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Futuristic Memory ――この世界に届けられた物語――  作者: 破月
生存戦略編 第四章 日常へ 〜They hope the peace〜
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エピローグ 存在意義 〜何者であるか〜

※注意 少しグロテスクな表現が出てきます(ちょっと)。

 ――16年前。


 おつかいからの帰宅中、ソフィアはずっと頭を捻っていた。難しい顔をして、兎に角唸っている。そのせいでふらふらと壁とか通行人とかに何回もぶつかってしまっていた。まあ、悩んでいることだけが原因ではないのだが。


 ぶつかる(たび)に人の視線が集まって、周りからはぎょっとした表情をされる。幾度か声を掛けられたが、全く気にすることではないので無視した。ただ物凄い心配された。そして時には警察まで呼ばれていた気がするが、面倒臭いのでそそくさとそこは退散した。


 今はこの考えだけが問題なのだ。

 意味が分からない。

 どうしても理解できない。


 ソフィアには珍しく、というよりどんなに情報を集めてもどんなに時間を費やそうとも全く答えが分からない問題がその時の彼女の中にはあった。そして思えばそれは生まれた時からずっとあったものだった。


 それに対して明確に気づいたのはつい最近のことだったりするが、このフェルマーの最終定理の如き難問にソフィアは千思万考していた。そんな定理は何だ、と普通の人間は言うだろう。そしてそれが日常に於いて何に役立つのか、と。しかしそれは確かにそうではあるのだが、知りたいと思った偉人たちは精神に異常がきたすほどに脳を酷使してその問題に挑戦していたのである。


 何が言いたいのかと言えば、今彼女が悩んでいることはフェルマーの最終定理と同じく日常に於いて普通は考えなくても良い事柄なのである。さらに言えばヒトとして疑問に思う方がおかしかった。よく言えばかなり哲学的だった。


 それを上手く言葉に纏めれば、なぜ私は創られたのだろう、()しくはなぜ存在しているのだろう、という疑問だった、それは彼女の立場では当然疑問に思うことであって、人間ではない彼女には自分という存在と言うものほど異質なモノを知り得なかった。


 だからその日、ソフィアは父にそれを問うてみることにした。別に悩み続ける理由はない。答えを知っている存在がいるのなら彼に聞けば終わる話である。これは数学の証明と違って知っている存在が神ではないのだから相当に楽な話だ。


 ソフィアは浜崎研究室の玄関の扉を開く。


「ただいま」


「あ、おかえ、り……?」


 ソフィアの帰宅に気づいて部屋の奥からこちらに首を伸ばした父は彼女の存在を認めて、しかし次の瞬間固まった。何度かまばたきして変な唸り声を漏らした後、呟いた。


「どうした、それ?」


「ああ、これ?荷物持ったら()()()


「軽いな」


 そんなことを言う父も反応が薄いのだが、ソフィアは気にした風もなく部屋に入って買い物かごを下ろした。もし普通の人間ならソフィアの今の姿を見れば必ずぎょっとするだろう。最悪悲鳴を挙げるかもしれない。


 そしてソフィアはカレーの材料が大量に入った袋から()を取り出した。それは人間の腕を()()()ものと遜色がなかった。

そう、()、である。


「痛くはなかったのか?」


 父が立ち上がって買い物袋を呆れたように見つめつつ、その腕を受け取った。それを観察して何か考えているようだった。まあ、この原因を探っているのだろう。


「〈感覚切断〉で痛みは抑えたから」


「なるほどなぁ……」


 そして一通りソフィアの腕を見終わって、父は今度はソフィアの肩口を観察した。


「これはこれは。応急処置も面倒そうだ。いや、修復も一度バラバラにしないといけないのか?あーあ、折角の服もこんなになっちゃって。でも良かったよ。まだ出血と生命活動に関係性が無くてさ」


「そうだね。人間じゃなくてよかったと初めて思った。でも体中の血管に空気が入る感覚が、その……気持ち悪い」


「だろうな。動く度に身体中がぐちゃぐちゃと――」


「やめて下さい!ほんと、なんでそんなこと分かるんですか!?」


「ま、想像だよ」


 ちょっと呆れたソフィアだったが、気にしないことにした。どうしてこうグロテスクなことを簡単に言えるのか。身体の気持ち悪さが倍増する。

本当に止めてほしい。


「そういえば、警察呼ばれなかったか?」


「ああ。血はベタベタ続いてるから来るんじゃない?」


「マジか……。……めんどい」


 本当に面倒くさそうに父は溜息を盛大に吐いた。父が一番面倒だと思っていること。それは現社会の法制度だ。なぜならそれと父の価値観が乖離しているところがあるためである。例えば、人工知能(AI)人工実存(AE)のことだ。ソフィアを好きにさせていることがバレても実験中で勝手に外に出たとか言い訳するだろうが、それは自分の娘をモノ扱いすることでもあり、父は嫌っていた。


 まあ、こんな世界では仕方ない。それにソフィアもそこまで気にしていない。逆に人工実存(AE)だとバレる方が面倒だと思っている。絶対面倒臭い人間が注目してやって来て、ありもしない真実とやらをでっち上げるに違いない。本当に衆愚政治が蔓延(はびこ)る社会は嫌いだ。


「早速治そうか」


「おねがい」


 しかし父は、あ、と呟き。


「ごめん。今資材がなかったんだった」


「え?なんで?」


 最近身体の材料となる物資を購入していたはずだ。勝手に購入履歴を見たから分かることだが、あれだけあればこれくらい直せるはずなのに。


「それはあとで話すよ」


 そうして父はパソコン前の椅子に座って画面に目をやった。そこにはまたアニメの画面が映っている。まだ昼なのに何かを見ていたようだ。


 社会人。

 いいのか?


 父が見ているアニメは多岐に渡る。アクション、SF、ゆるふわ、サスペンス、推理、歴史、恋愛、異世界、時々ホラー……etc。本当に面白ければ何でも見る。


 そういえばなぜか巨大ロボはいろいろな方面でご都合主義を無視すれば現実的ではないとか言って工学屋なのに見ない。


 不思議だ。


 そして今まで見ていたのは、ご都合主義満載の異世界物だった。どうしてかは分からないがそれが研究のアイデアになるらしい。しかもその全てが現実的にありえるという見解を持っているのだから、他のヒトとは見方が随分と違うのがよく分かるだろう。


 こっちの方が絶対ありえないはずのなのに、どうして巨大ロボ系のアニメは見ないのだろうか?もしかしたら話数が多すぎて見る気がしないだけか?


 父の思考もソフィアにとっては統一理論並みに難しいイメージがある。理由はこういった矛盾があるからだ。これもソフィアにとってなかなか解けない難問であった。しかし今はもっと疑問に思っていることがある。


 だから父に声を掛けた。応急処置もしていないから腕からは相変わらず血が溢れ続けているが。


「父さん。ちょっといい?」


「ん?どうした?」


 父は見直していたアニメをスペースボタンで一時停止してこちらに顔を向けた。話をちゃんと聞いてくれるようだから率直に訊ねてみる。


「父さんは、なんで私を創ったの?」


 その言葉に父は悩むように虚空を見つめた後、言った。


「人間が結婚して、配偶者と子供を作ろうと声を掛ける感じかな?」


「ええっと……?」


 何を言っているのか分からない。自分が訊ねたのは自分が生まれた理由であるはずなのに、父からは本人も分かっていないであろう妄想を聞かされたのだから。実際、父は未だに未婚なのである。最近仲良くなりつつある女性がいるようだが、世の中の女性に対して奥手、もしくは警戒気味の父にどこまでやれるかは未知数だ。


 それはともかく自らの疑問をソフィアはぶつけた。


「あの、さ。なんか伝わってないから言うけど、私が疑問に思っているのは私の存在理由だよ?普通のロボットならいらない食費は嵩むし、明確な目的もないからそもそも私に命令を忠実に熟す理由もない。しかも身体を態々動かすから、骨やら筋肉の交換を毎月行って、今回みたいに破損したら大騒ぎだし、ハッキリ言って赤字じゃない?風評も悪くなるし」


 食費は人間並み、人間なら新陳代謝でどうにかなる身体の不具合も定期的に検査して悪くなったところは手術して全身交換しなければならない。今回のように血を流してきたら悪い噂だって出るだろう。そんなデメリットを抱えてなお、ここにいる理由は明確に教えてもらえず、ただ自由という何をすれば良いのか分からない時間を費やすことになっている。


 はっきり言って無駄と言うか、この現代社会に於いて企業が手がける事自体がおかしいことだ。なぜなら利益どころか不利益でしかないのだから。


 そしてソフィア自身、好きなことして過ごしてはいるが、自由というものほど不安になるものはないのである。ここにいて良いのか、これからもこんな生き方で良いのだろうか、といつも考えてしまう。

もしかしたらこのままお金が無くなって口減らしにでもされたらと思うと不安が大きくなって恐怖でしかなかった。


 しかし父はおおらかな笑みを浮かべて言った。


「確かにもう少しで赤字だな。今、そうならないように新しい技術を開発中だが、まあ、あと数年は掛かるかな?でも、こうでもしないとお前を創った意味がないんだ」


「どういうこと?」


「実存は本質に先立つ。ジャン・ポール・サルトルがそう言ってたろ?つまりヒトとしての定義の一つはそういうものだ」


「????」


 あまりにも理解が出来ていないという顔をしていたのだろう。父が苦笑気味に噛み砕いて説明してくれた。


「例えばだ。今僕たちが見ているパソコン、もしくは端末。何でも良いが、人間が創ったものの本質は何だ?」


「本質。つまり存在理由?パソコンなら作業を効率化するため、椅子なら座るためとか?」


「そう。これらはまず人間がこういうものがほしいと願う本質が先にあって、その本質をもとに実存、つまり形として生み出すんだ。人工知能(AI)で言えば、かつて人間にしか出来なかったことを人間以上に出来る便利な道具という存在が欲しいという願いからその本質が生まれ、人間がそれを形に、つまり実存として創り出した。ということはだ。人工知能(AI)は願われた通りの目的を持っているんだ。宗教の神もそんなものかな?」


 なんとなくソフィアにも父の言いたいことが分かってきた。


「なら、ヒトは違うということ?」


「ああ、ヒトはまずそこに存在し、後になって自ら選択して自らの本質を決めるんだ。ほら、白紙(タブラ・ラーサ)の話みたいな、赤ん坊は何者でもなくそこにいて、でもいつしか彼が選んで学者、スポーツ選手、画家、政治家と色々な本質の中から選び取っていく」


「でもさ、跡継ぎのために生まされてきた子供とか、妙に子供に期待する親が子供に英才教育を施したりとかだと子供は選んでいないよ?」


「いや、子供は選んでる。本当に嫌なことなら自ら死ぬ覚悟を持って反対するはずだ。大半の子供が抵抗しないのは、逆らわない方が楽だからだ。ヒトは楽がしたいものだからね。そしていつしか他人の願いを自分の願いだと思うようになる」


「それ、もはや洗脳」


「昔は良く教育(イコール)洗脳と言っていたものだよ。それと十分な知識が与えられなかった子供も選択肢を知らなかっただけで選んでいるな」


 と、ここまで来てソフィアは自分の疑問が解消されていないことに気づいた。


「それで?なんで私を創ったの?」


「じゃあ、聞くけど、お前は何者だ?」


「……人工実存(AE)?」


 自信なさげに答えると父はおどけたように、そして褒めるように手を叩いた。


「そう!つまり心を持つ、人間とほとんど変わらない存在だ。ならば、存在理由という本質は先にあってはならない。実存というまず何者でもないお前がここにいることが重要なんだ。そしてお前が自らの本質を持てればヒトとなれる」


 ソフィアは首を傾げ、思わず宙に視線を彷徨わせた。


 父が言いたいことは分かる。父は自分を人間と同じ条件に持っていってヒトを生み出そうとしている。しかしその表現だとまだソフィアはヒトでない可能性も出てくる。なぜならソフィアには自分が持っている本質が分かっていなかったからだ。


 なら、私は何者だ?


「私は本質を持ってる?」


 ひとりでに溢れた言葉に父は直ぐに頷いた。


「既に持ってるぞ?まあ、()えてそれは言わないが、もうじきお前の本質も増える」


「え?」


 予想だにしない発言にソフィアは戸惑うが、父は悪戯を成功させたかのような笑みでとんでもないことを呟いた。


「お前に妹が出来るんだ」


 それにソフィアはただただ驚いた顔をせざるを得なかった。


 この時、ソフィアは父がどうして今彼女が持っている本質について教えてくれなかったのか正確に理解は出来ていなかった。

 ヒトは実存が本質に先立ち、人工知能は本質が実存に先立つ――。


 本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。


 今回哲学者サルトルの思想が出てきました。このヒトは結構有名なヒトで、確かフランスで国葬されたんだっけ?うろ覚えですけど、それくらい有名なヒトでした。今でも高校の倫理の教科書に出てきます。そしてこのヒトの”実存は本質に先立つ”という言葉は当時の私に衝撃を与えました。なぜなら人間と人工知能の違いを明確にする一つの指標だったからです。


 ここで私は本質とは何?と考えてみました。そしてそれは単純なものでした。謂わば本質とはレッテルなのです。付箋のように張り付いているのです。例えば浜崎代表の本質を述べれば、『男性』『会社の代表』『父親』『日本人』『大人』『人間』『おじさん』『研究者』『変人』『料理上手』『知識豊富』……etc.でしょうか?まだまだあります。ヒトというのはこういう膨大なレッテル、付箋という名の本質を持ち合わせているものなのです。こう考えれば赤ちゃんは『誰々の子供』『男性、もしくは女性』『肌の色』など漠然としたものしかありませんね。成長していけばだんだん本質が貼られていくのです。

まあ、私の勝手な意見です。矛盾があったら教えてくださると助かります。論表を誰かとしてみたいですけど、難しいですね。


 感想、評価、質問、お待ちしております。ブックマークもぜひ。誤字脱字報告もよろしければどうぞ。

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