第39話:スタンピードには勝てなかったよ……
死亡した冒険者は一般的に、一週間から一か月までの間ダンジョンに潜らないものとされている。
死亡時に破損した武器防具の修復、買い替え。消耗品の補充といったものもあるが、その大部分は死亡時・死亡直前の恐怖を薄れさせるため。適度な恐怖感、緊張感は仕事の最高の友となるが、ことPTSDを発症してもおかしくないものを受け続けた人間は……ダンジョンへ踏み込むことを躊躇し、襲ってくる敵に恐怖し、ただの獲物として死亡してしまうこととなる。
恐怖に怯えすくみ、敵すら見る事の出来ぬ人間なぞ、ただの殺しやすい獲物に過ぎない。
その為、Aのようなダンジョン探索中毒の異常者でもない限り、ある程度の期間は潜らない時間を作る……というのが鉄則である。
そして今、ギルドのリフレッシュルーム。樫の木の椅子に魔物の皮を張った椅子に座る、三人の冒険者の姿があった。
「ダンジョン十三階層、通称空中草原にてスタンピードが発生中。これにより最前線攻略班である『スネーク・イーター』及び『U・S・D団』が帰還困難な状況に陥っています」
「死んでデスルーラすればいいんじゃない?」
「再アタックが不可能となっては意味がない。その意味はお前も理解できますでしょう、A」
「あっそっかあ、確かに」
「理解してくださったようで何よりです。さて、この問題を早急に解決する為、現状ギルドに残っている腕の立つ冒険者を集めた……のですが」
「なっ、なんでそいつがいるんだよぉ!! おまっ、お前っ、お前浅瀬しか潜れないソロ冒険者だったじゃねえかよ……おえっ」
……座る三人の冒険者の他に一人、向かい側のテーブルを盾に隠れる黒髪の男がいた。
今回の会議を取り仕切っていた赤髪の美青年、『深紅の剣』のリーダーであるマコトは、ツンツンにとんがった黒髪を震わせている強面の男、配信者名チカちゃんの様子にため息を吐いた。
『アンダーナイト』リーダー、チカちゃん。『深紅の剣リーダー』、マコト。この二人は言わずと知れた最前線攻略班、冒険者界隈を知る者であれば知らぬ者無しな程の有名冒険者である。
そして二人ともAとパーティーを組みダンジョンへ挑み、そしてAを追放した者でもあった。
「ここ最近になってAも二人の仲間を見つけて潜り始めた、という話は有名でしたよね。知らなかったんですか?」
「Aの事なんざ情報入って来ねぇようにブロックしてミュートにしてるに決まってるだろうが!! 痛むんだよぉオメェの面見てると目がよぉ……」
「それ検索するとき支障出ない?」
「……一体どんな殺し方したんですか、A」
「刃こぼれして首斬ることできなさそうだったから目をこう……ぶすっと」
ジェスチャーでなんとなく、といった感じで説明するAに、マコトはまた頭を抱えてため息を吐いた。
Aはデリカシー無く、相手の恐怖を理解することなく、最善の行動をする。機械的にマクロ的に見れば正しい行動だったとしても、ミクロの視点で見れば、相手にトラウマを植え付けてしまう。
現に、Aが深紅の剣を追放された理由がそれなのだから。
「そんなビビりなんて放っといていいでしょー? はあ、まだ最近実力を伸ばして来たAのが頼りになるってどういうことなのよ」
「まっ、僕もだけど僕以外のみんな強いからねえ」
「当然でしょ。あーしのとこでバリバリ活躍してた子だもの」
茶髪の長い髪を指で弄りながら、『魔女の一撃』のリーダーである妙齢の美女、クロコはエメラルドの目を細めて笑う。
魔女の一撃。深紅の剣やアンダーナイトに比べれば知名度は劣るが、魔法使い限定で作られているというのに最前線にて肩を並べているパーティーである。
「チッ、あそこで死ななけりゃAに会う事も無かったってのに……」
「まずそっから出てきなさいよ……本当にAより深くに潜ってる冒険者なのあんた」
「色んな死に方したんだし、あの時の記憶もそろそろ霞んでるもんじゃないの?」
「誰もがあなたみたいに切り替えられる訳じゃありませんよ……ですが、クロコさんの言う通りです。……それともこのまま、情けない姿で会議を進めるんですか? そんな様子じゃ、何を言っても説得力なんて持ってくれませんよ?」
「わっ、分かったよ……マコトの隣に座るから、それでいいだろ」
渋々、チカは隠れていたテーブルから出てきて、その巨大な体躯からは想像もできないようなビクビクした様子でAから身を隠すようにマコトの隣の席へと座った。
どう見ても隠れ切っておらず、黒く光る筋肉がブルブルと震えているのにクロコは真っ赤に爪が塗られた手で口を抑え笑いをこらえる。
高身長で筋肉もムキムキな男が、Aのような下手をすれば女の子にしか見えないものに怯え切っているのがあまりにもおかしかったのだろう。全く会議が進まない様子に、マコトは頭を抱えたくなった。
「……と、いうわけでですね……十三階層に突如として発生したスタンピード、あれをどう対処するかを決めたいと思います。何か意見があれば積極的に提案してください」
「このまま進めていいのかしら……?」
「まあ、チカちゃんがどういう訳か僕に怯えちゃってるからねぇ……仕方ない仕方ない」
怯えてすくむ様子のチカちゃんに対し困惑と笑いが漏れているクロコ、その原因となっているチカにAはやれやれと首を振った。
何か言い返したい様子のようだがチカちゃんはマコトの体から外に出てこようとはしない。情けない限りではあるが、徹底的にAからの視線を防御していた。
「……とりあえずさ、最前線組二組が死んでからにしたらいいんじゃない? 僕の方は戦力の数揃えられないから除外して、三組で対処に当たるってなったら……無理じゃない? 二組が戻ってきてからスタンピードに対処する、でもいいと思うけど」
「Aに同意したくはないが賛成だ。言っちゃ悪いが深紅の剣は数はかなりものものだが新人冒険者の育成に力を入れているせいで、十三層まで潜れる兵の数は少ない。俺のアンダーナイトの連中も、ある程度は使い物にはなるが……今回のような異常事態を対処できるほどの経験はない。Aは……ウルタールとチチェロだったか? あの二人の個の実力は相当なものだが、集団相手となると戦力としては心もとない」
「そうねぇ。今の状況に欲しいのは、最強の個ではなく汎用的な数だもの。いくら範囲攻撃が出来るウルタールがいるとはいっても、海を割ったってすぐに戻ってしまうわ。実際それで即死んじゃってたし……二分ぐらいは耐えてたみたいだけど」
そう。十三階層に降り立った後、A達三人はスタンピードの報告を受け意気揚々と突撃。魔物の群れと形容するにはあまりにも多勢な、クロコが例えたように海という表現が相応しい数に飲み込まれてしまった。
それでも尚かなりの数の魔物を殺し、納品し、十分利益は得られたのだが……魔物の海に飲み込まれる恐怖はかなりのものだったようで、ウルタールもチチェロも今現在寝込んでいる状態であった。
攻撃魔法の範囲に関しては最前線ですら通用する実力の持ち主のウルタールですら無勢であったのだ。
何かしら尋常ではない対策を練るべきではあるのだが……といったところで、Aがふと思いついた。
「マコトんとこもチカちゃんとこも、冒険者の数は揃えられるんだよね?」
「はい。ですが正直なところ、まだ十三階層まで潜れる実力はありません」
「い、一応数を揃える事は可能だが……俺もマコトと同じだ。半数以下になっちまうだろうよ」
「それでも十分……要するに、数さえ減らせればいいんだから。どんな手段使ったってね」
「……随分自信があるようね、A」
自信満々に言うAに、期待を見せるクロコ。だがその二人とは逆に、マコトとチカは顔を青くしていた。
ろくなアイデアではない。何十、何百と死んで尚死ぬことに抵抗のないこの男が出すアイデアが、まともであるはずがないと。
だが、それでも「意見を言ってほしい」と言ったのはマコトである。Aの考えた作戦を聞く他なかった。聞きたくなかったが。
「……で、その作戦とはなんだ?」
「簡単さ。僕が開発した魔法を使わせる。魔物に飲み込まれる直前に純魔の大剣を暴発させまくって面単位で魔物を撃破・負傷させ続ける。両手吹っ飛んじゃうけど飲み込まれてすぐ死んじゃうから大した欠点じゃないし、何百回だって繰り返せばいずれは──」
「人道的な理由で却下です」
得意げな顔で作戦を立案したAの頭に、マコトは呆れた様子でチョップを浴びせた。
マコトの判断に、チカもクロコも異論はなかった。




