第4話 無表情を貫きながら延々と自分の惚気を聞かされるという、
「頼むよ、見せてって。さっきからずっと頼んでるじゃんか。この前言ってただろ、所作がたおやかで美しく花のようだって。なあローレンス?」
「ああ。たまにふわりと笑った顔が年相応で可愛いとも言っていたな。俺としてもぜひ見たい」
アリシアは、耳を塞ぎたい衝動に駆られていた。
追い返せなかったオスカーの友人、ローレンスとエリックに、なぜか先程から延々とオスカーの言葉を聞かされているのだ。
あのオスカーがそんなことを言うなんて、冗談としか思えないが、嘘をついているようにも適当なことを言っているようにも見えない。
「いやぁあのお前がだよ。普段は鉄の無表情無言のくせしてアディンセル嬢の話をする時だけすげぇ幸せそうな顔すんだよな」
そう言われても、アリシアにはどう返していいか全くわからない。
だから、散々オスカーに釘を刺されたように、無表情で睨み返すしかないのだ。
とりあえず無表情で話を聞いとけ、と圧の強い無表情で言い聞かせてくるオスカーに、兎にも角にも頷いて数刻。
先程からアリシアは、無表情を貫きながら延々と自分の惚気を聞かされるという、全くもって意味がわからない状況に陥っていた。
あのオスカーが、など。アリシアがそう言いたい。
「ああ。その時のお前の顔を騎士団中にばらまいてやりたい。きっと一瞬でファンクラブができるぞ」
鋭い瞳に真面目そうな印象を受けるローレンスがからかうように言うと、王子様のように完璧に整った顔立ちのエリックが声を立てて笑う。
「いやぁ俺のファン一瞬で取られそうだな。でもどうせ、お前はアディンセル嬢一途なんだからもったいない」
アディンセル嬢一途。その言葉に狼狽えそうになって、慌てて表情を取り繕う。だが、こめかみがぴくりと動いてしまったのが自分でも分かった。
「怒んなってオスカー。女の子大好きな俺でもお前がご執心の女の子に手を出すなんて命知らずの真似はしないから」
「エリック。頼むからそうしてくれよ。お前の葬式なんて出たくもない」
そう言って顔を見合わせ、吹き出す2人。先程から一切口を聞いていない上にろくな反応もしていないが、この3人の距離感はこれが普通らしく、怪しまれた様子はない。
「やはり駄目か。この軽薄な男は無理でも俺だけでも見たいんだが」
「……ローレンス、覚えとけよ」
「もう忘れた。オスカー、駄目か?」
さすがにここで無言を貫くのは気が引けて、ほんのわずかにすっと目を細めて見せる。
オスカーの友人だけあって、2人とも正しくその意味を察したようだった。
「悪かったって。お前が怒ると洒落になんないんだよ。そういや部屋のドアどうした? 派手にぶっ壊れてたけど、アディンセル嬢と喧嘩でもしたのか?」
喧嘩。
その言葉に、すっと心が冷える。喧嘩はしていないけれど、婚約破棄はした。その動揺が見えてしまったのか、ローレンスとエリックは驚いたような顔をする。
「信じらんねぇ……お前がアディンセル嬢と喧嘩ねぇ。行動の一つひとつが綺麗でいつまでも見てられるとか言ってたのに。お前アディンセル嬢を怒らせるようなことしたんだろ? 何したんだよ?」
「迷いもなくオスカーに原因があると断定するか、エリック。まあ俺も同意見だが」
とはいえ、とローレンスが続ける。
「一応こいつも病人なんだから、根掘り葉掘り聞くのはやめとけ。毎日姿絵まで持ち歩いてるアディンセル嬢と喧嘩だぞ、こいつの病気の原因は十中八九それだろ。だからやめとけ、触れていいことと悪いことがある。でもって俺の見立てではこれは駄目なやつだ。新年そうそう葬式なんて勘弁願いたい」
「確かにな。というか待て、姿絵とか持ち歩いてたのか?」
それはアリシアも聞きたい。姿絵なんて描かせた覚えもないのだ。なんでオスカーがそんなものを持ち歩いていたのか、知りたかった。
ローレンスが驚いたように目を見開く。
「知らないのか? 城内では有名な話だと思ってたが。しかも誰にも見せないらしい、減るもんじゃあるまいに」
ああ、とエリックが頷く。
「俺の情報網九割が女の子だから。他の男の情報とか入ってこなくて当然だわ」
「……全く羨ましくないからな」
言葉とは裏腹に、恨めしそうにエリックを見つめるローレンス。
「城の女、ほとんどお前が抑えてるのが一番腹が立つ。この本性を見せて回りたい」
ほとんど話さないアリシアを置いて、テンポよく進む会話。3人の距離感としては不思議な感じだが、正直なところありがたかった。
私が? 綺麗? 可愛い? 姿絵? 私が? 幸せそうな顔? 私のことで?
脳内は先程からまとまらず、ただただ混乱の渦に翻弄されている。
無表情で会話は必要最低限。婚約破棄が内定。そんな婚約者が、城中で話題になるほどアリシアの話をしていたというのか。
信じられるわけがない。だって、オスカーはアリシアのことを嫌っているはずで。
そう思っていたのに、ここまで聞かされると疑いの心が湧き上がってくるのが人間というものだ。
期待に微かに浮き立つ心を抑え込む。これで期待はずれだったら、傷が大きすぎる。
「……んじゃ、オスカー、とりあえず俺たち帰るわ」
「邪魔したな。まあせっかくの機会だ、ゆっくり休め」
そう言って2人が立ち去ると、部屋は静寂に包まれる。先程まで騒々しく会話していた2人がいなくなったというだけで、一気に部屋が広くなったように感じられた。
そんな。信じられない。
思考は、いつまでもそこで止まっているままだ。
だって、嫌われているのに。婚約の日、アリシアの告白を聞いた時、彼は無表情で無言で立ち去ったのだから。
アリシアとオスカーは、幼い頃から婚約者だった。
幼い頃のオスカーは人見知りだが優しく、アリシアに好意とまではいかずとも、良い感情を持っていると思っていたのに。
そう、あれは2人の婚約が内定した日。
青くどこまでも澄み渡る空が印象的な日だった。