5話:
アークル城下町の病院の一室。勇者国から緊急で搬送されたお母様とレキさん、その他大勢のユウシャの皆さんが病室で横たわっていました。
林檎さんのチート、エクストラヒーリングの効果は確かに癒しの勇者の方にやや劣ります。しかし、それを補って余りあるほどの効果範囲があるのですが、林檎さん本人はまだ足りていないと思われているらしく、たまに夏凛さんや苺ちゃんと一緒に姫騎士の皆さんと訓練をされていたりします。私的には十分すごいと思うのですが……。
ともあれ、この病院に皆さんが収容された後に放たれた林檎さんのチートによりボロボロの状態で封印されていたお母様も話ができる程度にまで回復できたのでした。
私が真人さんのお嫁さんになった話をすると、お母様はとっても驚いた様子で、けれどもすごく嬉しそうな顔をした後孫はどこ?ときょろきょろと辺りを見回していました。ごめんなさいお母様。孫の顔はもうちょっとだけ待っていて欲しいですっ!
「それにしてもスミレが結婚とはね……。本当にビックリだよ。しかも旦那は勇者――しかも聖剣を持つ伝説の真なる勇者だ。あの人も草葉の陰で喜んでいるだろうよ」
ぽんぽんとベッドの上で寝ころんだままのお母様が私の頭を撫でます。こうしてくれるのも本当にいつぶりでしょうか。
「まったく……覚えてないのだけど、何で私魔王の国で入院しているのかしら?というか、変な魔物と戦って呪われた傷まで言えているのだけれど……」
レキさんが訳が分からないとばかりにはてなマークをたくさん浮かべて首をひねっています。私にもどうしてそんな効果が出ているのかは分かりません。けれども、魔的なつながりが真人さんとある林檎さんだからこそ邪を打ち払う効果が相乗されたのではないかなと思っていたりします。
「それで、アンタは前線に行かなくていいのかい?」
「……私にはもう、勇者としての力はありませんから」
お母様は封印から解放され、私はもう変身する術を失ってしまったのです。
私の覚えた水魔法や回復魔法ももしかすれば何かの役に立つかもしれません。ですが、もしいざ戦いとなれば一瞬で殺されてしまうのが目に見えています。だから――
「だから、戦いから逃げるのかい?私はアンタをそんな子に育てた覚えは無いよ?」
「むぅ、ですがお母様……。私が行ったところで……」
「バカだね、変わらなくてもいいのさ。死んでもいいくらいに大好きな旦那さんと同じくらい大好きな友達が戦っているんだろう?それなら、アンタに足りていないのは一歩踏み出す勇気さ」
確かに、その通り。私は、お母様から受け継いだチートにかまけて一番大事な心を忘れていたのです。少しでもできる事があるのなら、そう、私だって!
「ふふ、良い顔になったね。それと、だ。すみれ、アンタのチート消えちゃいないよ?」
「ふぇ?でも、変身アイテムが無いと――……ぁ」
気が付くと私の手の中には新しい変身ペンダントが握られていました。今までなかったのに、一体どこから!?
「それはね、想いと願いの塊なんだそうだ。アンタの誰かを護りたい、救いたい、助けたいって気持ちがそれを呼び出した……ってあの神が言ってたよ。あの神が考えたことだ、おおよそその通りなのだろうさ」
お母様が神様について毒づきます。確かにあの神様ならそんなことしそうですね……。
「それじゃあ、ん、しょ。行くとしますかね」
ベッドのへりに手をついてフラフラとしながらお母様が立ち上がります。慌ててお母様に抱き着いて、肩を支えます。
「お母様!?まだ休まれてないと!」
「いーんだよ。今まで寝れなかった分たっぷり寝れたしね!それに、だ。アンタと旦那のラブラブっぷりを一目でも見ておかないとおちおち寝てられないよ」
ニカっとヒマワリのような笑顔でお母様はそう言います。本当にもう、いつまでたってもお母様にはかないません。
「待ってください!傷は癒えましたが、体力は戻っていないんですよ!?」
うさ耳で小さい女の子――ミウさんが両手を広げてお母様を制します。
「知ってるさ。だけど、世界の危機って奴なんだろう?勇者として召喚されたのならさ、戦うのが筋って奴だろう?」
「筋であっても戦えない人が前線立つと他の人の迷惑になります。ですのでダメです?」
「……どうしてもダメかい?」
ぐぐぐと、お母様とミウさんがにらみ合ってます。お母様の身長も私くらいなので、はたから見れば姉妹ケンカに見えて微笑ましく見えなくも無いですが、ううんこれはどうすれば……。
「体力がもどりゃいいんだろ?」
「ヴォルフ!?」
ひょっこりと部屋に入って来たのはヴォルフさんでした。ミウさんの彼氏さんでこの国の軍のトップを務めています。……あれ、こんなところに居ていいのでしょうか?
「良いんだよ。俺が行ったところで軍の指揮なんてできねーからな。俺ができるの何て、トップのほとんどが居なくなったこの国を護る事だ。まぁ、書類が大量に溜まって行っているが……それはきっと、たぶん、帰って来たら真人に玲の奴が何とかするだろ」
帰って来たら絶望する玲君と真人さんの顔が脳裏に浮かびます。私も何かお手伝いできればいいのですが……。
「んで、もどりゃいいって何かあるの?」
「ああ、こいつさ」
そう言って取り出したのは――なんだかおぞましい色をしたのみモノでした。え、何ですかこれ?
「こいつは俺の村に代々伝わる栄養ドリンクでな。栄養満点で病気何てその日のうちに吹っ飛ぶっつーしろもんだ。妹が必要になるだろうからって樽で持ってきたんだが……」
「樽で……」
ミウさんがものすごい顔をして鼻をつまんでいます。ええ、ものすごい匂いを発していますけれど、大丈夫なんですか、これ!?
「ああ、大丈夫だ。この前、玲の奴が熱を出した時にパティが飲ましてたが、一晩ですっきりした顔をしていたしな!」
がはは、とヴォルフさんが笑ってお母様にグラスについだ激臭を放つなんだかカラフルなドリンクを手渡します。
「こ、これを飲むの?」
「ああ、一息にな」
ゴクリとお母様の生唾を飲む音が聞こえます。あ、手震えてます。無理して飲まなくていいんですよ?
「え、ええい、ままよ!娘に格好悪い姿みせられるか!んぐ!あ、意外といける、ん、んく、ごく……」
一息にグラス一杯をまるっと飲み干して、息を吐きます。え、本当に飲んじゃいましたけど大丈夫なんですか!?
「匂いはアレだけど、中々味は悪く無かったわね!あれ――」
そう言うとお母様はバタリとその場に倒れてしまいました。え、え、これやばいお薬じゃ?!
「ああ、大体そんなもんだ。一時間もすりゃ目覚めて元気いっぱいになっているだろうよ。他の連中も飲むか?さっきも言ったがたっぷりあるぞ」
樽からひしゃくで掬って大量のコップを並べ立てます。
「や、やらいでか!」
「他のユウシャたちに良いところ盗られてたまるか!」
「ぐ、ぐぬぬ、でも、色が……匂いが……」
「はは、兎も角飲んで考えろ!」
結局その場にいるみんなに行き渡り、全員意識をもっていかれてしまったのでした。そして、ちょうど樽の中身も空っぽに。……そういえば、パティさんは風詠み――予知にも似た占いの才能があるとお聞きしたことがあります。こうなる事もまた、知っていたのでしょうか?
「ヴォルフ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫さ。パティの奴の渾身の一品だしな。さっきも言ったが玲の奴も……あれ、そう言えばその日はパティの奴も何だかつやつやしていたような……。精力剤としての効果もあるし……い、いや、まさかな!」
……私も、深く考えるのはやめておきましょう。
お母様の安らかな寝顔から掌の中にあるコンパクトを眺めます。
これが、私の望む戦う力なのだとすれば、私は護るためにこの力を使いたい。
大切な人たちを。大好きな人達を。愛する、真人さんを――
今日とて遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ