花火
花火大会の会場は最高潮に達していた。どこまでも鮮やかで、飽きさせないほどに華やかな火薬の大輪は輝かしい光を放ち、その数瞬後にドンッと重く響く音を響かせる。その輝きは高い場所で、または低い場所で咲き乱れ。時には地上からその輝きが放物線上に立ち上って光の道を描き出す。或いは水上花火が散華して美しい半球状の火が散った。
それらの光はゆらゆらと揺れる海面で乱反射され、夜の暗がりが墨汁となって染めたような海を鮮やかな色で彩っていく。その水面がまるで鏡のような神秘さを表現し、言葉を失うほどに美しい。
さらには小型のドローンがばらまく火花とライトの光が上空を、水面上を駆け巡り、その様はまるでホタルのよう。花火だけでも見惚れてしまうその景色をその人工の蛍火がさらに心打たれるものに描き出していた。蛍火たちは統率の取れた動きで空中に様々な形を生み出していく。2051だったり、ハートや”めんそーれ”の文字さえも伺えた。
そんな人々が生み出した最高の景色をミリアは浜辺でラムネを片手に花楓と眺めていた。二人共時々感嘆の息と、歓声を上げて楽しんでいる。やっぱり夏と言えば花火だ。風物詩というものか。これを見られただけでここに来て本当に良かったと思える。
良い思い出になった。
「わあっ!ほんとにきれいっ!」
「さっきからそればっかりじゃん」
「だってだって、ほんっとうに、きれいなんだもん!」
終始ミリアの隣にいる花楓は興奮状態だった。しかも今の心境を上手く表現できないのか、ずっと綺麗を連呼していた。
そんな妹を見てミリアは微笑ましそうに彼女に寄り添う。
「最後はもっとすごいらしいよ?」
「ええ!?楽しみっ!」
それからも芸術的な花火が漆黒の空を舞い踊り、観衆の歓声も高鳴っていく。
そして最後はこれでもかと言わんばかりに花火が連発し、地上と海面からも花々が咲き乱れ、空からは光の雨が降り注いだ。
都市の一切の光をかき消してしまうような光量に、ヒトビトは目を離せない。心を奪われ、笑顔になり、この至福の時間を楽しんだ。それと同時に皆が思う。もう終わってしまうのか、と。これが終わってしまえば再び同じ場所で見れる花火は来年になる。しかもただ旅行に来ただけのヒトたちなら今度はいつ見れるかも分からない。
そんな寂寥感と高揚感を覚えつつ、皆この時間が続くことを願わんばかりに歓声を上げた。
そうして本当に最後。一際大きな大輪が咲き誇る。四重の紅、翠、紫、黄という球で描かれた、最も美しく壮大な花火。それは観衆の願いを少しでも叶えようとするかのように、長く長く光の放物線を描き、そしていつしか儚く消え去った。
あとに残るのは硝煙の煙だけ。それが白く電灯に照らされているのが見える。ヒトビトは終わってしまったことに寂しさを覚え、しかし満足そうに余韻に浸っていたり、立ち上がってこの場を去っていく者もいる。
こうして今日一番のイベントは終わり、今日という日も終わっていく。
「最後すごかったねっ!あんな花火を生で見るの初めてっ!」
花楓が今日一番の興奮を見せてミリアに共感を求める。そしてミリアも彼女と同じく興奮したように大きく頷いていた。
「うんうん!ほんとすごかったよね!いい体験だったよ!また観たいね!」
「うんっ!また来ようね!」
ミリアは満足したように後に手をついて楽な姿勢になる。今座っている石段はこの砂浜を囲うように造られていて、花火を見ていたヒトビトはここに座って見ていたのだ。それはミリアたちも同じで、なかなかに休憩するにはいい感じの段差である。
夜風が強く吹き、折角セットした髪が乱れてしまう。煙とか食べ物の匂いも着いてしまっているような気がしてならない。しかしここに来るまでに髪がミリア視点からは酷いことになっているからもう諦めた。まあ、端から見てもそこまで乱れてなく、臭いも香水でかき消されていい香りだ。だから逆に綺麗に整っているように見えるから本来なら気にする必要はない。
それからは二人してお喋りする。ここから立ち去ってもよかったのだが、なんだかあんな綺麗なものを見てしまって立ち去る気にはなれなかったのだ。そして話す話題はあまり良く知らない互いのこと。
「へえ、映画撮影って大変なんだね」
「でも楽しいんだよ?色んなキャラクターになりきって、自分とは違う人生を追体験してるみたいで刺激的なんだから!」
「うわぁ!やってみたい!」
そうやってミリアは花楓に自分がやっている、もしくはやっていた仕事について語っていた。それに対して花楓は興味津々に色んなことを訊ねる。演技のコツ、撮影の裏事情、涙の流し方、実は結構様々な意味で闇が深い芸能界のことなど。
ミリアは、芸能界とは言っても色んな所で働いている。女優やモデルの仕事をしつつ、最近はバラエティ番組にも出演している。なので世の中では結構有名だったりするのだ。芸能界の色んなことを見て聞いて体験してきている彼女をしても、いつまでも楽しくてたまらない環境であった。
花楓もしばしばテレビに映る彼女を知っていて、それが自分の姉であると聞いて今はすごく驚愕している。けれどそれと同時にそれが誇らしくてテンション爆上げになっていた。話せば話すほど自分の知らない芸能界の話とか、それがどれほど大変で楽しいのかを知って、それだけで楽しすぎる。しかもミリアが時折同僚とか上司の演技をしてくれるものだからまるで自分も体験したかもような錯覚まで覚えていた。
「そう言えばキスシーンとかってやったことあるの?」
「あ、やっぱ気になる?キスはしてないけどそういう場面はあったかなぁ」
「ん?キスしたことないのに撮影したの?合成?」
花楓には合成以外の方法が思い浮かばなかった。しかしミリアは頭を振って端末を起動する。
「《アサヒ》。今話してたことの具体例って出せる?」
『ミリアさんが期待しているような映像はこんなものでしょうか?』
「これこれ!ありがとう」
《アサヒ》が即座に検索してネット上の映像を表示した。花楓もその画面を覗き込んで、やっと納得する。その映像はミリアが出演しているものではなく少し古めのドラマだったが、まさにミリアが言いたかったことが表現されていた。
それを説明すれば、2人の男女がキスをする場面でキス直前で互いの顔が近づき、唇が触れる寸前で映像が切り替わって2人の足元を映すといったシーン。それも女性から迫ってキスをするように踵立で男性のすぐ前に向き合っていればそれだけで視聴者はキスを連想するだろう。
実際キスなどしていなくとも。
そういった間接的にキスを想起させるカメラテクニックだった。
「つまりここでは本当はキスしてないの?」
「そうそう!あたしだって乙女だし、そういうのはちゃんとしたいから頼んだんだよね。まあ、ちょっと仕事が減っちゃったけど」
こういったカメラテクニックは他のことに使われる。例えば交通事故の映像などは人と車がぶつかる直前までを映してぶつかった瞬間は人が持っていた荷物だけが宙を舞うとか、銃を突きつけられて場面が変わっても銃声だけが響けば撃たれたと感じるなど本当に色んな所でよく使われる。
ちなみにキスシーンが入った日本初の映画では、2人の男女の唇の間にオキシドール――謂わば消毒液――を染み込ませたガーゼを挟んで行われたらしい。当時の日本の映画では接吻というのは一般的ではなかったのだが、連合国軍最高司令官総司令部の占領政策の一環として、日本人の思想構造を改変するために指導したからというのもこの映画の背景にはある。
それからも映画撮影での表には出てこないような編集の話とかでミリアと花楓の話は盛り上がった。そしてそれが一通り話し終えると今度は花楓の学校の話が始まる。
「でねっ!三玲ちゃんと光太郎が付き合ってるんだよ!クラスで付き合うとか私じゃ無理なんだけどなぁ」
「へえ。恋人ってどんなことしてるの?」
「んん?なんかねぇ、教室の対角線上にいつもいるよ?」
「それ、ほんとに付き合ってるの?」
疑問を呈するミリアだったが、花楓が付き合ってると言っているので彼女はそうすることにした。
暫くして、そんな楽しい空間に1人の人物が歩み寄ってきた。
「花楓、ミリア。そろそろ帰るぞ」
それはハヤトだ。メガネ端末で時間を見ればもうそろそろ9時になろうかという頃合いなのだった。流石に祭りに来た人々は帰ってしまっているし、全員帰ってしまえばここは真っ暗で漣と唸る風の切り音だけが辺りを満たす淋しい場所に変貌することだろう。そんな場所に少女2人でいるのは治安が悪い世の中では危険すぎに違いない。だからハヤトはここに向かえに来たのだ。
実際は母が2人を連れてくるように頼んだのではあるが。
「そういえば美枝ちゃんは?」
ミリアは美枝の姿が見えないことに気づいてそう問うた。
「ああ、よくわかんないけど1人でどっか行ったぞ?危ないから一緒に行こうとしたらなんか拒絶された」
「ああ、そうなんだ」
まあ、きっとそういうのはたぶん男子には気づかれたくないことの類だろう。化粧とか、お手洗いとか、はたまたそういうやつ。拒絶されたというよりも、男子には見せたくないものだから仕方ないだろう。そういうのはハヤトに適任ではない。
幸いしたのはハヤトが鈍感だったことくらいか。
「じゃあ、ハヤトと花楓は先に帰っててよ。あたし美枝ちゃん向かえに行くから。美枝ちゃんはどこにいるの?」
「すぐそこの建物だよ」
「わかった。Talk to you soon!」
そしてミリアはひらひらと手を振って歩き出した。背後では花楓がハヤトにミリアから聞いた面白い話を興奮気味にハヤトに熱弁している。それを小恥ずかしげに聞いて、苦笑しながらミリアはその場を去ったのだった。
綺麗な花火でした――。
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。
そう言えばちょくちょくミリアが英語を会話に挟むのですが、きっと英語が得意なんだろうなと思っています。だって、Talk to you soonとか初めて知りましたし。羨ましいなぁ。英語は聞いていればなんとなく理解できる程度しかわからないので、ほんと未来の子どもたちは羨ましい。ん?もしかして未来って第三言語まで取れるなんてこと……流石にないか。
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