9話:
祝詞を詠い、修羅の国の鬼達の鳴らす鼓と笛の音に合わせて、両の手に持つ神楽鈴を振るい、鳴らしながら篝火の燃える舞台の上を舞い踊る。
巫術/神楽舞/禊祓――
真人様の故郷の国で神様に奉納するのがこの舞。
招魂・鎮魂し、厄を祓い清める事ができると言われる子の舞は、迫りくる闇の泥たちに対して効果は覿面でした。設置した社を陣として五芒を敷き、その内に泥をある程度清めることができたのです。
けれども、私と姉さま。他、修羅の国から支援で来てくださった巫女の皆さんだけではここまでが限界でした。未だ残る氷からあふれ出る闇の泥は止めどなく、私たちの神楽で浄化するスピードに追い付かんとするほど。すべてを浄化しつくせるかは私たちの体力次第といったところでしょうか?
「伊代ちゃん、無理はしないでください。私も舞は覚えました。ちょっとの間くらいは代わりは出来ます」
後ろで控えてくれているロベリアちゃんが心配そうにそう言ってくれます。
「大丈夫――です。私の体には――九尾の狐……玉藻様が宿っています。だから、他の人よりも体力だけは――あるんですから」
そう。私は真人様に救っていただいたあの日から彼女を――玉藻様の力を受け継いでしまったのです。
真人様の世界にて、強力無比と言われた呪力は全て真人様によって霊力に転換され、私の身には有り余るほどの霊力を宿すこととなってしまいました。その印が九つの尾。私のお尻から生えた九つの尾はその有り余る霊力を保存するカタチとして現れたモノでした。モフモフと触ることはもちろんできますが、霊的なモノの為に服なんかは貫通して出てきてしまうのが困りモノだったりします。もちろんこの狐耳もおなじなのですが。
まぁ、その、真人様に可愛い可愛いと抱きしめてモフモフとしていただけるので、この姿になれて良かったと……いえ、落ち着きましょう。今はそれどころではないのでした。
「はぁ、出逢って少ししかたってないですのに何で伊代ちゃんは真人様にぞっこんすぎます」
「好きになってしまったのだから――仕方が無いのです」
何度も、何度も、何度も夢に見て。真人様がどれほどまでに頑張って、どれほどまでに血と、汗と、涙を流されて来たのかを視て、識ってしまっていたのです。その上で、救われて。さらにはお姫様抱っこまでされた日には惚れてしまっても仕方ないと思うのです。ええ、どう考えても仕方がありません。
「……何度も聞きましたが、それって真人様に逢う前から好きになってませんか?文学少女が物語のヒーローに憧れるようなそんな感じがしなくも無いのですが?」
「の、のーこめんと――です」
ロベリアちゃんの言葉を右から左に聞き流して、手を、足を止めることなくその身に宿った莫大な霊力を振りまきます。私が真人様の使う分身を覚えることが出来ていたならばもっと早くあの黒い泥を消し去ることもできたのかもしれませんが、真人様には覚えちゃ駄目だと止められていました。
下手をすれば人格が分裂して大変なことになりかねないと言う事なのですが、真人様は玲くんには似たようなことを教えていたみたいでした。ちょっとだけ、ズルイと思います。
「嫉妬です?」
「嫉妬です。私だって――真人様のお役に立ちたいのに」
空を見上げると紅蓮の炎龍たちと白銀の龍が空の魔物達を蹴散らし、視線を移せば魔王と勇者たちが肩を並べて戦っていました。サテラさんと玲君の操るロボットたちもプラントと呼ばれる化け物が生み出す魔物達を軽く蹴散らしています。
「私の知る未来に――この光景はありません。すべては真人様が導いた未来。新たなる可能性の未来です」
「だけど、変えられない未来もあるんでしょ?」
「はい。確実に変えられない未来は――あります」
勇者真人の手により魔王オウカを聖なる剣にて貫かれ、世界は平和になる。
この予言だけは何があっても変えることができません。どう足掻いてもその結果に収束してしまう事が確定してしまっているのが確定予言を告げる事ができる刻詠みの巫女たる私の力なのですから。
「報告!崩落地点から大魔王城地点まで亀裂!第二次範囲、第三次範囲崩落予兆です!あ、ああ!第四次範囲――大魔王城下までの崩落が始まりました!新に出現したプラントの総数――え、じゅ、十万……!?」
耳にインカムを付けた鬼の少年の泣き声のような叫びが聞こえます。
「一気に来ましたね」
「ですが、止まることは出来ません。止まる訳にはいかないのです」
たとえこの身が砕けようとも、この舞を止めることは出来ません。たとえ私たちがここで死ぬことになろうとも、決して――!
空が、黒く、黒く闇に染まって行きます。まだ日没には早い時刻なのに、雲は殆どない筈なのに、青空が消え去り、闇が世界を覆い尽くしてしまったのです。
そして――空から雨のように大量のプラントが堕ちて始めたのです。
「こ、こんなの、どうしろって言うんだ!」
「に、にげ、逃げろぉ!!」
「バカ、どこに逃げるんだ!」
「死んでもここは死守だ!絶対に護りぬけ!ここが堕ちれば――がぁ!?」
結界の外にあふれ出たプラントたちは容赦なく魔物を生み出し、殺し、喰らい尽くしていきます。
舞台に堕ちてきたプラントが生み出したのは――見上げる程もある巨大な一つ目の、鬼。サイクロプスと呼ばれる筋骨隆々の魔物でした。
「大丈夫です。伊代ちゃんは私が守ります!真人様と約束したんです。絶対に――」
「ダメ、ロベリアちゃん!」
私を庇うようにロベリアちゃんが巨大な鬼の魔物の前に立ちふさがります。いくら彼女が精鋭とはいえ、相手が悪すぎです。呪符を巫女服のすそから取り出し、投げようとするよりも早くサイクロプスの腕が動きました。魔力弾ううん、ダメ。私が盾に――だめ、だめ、だめ!届かない、私じゃ間に合わない。真人様――!
――任せろ。
唐突に。そんな言葉が聞こえた気がして、私は空を見上げます。
空の果てでキラリ光が瞬くと、その拳を振り下ろさんとする巨大なサイクロプスの上半身を消し飛んでしまいました。
「な、なにが!?」
驚いた様子のロベリアちゃんや鬼の皆をよそに私はポロポロと涙をこぼします。
「――来た。来てくれました。――……真人様」
白銀の星が空のかなたで輝きを放ち、瞬く間に空を覆い尽くす闇を縦に切り裂き、溢れ出した闇を斬り祓ったのです。
それはとても幻想的で、神秘的で、奇跡的でこの世のモノとは思えない神々しい光景でした。
今日も今日とて遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ