医者
光秀は医者だった、と言われている。
光秀は下痢をした者に「薬を飲んで手を洗え」とアドバイスした記録が残っている。
光秀は『菌』という概念がなかった時代に『食中毒にならないためには衛生に気を使え』とこの時代らしからぬアドバイスを送っているのだ。
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「しかし困ったな。
伊賀にも義昭様の敵がいる可能性が高いのか。
やはり敵には義昭様が女であることがバレたと思った方が良い」と光秀が義昭を布団に横にならせながら言う。
高烏帽子を取り、寝顔をじっくりと見ると義昭の顔は美しい女性にしか見えない。
そもそも『最初から男のフリをするのが無理』としか思えない美しさだ。
「『敵』って誰?」と僕。
「わからん」と光秀。
わかるはずなどない。
本当は『義昭を狙った敵』など存在しないのだから。
「何で義昭様を男のフリさせようと思ったの?」と僕。
「足利家は後継者争いが激しかった。
後継者候補同士が争っていたのではない。
後継者候補の周囲の者同士が争っていたのだ。
その争っていた"誰か"に義輝様は殺された。
『誰が義輝様の後を継ぐか?』と言う話だが、義輝様には出家している二人のご兄弟がいらっしゃったのだ。
一人が『義秋』様だ」
「もう一人は?」
「殺された。
『義秋』様も『義栄』様を将軍にするために"誰か"に抹殺されると思っていた。
だから我々は『義栄陣営』の対抗馬を作ろうと義昭様に将軍候補として出陣願ったのだ。
しかし義秋様は生き残った。
生き残ったのは奇跡・・・いや、優れた忍の手助けだ」
「『優れた忍』?」
「戸沢白雲斎とその弟子だ」
うん、知らない。
つーか、知ってる訳がない。
「その顔は知らないな。
無理もない。
戸沢白雲斎は甲賀忍者だからな」と光秀。
伊賀忍者も知らん、とは言わない。
話の腰を折らない僕、偉い。
「ふーん。
でも何で甲賀の話を知ってるの?
ここは伊賀で、忍者は秘密保持とか徹底してるんでしょ?
何で甲賀の秘密の話が漏れてきてるのさ?」と僕。
「情報を売り込んで来た忍がいたのだ」
「それは誰?」
「藤林長門守だ」
「それってあの兄ちゃんでしょ?
何で伊賀忍者が甲賀の秘密の情報を売り込んで来るの?」
「伊賀の里の勢力図を先ず説明しないとな。
伊賀には『上忍御三家』が存在する」
「うん、聞いた事あるね」
「で、その中で『服部』は外に出て、そこで勢力を伸ばしているのだ」
「知ってるよ、会った事もあるし。三河の『松平』に仕えてるんだよね」
「『百地』は伊賀から動いていない。
伊賀で着実に勢力を伸ばしている」
「じゃあ藤林は?」
「一時期、今川義元の配下になっていたが・・・桶狭間で義元が失踪してからは伊賀に戻ってきたらしい。
だが、伊賀は既に『百地』が大半を支配していたのだ。
だから、藤林は甲賀方面に勢力を伸ばさざるを得なかった。
伊賀と甲賀は近いからな」
「あ、話が見えてきた」
「そういう事だ。
つまり『甲賀の情報を伊賀に流す藤林の配下が存在する』のだ
義昭様は藤林の手引きによって伊賀に逃亡出来たのだ。
そして我々はその藤林から『義秋陣営』の情報を得ている。
だから俺は今回『一服盛った』のは藤林ではないと思っている。
藤林と我が陣営は『運命共同体』だからな。
藤林が義昭様を陥れるメリットが無さ過ぎる」
「だったら誰が?」
「わからん。
だが、ここは忍者の里だ。
思いもよらない『敵の陣営の回し者』が潜んでいると考えた方がいいだろう。
甲賀に我が陣営のスパイが潜んでいる事は『義秋陣営』の者が誰も警戒していないように、我々が警戒していない伊賀のどこかに『義秋陣営』のスパイが潜んでいるのだろう」
光秀は凄いミスリードを展開した。
本当は伊賀にスパイなどはいない。
敵のスパイは甲賀にいるのだ。
甲賀流の『戸沢白雲斎』には複数の弟子がいる。
有名な弟子が武田に仕える忍者筆頭の『猿飛佐助』だ。
佐助には『猿飛伊之助』という兄がいる。
伊之助は佐助ほど優秀ではない。
伊之助は佐助に対し、沸々と劣等感を募らせていた。
『兄より優れた弟など・・・』とケンシロウに対するジャギのような屈折した感情を抱いていた。
そしてその焦りを藤林に利用される。
功を焦った伊之助は甲賀の情報を藤林を通じて伊賀に流す。
ここまでなら単なる『スパイ行為』だ。
しかし伊之助は伊賀の情報も甲賀に流していたのだ。
つまり伊之助は二重スパイだったのだ。
幸か不幸か、伊之助の情報は甲賀の中であまり信用されていなかった。
伊之助はあまり『重要人物』という扱いは甲賀の里では受けていなかったのだ。
「話を元に戻そう。
今、我々が無事にここに存在出来ているのは『藤林長門守』のおかげだ。
彼を邪険にする事など出来ん。
しかしこれ以上、伊賀に義昭様を留まらせる事もまた不可能。
再び、一服盛られる事もあるだろう。
その時に義昭様の命がある保証はない。
俺は今回の事件は我々に対する敵の『警告』だと思っている。
『いつでも足利義昭を殺せるぞ』という」
本当はそんな敵は存在しない。
勝手に光秀は存在しない敵に警戒しているのだ。
「だったら清洲においでよ」と僕。
「い、良いのか!?」と光秀。
「全然良いよー」と僕。
本当は全然良くない。
勝手に将軍候補を清洲に招待する権利など僕にはない。
「じゃあ信長様には報告しておくねー」
本来こんな大事な事を『事後報告』で済ませたら『打ち首モノ』だ。
隣の部屋に僕は戻る。
「どうだった?」と信長が僕に声をかける。
「うん、清洲に来る事になったよ!」と僕。
「え?誰が?
・・・もっと詳細に最初から話してくれ」と信長。
「あ、ごめん。
女の人だったよ!」と僕。
「え?誰が?」信長はポカーンとしている。




