった。
「殿?」
「ああ……うむ、すまぬ。何の話であったか」
近頃、こうした間が増えていた。一つ一つは些細なことであった。だが、積み重なれば、もはや見過ごせぬものになりつつあった。
三、一学、殿の様子に気づく
「殿、近頃、少しお疲れのご様子。どうかご無理を……」
「儂が、疲れておる、と申すか」
吉良は、いつもの調子で笑おうとしたが、その声には、やはり力がなかった。一学は、それ以上何も言えなかった。ダンボの耳が、今ばかりは何も拾いたくないとでも言うように、少し垂れていた。
四、盲之助、懐の重み
廊下の片隅では、盲之助が懐をさすりながら、独りごちていた。
「綱一坊一派、よくぞこれだけの数を……」
懐の中には、もはや数えるのも億劫なほどの紙束が溜まっている。歩くたびにかさりと音がするのが、近頃の彼の密かな悩みであった。
五、鉄砲洲、報告が集まる
内蔵助のもとには、この霜月の間に集まった様々な報告が、静かに積み上がっていた。ランマル君からの邸内の様子、色部の帰還の知らせ、そして儀式の日の首尾。
「見えるものは見抜かれてよい。見えぬものだけを、守り通せた」
呟きながら、内蔵助は絵図を畳んだ。次の段は、もう絵図に描かれてはいない。
六、俵星の蕎麦屋、相変わらず
町中では、俵星玄蕃の蕎麦屋が、相変わらずの賑わいを見せていた。
「旦那、今日も出前、頼んます!」
「おう、任せろ!」
世の不穏とは無縁の活気が、そこにはあった。
七、ソソソと脇坂、いつもの茶菓子
隣の脇坂邸でも、いつものお茶菓子の刻が流れていた。
「いやはや、近頃は何かと忙しのうございます」
「ほう。それは、何より」
ソソソの班長は、今日も「ソソソのソ」と呟きながら、菓子を頬張っている。彼の知らぬところで、すでに多くのことが動いていた。
八、内蔵助、次の章を思う
夜、内蔵助は懐の塩細工を取り出し、月にかざした。霜月の月は、もう細さを増し、間もなく師走を迎えようとしていた。
「次は、もっと大きな潮が来よう」
その声には、これまでにない静けさがあった。
九、十一章、結び
霜月の風が、最後に一度、強く吹き抜けた。本所の邸でも、鉄砲洲の邸でも、そして遠く江戸城の奥でも、何かが確かに、終わりへと向かって動き始めていた。
今宵の一句
霜月の 果てに静かな 潮の音
あっちゅ寝太郎エッセイ
(十一章、振り返ると本当に色々あったよね。松の廊下での赤っ恥二連発から、柳沢様の空振り、ランマル君の決心、色部さんのまさかの忘れ物オチまで。吉良殿の「何の話であったか」、ちょっと笑えないやつだった。盲之助くんの懐の紙束はもう限界だろうし、内蔵助さんの「次はもっと大きな潮」って一言が、なんだか不穏で楽しみだなぁ。いよいよ十二章、大団円に向かっていく。)
史実をよくご存じの方であれば、吉良殿の屋敷の隣は本来、土屋主水正殿の屋敷ではないかと思われるかもしれません。
ですが、本作では作者の好みにより、あえて脇坂安治の末裔である「脇坂淡路守」殿の屋敷を隣に据えさせていただきました。ちなみにこの脇坂家、途中で養子が入って家名を繋いでいるお家柄でもあります。
なぜ脇坂殿なのかといえば、あの松の廊下の事件直後、取り乱した吉良殿にぶつかられて衣類に血を付けられた脇坂殿が、「無礼者ッ!」と吉良殿をピシャリとやったという、講談でお馴染みのあの小気味よい逸話がどうしても好きだからです。このお方なら、内匠頭の仕返しを隣でニヤニヤしながら面白がってくれるに違いないと、物語の妙としてお引越し願いました。
ちなみに、そんな風にいがみ合っていた両家も、現代ではすっかり仲直りをして和解しております。歴史の枠をちょっとだけ飛び越えた、脇坂殿の粋な立ち回りを、どうぞ温かい目でお楽しみいただければ幸いです。




