3話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』
【第二章 3話】(小タイトル:丑の刻参り? いいえ、丑の刻「お届け物」です)
1.お掃除班長、夕暮れのソソソ
「……アチラの動向を、ソソソ(探索)してまいります」
吉良邸のお掃除奉公人にして、柳沢吉保の特命を帯びた大物密偵(元・普請部次長)のソソソの尾三次が、お隣の脇坂淡野守の屋敷へ、手際良すぎる謎の土木工事の正体を探るべくソソソと消えていった、ある日の夕暮れ時のことでございます。
2.無音ナイキ馬と赤マークのステルス
やがて夜の帳が降り、草木も眠る丑の刻――すなわち、夜中の午前二時。
しんと静まり返った本所松坂町に、怪しげな影が一つ、疾風のごとく現れた。
その影は、世にも奇妙な姿をしていた。
乗っている馬には、一切のいななきを封じるためにガッチリと轡が噛まされている。そればかりか、馬の四つの蹄には、内匠頭が特注させた「ナイキの無音シューズ」バリの極厚エアクッションが履かされていたのである。
さらに、その馬に跨る隠密飛脚(赤穂藩士)は、闇に紛れる黒装束ではなく、なぜか「派手な郵便局の赤マーク」をジャキッと粋に着流していた。
タタタタタ……いや、違う。極厚エアクッションのおかげで、馬の足音は「フスフス……フスフス……」と完璧な無音。
派手な赤マークのくせに完全なステルス機能を持ったその飛脚は、吉良邸の正門前へと音もなく滑り込んだ。
3.恐怖のささやきと、ダンボの耳
飛脚は懐から、上質なのし紙が巻かれた重たい箱をスッと取り出し、門前に優雅に置いた。のし紙にはやはり、あのふざけた偽名『播州の風流人・小石』と認められている。
...そして、飛脚は吉良邸の門の隙間に向かって、ただ一言、風のように囁いた。
「……お届け物でぇ〜す」
言い捨てた瞬間、無音ナイキ馬は再び疾風のごとく加速し、闇の彼方へと消え去った。まさに一陣の風の如き早業であった。
その直後、吉良邸の物見櫓の上で、清水一学がガバッと飛び起きた。
あらゆる微音を聞き逃さないはずの一学のダンボの耳が、今の囁きを辛うじて捉えていたのである。
「……む!? い、今、風の音が『お届け物でぇ〜す』って喋ったか!? ついに浅野の丑の刻参り(呪い)か!?」
4.深夜の生類憐れみ牛鍋サスペンス
一学が慌てて門を開けると、そこには呪いの藁人形ではなく、ずっしりと重い『小石』からの箱がポツンと置かれていた。
中を開けた一学と色部家老は、思わず絶句した。
「な、何だこれは……霜降りの、超高級な牛肉(牛鍋セット)ではないか!」
「一学殿、これは絶対に罠でござる! 『生類憐れみの令』のこのご時世、もしこの肉を庭に放置して野良犬にでも食い荒らされ、怪我でもさせたら我が家は一発で改易、全員切腹でござる!」
出稼ぎ掃除から戻ってきた尾三次が、珍しく白目を剥いてあきれ果てた。元・普請部次長の鋭い目を持ってしても、なぜ無音の馬が郵便マークを着流して肉を届けてくるのか、その意図がさっぱり掴めない。
「おのれ、贈り主の『小石』とは一体誰なのだ! 大石の偽名か? いや、それにしてはああからさますぎる! 別の誰かが大石をハメるための陰謀か!?」
一学は涙目でダンボの耳を引っ張りながら叫んだ。
「くそっ、とにかく放置して腐らせたら不衛生でお上に咎められる! 捨てることもできん! 全員、今すぐ鍋の用意をしろ!」
丑の刻、午前二時。
誰の仕業か分からぬ恐怖の贈り物(牛肉)を前に、吉良邸の武士たちは全員涙目で、深夜の牛鍋をフーフーと突っつく羽目になったのである。
(第四話へ続く)
【今宵の一句】
丑の刻 鍋を囲んで 涙目の
【あっちゅ寝太郎エッセイ】
(吉良殿、ただの木彫りのネズミの足音に、大の大人が揃って毛布をかぶって震える始末。これぞ雅。お前たちが勝手に作り出した恐怖の檻の中で、ジワジワと精神がすり減っていく様は実に滑稽でございます。せいぜい次の『小石』からの箱を開けるときも、命がけで刀を抜くがいいよ)




