言語化不可能存在
肝試し。それは約千年前、平安時代末期に書かれた’四鏡’最初のの’大鏡’から、既にその時代にはその発想があったとされる。それによれば当時の帝である花山天皇が藤原兼家の息子3人にやらせ、そのうちの1人が肝試しを成功させた証拠として小刀で柱を削って戻ってきたなんて話があるほど、千年前から日本にあるちょっと意外な伝統遊戯である。
世界的にも度胸試しとして夜中に墓地に行くなど、人類的に怖いものが好きなのは共通なのかもしれない。
そして私服に着替えたハヤトとエレナもどちらかと言うとその’大鏡’に登場した彼らのように嫌々ながらここにやって来ていた。
「暗いな」
「そう、だね」
辺りは暗く、外出しているヒトは全くいない。気配さえしない。今2人が向かっているのはホテルの近くにある岬だ。その先に灯台があるらしく、肝試しの内容はそこまで行って帰ってくるだけという簡単なものだった。
途中まではアスファルトで舗装された道が続いていたのだが、ある場所からアスファルトはなくなり、広々とした場所にやって来た。アスファルトがあるところには街灯があるのに、ない場所には街灯が一切ない。そのせいでここに来た時には、まるで闇の壁が目の前にあるような錯覚さえ覚えた。灯台はもちろん光を何十kmも先に光を届けているのだが、諺通り灯台下暗しで足元さえ覚束ない。
夏の生暖かい風が肌を強く撫でていく。潮の香りがあまりしないそれに乗って白波が岸壁に当たって砕ける音が遠くから聞こえてくる。暗闇の向こうから流れてくるその音がまるで何か得体のしれない生き物が岸壁を登ろうとしている音に思えて、妙に気味が悪い。
しかも今は懐中電灯はなくてしっかりと闇を払えないのだから余計に。その代わりに昼間の内に光合成させていたマナリウムを発光させて辺りを照らし出しているのだが、蛍や海ボタルみたいな淡い光であるから少し頼りなかった。端末を持ってくればいいだけの話だが、残念ながら運悪くハヤトとエレナの両方共電池が心許なかった。
そしてその道中、ハヤトたちはとあることが原因で少しずつ心の内側から恐怖が滲み出てきていた。
『――と、いった感じで取り憑かれた女の子はどんなお祓いをしても元に戻ることなく、狂ったままだったそうです。恐らくそのまま49日経ってしまったのでしょうね。軽い気持ちで山には行かない方がいいですよ?』
「「……」」
『そうそう。知っていますか?ここ、心霊スポットなんですよ?自殺するヒトが多いようで、その幽霊が出るとかなんとか……』
そう。さっきからソフィアから怖い話を散々聞かされていたのである。聞きたくないのに、無理やり。作り話だとちゃんと理解していても何故かじわじわと恐怖が湧いてくる話ばかりだ。正直、こんな人気のないところで聞きたくはなかった。止めようにもこちらからは彼女の声を遮ることがどうしてもできない。その手段がなかった。
彼女が語った話は、例えば四方の目の話とか、背のないおじいさんとか、忘れ去られた神のなれ果てとかに始まり、意味が分かると怖い話といった昔からネットを騒がせている怖い話が多かった。
特にネットの怪談話はよくできていて、身の毛がよだつ思いというのを初めて知った。
おかげでもう気分が悪い。しかもこんな生暖かい風の吹く真っ暗な場所では。
「も、もうやめて……」
「うぅ……。お前もなんでそんなに詳しいんだよ……」
そろそろ限界になりかけていたハヤトとエレナは寄り添いながら不平を呈する。しかしそれに返ってきたソフィアの声はいつもと変わらぬ淡々としたものだった。
『そりゃあ、ネットの情報ですよ。調べれば何でもでてきます。意外と面白いものですね、人間の発想というものは。知ってます?99って中国じゃあ、永久を意味するんですけど、この先の灯台の階段も99段なんですよ。今昇ったら永久続く螺旋階段に閉じ込められるかもしれませんね。フフフ……ッ』
「「永久、に……」」
思わずハヤトとエレナは唾を呑んだ。
今のは完全に冗談だろうけど、今言われると本当に怖い。確か昔そんな映画があったはずだ。迷い込んだら昇っても、降ってもフロアに通じる扉を見つけられずに長い年月永遠に続く怪談に閉じ込められたというあれ。確か映画の設定ではそういう空間が至る場所で無限に繰り返されていたような……。
考えるのは止めよう。
「さっきから気になってたんだけど、お前どこから話しているんだ?」
「うんうん」
ハヤトの疑問にエレナも同意するように頷く。
実はここにはハヤトとエレナしかいない。ソフィアに関しては声がするだけで姿が見えないのだ。周りから聞こえるような気もするし、すぐそばで話されているようにも感じる。端末があるわけでもないから、科学魔法なんてことを知らなかったらそれだけでホラーだ。
『ここですよ。ここ』
不意に後ろから声がした。それに釣られて振り返った2人だったが、それは後で後悔することになる原因の一つになった。まあ、ここに来た時点で後悔するのは決まっていたわけだが――。
「コ、コ……」
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ――――っ!!!!????」」
そこにあったのはもう言葉にしたくないほどのものだった。
全てを飲み込んでしまうような恐怖と、身の毛の弥立つ危機感。
そして目の前が真っ暗になる絶望感。
迫りくる死。
自らの全てを否定する威圧感。
虚無感にも似た、未来の放棄を率先してしまう苦痛、苦悩、苦悶……。
全力で拒絶したくなる不快感。
何がそこにあったのか、それはあまりにも形容し難いものとしか言いようがなかった。敢えて言うのならハヤトとエレナにとって一番恐怖を想起させる異形だった。
その目、歯、髪、皮膚、舌……。そのどれ一つ取っても、全てが悍ましく、恐ろしいとしか言えない。
ハヤトたちの意識とは関係なく、2人の目から涙が溢れていく。
息が詰まって過呼吸気味に。
言葉も出てこなかった。
吐き気にも襲われて、何が起きているのかすら理解できず、カチカチと恐怖で歯を鳴らしてしまう。
ただ恐怖だけに支配される。
そんな、絶望のどん底。
奈落の底。
地獄の艱難辛苦。
永劫の苦しみが渦巻く、救いのないインフェルノ。
それすらも生易しい――。
――……。
――。
。
しかしそれは一瞬の内に消え去った。出現していたのは1秒もなかっただろう。だから2人は正気に戻ることができた。理性をギリギリのところで引き止めることができた。失禁することも意識を失うということもなかった。
ただただ幸運だった。
『……ああ、やりすぎましたかね?』
ソフィアのその声に、ハッとなったハヤトとエレナは次の瞬間には沸々と怒りが込み上げてくるのを覚えて、ついには爆発した。
「「い、いい加減にしろぉぉおおおおっ!!!!」」
恐慌状態から一転して、2人は怒りに染まった絶叫を辺りに轟かせた。その声が夜の空の下に大きく響く。もう本当に冗談では済まされない恐怖を味わったのだ。今怒りを覚えていられるのが奇跡だと言っても過言じゃないくらいに、この怒りは抑えられない。
本当にありえない。人格を疑ってしまう。
気づけば無意識に2人は身体を寄り添って両手の指を絡ませて繋いでいた。恥ずかしさとか、緊張とか全く感じない。ただ恐怖を紛らわすために、支え合うために2人は手を繋いで身を寄せ合ったのだ。今温かみを感じられるのは互いしかいないのだから、今相手を求めるのはあまりにも自然なことだった。
もしあれ以上あの存在を見ていたらどうなっていただろう。恐らく数秒の内に全身から力が抜けて崩れ落ちて失禁し、さらに数秒後に発狂し、そのまた数秒後には気絶して廃人になるほどのトラウマを持ってしまった可能性すらある。いや、もしかしたらあまりのストレスで本当の意味で死んでしまったかもしれない。
それだけの恐怖があれにはあると容易に想像できた。
本当に、悪ふざけにもほどがある!
『ごめんなさい。本当にすみません。ちょっと閃いたので、やってみたのですが……これは使い物にならないか……。もはや復讐に使えるかどうかといった具合ですね?封印します』
「ホントだよ……。もうやめてくれ……。二度と使うな」
「ソフィア姉さんのバカ、嫌い……。次やったら絶交」
『も、もうしませんからっ。焼肉でも何でも奢りますから――』
その時だった。不意にハヤトとエレナは妙な気配を感じた。
気配がした先には――。
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。
感想、評価、質問、お待ちしております。ブックマークもぜひ!またまた〜。




