11◇お喋りクローゼット
バックは財宝部屋の床にある金貨と宝石を、足で蹴ってどかしながら財宝の山の中を進みます。金貨が跳ねてチャリンと音を立てます。
「エインセイラ、あっちの壁側の財宝には近づかないでね」
「あっちの壁側? なんだか変な光を出してる剣とか槍とかあるみたいだけど?」
「向こうにあるのは呪われてたり、使い勝手の悪いものだったり、魔神を閉じ込めたランプとか、装備すると変な音を出して外せなくなるとか、ちょっと変なものがあるから」
「それはそれで見てみたいわ」
「今、用があるのはコレだよ」
バックはその手からエインセイラ姫をそっとおろします。エインセイラ姫は金貨と宝石の上に立ちます。辺りが金銀宝石でキラキラしていて目がチカチカします。
「久しぶりだけど、ちゃんと使えるかな?」
バックが手をかけるのは人のサイズのクローゼットです。木製で細かく彫刻が施された立派なクローゼットです。
バックがコンコンコンと、そのクローゼットをノックします。
「起きてる? おーい、ちょっと用があるんだけど」
「んあー? なんだー?」
クローゼットから声が聞こえました。エインセイラ姫はちょっとビックリしました。
「今、クローゼットが喋ったわ?」
バックが、そうだよ、と説明します。
「古い魔法で作られたクローゼットだよ」
「喋りもするぜ、おいらは魔法のクローゼット、イェア。て、オイオイ、こんなところに美少女が? 青いドレスのお姫様? へい、バック、あんたドラゴンの仕事は辞めたんじゃなかったのかい? お姫様を拐ってくるなんて、ダンジョン経営の復活かい?」
クローゼットは陽気に調子良く話します。バックは頭を下ろしてドラゴンの頭をクローゼットに近づけます。
「違うよ、拐って無いよ。このお姫様はこれからうちで暮らすことになったんだ。新しい、お手伝いさんだよ」
「へーい、バック、マジか? マジなのか? お姫様がメイドさんに? いったいどんなドラマの果てにそんな愉快なことに?」
「そういう訳で君にまた、お姫様の服を用意して欲しいんだけど」
「おう、そりゃまたずいぶんとひっさし振りのことで。財宝部屋に置いて、おいらのことは忘れ去られてたかと思ってたぜ」
エインセイラ姫はドレスのスカートを指で摘まみ、魔法のクローゼットに挨拶します。
「はじめまして、エインセイラと申します。喋るクローゼットさん? どうか、よろしくね」
「おう、こいつは丁寧な御挨拶。このクローゼットに挨拶するとは、お姫様、ただのお姫様じゃあ無いね。お姫様と言やあ偉そうにアレもコレもと言って、揚げ句、流行と違うとか文句をつけるのが多かったけど。へい、お姫様はちょいと感じが違うね?」
「よくお姫様らしくないって言われたものよ」
「なるほどなるほど。おいらは魔法のクローゼット。アレだよアレ、知恵持つインテリジェントアーティファクトってヤツだ。これでもレア中のレア。レジェンド級とか宝具級の伝説のお宝ってヤツだぜ。星がいっぱいつくような、レアリティ高いお宝なのさ、ヨロヨロよろしくう」
「お話しできる家具って、まるで魔法の鏡みたいね」
「あれか? 鏡よ鏡よ鏡さん、この世で一番、上がりそうな株の銘柄とこれからの株価はどうなるの? 教えてちょうだいってヤツな。アレの戯れ言にFXで泣かされたヤツも多いんだろうに」
「クローゼットさんはどんな魔法が使えるの?」
「主の為の衣装を出せるぜ。と、言っても久しぶり過ぎてなあ。なんせおいらの主は衣装が必要無いドラゴンのバックだからして。なのでこれまでこの財宝部屋でホコリを被ってたってもんで」
聞いてたバックが肩をすくめます。
「悪かったね、ちゃんと使ってあげられなくて。でも君、財宝部屋も居心地いいって言ってなかった?」
「ま、アニメ見てマンガ読んでたまにドラゴンネットの掲示板に書き込んだりとかしてたけど。暇過ぎてお気に入りのマンガのレビュー書いて投稿したりな。辺獄のシュヴェスタ、マジリスペクトだぜ。この生活もこれはこれでそれなりに充実? だけどそれクローゼットとしてはどうかと思う毎日だぜ。ハッハア」
「それなら今日からは、エインセイラの衣装を用意してもらえるかな?」
「おう、いいぜ。先ずはその青いドレスの替えか? お姫様よう、なんでその青いドレス、ボロくなっちまってんの?」
エインセイラ姫は自分の着てる青いドレスを見下ろします。ヴェイグス牙山まで来る旅で、青いドレスはところどころ引っ掻けて穴が空いたり、破れたり、泥が染みていたりします。
「ドラゴンの山に来るまでの旅で、汚れてしまったわね。雨に濡れたり枝に引っ掻けたり」
「マジか? お姫様が旅でドレスをボロくするって? なんだそりゃ、コイツはとんだお転婆お姫様だぜ。んーじゃ、ほいっと」
クローゼットがパカンと開くと、そこにはエインセイラ姫の着ている青いドレスと同じデザインの青いドレスがあります。新品で綺麗です。
エインセイラ姫は驚いて青いドレスを見ます。
「一瞬でドレスを作ったの? スゴイ魔法ね」
「おお? 褒められると嬉しいねえ。でもそんなにスゴイもんでもないんだぜ。俺の仲間にゃ、スゴイ料理がポンと出てくるテーブルかけってのがあって、アイツの方が有名さ。で、お姫様、このドレスはどうだい?」
「申し訳無いけれど、必要なのはドレスじゃ無いの。これからバックのおうちをお掃除するから、汚れてもいい作業用の服が欲しいの」
「おっと、そーいやバックがお手伝いさんとか言ってたが、マジにお姫様が掃除すんのかい? へい、お姫様の家来はどこにいるんだあ?」
「いないわ。だって私、一人で家出してきたんだもの」
「わぁお、美少女が家出? お姫様が城出? オイオイ、こいつはかなりおもしろヤバイ? ちょっとバック、何がいったいどうなった?」
「それについてはエインセイラと話をしてみたらいいよ。それで、エインセイラが仕事をするのに都合のいい服は用意できる?」
「任せなバック、つーことはアレだアレ、メイドだろ、メイドさんだろ、ほいっと」
クローゼットの扉が勝手にパタンと閉まり、また勝手に開くと、クローゼットの中には黒いメイド服があります。
「お転婆元気なお姫様には、活発に動けるミニスカメイド服なんてどうだい?」
「ミニスカートで足が出るの? それにこのメイド服、スカートの丈が短いわ」
「ここらでひとつサービスサービスぅってな。なんだい? 古式ゆかしきロングスカートの方がいいのかい?」
「バックはどっちがいいと思う?」
「いや、メイド服に拘る必要は無いんじゃない?」
クローゼットがパタンと閉まります。
「なぁるほど、型に嵌まらず行こうっていう、ちょいと変わった我が道お姫様なわけだ。じゃあコレでどう?」
次にクローゼットが開くと、エインセイラ姫が見たことも無い服がクローゼットの中にあります。
「体操服にブルマーだ。どうだい? 刺激的だろ?」
バックが呆れたようにため息を吐きます。
「クローゼット、君、教育に悪そうなマンガばっかり読んでたんじゃない?」
「教育に良いマンガを読んでもおもしろくともなんとも無いだろがよ? 体操服にブルマのお姫様なんて、なかなかいかしてんじゃねえ? どうよ?」
「そうやって変わった服を勧めるから、拐ったお姫様と上手くいかなかったんだよね」
「おっと待ちなバック。おいらはちゃあんと魅力を引き出す服を用意してんだ。なのに似合いもしない流行を追いかけた、イミフなファッションをご所望するお姫様の方が、どーかしてると思うんだがねい?」
体操服とブルマを手にとって珍しそうに見るエインセイラ姫が、ウンウンと頷きます。
「そうね、流行だからって頭に船の模型を乗せるとか、ナニソレ? って思うわよね。白色がブームだからって頭に小麦粉をかけるっていうのも、どうかしてると思うわ。食べ物を頭に振りかけるだなんて」
「お? なに? お姫様もそう思う? お姫様なのにソッチ系? いいねいいね、わかってるう」
「お洒落ってときどき訳がワカラナイもの。だけどお掃除する為だけなら、お洒落は必要無いと思うわ。この、たいそうふく? というのは膝が出てるから、ちょっとお掃除に向かないかも」
「おう、お姫様の望むスタイルが解ってきたぜ。膝をついて雑巾がけまでやろうってことだな? 本気でお掃除なワケだ。じゃ、コイツはどうだい?」
クローゼットがパカリと開くと、そこに黒い服が入っています。
「丈夫な生地で、上から下までカバーできるツナギだ」
「上着とズボンがくっついているの? 変わった服ね」
「色気も無くサービス精神ゼロ! 実用オンリー! 真っ向勝負! 肌色サービスにケンカを売るぜ! 流行に逆らう実用一辺倒!」
「ちょっと着てみるわね」
エインセイラ姫は自分の青いドレスに手をかけて、スポンと勢いよく脱いでしまいます。バックが止める暇もありません。慌ててバックが声をかけます。ちょっと顔を背けながら。
「ちょっとエインセイラ? オスの前でいきなり脱いで下着になるなんて」
「あら? まずかった?」
「はしたない、とか言われない?」
「私のお父様は一ヶ月もお城の中で、素っ裸で過ごしていたわよ。バカには見えない服を着てるって自慢して」
「とんだお父様だね」
バックは片手で目を覆います。エインセイラ姫の着替えを見ないようにしてます。紳士です。
エインセイラ姫は青い髪を後頭部でまとめてポニーテールにして、黒いツナギを着ます。魔法のクローゼットが、ヒュウと口笛を吹きます。
「コイツはどういうわけだい? ここでサービス? そしてただの黒いツナギなのに可愛く見えて色気もあるってのは? ツナギ姫? ツナギの下が下着だけってのを見ちまったからかい? コイツは新しいドキドキだぜ」
「うん、乗馬ズボン以外のズボンは初めて穿いたけれど、なかなかいいわね。ありがとうクローゼット」
「おう? 俺にちゃんとお礼を言ったお姫様は、あんたが初めてだぜ、エインセイラ姫?」
「エインセイラでいいわよ。今日からはお手伝いさんだもの」
「最高だ、あっとおいらを使ってくれるなら、ちょいとお願いがあるんだけど、いっかなー?」
「お願い?」
「おうよ。しばらく使われてなかったから蝶番が軋んでるから、油を差して欲しいってのがひとつ。お姫様の部屋においらを移動させて欲しいのがひとつ。あとは、たまにおいらとトークをして欲しいかな?」
「それぐらいなら。油を差すのはすぐにするわよ」
「ヒュウ、それならもうひとつ。たまにでいいからおいらのオススメ衣装を着て欲しい」
バックが口を挟みます。
「君のオススメって、マンガに出てくるような変な衣装? ビキニアーマー?」
「コスプレっつーんだよ。おいらも魔法のクローゼットとして、新しい衣装のレパートリーを研究しないとな。このお姫様にいろいろ着せてみてーだろ? バックも可愛いお姫様、見たくないか?」
「あんまり変なの出すと嫌われるよ?」
「そこはおいらのセンスを信じてもらうしかねーな」
黒いツナギを着たエインセイラ姫は、その場でピョンピョンと跳ねます。ドレスと違う着心地が楽しいようです。
「こすぷれ、というのはよくワカラナイけれど。クローゼットが出す魔法の衣装をいろいろ着れるのは楽しそうね」
ニッコリと微笑むエインセイラ姫。黒いツナギが気に入ったようです。
「これからよろしくね、魔法のクローゼットさん」
「ヒュウ、こんなに話の解るお姫様は初めてだ! ワクワクすんなー。魔法少女に着ぐるみパジャマ、女騎士にスクール水着、いろいろ着せてみたいぜ」
バックが手を伸ばして魔法のクローゼットを持ち上げます。
「じゃ、このクローゼットはエインセイラの部屋に運ぶけど、あんまり調子に乗せると変な服を出したりするよ。マイクロビキニとか」
「おっとそいつはバックの趣味かい?」
「僕の趣味で言うと、古典ナースウェアかな?」
「オッケー、バックの希望もフォローするぜ」
エインセイラ姫は小首を傾げます。
「私を着せ替え人形にしたいの?」
「それがクローゼットの本能というもんだぜ、イエア!」
「魔法のクローゼットは、茶化しているけど自分の役目にマジメなのね」
「わお、なんだよオイ? 照れちまうな」
魔法のクローゼットは嬉しそうです。




