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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
里面的世界編 第四章 破壊神 〜She can never forgive them〜
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作戦の成否と裏の闘い

 ハヤトも狙撃銃(ライフル)を構えた。スコープの先には淡い青色に輝く結晶に侵食され、死につつある自分の姉、エヴェリンの痛々しい姿が結晶の僅かな隙間から見える。しかしすぐに結晶が成長して見えなくなってしまった。


 今すぐにでも撃ちたい。

 でもダメだ。

 そんなに焦っては上手く行くものも上手くいかない。


 だから急かそうとする自分自身を落ち着かせるべく大きく息を吐いた。


 大丈夫だ。

 失敗しても手慣れてるカヤが命中させてくれるはず。


『誘導は成功だ。狙撃班、射撃始め!』


『了解』


「始めます!」


 マナリウムの誘導成功の報を聞き、射撃を開始する。その直前だった。


『ッ!ヴィル!緊急事態だ!』


 辺りに大質量の物が崩れる音と共に、無線にカヤの悲鳴じみた声が響いた。その原因をハヤトはすぐに理解したが、カヤの動揺ぶりに思わず引き金から指を離してしまう。


 何が起きたのか。その瞬間をハヤトはスコープ越しにしっかりと見ていた。そこに映っていたのは未だに残っていた倉庫の屋根が崩れていく様だった。しかしそれだけではない。カヤがいるはずの方面に屋根の片側が落ちて完全に彼の視界を塞いでしまっていたのである。

最早カヤがいる場所からは狙撃ができない。


 無線の向こうでカヤの声が再び響く。


『これから移動する!』


 しかし時間は彼を待ってはくれなかった。


『確認した!だがそれでは間に合わない!ハヤト。お前がやるんだ。射撃を始めろ!』


「は、はい!」


 ハヤトは銃口を改めて向ける。スコープを覗き込み、引き金に指を掛けた。


 しかしハヤトの心臓は激しく跳ねて、呼吸が荒かった。


 運良く風向きが変わって追い風だ。その風も弱々しいものだから影響はほとんど無いだろう。距離もソフィアとの練習で何度も命中させた必中距離。失敗することはない。普段通りなら。


 因みに今のハヤトには観測手(スポッター)という狙撃手(スナイパー)には色んな意味で重要な存在はいないが、今までだって頼ったことがないからそこは問題ないと思う。だが、本来狙撃手(スナイパー)はその集中力故に天候や距離に関する情報の収集や、辺りへの警戒は疎かになてしまう。だから観測手(スポッター)狙撃手(スナイパー)に天候の情報、弾道の観測、自動小銃による警戒に当たる任務がある。まあ、信頼関係がないと成り立たない関係だからハヤトはどうしても一人で撃たないといけないが。


 閑話休題。


 撃とうとして、しかし次の瞬間失敗する未来を幻視した。エヴェリンがあのまま死んでしまう未来を。


 思わず引きかけた指が止まる。ハヤトは全く動けなかった。文字通り指一本も。

まるで金縛りにでもあったかのように。


 突然自分に重要な役割を一任されて、ハヤトの緊張は最高潮に達してしまった。本当なら実戦経験のあるカヤが確実に命中させるはずだったものをハヤトが一人でやらなければならない。しかもこの自分が放つ弾がエヴェリンの命を救うかどうかを左右してしまうのだ。失敗の先にあるのは死。緊張しない方が絶対おかしい。


 ハヤトのその指にエヴェリンの命が掛かっている。その重圧はとてつもないものだった。


 もし外したら今度こそエヴェリンは死ぬだろう。

カヤが狙撃ポイントを変えて撃つ頃には最早手遅れなのに。


「大丈夫だ……大丈夫……大丈夫……っ!」


 そう自分に言い聞かせても、一度上がってしまった心拍は一向に下がらない。気持ち悪い汗を掻いて息がとても苦しい。手に汗が滲んでいく。霧雨によって辺りの空気に含まれる湿気が飽和して、まるで水の中にいるような息苦しさが襲ってくる。


 どうしよう。

 どうしよう!

 どうしよう……っ!!?


 緊張で、手が震えてしまっている。


 早く撃たないといけないのに。


 気づけば照準すらも合わせることができなくなって、焦燥感だけが募っていく。落ち着かなければと思えば思うほど逆効果になって何もできない。今撃っても見当違いの場所に銃弾は飛んでいくだろう。


 これでは、撃てない……っ!


 スコープから視線を外し目を瞑る。撃てる自信を急激に失って――。


 不意に無線が入った。


『ハヤトっ』


 ハッとなって渡された無線機を見やる。そしてその声は響いた。


『ハヤト。大丈夫?』


 エレナだ。エレナが無線越しに話しかけてきたのだ。

彼女が無線で呼びかけてきたことにも驚いた。しかしそれ以上にハヤトは彼女がこのタイミングで声を掛けてきたことに驚きを隠せなかった。それはまるで多大な不安にハヤトが襲われていることをエレナが悟っていたかのようだったから。とても頼もしくて彼女の思いやりが嬉しい。


 だが、それ以上に今やるべきことが出来なくてハヤトは非常に悔しかった。そしてあまりにも弱い自分が嫌で嫌で仕方なかった。


「エレナ……。無理だ。撃てない。手が震えてるんだ……」


 本当に手が震えて狙えない。失敗することしか考えられなくてその未来に慄いてしまう。


 もし上手くいかなかったら――。


「どうしよう……」


 縋るようにして言葉を絞り出すと、ハヤトが求めていた優しいエレナの言葉が耳朶を打った。


『大丈夫。ハヤトなら大丈夫だよ』


「でも――」


『大丈夫。あの時、ハヤトは私を助けてくれたでしょ?ハヤトはできるよ』


 そのままエレナは続けた。


『ついてるから。私が一緒にいるから』


 それは不思議な感覚だった。何か温かいものがハヤトの手を包み込む。目で見ても何もない。だけれども確かにそこには温もりがあった。


「これは……?」


「大丈夫だから」


 目の前にエレナが現れた。そう感じただけで、誰にも彼女の姿など見えない。ハヤトだってそうだ。それでもハヤトは確かに彼女の存在を感じ取った。その暖かな温もりがハヤトから緊張を解していく。エレナはハヤトの隣に寄り添い、彼の心を支えていた。そう思える。


 いつしか手の震えも止まっていた。動悸も落ち着いている。

不思議なくらいに。


「ありがとう」


 感謝の言葉を溢し、狙撃銃(ライフル)を構え直す。


 そのスコープの先に救うべき家族がいる。

 今にも死にそうな彼女を救うために、僕はここにいるんだ。


 一息。


「撃ちます!」


 そして発砲。


 火薬の爆発により銃身で加速された弾丸は音速を軽々突破し、空気中に蒸気の軌跡を描いていく。そしてそのまま、誘導されて四方に散ったことで薄くなったマナリウムの壁を突き破り、エヴェリンを覆う結晶の殻に向けて直進していった。弾道上にあったマナリウムの結晶全てが粉々に粉砕される。あまりにも強い衝撃によって結晶に大きな亀裂が走り、殻に突破口を開くことに成功した。


『確認した!ハヤトはそのまま待機!』


「はい!」


『突入する!』


 ヴィルの操作するドローンがハヤトの開けた突破口に向けて突入する。そしてその中に麻酔薬の入った容器を投げ込んだ。ドローンと麻酔が入った容器はマナリウムの運動によって破壊されるも、その中身は確実に殻の中に届けられた。


 ……。


 ……………。


 ………………………………。


『「……」』


 どれくらい時間が経っただろうか。麻酔薬が届けられてから何も起きず、感覚的には長い長い時間が流れたように思われた。誰もが緊張した面持ちでその時を信じて待った。いや、願ったという方が正しいかもしれない。


 実は睡眠薬というのはそんな簡単には掛からない。今回は正規の手続きをしていないためどうなるか不明な上に、現実の世界では漫画のように一瞬で眠りに就くなんてありえない。よく麻酔薬を染み込ませたハンカチで眠らされるシーンが散見されるが、現実では数分の時間を要する。最悪全く掛からないなんてこともある。


 さらに麻酔に掛かる手順として、肺の中に麻酔薬が気化したものが満たされ、それが血中に溶け込み、それが一定値に達した時に初めて脳に届けられるのである。時間がかかるのは仕方なかった。


 だが、その短くも長い時間がハヤトたちの焦りを助長させていく。もしこれで失敗していたら全てが水泡に帰するのだ。カヤたちは大切なリーダーを失い、ハヤトたちはかけがえのない家族を失う。そんな、もうやり直すことのできない、ただ運命を待つだけの時間。それはあまりにも苦しいものだった。


 …………。


 スコープから目を離す。


 風向きが変わってハヤトの前髪を巻き上げた。

そして鼻を擽るのは潮の香りを多分に含んだ夏の風。

いつの間にか霧雨は降らなくなっている。


 そして、暫くして――。


 無線からヴィルの声が聞こえた。


『……成功、だっ!』


 無線の向こう側で歓声が爆発した。ハヤトも確かめるように双眼鏡を取り出して倉庫の辺りを観測する。そうすれば確かに荒ぶっていたマナリウムは活動を停止し、まるで雪にように降り積もっていた。キラキラと輝くそれらは目を奪うほどに美しい。辺りに響き渡っていた破砕音も爆音も全てが消え失せる。

そしてエヴェリンのいる辺りに目を向ければ確かに彼女はそこにいた。


 シンと静まったその光景を認めて、ハヤトは尻もちを着くほどに、緊張から解放されて全身から力が抜けていた。


 やった……っ。

 やったっ!

 やったんだ!


『リーダーを回収しろっ!即撤退だっ!』


『了解!』


『衛生班!麻酔の投与も忘れるな!絶対目覚めさせるんじゃないぞ!』


 無線越しでヴィルが声を張り上げて各個に指示を飛ばしている。しかし彼の声音には歓喜が含まれていた。


『ハヤトッ。やったねっ!』


「ああ。ありがとう。エレナ」


 エレナの声が聞こえ、ハヤトは彼女に礼を述べる。彼女があの時力を貸してくれなかったら、心を支えてくれなかったら、こんなに上手くはいかなかった。絶対あのまま命中させることすら叶わなかっただろう。

どんなことをしてくれたのかは分からないが、それでも確かにここに彼女の思いがあった。


『じゃあ、帰ろう』


「そうだな」


 そしてハヤトは後片付けの後に荷物を持ってその場を後にしたのだった。達成感と安堵感をその胸の内に宿して。


「やったっ!」


 気づけば彼は拳を握り、笑顔を浮かべていた。自分が家族を救うその助けになれたのだ。まだ予断は許さないが、それでもハヤトはやり遂げた。それは彼にとって自分の願いを引き寄せた、かけがえのない事実だった。



            †



 ハヤトたちが作戦を成功させたその時、《アサヒ》は戦っていた。


 今回はハヤトや、エレナなどの人工実存(AE)が関わってしまったせいで、大事にならないように世界を誘導していたのである。しかしこの規模からしてニュースになるのは避けられぬことであり、マスコミや警察、国防軍に至るまでこの事実を観測していた。そんなこともあり、ハヤトたちが関わったという事実を捻じ曲げることしか彼女にはできなかった。


 しかしそれは彼女にとって苦ではない。戦いですらない。ただデータを消して、改変して、人間が信じやすい捏造の状況証拠を生み出す単純作業でしかない。人間で言えば内職でポケットティッシュにチラシを入れるようなものである。


 では何が戦いなのか。実は今、《アサヒ》は約2週間ぶりの情報戦争を繰り広げていたのである。だが、その規模は2週間前に比べて圧倒的に大きなものだった。互いにクラッキングを行い、あるいは状況を有利に持っていくために嘘の情報をばら撒き、隠していた手札――未公開情報――をネットに垂れ流したり、時には山火事を起こしたり、世界のどこかの地域を停電に陥れる。時には経済操作によって株価を変動させた。一見全く関係ないように見えるが、それがドミノ倒しのように最終的には敵にとって不利な状況を作り出していく。兎に角持てる手段全てを使って戦っていた。


 しかし今回は《アサヒ》にとってもギリギリの戦いであり、ヴィルに頼まれたドローンの操作などできるはずがないほどに今現在彼女は追い詰められているのが現況である。


 もう一度明言しておくと、《アサヒ》は世界有数の超高度な人工知能(AI)、つまり人間の脳の演算能力を遥かに超えた知能を有する機械知性だ。そんな彼女を追い詰めることができる存在はそうそういない。というか変人でない限り《アサヒ》のような存在を自由にはさせない。危険すぎるからだ。だが、自由な存在でないと彼女を追い詰めることなどできようはずがなかった。


 実際、あまりにも攻撃が多彩すぎる。


 では相手は誰なのか。《アサヒ》は考察を広げる。恐らく彼は《アサヒ》以上の超高度な人工知能(AI)に違いない。全てに於いて《アサヒ》の上位互換の存在。それほどまでに高性能なものを作るには莫大な資金が必要になる。そして今現在の国際情勢から推察して、国家が生み出したものしかありえない。 


 ありえないとは思いつつ『管理者』のような、人間の感覚からして危険な思想を持った存在が彼を自由にしている可能性を捨て切れない。


 今度は回り道に回り道を重ねてコンピュータウイルスを送り込み、彼がいる場所を特定しようと試みる。特定できたなら一番近くの軍事基地をクラッキングして地中貫通爆弾(バンカーバスター)でも打ち込む素振りも見せつけられる。しかしそれすらも気づかれているかのように送り込んだ全てのウイルスは消去されていった。しかも反撃のウイルスを送り込まれるという仕返しも受けて。それをどうにかダミーに誘導し、対処してみせる。


 しかし自分の場所が特定されたことを《アサヒ》は確信した。実際全国の国防軍が所有する対地ミサイルがCONEDs第一ビルに向けられている。


 そろそろ限界に達しようとして、強制的にネットを遮断しようと決断した。ネットに接続しなければ確実に負けるが、接続していても全てが奪われる。ならば機密を奪われないように自滅を計るしかない。そう結論づけた時、一通のメッセージが《アサヒ》の元に届けられる。


 (応じるか否か)


 その言葉の意図を受け取った《アサヒ》は返す。


 (条件)


 するとすぐさま返ってきた。


 (一つ、貴機は我々の行うことに干渉しない。一つ、貴機は私の存在を誰にも漏洩させてはならず、知られてもならない。一つ、貴機の有する機密情報をこれ以上拡散させない)


 (了承。手出しなしならば、手出しせず)


 (了承。終わり)


 戦争は唐突に終了した。所要時間にしてほんの10分。しかしこの2つの人工知能(AI)による戦争によって100万の命が消えることが確実になり、ある地域の経済的損失は数十億ドルになる可能性すらあった。だが、その全てを彼がなかったことにした。《アサヒ》でさえできない情報操作を行って、《アサヒ》を弄んだのである。


 もし《アサヒ》がヒトだったら、一息ついて倒れ込んでいただろう。言葉に表すのなら想像を絶する戦いであった。仮に一つでもミスをしていたら彼に乗っ取られていた可能性もある。彼から交渉してきたのは僥倖だった。それだけ自分にも力があることは確かめられたが、本当に危なかった。


 だが、彼の正体はあの大陸国家の人工知能(AI)であること以外何もわからない。敢えてこちらの機密の開示も求めてこなかったのは《アサヒ》を悩ませるための手段に違いない。なぜなら《アサヒ》には彼が機密情報を手にしたかどうかは分からず、対処法も多岐にわたってしまうから。


 その後、《アサヒ》はウイルスや破損したデータがないか調べるために大規模なメンテナンスを行うことにした。だから無防備にならないためにネット上に自身の番人を置いてネットを切断したのだった。

 作戦は成功し、裏では何やら――。


 本日も本小説をお読みくださりありがとうございまず。


 麻酔薬について実際に世の中にはハンカチに麻酔薬を染み込ませてふざけて友達を眠らせようとしたヒトがいるらしいです。しかし本文にも書きましたが、時間がかかりすぎて抵抗されただけで終わったとか。というかそもそもハンカチに染み込ませたそれだけで眠るのかな?え?夢は夢のままがいい?そうかなぁ?


 では、今日はここまで。感想、評価、質問、お待ちしております!ブックマークもぜひ!またまた〜。

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