将軍
俺は何をしているんだ?
・・・そうだった。
頭痛と気疲れで不覚にも養観院が住んでいる長屋で寝込んでしまったんだ。
主を放っておいて・・・忠臣失格だな、元々忠臣じゃないが。
「ねえねえ!この子達、お名前あるの?」と先ほどの少女の声が聞こえる。
「あるよー、サガット、バルログ、バイソンって名前だよー」と養観院の声。
俺はガバッと跳ね起きて「ベガはどうした!?」と言う。
『ベガ、サガット、バルログ、バイソン』は『ストリートファイターⅡ』という格闘ゲームで『シャドルー四天王』と呼ばれているボスキャラだ。
因みに海外では『ベガ』は女性によくある名前で、中性的なバルログが『ベガ』と呼ばれる事が多い。
そして『ベガ』は『バイソン将軍』と呼ばれるのだ。
「だったらベガとバルログの名前を入れ替えれば良いじゃん。
何で入れ替える対象にバイソンを絡めるのさ?」
それには『肖像権』が関係する。
バイソンの見た目が実在のボクシング元ヘビー級チャンピオンに・・・これ以上はお父さんに聞こう。
そんな事はともかく、子狼の名前とオス、メスは関係ない。
・・・というか、養観院は現時点でオスとメスの見分けがついていない。
興味もない。
「もしかしたら今川義元はオスなんじゃないかなー?」ぐらいの認識だ。
「やっと起きたね、バイソン将軍」と養観院。
「誰がバイソン将軍だ!?」と光秀。
「バイソン将軍並みに暗躍してるみたいじゃない?
ここにいる人で相談して『何で義昭様に男のフリをさせているか?』って議論した結果、『光秀さんが暗躍してるから』って結論が出たんだけど」と養観院。
「欠席裁判すんな!
暗躍なんてしとらんわ!
人聞きが悪い!」と光秀。
本当はちょっと暗躍したけど。
「『将軍』?
貴殿は将軍を名乗っているのか?」と知らないオッサンが言う。
「オジキー!
何か顔が怖いよ~?」少女がオッサンのかいている胡座の上にチョコンと腰を下ろしながら言う。
『オジキ』と呼ばれたオッサンは少女の頭を優しく撫でながら言う。
「先に名乗るべきでしたな。
儂は『木下勘解由』。
ここにいる『ねね』の叔父であり、この『ねね』の亭主の配下をつとめる者です」とオッサン。
「ねねちゃんの旦那さんは『木下家』の婿養子なんだよ!
何て名前だっけ?
『フグ田マスオ』だっけ?」と養観院。
「その名前、誰と間違えてるのか少し気になるのう・・・。
ねねの旦那様の名前は『木下藤吉郎』様じゃ」と勘解由。
この少女が後の天下人『豊臣秀吉』の妻!?
驚く光秀に勘解由は鋭い声で言う。
「まだ返事を聞かせてもらっていないが。
光秀殿、貴殿は『将軍』を自称されるのですかな?」
光秀は自分で『将軍』などと名乗った事は一度もない。
養観院が光秀の事を勝手に『バイソン将軍』と呼んだだけだ。
そして令和と戦国時代では『将軍』という言葉の意味は同じだが言葉の重みが大きく違う。
令和で『将軍』といったら「偉い軍人」ぐらいの響きだが、戦国時代で『将軍』と言ったら「武士のトップ」みたいな響きなのだ。
この木下勘解由という男にとって光秀は『織田信長、木下藤吉郎を差し置いて武士のトップを名乗る男』としてうつっているのだ。
「誤解です!
俺に将軍になりたい、なんて野望はありません!」と光秀。
「であれば何故義昭様に男のフリなどさせるのですかな?
影の権力者として女性である将軍を傀儡とするつもりではありませんかな?」と勘解由。
誤解が誤解を呼んでいる。
これはもう隠し事は出来ない。
もうある程度正直に話すべきだ。
光秀はそこに集まった人々に事の経緯を説明した。
将軍 義輝が暗殺されて、松永親子がその濡れ衣を着せられた。
実際に暗殺をしたのは三好義継の手の者だ。
義継は元々『義重』と名乗っていた。
多くの将軍が冠する『義』、『義を継ぐ者』と言う意味で『義継』と改名した。
つまり『義継』は将軍の座を狙っている。
三好義継は足利義輝を暗殺した後、仏門に入っている義輝の息子を暗殺し、足利義維の息子を自分の傀儡として将軍にした。
それが『足利義栄』だ。
そのうちに『足利義栄』も不用になれば、暗殺するだろう。
足利将軍家を途絶えさせてはいけない。
だから足利家の血を持っている者を探した。
探しだした方がたまたま女性だった。
仕方なく『義昭』と名乗って男性のフリをしてもらった。
そして織田信長様の助力を乞うた。
そうしたら予想外の事が起きた。
もう一人、足利家の血を引く方が生き残ってしまったのだ。
その方は光秀の予想では早々に暗殺されるはずだった。
その方が『足利義秋』様だ。
『足利義秋陣営』と『足利義昭陣営』の合併も考えた。
だが、足利義昭様を支えている織田信長様と、足利義秋様を支えている朝倉義景様はまさに水と油。
決して交わる事はない。
義昭陣営で「これからどうするべきか」との話し合いが伊賀でされた時、義昭様が何者かに毒を盛られた。
伊賀のどこに敵が潜んでいるかわからない。
取り敢えず義昭様は清洲へ逃げて来た。
光秀のした説明を簡単に言うとこんな感じだ。
光秀の説明には脚色されたり、美化されたり、といった箇所も少なからずある。
特に『光秀が義輝を見限って見捨てた』部分はバッサリとカットされている。
勘解由は『光秀の言う事をどこまで信用して良いものだろうか』と腕を組んで思案している。
養観院とねねは話の途中で飽きて、子狼達と遊んでいる。
(勘解由殿の信頼は全く得ていない。
信用なんてされる訳がないよな)と光秀は考える。
しかし失敗した。
バレる前に信長に打ち明けるつもりだった。
自分から言うのと、バレるのでは『信用』という観点で大きな差が出るだろう。
光秀が思案していると、奥の襖が開きまつに連れられた足利義昭が登場した。
足利義昭は男装していない。
それどころか義昭は女性として極限までおめかししている。
「お姉さん凄く綺麗!」と少女。
「お、お美しい!」
そんな事を言ってる場合じゃないのに、光秀は素直な感想を述べてしまった。
そんな場合じゃない。
ここにいる人々が信長に告げ口をする前に『実は義昭は女だ』と信長に白状しなきゃいけない。
するとピシャリ!と部屋の奥の戸が乱暴に開けられる音がした。
その音の方を誰もが振り返る。
そこには織田信長が立っていた。
信長は光秀を見下ろしている。
(終わった・・・)光秀は首を斬られる覚悟をした。




