頭痛
「ふぅ・・・酷い目にあった」
清洲に到着するまで利家の背中にくくりつけられていた養観院はようやく清洲で解放されて悪態をつく。
「本当に酷い目にあったのは義昭様だろ!
義昭様が『許す』というからお咎めはナシにするが・・・反省しろよ!」と光秀。
でも光秀も若干トーンダウンしている。
何故なら『清洲で養観院に頼る気満々』だからだ。
「それじゃーね、バイバイ!」と養観院は城の扉をくぐらず、城下町の長屋に帰ろうとする。
「ちょっと待て!」と光秀が養観院の襟首を捕まえて引き止める。
「服がのーびーるー!子猫じゃないんだから首の後、掴まないでよ!」
「子猫より自由気ままじゃねーか!
義昭様の秘密を知ってるのは清洲じゃ君しかいないんだよ!
今帰られると困るんだよ!」と養観院の耳元で光秀が囁く。
端から見ると養観院と光秀がイチャイチャしているように見える。
そう見えていたとしても養観院としては否定する話ではない。
とにかく養観院が避けるべきは『ハーレム落ち』なのだ。
悪役令嬢が『断罪』を怖れるが如く、養観院は『ハーレム落ち』を怖れている。
信長の事は嫌いではない。
でも「信長じゃなくても、誰のハーレムにも入りたくはない」のだ。
だから『三好のハーレム入りのピンチ!』と堺から清洲に逃げて来た。
信長がいる所では必要以上におちゃらける。
元々ふざけた性格だったが、最近では素でも『変な人』と言われる事が増えて、どこまでが演技だったかも自分でもわからない程だ。
なのに信長は養観院の奇行を見ても、どこか嬉しそうでわけがわからん、マゾなんか?
「お前ら、そんなに仲が良かったか?」と信長は養観院と光秀を見ながらどこか不機嫌そうに言う。
別に光秀の事は何とも思っちゃいない。
だが、『養観院と光秀は出来てる』という信長の勘違いは有難い。
むしろ僕の特殊な事情を知ってる光秀と勘違いされる事が一番望ましい。
そういや、光秀って僕が『ハーレムを望んだ事』と『僕が元は男だ』って知ってたっけ?
どうだったっけ?
しかし光秀はそんな事情は知らずに言い訳する。
「い、いえ!
話していたのは、えーと、義理の妹の話です!」
「義理の妹・・・『おツマキ』の話とな?」と信長。
「そう、そうです!
妹が清洲でお世話になっているそうで・・・」と光秀は咄嗟に言った。
実際に光秀とツマキが会ったのは数回だけだ。
しかも妻の煕子が「天涯孤独になった従妹を義理の妹にしたいから連れて来た」と言った時も「あっそ、別に良いよ!俺は忙しいから出掛けるね」と一瞬会っただけだ。
今、顔を見てもきっとだれかわからないだろう。
そんな義妹に会いたい?
そんな訳がないだろう。
でも信長にとっては『おツマキ』はお気に入りだ。
そんな『おツマキ』に「会いたい」と言われたら邪険には出来ない。
信長は味方の女性にはとことん甘かったのだ。
「おツマキならこの時間は長屋の方に帰っているはずだ。
行ってみたらどうだ?」と信長。
「い、いや・・・義昭様を一人にしては行けません!」
「義昭様ならば我々親子にお任せ下さい」と松永久秀。
(お前らが一番信用ならないんだよ!
いつ、三好に寝返るか秒読みなんだから!)と光秀は心の中で毒づくも決して口には出さない。
それに『実は義昭様は女だ』とは知らないコイツらを義昭のそばにいさせる訳にはいかない。
信長は『義昭が女だ』とは気付いていなかったが、『光秀が松永父子を全く信用していない』というのには気付いていた。
「キンカ頭も長屋へ行ったらどうだ?」と信長。
信長が光秀を『キンカ頭』と呼ぶのは久しぶりだ。
あだ名呼びには親しみと信頼が込められていて『お前なら任せても大丈夫』という意味があった。
光秀は信長の信頼を有難いと思うと同時に『重い』と思った。
「自分は武人ではない。
いざと言う時に義昭様を守れない」と。
そんな光秀の考えを見透かしてか信長は「今、長屋には藤吉郎がいる。
利家もいる。
藤吉郎の親戚もいる。
言ってみれば、清洲の一大武力集団が揃っている。
義昭様を護るには最適の場所だと思うが?」
実際、清洲城より長屋の方がセキュリティが高い事なんて有り得ない。
信長なりに気を使って『兄妹水入らず』の場を作ろうとしているのだ。
信長が気を使ってくれるのだ。
固辞するわけにもいかない。
光秀は義昭を連れて、長屋に一泊する事になった。
松永親子が信用出来ない以上同じ場所で滞在はさせられない、と言う事かも知れないが。
義昭陣営も全然一枚岩ではない。
浅井長政は信用出来ない訳ではないが『朝倉義景と敵対してまで挙兵出来るのか?』と言えば微妙だし、松永親子はいつ寝返るかわからない。
上杉謙信は常に正しい者の味方だ。
味方とは言え『悪だ』と断じれば牙を剥くだろう。
「この陣営にいて良いんだろうか?」と光秀は思ったが、義昭を焚き付けた関係上しばらくは付き合うしかない。
光秀が色々考えていた時に養観院と義昭はすっかり打ち解けてキャッキャと語らっていた。
「この子達、三匹の名前は決めた?」と義昭。
「うん。
ガイア、オルテガ、マッシュに決めたよ」と養観院。
因みにこの時は養観院に聞く度に三匹の名前が変わっていた。
最終的に『カツ、レツ、キッカ』に落ち着くまで数ヶ月かかるのだった。
長屋に行くともう暗くなり始めていたが、養観院の部屋には何故か灯りがついていた。
「僕の部屋は出入り自由なんだよ」と養観院。
「ただいま~」
養観院が入り口を開けると中には2人の女の子がいた。
光秀は思った。
一人は何とか見覚えがある。
妻に紹介された『ツマキ』だ。
つーか、妹なのに名前も知らない。
『妻木』は奥さんの旧姓で名字だ。
俺がツマキって呼ぶのは変だよね?
・・・後で名前を聞こう。
もう一人は誰だ?
養観院よりは年上だろうが、かなりの子供に見える。
その女の子が義昭に声をかける。
「何でお姉さんは男の人の格好をしてるの?」と。
「さすがねねちゃん『人妻の勘』ってヤツかな?」と養観院がアッサリと認める。
何でそんなに簡単に秘密をバラすんだよ!
・・・って言うか『人妻』ってこの娘が?
令和にいた時、このぐらいの見た目の姪っ子が『将来はプリキュアになりたい!』とか言ってたぞ?
アカン、なんか頭痛くなってきた・・・。