戮力協心
30万字突破!やっとここまで来ました。これも一つの目標だったので、続けられてよかったです。
少し時間を遡る。
ハヤトは小さなビルの上にやって来ていた。ここからは例の倉庫が一望できる。とは言っても肉眼ではまあまあ見えるという距離だが。スコープなしには細かく見ることもできない。そしてここは今までの練習通りなら問題なく撃てるはずの狙撃ポイント。風は幸運にも弱い。だからすぐさま準備に取り掛かった。
『リーダーの弟。名前は何だったか?』
手渡された無線の向こうから一人の少年の声が聞こえてくる。その言葉にハヤトは教えられた通り無線機を操作して返した。
「ハヤトです。よろしくお願いします。カヤさん」
『カヤでいい。敬語も要らない。年は変わらないんだからな』
そう。実は意外なことにカヤはハヤトと同い年なのだ。気迫とでも言うのだろうか。やはり纏う雰囲気がハヤトとは全く違う。その鍛え上げられた身体のせいなのか、それともその目つきのせいなのか、カヤの方が断然年上のように見えてしまっていた。だから気を抜くとどうしてもハヤトは彼に対して敬語を使ってしまう。カヤの方が強く、精神年齢は彼の方が高いに違いない。
そしてカヤは言葉を続けた。
『ひとつだけ確かめたい。俺にはお前がどうしても戦闘術も、狙撃も、何もかも初心者に見えるんだが?』
「ああ、そうだよ。ただの一般人だ。でも、狙撃はソフィア……僕の姉に教えられた。成績もまあまあ良かったとは思ってる。300mくらいなら当てられた」
『そうか。今回もそれくらいの命中精度は出してほしいな』
実際のところハヤトとエヴェリンのいる倉庫まで距離は300mもない。しかしカヤが聞きたいのはそういう技術的なことではなかった。
『だが、まだ分からないことがある。どうしてここまで来たんだ?リーダーも困ってる。俺達みたいなやつと関係を持つとろくなことがないくらいお前でも感じ取ったはずだ。それにただ見ていることをやめれば狙われるのはお前になるかもしれない』
カヤの言葉からは言外にこれ以上関わるなと言っているのが嫌と言うほど伝わってきた。
平和な日常を過ごせるのならその世界で生きろと。ここでも狙撃なんてことはせず、ただの傍観者でいるべきだと。
確かにそうかもしれない。もしかすればただの無責任な行動をしているだけなのだろう。下手すればあからさまに関わったせいで自分の身が危ない可能性も捨て切れない。
だがハヤトだって好きでここにいるわけではないのだ。今ここで成し遂げなければならないと思えることだからこそ、ハヤトはその指を引き金に掛けている。誰に言われたのでもない。誰も否定できない、自分で決めたことが胸の内にある。熱い何かが。
「僕は決めたんだ。これ以上家族を失いたくない。だから今やれる全てのことを僕はやる。保身のために家族を失うなんて嫌だ!」
『そうか。家族、ね……』
不意に暗い雰囲気を纏った言葉が無線越しに聞こえてきて、そう言えばおかしいことに今更ながらハヤトは気づいた。それでも覚えたての狙撃銃の組み立てをしつつ問いかける。
「一つ聞いていいか?」
『なんだ?』
「カヤはどうしてここにいるんだ?」
17歳の少年がこんな危ない裏世界にいることが少しおかしい気がした。海外ならもっと年端もいかない子供も戦士になることも珍しくはないし、危ない仕事を担っている場合もあれば、犯罪に手を染めて今日生き抜く食べ物を探す子供だっている。しかしここは日本だ。普通そんなことに巻き込まれたりはしない。身寄りがなくたって児童養護施設なんかに入れられてそこから社会人になれるはず。
なのに、なぜ?
『……』
対してカヤは最初沈黙を返した。その気まずさに先に言葉を発したのはハヤトだった。
「悪い。変なこと聞いた」
『別にいいさ。だが――』
カヤは気を紛らわすように話を続けた。
『そんな質問をするのはお前が普通の家庭に生まれたからだ。俺はもともとマンホールチルドレンだからな。家族なんて妹くらいだったよ』
「だった?」
『風邪で死んだのさ』
「悪い……」
悪いことを聞いてしまった。それはたぶん辛い話だ。
なのにカヤは続けた。
『俺はリーダーのおかげでここにいる。惨めだった人生が全部変わったよ。とても感謝してる。だから俺はあいつを助けるんだ。ここにいる理由はあいつだけでいい』
「……」
最後の言葉は不思議な言い回しだった。カヤがコンコルディアにいる理由はエヴェリン自身。でもそれは忠誠とかそういう雰囲気をあまり感じなくて、どちらかと言えば――。
沈黙が降りた。そしてこれ以上話す時間もないと気づく。やっとの思いで狙撃銃を組み立てて、ハヤトはそれに問題ないかを確認していく。そうしながらも先程短時間で煮詰めた作戦の内容を頭の中で思い浮かべていた。
†
作戦開始の少し前。作戦指揮車にて。ハヤトが閃いたそれを合流したカヤや新潟支部支部長島崎も含めて煮詰めていた。そしてハヤト、エレナ、ハルカも今回だけは作戦に参加することになる。
今回の作戦は即席で作成したかなりざっくりしたものである。だからとても拙い。だが、これ以上にやれることが見つからなかった。理由としてあの【プロトタイプ】の情報が少なすぎるのが主な原因なのだが、ないものを強請っても仕方ない。《アサヒ》だって機密を語るはずがないし、仮に語ってくれてもあんな危険な魔法を『管理者』が何度も実験できないためにデータは少ないだろうとハヤトたちは思っていた。
「最後に確認だ」
ヴィルが率先して作戦遂行の手順を確認する。
「まず最初に今作戦の作戦目標だが、デスフルランをリーダーに投与することだ。そしてリーダーを『管理者』の許に送り、治療を行う。これはいいな?」
ヴィルの問いかけに全員が頷く。それを確認した彼は今度は島崎に問いかけた。
「島崎さん。部下たちの様子はどうですか?」
「今の所問題なく皆動けています。神奈川、新潟支部双方の部下たちにもしっかりと現況は伝えてありますので、そこ大丈夫かと」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
まずこの作戦の行う上で大事なことがある。それは科学魔法という存在がよくあるファンタジーのような代物ではなく、理屈ある科学だということを全員が知る必要があった。エヴェリンが使ってしまった【プロトタイプ】は制限無しで彼女の思考を具現化している。そのせいであまりにも非現実的なことが起きているのが現状で、組織全体が恐怖に見舞われる可能性があった。そうなっては元も子もない。
ヒトに共通して存在する恐怖とは未知なるものに対する恐怖だ。しかし科学魔法はマナリウムで思考情報を外部で形にしているに過ぎない。決して非科学ではないのだ。それを知るだけでも恐怖は軽減される。ある程度説明できるのなら無条件で怖がることはない。
そしてヴィルは今度はカヤに顔を向けた。
「カヤ。デスフルランはちゃんと確保できているか?」
「問題ない。《アサヒ》とかが言う充分量は確保できた」
「そうか。次も頼むぞ」
「ああ」
カヤが《アサヒ》の指示で入手したデスフルラン。これの存在があるかないかでエヴェリンの運命が変わったと言えよう。
前提としてマナリウムは人工実存の脳を形成できるほど精巧に神経細胞に模して造られ、元々は脳の情報を引き出すために造られたもの。多少の差異はあれど基本的に神経細胞として扱って良いはずのものだ。つまりほとんど細胞としての原理は同じ。
つまり、荒れ狂うマナリウムを止めるために必要なもの。それは麻酔だ。ハヤトは父の薀蓄によってこのことを閃いたと言っても良い。その薀蓄によれば、麻酔とは種類にもよるが神経細胞の信号伝達をブロックすることによって可能にしているという。全身麻酔にしても脳全体での情報処理を妨げているために意識を消失するらしい。ならば、麻酔によってマナリウムの情報伝達を阻害させれば活動を停止させることができると踏んだ。特にエヴェリンの意識を麻酔によって絶つことさえできれば夢さえも見ることが叶わないために何かが具現化することはないだろう。
そして肝心の麻酔薬だが、これは《アサヒ》曰く問題なく入手できたそうだ。彼女によれば全身麻酔薬とは輸出入も行われていて国際港であるこの新潟港にも積載されている。それを拝借――つまり、泥棒――して手に入れられるとのこと。場所は《アサヒ》がクラッキングして特定し、コンコルディアのメンバーが奪取する。明らかに犯罪行為だが今更だろう。
懸念事項としては全身麻酔下でも脳波は検出されることからそれが何かを引き起こす可能性があることと、そもそも麻酔薬をエヴェリンの脳に届けることができるかどうかということと、身体のほとんどが壊れている状態での麻酔によってエヴェリンの生命維持が持続可能かどうかということがある。だが、やらなければエヴェリンは確実に死んでしまう。やらなければ救えない。
「今回ドローンの操作は俺が担当する。《アサヒ》がやるほうが精確だと思われるが、野暮用で協力してもらえないようだ。それは仕方ないと割り切るしかない」
「「?」」
ハヤトとエレナはヴィルの言葉に思わず首を傾げた。特に《アサヒ》がエヴェリンを見捨てなければならない理由はないと思われる。実際協力もしてくれている。だからなぜそこだけを協力してくれないのか今の二人にとってはとても不思議だった。
「ドローンの準備はどうだ?」
「さっき終わらせた」
「相変わらず仕事が早いな」
しかしどうやってその麻酔薬をエヴェリンの許に届けるか。それが一番の問題かもしれない。荒れ狂うマナリウムの中に突入するのが自殺行為である以上、ドローンによって上空から散布する他ない。だがそれでは麻酔薬が散ってしまって効果が期待できない。確実にドローンで運ぶことも考えられたが、そこで予想外の障礙が現れた。実はまだ認識されていないために破壊されていなかったドローンからの映像によってエヴェリンの周りには卵の殻のようなものがあることが分かったのである。それがあるせいでエヴェリンに直接麻酔薬を届けられない。
その問題を解決するために今回狙撃を行うことになった。そしてその殻を壊す。だが、マナリウムの結晶体の強度が不明な以上壊せるかどうかは未知数だ。壊せなければ詰み。やらなければ分からない。
タイミングも大事だ。マナリウムは外部から形を崩されると元に戻ろうとするため、壊れた直後に麻酔薬を届ける必要がある。
「狙撃はカヤとハヤトだ。他に長距離射撃できるやつがいないから仕方ないが、二人共、頼むぞ」
「分かりました」
「おお、任せろ」
そして最後に狙撃を行う上で問題が一つだけあった。それはあの大量のマナリウムの運動によって撃ち出した弾丸の軌道が大きく逸らされてしまう可能性があるということ。それはドローンで麻酔薬を運ぶ時にも障礙となる。だからそこでエヴェリンに何かを認識させてマナリウムを誘導するという手段を取ることになった。何をやるかと言えば声援だ。大勢で声を掛けることによってエヴェリンの意識をそちらに向けさせ、マナリウムを誘導する。そしてマナリウムが薄くなったところを狙撃するという手筈となった。
ハルカとエレナが参加するのも外見がとても目立って目を引きやすいからというのもある。
声援を送る側は危険を伴うが、迅速に作戦を終わらせることによって無視する。どちらにしろ時間がないのだから。
因みに世の中には麻酔銃というものがある。しかし普通の麻酔弾の最大射程はその形状の関係上20mもない。今回の場合、撃つ前に死ぬだろう。
「最後に敵に対する備えだが、B班とC班に任せる。またあの”死神”が現れない限り撤退はないと思え」
「「「はい」」」
今の所戦闘を行った敵はなりを顰めている。どういう思惑があるかは分からないが警戒しなければならない。そこでカヤと彼を支えるスポッターを除いたB班とC班が前線維持を行う。今までの戦闘からして死神が現れることがない限りそれは可能であると結論付けられた。
因みに”死神”はかの機械兵器のコンコルディア内のコードネームと化しているが今は関係ない。
ヴィルは全員の顔を見渡した。
「何か質問のあるやつはいるか?」
「「「……」」」
沈黙が返された。それを認めてヴィルは一際大きな声を上げる。
「作戦を始める!各位、それぞれの役目を必ず果たせ!」
「「「はいっ!」」」
†
そしてビルの上に戻る。
『作戦開始!』
「『了解っ!』」
無線の向こうからヴィルの声が響く。それを合図に全員が動き出した。
全員が協力し、少女を救うために動く――。
本日も本小説をお読みくださりありがとうございます。
全身麻酔には色んな種類の薬品があるのですが、世界的にも使われていて、日本でも普及し始めたというデスフルランを使うことにしました。マナリウムは神経細胞とほとんど同じという考えから、その情報伝達を阻害するにはこれが一番効果的だと思われました。誰かのイメージがなければ動けないので有効だと思われます。しかし実際にこんな使い方ができるかと言うと、疑問点が多々あり、専門家からすれば笑われることでしょう。ただの麻酔薬としておけばよかっただろうか?
最後に戮力協心という四字熟語は全員の力を結集し、一致協力して任務に当たること。と調べたら出てきました。まさにその状況が今ではないでしょうか?
では今日はここまで。感想、評価、質問、お待ちしております。ブックマークもぜひ!またまた〜。




